社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

長澤克重「産業・職業分類の変容」『統計学』第90号,2006年

2017-10-18 21:59:09 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
現在の国際標準産業分類(ISIC)は第4回改訂(2009年)にもとづいて,日本標準産業分類(JSIC)は第13回改訂(2013年)にもとづいて施行されている。国際標準職業分類(ISCO)は第4回改訂(2008年)に,日本標準職業分類(JSCO)は第5回改訂(2009年)によっている。本論稿は2006年に公にされているので,ISICについては第3回改訂(1990年),JSICは第11回改訂(2002年),ISCOは第3回改訂(1988年),JSCOは第4回改訂(1997年)を前提に書かれている。  
産業分類と職業分類に関するアカデミックな立場からの研究は,近年,減少している。理論的・歴史的なアプローチによる研究はもとより,分類の改訂内容・改訂動向についてもフォローされていない。その理由として,筆者はマルクス経済学の退潮をあげている。なぜなら,産業分類・職業分類についての研究はかつて,サービス労働論,生産的労働論争などマルクス経済学の中で論じられてきた経緯があるが,マルクス経済学への関心の低下は即この分野の研究への関心の低下と結びついているからである(「おわりに」での指摘)。

筆者は本稿で,このフォローを行い,改訂をめぐる論点をまとめている。主な対象は,国内的および国際的標準産業分類,標準職業分類である。またこの間に社会経済構造の変化を分析するために作られた産業分類・職業分類を,社会経済のICT化の実態分析にかかわるものに限定して取り上げている。

<産業分類について>
ISIC(国際標準産業分類)は,1990年に第3回改訂が行われた。サービス業を中心に大分類が増加する大幅な改訂であった(11から17)。この論稿が執筆された時点では,第4次改訂の作業が国連統計委員会によって設置された国際経済社会分類専門グループによって進められていた。第3次改訂以後15年を経過し,この間に情報通信産業の興隆を始めとして各種サービス業,バイオテクノロジーなど新産業が拡大・勃興し,新たな社会的・経済的変化を反映する分類が必要とされている。また,この間,世界各国・地域で利用されている産業分類の改訂が進んだので,それらとの間で,比較可能な調整がもとめられていた(特に北米産業分類[NAICS]との調整)。筆者は基本構造の改訂内容と方法論に関わる問題のポイントを要約して掲げている。

筆者は関連して上記の北米産業分類[NAICS]について紹介している。NAICSは1997年にアメリカ,カナダ,メキシコ3カ国の共通分類として創設された。NAICSの創設は,従来,使用されていたSIC(1987年改訂版)が製造業中心の分類であったため,サービス経済化の実態を反映しきれていなかったこと,1993年の北米自由貿易協定(NAFTA)の成立によって域内の共通分類が必要になったことが要因としてある。20ある大分類のうちサービス業関連が16を占めている。NAICSは2002年の改訂で,建設業と卸売業で大きな分類変更があり,小売業および情報産業でも変更が加えられた。ISICとの比較可能性については,2桁レベル(中分類)でそれが考慮されている。

 日本の産業分類は,2002年の第11回改訂で大幅改訂があった。背景には情報通信の高度化,経済活動のソフト化,サービス化,少子高齢化社会への移行にともなう産業構造の変化がある。また,国際的分類との比較可能性の向上が視野に入っている。改訂内容は,5つの大分類項目の新設(「情報通信産業」「飲食店,宿泊業」「医療・福祉」「教育,学習支援業」「複合サービス業」)が最大の特徴である。この改訂で見送られた検討課題もいくつかあり,筆者は舟岡史雄,坂巻敏夫,片岡寛,清水雅彦の指摘を紹介している。舟岡は,(1)主として管理業務を行う本社と持株会社の位置付け,(2)大分類「製造業」の見直し,(3)大分類「林業」「鉱業」の在り方,(4)Q-サービス業の再編成,(5)国際基準との整合性確保,を挙げている(「日本標準産業分類の改訂について」[2003])。坂巻は,製造業の分類体系の問題と分類における「旧密新粗」(かつての基幹産業の分類が密であるのに対し,高度成長期以降の基幹産業の分類が粗いこと)の問題を指摘している(「日本標準産業分類第11回改訂後の製造業分類に残された課題」[2002])。片岡は今後解決すべき課題として,産業区分の曖昧さの拡大,情報産業の範囲の確定,事業所における経済活動の多面性,イノベーションの成果と既存産業区分との不整合性,販売業分野の革新と分類の在り方,物財にサービス・システム・情報を加味した「融合型」商品ブランドの分類,NPO型経済活動の評価,企業分類の設定を挙げている(「産業分類の意義と分類基準をめぐって」[2002])。清水は製造業の分類基準(品目の同質性の基準)の明確化を提言している(「製造業における産業分類について」[2003])。

<職業分類について>
次に職業分類について。国際標準職業分類(ISCO)は,ILOによって作成,改訂が行われている。本稿執筆時点のISCOは1988年にILOで採択されたものが使われ,2007年改訂に向けた作業の最中にあった。職業分類は職業を仕事の類似性にしたがって分類したものであるが,ISCO-88では仕事の類似性を技能のそれで見ている。さらに技能の類似性を「技能のレベル」と「技能の専門性」の2つの次元でとらえ,技能のレベルの判断基準にユネスコの国際標準教育分類(ISCED)を利用して,4レベルに分けている。

