野澤正徳「静学的産業連関論と再生産表式(1)」『経済論叢』第98巻第6号,1966年
1960年代,産業連関論が脚光を浴びていた時期があった。経済政策,予測へ産業連関分析を応用することで,その成果が期待された。マルクス経済学の分野でも,産業連関表を使って再生産分析を行う試みが登場した。旧社会主義国も,国民経済計画と管理に,産業連関論と連関分析が適用できるという議論が起こった。ただし,それらはマルクス経済学をベースとし,名称は産業連関論ではなく,例えば旧ソ連では部門連関バランス論と呼ばれた。
本稿はその産業連関論,連関分析をマルクス経済学,一般均衡論,ケインズ経済学と対比しながら批判的に検討したものである。理論的基礎の検討が極めて重要であるとの,筆者の基本認識のもとに書かれた論文である。議論の対象は,静学的産業連関論の範囲である。
最初に指摘されているのは,産業連関論に体系的な価値・価格論がないということである。このことを,総労働費用および相対価格論の検討から導き出している。連関分析では各生産物1単位を生産するために必要な直接間接の総労働費用をもとめることができるとされる。しかし,その内容を仔細に検討すると総労働費用は各産業の異質の有用労働であり,これらは本来,相互に加算しえない。労働相互の通訳を可能にする抽象的人間労働の概念は,そこにはない。この事態を回避するために,連関論では1ドルあたりの労働量(あるいは生産量)という特殊な単位をもちだすが,そうした貨幣表示は便宜的措置にすぎない。また,ある生産物1単位あたりの総労働費用がその生産物を生産するための直接労働費用と中間生産物のそれとの和としてとらえられ,後者は再びその生産に要した固定資本部分と可変資本部分の和に分解され,遡及計算が繰り返されるが,これは「V+M」のドグマに繋がる考え方である(この指摘は,野澤より早く,山田喜志夫「産業連関分析の基本性格」『統計学』(経済統計研究会)第7号, 1958年, 『再生産と国民所得の理論(第10章)』,299頁」にある)。さらに総労働と等置されるPj/P0は,賃金率の客観的経済的規定を欠いた現象的な商品交換比率の表現にすぎない。
筆者はさらに産業連関論の部門区分の基礎にある使用価値的視点,物的・技術的視点(生産手段・消費財生産部門の区分,物的生産領域と非物的生産領域の区分の視点の欠如),完全競争にもとづく長期的均衡の前提にみられる非現実性を,この経済理論の本質的難点として挙げる。
それでは静学的産業論は,現実の経済現象・過程の何を反映しているのだろうか。筆者はそれが物量的技術的生産体系の分析を目的としているということを指摘して,この問いに対する回答としている。需給均等方程式および産出量決定は,物量的視点からとらえられたものであることは自明であり,価値的需給均等式も価値的均衡産出量も物量的なそれらに還元されているとみなすことができるからである。この論点を契機に,筆者は産業連関論とワルラス一般均衡論との関係についての考察に入る。
産業連関論とワルラス一般均衡論は,諸産業および諸生産要素の全般的相互依存関係を,完全競争と静態的均衡を前提している点で共通している。両者は広義の一般均衡論に属する。しかし,一般均衡論では需給量,生産係数が価格の関数であり,市場均衡論が限界効用説および限界生産力説と結合している。これに対し,産業連関論では産出量決定機構と価格決定機構とが分離し,利潤率と効用の「極大化原理」が表に出てこない。産業連関論の産出量決定では,企業の利潤動機にもとづく生産活動を調整する価格変動・価格メカニズムや生産量と価格の相互依存関係が捨象されている。価格の視点はあるとしても,「貨幣ヴェール」に過ぎない。また,一般均衡論では各産業間の中間需要が捨象されているのに対し,産業連関論ではこれを明示的に取り込んでいる。
レオンチェフ均衡概念の基本性格は,ワルラスと同様,完全競争下の静態的定常的均衡である。筆者はここで一歩ふみこんで,産業連関論における静態的定常的均衡と均衡値の安定条件・正値条件の両者を批判する。前者では,均衡の同時的瞬間的成立が想定されていること,同じことであるが均衡の成立過程の分析が欠けていることが問題とされる。後者では,均衡値の安定条件・正値条件が単なる技術的条件にすぎず,それも均衡の一面である素材的均衡条件のみを安定(均衡)条件として絶対化する轍をふんでいる。
次に,筆者は産業連関論とケインズ理論との関連を検討している。結論として,ケインズ的な循環の把握の仕方は産業連関論的循環把握の「短絡的理論」であるが,産業連関論は各産業部門の多部門分割の要素を導入した点で(国民経済の超巨視的理論にとどまらず),再投資需要の分析,したがって生産構造の分析を含んでいる点で(ケインズには欠けていた)ケインズ理論を拡張した理論であること,両理論の核心である産出量波及効果分析と所得乗数効果との間には波及構造の点で共通性があること,ケインズ理論の基礎をなす有効需要に論理が産業連関論の基礎にも貫かれていることが指摘されている。
論文の全体は上述の個々の指摘を行うために,筆者はポイントとなる連関分析のプロセス,均衡値の精緻条件・安定条件であるホーキンス・サイモンの定理,ケインズの国民所得循環,産出量波及効果と所得乗数効果を詳細に紹介し,論理展開している。本論文の論旨が説得力のある所以である。
