社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

野澤正徳「静学的産業連関論と再生産表式(1)」『経済論叢』第98巻第6号,1966年

2016-10-10 10:31:53 | 7.統計による実証分析
野澤正徳「静学的産業連関論と再生産表式(1)」『経済論叢』第98巻第6号,1966年

1960年代,産業連関論が脚光を浴びていた時期があった。経済政策,予測へ産業連関分析を応用することで,その成果が期待された。マルクス経済学の分野でも,産業連関表を使って再生産分析を行う試みが登場した。旧社会主義国も,国民経済計画と管理に,産業連関論と連関分析が適用できるという議論が起こった。ただし,それらはマルクス経済学をベースとし,名称は産業連関論ではなく,例えば旧ソ連では部門連関バランス論と呼ばれた。

 本稿はその産業連関論,連関分析をマルクス経済学,一般均衡論,ケインズ経済学と対比しながら批判的に検討したものである。理論的基礎の検討が極めて重要であるとの,筆者の基本認識のもとに書かれた論文である。議論の対象は,静学的産業連関論の範囲である。

 最初に指摘されているのは,産業連関論に体系的な価値・価格論がないということである。このことを,総労働費用および相対価格論の検討から導き出している。連関分析では各生産物1単位を生産するために必要な直接間接の総労働費用をもとめることができるとされる。しかし,その内容を仔細に検討すると総労働費用は各産業の異質の有用労働であり,これらは本来,相互に加算しえない。労働相互の通訳を可能にする抽象的人間労働の概念は,そこにはない。この事態を回避するために,連関論では1ドルあたりの労働量(あるいは生産量)という特殊な単位をもちだすが,そうした貨幣表示は便宜的措置にすぎない。また,ある生産物1単位あたりの総労働費用がその生産物を生産するための直接労働費用と中間生産物のそれとの和としてとらえられ,後者は再びその生産に要した固定資本部分と可変資本部分の和に分解され,遡及計算が繰り返されるが,これは「V+M」のドグマに繋がる考え方である(この指摘は,野澤より早く,山田喜志夫「産業連関分析の基本性格」『統計学』(経済統計研究会)第7号, 1958年, 『再生産と国民所得の理論(第10章)』,299頁」にある)。さらに総労働と等置されるPj/P0は,賃金率の客観的経済的規定を欠いた現象的な商品交換比率の表現にすぎない。

 筆者はさらに産業連関論の部門区分の基礎にある使用価値的視点,物的・技術的視点(生産手段・消費財生産部門の区分,物的生産領域と非物的生産領域の区分の視点の欠如),完全競争にもとづく長期的均衡の前提にみられる非現実性を,この経済理論の本質的難点として挙げる。

 それでは静学的産業論は,現実の経済現象・過程の何を反映しているのだろうか。筆者はそれが物量的技術的生産体系の分析を目的としているということを指摘して,この問いに対する回答としている。需給均等方程式および産出量決定は,物量的視点からとらえられたものであることは自明であり,価値的需給均等式も価値的均衡産出量も物量的なそれらに還元されているとみなすことができるからである。この論点を契機に,筆者は産業連関論とワルラス一般均衡論との関係についての考察に入る。

 産業連関論とワルラス一般均衡論は,諸産業および諸生産要素の全般的相互依存関係を,完全競争と静態的均衡を前提している点で共通している。両者は広義の一般均衡論に属する。しかし,一般均衡論では需給量,生産係数が価格の関数であり,市場均衡論が限界効用説および限界生産力説と結合している。これに対し,産業連関論では産出量決定機構と価格決定機構とが分離し,利潤率と効用の「極大化原理」が表に出てこない。産業連関論の産出量決定では,企業の利潤動機にもとづく生産活動を調整する価格変動・価格メカニズムや生産量と価格の相互依存関係が捨象されている。価格の視点はあるとしても,「貨幣ヴェール」に過ぎない。また,一般均衡論では各産業間の中間需要が捨象されているのに対し,産業連関論ではこれを明示的に取り込んでいる。

レオンチェフ均衡概念の基本性格は,ワルラスと同様,完全競争下の静態的定常的均衡である。筆者はここで一歩ふみこんで,産業連関論における静態的定常的均衡と均衡値の安定条件・正値条件の両者を批判する。前者では,均衡の同時的瞬間的成立が想定されていること,同じことであるが均衡の成立過程の分析が欠けていることが問題とされる。後者では,均衡値の安定条件・正値条件が単なる技術的条件にすぎず,それも均衡の一面である素材的均衡条件のみを安定(均衡)条件として絶対化する轍をふんでいる。

 次に,筆者は産業連関論とケインズ理論との関連を検討している。結論として,ケインズ的な循環の把握の仕方は産業連関論的循環把握の「短絡的理論」であるが,産業連関論は各産業部門の多部門分割の要素を導入した点で(国民経済の超巨視的理論にとどまらず),再投資需要の分析,したがって生産構造の分析を含んでいる点で(ケインズには欠けていた)ケインズ理論を拡張した理論であること,両理論の核心である産出量波及効果分析と所得乗数効果との間には波及構造の点で共通性があること,ケインズ理論の基礎をなす有効需要に論理が産業連関論の基礎にも貫かれていることが指摘されている。

 論文の全体は上述の個々の指摘を行うために,筆者はポイントとなる連関分析のプロセス,均衡値の精緻条件・安定条件であるホーキンス・サイモンの定理,ケインズの国民所得循環,産出量波及効果と所得乗数効果を詳細に紹介し,論理展開している。本論文の論旨が説得力のある所以である。

藤陽一「産業連関論と地域産業連関論」『開発論集』(北海学園大学開発研究所)第1巻第3号, 1967年3月

2016-10-10 10:30:16 | 7.統計による実証分析
伊藤陽一「産業連関論と地域産業連関論」『開発論集』(北海学園大学開発研究所)第1巻第3号, 1967年3月

 1960年代の半ば頃から, 地域科学が隆盛を極めた。地域開発が叫ばれ, 地域分析の必要性が問われた。地域分析の一つの数理的な手法として, 当時, もてはやされたのが地域産業連関分析である。筆者は, この論稿で, この地域産業連関分析の有効性を批判的に検討している。

地域産業連関分析はレオンチェフが開発したいわゆる産業連関分析を地域分析用にモデルチェンジした手法である。産業連関分析がもっている方法論, 数理的手法は, 地域産業連関分析でも基本的に継承されている。それゆえ, 筆者は, 本稿で, おおもとである産業連関分析の検討から入り, 次いで地域産業連関分析の特殊性を点検し, 実際に北海道の地域分析に適用された分析事例の紹介と評価を行っている。

 以下, 本稿の構成にそって, 当該論文を紹介する。2節構成で, 「第一節(産業連関論)」は「(A)産業連関表」「(B)産業連関分析」「(C)産業連関論の問題」, 「第二節(地域産業連関論)」は「(A)地域産業連関論の基礎理論」「(B)地域産業連関表作成及び分析の実際」からなる。

「第一節(産業連関論)」「(A)産業連関表」では, 表そのものの数値例を使った説明, 表のバランス構造, 表の種類と表作成の実際における問題(オープン・モデルとクローズド・モデル, 静学モデルと動学モデル, エコノメトリックモデルと接合)が解説されている。「(B)産業連関分析」では, これも数値例を用いながら, 投入係数, 最終需要と生産水準, 分析のための諸係数(感応度係数, 影響力係数)が説明されている。「(C)産業連関論の問題」では, 連関表の理論的仮定について, 連関表の実際の作成に関して, 連関分析に関して, 問題点の指摘がなされている。とくに連関表の表示形式, 連関表の各項目についての問題に焦点があてられ, 資本の運動の捨象, 価値視点の欠如, 需給不均衡の無視, 価格機能の無視, 生産的部門と不生産的部門の同列視, 資本家と労働者の同一化など, 資本制経済の本質的側面が見失われていることが指摘されている。連関分析に関しては, 投入係数の固定性, 不変性の仮定, 最終需要を所与とした波及効果分析の非現実性が批判的に考察されている。これらの指摘は, 基本的に, 山田喜志夫などの先行研究に負っている。

 第二節(地域産業連関論)「(A)地域産業連関論の基礎理論」では, W.アイザードの地域間一般均衡モデルの解説から出発している。市場地域の異質性が考慮されるので, 一国内の産業の数に地域差を乗じた数の相異なる産業のカテゴリーを理念的モデルに掲げるのがアイザードモデルである。しかし, 実際に理念にあうデータでこれらの連関表を作成するのは至難である。そこで「各地域を独立した経済単位とみなし, 国民経済についての連関表の推計値で他の地域のあらゆる流入流出を一つの移出入セクターに結合する」方法あるいは「地域についてではなく産業を集計する」方法のいずれかが採用される。実際には, チェナリー=モーゼス型, レオンチェフ=アイザード型, レオンチェフ=ストラウト型などがある。