1960年代,産業連関論が脚光を浴びていた時期があった。経済政策,予測へ産業連関分析を応用することで,その成果が期待された。マルクス経済学の分野でも,産業連関表を使って再生産分析を行う試みが登場した。旧社会主義国も,国民経済計画と管理に,産業連関論と連関分析が適用できるという議論が起こった。ただし,それらはマルクス経済学をベースとし,名称は産業連関論ではなく,例えば旧ソ連では部門連関バランス論と呼ばれた。
本稿はその産業連関論,連関分析をマルクス経済学,一般均衡論,ケインズ経済学と対比しながら批判的に検討したものである。理論的基礎の検討が極めて重要であるとの,筆者の基本認識のもとに書かれた論文である。議論の対象は,静学的産業連関論の範囲である。
最初に指摘されているのは,産業連関論に体系的な価値・価格論がないということである。このことを,総労働費用および相対価格論の検討から導き出している。連関分析では各生産物1単位を生産するために必要な直接間接の総労働費用をもとめることができるとされる。しかし,その内容を仔細に検討すると総労働費用は各産業の異質の有用労働であり,これらは本来,相互に加算しえない。労働相互の通訳を可能にする抽象的人間労働の概念は,そこにはない。この事態を回避するために,連関論では1ドルあたりの労働量(あるいは生産量)という特殊な単位をもちだすが,そうした貨幣表示は便宜的措置にすぎない。また,ある生産物1単位あたりの総労働費用がその生産物を生産するための直接労働費用と中間生産物のそれとの和としてとらえられ,後者は再びその生産に要した固定資本部分と可変資本部分の和に分解され,遡及計算が繰り返されるが,これは「V+M」のドグマに繋がる考え方である(この指摘は,野澤より早く,山田喜志夫「産業連関分析の基本性格」『統計学』(経済統計研究会)第7号, 1958年, 『再生産と国民所得の理論(第10章)』,299頁」にある)。さらに総労働と等置されるPj/P0は,賃金率の客観的経済的規定を欠いた現象的な商品交換比率の表現にすぎない。
筆者はさらに産業連関論の部門区分の基礎にある使用価値的視点,物的・技術的視点(生産手段・消費財生産部門の区分,物的生産領域と非物的生産領域の区分の視点の欠如),完全競争にもとづく長期的均衡の前提にみられる非現実性を,この経済理論の本質的難点として挙げる。
それでは静学的産業論は,現実の経済現象・過程の何を反映しているのだろうか。筆者はそれが物量的技術的生産体系の分析を目的としているということを指摘して,この問いに対する回答としている。需給均等方程式および産出量決定は,物量的視点からとらえられたものであることは自明であり,価値的需給均等式も価値的均衡産出量も物量的なそれらに還元されているとみなすことができるからである。この論点を契機に,筆者は産業連関論とワルラス一般均衡論との関係についての考察に入る。
産業連関論とワルラス一般均衡論は,諸産業および諸生産要素の全般的相互依存関係を,完全競争と静態的均衡を前提している点で共通している。両者は広義の一般均衡論に属する。しかし,一般均衡論では需給量,生産係数が価格の関数であり,市場均衡論が限界効用説および限界生産力説と結合している。これに対し,産業連関論では産出量決定機構と価格決定機構とが分離し,利潤率と効用の「極大化原理」が表に出てこない。産業連関論の産出量決定では,企業の利潤動機にもとづく生産活動を調整する価格変動・価格メカニズムや生産量と価格の相互依存関係が捨象されている。価格の視点はあるとしても,「貨幣ヴェール」に過ぎない。また,一般均衡論では各産業間の中間需要が捨象されているのに対し,産業連関論ではこれを明示的に取り込んでいる。
レオンチェフ均衡概念の基本性格は,ワルラスと同様,完全競争下の静態的定常的均衡である。筆者はここで一歩ふみこんで,産業連関論における静態的定常的均衡と均衡値の安定条件・正値条件の両者を批判する。前者では,均衡の同時的瞬間的成立が想定されていること,同じことであるが均衡の成立過程の分析が欠けていることが問題とされる。後者では,均衡値の安定条件・正値条件が単なる技術的条件にすぎず,それも均衡の一面である素材的均衡条件のみを安定(均衡)条件として絶対化する轍をふんでいる。
次に,筆者は産業連関論とケインズ理論との関連を検討している。結論として,ケインズ的な循環の把握の仕方は産業連関論的循環把握の「短絡的理論」であるが,産業連関論は各産業部門の多部門分割の要素を導入した点で(国民経済の超巨視的理論にとどまらず),再投資需要の分析,したがって生産構造の分析を含んでいる点で(ケインズには欠けていた)ケインズ理論を拡張した理論であること,両理論の核心である産出量波及効果分析と所得乗数効果との間には波及構造の点で共通性があること,ケインズ理論の基礎をなす有効需要に論理が産業連関論の基礎にも貫かれていることが指摘されている。
論文の全体は上述の個々の指摘を行うために,筆者はポイントとなる連関分析のプロセス,均衡値の精緻条件・安定条件であるホーキンス・サイモンの定理,ケインズの国民所得循環,産出量波及効果と所得乗数効果を詳細に紹介し,論理展開している。本論文の論旨が説得力のある所以である。