これらの地域産業連関論では, いろいろな工夫がされているものの, 基本的には全国版の産業連関論と構造や手法が変わらないので, 上記の問題点はそのまま地域産業連関論のそれである。ただし, 「地域」概念をどのように考えるか, 交易関係にも規定される投入係数をどのように安定的なものとして確定するか, など固有の問題も抱えている。
「(B)地域産業連関表作成及び分析の実際」では, 表作成の現状, とくに北海道連関表(昭和35年連関表)について, 部門分類, 価格評価, 副産物・屑の取り扱い, 移輸入の取り扱い, 生産及びサービスの所属判定が解説され, 最後に通産局開発調査課, 北海道開発庁による北海道の連関分析の紹介がなされている。その有効性の評価には, 厳しい注文がつけられている, すなわち「連関表にあらわれてくる部門別生産額及び部門間の流通の現在の意味及び今後の変化を, これを基本的に規定している関係, すなわち各産業での支配的企業の動向と, 日本経済全体にしめる北海道産業の位置(これらは単に数値のよせあつめによっては把握しえない)等々との関連でとらえることなしに, 連関表にあらわれている数値のみによって, しかも雑多な平均によってはなはだその内容が希薄となっている係数に依拠して云々すること-ここにはやはり連関分析の過重評価の傾向があるようである」と(p.25)。

御園謙吉「法人企業景気予測調査・オーダーメード集計の利用可能性」『統計学』(経済統計学会)第102号,2012年3月

2016-10-09 22:02:09 | 7.統計による実証分析
御園謙吉「法人企業景気予測調査・オーダーメード集計の利用可能性」『統計学』(経済統計学会)第102号,2012年3月

公的統計の二次利用が始まっている。このなかで「オーダーメード集計」に関心が高まっている。筆者は2010年度からその提供がスタートした短観と法人企業景気予測調査の調査項目の組み合わせ集計を活用して,リーマン・ショック前後の企業の経営状況を試み,本稿ではその成果といわゆる「オーダーメード集計」の利用可能性が検討されている。

 筆者の問題意識は,業況調査(短観,法人企業景気予測調査など)が企業統計としての意義があるので,その調査項目をクロス集計すれば経営状況の重層的把握ができるということである。この問題意識のもとで,実際にオーダーメード集計(委託による統計の作成)で,それを試みた成果がこの論文である。具体的には,リーマン・ショック前後の利益変動を軸とした企業の経営状況の分析である。利用されたデータは,法人企業景気予測調査のオーダーメード(クロス集計)表である。

 構成は「法人企業景気予測調査とそのオーダーメード集計の検討要領」「リーマン・ショック前後の経営各局面の状況」「今後の課題と展望」となっている。

 「法人企業景気予測調査とそのオーダーメード集計の検討要領」では,この統計の簡明に要約されたプロフィールが与えられ(調査対象は法人企業統計の調査対象を層化無作為抽出[ただし資本金10億円以上の大企業は全数調査],標本法人数15000,調査項目は「判断調査項目」と「計数調査項目」),次いで筆者によりオーダーメード集計の中身と検討事項が示されている。

オーダーメード集計の中身は,経常利益を軸として,「貴社の景況」以下11項目のクロス集計で,データのカバレッジは2008年度第1四半期から2010年度第2四半期間までの10期分2年半である(リーマン・ショックとその後の回復過程の検討に十分な期間)。検討要領は,利益変動(「改善」「不変」「悪化」)に対する他の調査項目の選択肢とのクロス集計に関し,集計社全体に対する各セルの社数の割合を計算し,その時系列推移を見るというものである。具体的には,対象業種は製造業と非製造業を2区分し,対象企業規模を大企業[資本金10億円以上]と中小企業[資本金1億円未満]とに区分,そのうえでそれぞれが資金調達,生産過程,販売・利潤獲得の各局面で利益獲得に対しどのような状況にあったかを点検している。

「概況」の「CI(Composite Index)と景況BSI(Business Survey Index)の推移」「国内景況×経常利益」のグラフから始まり,【資金・仕入面】(「資金繰り×経常利益」「融資態度×資金繰り」),【生産面】(「原材料在庫×経常利益(製造業大企業)」「原材料在庫×経常利益(製造業中小企業)」「生産設備×経常利益(製造業大企業)」「生産設備×経常利益(製造業中小企業)」「従業員数×経常利益(非製造業大企業)」「従業員数×経常利益(非製造業中小企業)」「従業員数(期末水準)×臨時・パート数増減」),【販売面】(「販売価格×経常利益のc行内訳(大企業)」「販売価格×経常利益のc行内訳(中小企業)」)など,上記の要領で作成されたグラフが一覧されている。(c行は「不変」を表す)

 筆者が結果と特徴をまとめているので,それを紹介する。資金繰り面(カネ)では,全般に融資態度との関係を含め,製造業中小企業が敏感である。

生産面では,製造業大企業の「不況反応度」の大きさが目立つ。生産設備も原材料在庫(モノ)も不況期に経常利益との悪しき関係が強まる。これに対し,非製造業大企業の「不況反応度」は,従業員(ヒト)について非常に低い。

販売面では,販売価格については非製造中小企業が相対的に左右されやすいこと,製造業大企業が最も安定的であること,製商品在庫については経常利益との関係がおしなべて希薄であること,製造業大企業が不況期には在庫過剰で利益悪化の振幅が目立つこと,売上高については平時でも高い関連があること,が指摘されている。

 筆者は,いくつかの課題を確認している。「ヒト」が販売面の要素である,「反応度」を測る指標を改善すること,規模・業種の特徴を摘出できるようにBSIのような一目瞭然的な指標を開発すること,計数調査である「法人企業統計」とのリンクが可能になるような措置(リンケージ・オーダーメード)を講ずること,などの提案である。実際にオーダーメード集計を手掛けたうえでの提案なので,具体的かつ説得力がある。筆者の精緻で,丁寧な研究姿勢に好感がもてた。

福島利夫「格差・貧困社会と社会保障」岩井浩・福島利夫・菊地進・藤岡光夫編『現代の労働・生活と統計』北海道大学図書刊行会, 2009年

2016-10-09 22:00:47 | 7.統計による実証分析
福島利夫「格差・貧困社会と社会保障」岩井浩・福島利夫・菊地進・藤岡光夫編『現代の労働・生活と統計』北海道大学図書刊行会, 2009年

 格差社会論が喧伝されている。しかし。それは単に格差がある社会のことではない。格差は貧困を生み出すがゆえに,格差社会論は必然的に貧困社会論として深化する。この焦点の深化を示すものは,OECDが公表した相対的貧困率で主要先進国中,日本はアメリカに次ぐ高い比率(15.3%[アメリカ17.0%])であったこと(2000年),2005年の厚生労働省発表で当初所得のジニ係数が0.5を超えたこと,ワーキング・プアがNHKの番組で3度取り上げられたこと,北九州市の生活保護行政による犠牲者として餓死者・自殺者が発生したことが,象徴的である。

 格差社会論の展開は,筆者の整理によれば,次のようである。発端は橘木俊詔『日本の格差社会』(岩波書店,1998年)である。この本が対象としたのは1980年代から90年代前半の所得分配の状況である。しかし,問題はその後,1990年代後半のそれであり,背景に市場万能主義にもとづく新自由主義的「構造改革」があった。格差社会という用語は,正確には格差拡大社会というべきである。そしてそれは単に量的な格差としてではなく,質的な格差として把握すべきである。格差社会は質的な格差を本質とする階層社会であり,さらに言えばそこに対立としての格差,階級対立をみるべきである。階級論が登場する必然性は,そこにある。

 ところでその貧困への対策としての社会保障であるが,日本での基本的枠組みは「家族」という共同体の扶養機能を基盤とした「日本型福祉社会」と「会社」という疑似的な共同体の企業福祉機能を基盤とした「日本型企業社会」が相互補完して,福祉国家の代替機能をなすというものであった。政府は国民の生活保障を社会保障として直接行うのではなく,企業の成長を支援することで間接的に会社人間としての国民の生活保障を「会社保障」した。一時,1970年代の初頭,政府が1973年を「福祉元年」と呼ぶほどに種々の社会保障制度が実現したが,高度成長の終焉とともに社会保障の位置は片隅に追いやられ,それは生活上の事故や起伏のリスク分散対策として,社会保険制度中心に設計されたが,結果的に綻びが生じた。1990年代後半以降は,それまでの「家族」「会社」「公共事業」などがそれぞれ不安定化し,社会保障の果たす役割に期待がかかるものの,強調されるのは「自立自助」の強制であった。

 いま必要なのは,生活設計の基盤を「賃金」だけでなく,「賃金と社会保障」の枠組みに転換することであり,それぞれを根本的に改善することである(最低賃金制を生計費原則にもとづいてナショナル・ミニマムのひとつとして確立させること)。

 次いで筆者は格差・貧困の基本指標を掲げ,実態に迫る(2005年頃迄のデータ)。それらの指標は,①経済成長率(1999年に2年間連続のマイナス成長),②失業者(1999年から2004年まで300万人以上),③非正規雇用(2005年の役員を除く正規雇用の就業者は3374万人,非正規雇用者1633万人),④賃金(平均月間現金給与額の伸び率は,2005年に,事業所規模30人以上で1.0%上昇となったが,規模5人以上ではマイナス),⑤貯蓄率(従来20%台であったが,2004年には3.1%[国民経済計算]),⑥自殺者(1999年以降3万人超),⑦児童虐待(2006年度に3万7千人),⑧就学援助(2004年度に就学援助受給者は全国で約133万7千人,受給率の全国平均12.8%,都道府県では大阪が27.9%,東京が24.8%)である。

 雇用と賃金という労働の局面とは別に,税制は社会保障とともに格差と貧困問題に大きな役割をもつ。しかし,筆者の分析では,所得税と相続税で累進性が弱体化している。これに消費税のUPが追い打ちをかけ,現状では税制が格差を是正するのではなく,拡大を助長している。
 以上の点検をふまえ,筆者は生活保護,社会保障制度の実態がどうなっているかにメスをあてている。被保護世帯の増加,被保護人員が90年あたりから増えていること(2005年で前者は約104万1500人,後者は約147万5800人),指定都市である北九州での生活保護の「適正化」措置が餓死者や自殺者を出したことは既にふれたが,非保護人員の推移(指定都市14市のうち13市で被保護人員が年次とともに増加しているが[98年度­05年度],北九州市のみ変化がなく,むしろ減少傾向さえ見られた)にもあらわれたこと,低所得層のうち生活保護の補足率が低いこと(1999年で18.47%,1990年代の公的扶助捕捉率は,アメリカで75%,イギリス64-65%,ドイツ34-37%,フランス52-65%),非保護世帯の推移では稼働・非稼働別の検証が重要なこと,などが指摘されている。

 社会保障制度(日本のこの制度は乱立と複雑な体系であることが特徴)は格差・貧困を予防し,是正するものであるはずであるが,そこにも格差と排除のシステムが働き,再生産されている。筆者はそれを①制度別・階層別社会保障(年金,医療,児童手当),②保険料(年金・医療)の順で考察している。
 「基本的人権の保障と,応益負担ではなく応能負担の原則に基づく社会保障の制度設計が今こそ望まれている」と筆者は結んでいる(p.236)。

 筆者はテーマに関して,統計資料を細かくフォローし,種々の研究成果をよく理解して活用し,政府,自治体,財界の動きの内容と本質を丹念に整理している。説得力のある論稿である。

岩井浩「現代の失業・不安定就業・『ワーキングプア』-構造的変化と格差」岩井浩・福島利夫・菊地進・藤江昌嗣『格差社会の統計分析』北海道大学出版会,2009年

2016-10-09 21:58:54 | 7.統計による実証分析
岩井浩「現代の失業・不安定就業・『ワーキングプア』-構造的変化と格差」岩井浩・福島利夫・菊地進・藤江昌嗣『格差社会の統計分析』北海道大学出版会,2009年

 本稿は,執筆された当時,社会的問題になっていたワーキングプアの構造的変化と格差の進行を分析したものである。第一節では,失業・不安定就業をめぐる国際的動向が概観されている。使われたデータは,OECDの標準化失業率で,1990年から2006年までの各国の推移の説明がある。不安定就業,非正規雇用は国際的に拡大している。それは主要国のパートタイムの動向(1994­2006年)に顕著である。日本,イギリス,ドイツで,女性パートタイムの割合が高い。筆者はバブル後の新自由主義的グローバリゼーションと労働力の合理化・節約・終身雇用制の揺らぎにともなって総失業率が上昇し,若年層の失業率の拡大というかたちで失業の欧米化が進んでいると分析している。欧州の国々では積極的雇用政策と勤労福祉政策が採用されているが,日本の取り組みは遅れている。

第二節では,失業・不安定就業・ワーキングプアの分析視角が提示され,それらの基本構造が考察されている。現代の労働市場の分析では,顕在化した失業者数や失業率の規模と構成の把握とともに,その就業状態が不規則,不安定な労働者の測定がこれまで以上に重要になっていて,そのための統計指標体系の構築が求められている。失業と就業と非労働力の限界が定かでなくなっており,公表失業率の限界が指摘され,隠された失業としての潜在的失業指標および不安定就業指標としての非自発的パートタイム指標についての論議がある。失業の代替指標は失業と非労働力,失業と不安定就業に関する多様な格差の反映である。

「ワーキングプア」の分析では,アメリカ労働統計局のWorking Poor基準に依拠し,一橋大学経済研究所社会科学統計情報センター提供の就業構造基本調査の秘匿処理済ミクロデータが活用されている。ここでいう「ワーキングプア」は,最低生活基準にみたない低所得の失業貧困者と就労貧困者からなる。就労貧困者は,不安定就業の最底辺をなす「部分就業」である。「ワーキングプア」には就労貧困者と求職失業者とが含まれ,その貧困率は失業・就労貧困率を示す。関連して,筆者作成の「ワーキングプア」の雇用形態別属性の基本表が掲載され,「ワーキングプア」の著しい増大が確認されている(1992年の257万6663人から2002年の583万8147人)。

第三節では,上記の分析視角に依拠し,失業・不安定就業の日英比較が行われている(1992­2002年)。関連して,日本の失業・不安定就業の特徴と格差について言及している。この時期,日本はバブルの崩壊と長期不況によって特徴づけられ,イギリスは1970-80年の高失業の局面から好景気に移行した。使用された統計は,日本のそれは労働力調査(同特別調査,詳細調査),イギリスの失業・不安定就業については四半期別労働力調査,同年齢詳細表については労働力調査ミクロデータである。分析は①失業・不安定就業の概括的特徴と②失業・不安定就業の年齢別特徴とに分けて行われている。分析の結果として,日英とも失業・不安定就業の諸矛盾は,程度の差はあれ,女性と若年層に累積している。半ば失業状態の部分就業は女性と若年層に滞留し,拡大している。日本では非労働力人口中の就業希望者が増大し,とくに女性の比重が大きい。教職意欲喪失者の割合でも女性の高さが目立つ。その他の指標,たとえば35時間未満の短時間就業者の比率,そのうちの転職・追加就業希望者の割合,臨時雇,日雇の非正規雇用,そのうちの主に仕事に従事している就業者(非自発的非正規雇用)でも,増加傾向が顕著である。イギリスでは1970­80年代にかけて,失業・不安定就業はこの間,増大の一途にあった。しかし,1990年代に入ると,失業率は漸減した。パートタイム比率は,増大傾向にあり,圧倒的多数は女性である。年齢別特徴で言うと,日本では若年の長期失業率が以上に高い。イギリスでも事情は似ていて,若年層の高い失業率が目立つ。女性の年齢別求職意欲喪失者は,日英で顕著な特徴がみられ,イギリスでは55­64歳の高年層で高いのに対し,日本では若年層と35­44歳の年齢層で高い。格差に関して言えば,この時期,正規職員でも,非正規雇用で性別格差が拡大した。若年層の雇用の不安定と劣悪な雇用状態が顕著であるが,ここでも性別格差は広がっている。


第四節では,ワーキングプア増大の要因である低所得層の変動を就業構造基本調査の雇用・所得のクロス表にもとづいて分析し,ワーキングプアの雇用形態別格差を考察している。低所得層と雇用形態別属性とのクロス集計が行われ,低所得層が非正規雇用(パートタイム,派遣など)と深く関わり,「ワーキングプア」増大の基底にあることが示されている。その特徴は若年層に集中して現れている。「近年の日本の長期不況,労働市場の規制緩和,グローバリゼーションの進展を起因とする労働市場構造の変化は,全年齢にわたる正規の職員・従業員の減少を生じさせる一方で,不安定就業者層の急増をもたらした。それと同時に進行したのが,低所得層の急増である。それは,15-24歳の若年層の雇用動向に顕著に表れている。・・(略)・・不安定就業者の多くは女性である。/『ワーキングプアの分析』では,『ワーキングプア』の多くが不安定就業に集中しており,その多くは女性であることが明らかになった」(p.55)。「低所得と非正規雇用の増大に起因している『ワーキングプア』の滞留と拡大は,まさに不安定就業の劣悪な労働と最低生活基準以下の最低層の増大であり,失業貧困者の増大と就労貧困者としての『半失業』,『部分就業』層の滞留と拡大を意味している。社会的格差の根底には失業・不安定就業・『ワーキングプア』の構造的格差があり,それはまた100万世帯を超える生活保護世帯の増大にみられる最低生活層(貧困層)の滞留と拡大」につながった(pp.56-7)。