日本標準職業分類(JSCO)は,1997年に第4回改訂が行われた。改訂の主な内容は,前回改定(1986年)以後の職業別就業者数の増加と減少,職業の専門分化の進展,国際比較性を考慮した分類項目の新設・統合・廃止である。男女共同参画社会実現の観点から,職業の名称変更が行われた。JSCOの国際比較上の問題点に関しては,西澤などの指摘がある。
本稿執筆に先だつ10年の産業構造の変化は,世界的にICT化が基軸であった。産業・職業改訂においてNAICS,JSIC,ISIC Rev.4 draftのいずれにおいても情報通信業,情報産業が大分類として設定されたことは,この反映である。筆者はこの動向を受けて,OECDによるICT部門の定義,米国商務省によるIT産業,IT職業の定義を紹介している。前者の定義の内容は,「データと情報を電子的に捕捉,伝達あるいは表示するような生産物を生産する製造業とサービスの組み合わせ」として示されている。後者で定義されるIT産業はハードウェア(コンピュータ関係,半導体,計測器など),通信機器,ソフトウェアとサービス,通信サービス(通信と放送)から構成されている。  
 筆者は最後に,21世紀が知識・情報・技術が社会のあらゆる領域の基盤として重要性をますので,知識生産や情報処理,技術開発などと関わる産業・職業が重要になってくること,このことから産業分類・職業分類の再編,見直しが必要にならざるをえないことを述べて,論稿を結んでいる。

岩井浩「現代インフレーションとその基本指標-金融統計-」内海庫一郎編『社会科学のための統計学』評論社,1973年

2016-11-24 11:13:34 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
岩井浩「現代インフレーションとその基本指標-金融統計-」内海庫一郎編『社会科学のための統計学』評論社,1973年

本稿は昭和30年以降の高度経済成長を誘因としたインフレーションを,基本的統計指標によって明らかにすることを目的としている。この時期(昭和30-42年)の物価騰貴の特徴づけ,物価変動の諸要因の究明,インフレーション概念の精緻化,基本的統計指標によるインフレーション現象の把握がテーマである。

 最初に,この時期の消費者物価の著しい上昇と卸売物価の安定的上昇,両者の乖離に特徴があるとの言及がある。消費者物価の上昇はインフレとして説明できるが,なぜ卸売物価の上昇は微増にとどまったのかと問うている。筆者はそれを生産財生産の労働生産性が急速に上昇したから,とみる。そのことによって,卸売価格は下落するはずであったが,インフレ要因と独占価格の下支えによってそのような結果にならず,漸次的上昇を示すここととなった。

物価(物価という概念は正確でなく,本来は価格と呼ぶべき)の上昇は,その程度を概括的,近似的にのみ把握できる。物価の絶対的水準をとらえるのは無理である。価格の変動は2つの要因,すなわち(1)商品側の要因と(2)貨幣側の要因によって生じる。(1)商品側の要因としては,①商品価値そのものの変動による価格変動と②商品にたいする需給関係に変動によるそれとがある。それに対し,(2)貨幣側の要因としては,①貨幣価値そのものの変動による価格変動と②価格の度量標準の変更によるそれとがある。インフレはこれらのうち,貨幣側の要因による名目的価格上昇である。

 筆者はここから貨幣論のおさらいに入る。価格が上昇すればインフレという俗説を排し,ここではまず貨幣の諸機能の説明(価値尺度機能,流通手段機能),貨幣流通の法則(PT=MV)が示される。Mは流通貨幣量,Pは各商品種類の価格,Tは流通諸商品の総分量,Vは貨幣の流通速度である。MVはPTによって規定される。この規定関係を逆にとらえると,貨幣数量説になる。さらに,紙幣流通の独自な法則(流通必要金量),不換銀行券とこの法則との関係が解説され,現代のインフレ現象の本質に迫る。

 「現代インフレーションの特徴は,国家による流通過程への不換国家紙幣の強制的投入という形態をとらずにインフレが進行していることである。それは,昭和30年以降の高度経済成長を誘因として,流通必要金量をこえる通貨流通量(不換銀行券および預金通貨の流通量)をもたらし,その反映として物価の名目的騰貴が起こっている点にある。だが,それは銀行券の不換化という形態での通貨価値の下落をもたらしているとはいえ,『紙幣流通の独自な一法則』に基づくインフレーションの古典的規定に依拠して発現している。したがって,現代インフレーションの基本的指標の吟味に際しても,インフレの基本的範疇の検討が行われるべきである」(p.269)。

 筆者はインフレーションの基本的指標として,(1)流通必要金量,(2)流通通貨量,(3)名目的物価上昇の3つのカテゴリーを間接的に捉える統計を掲げる。(1)流通必要金量に関しては,実質国民総生産,鉱工業生産指数,組み替えを行った産業連関表を挙げている。(2)流通通貨量に関しては,日銀券の平均発行高,預金通貨高(当座預金残高)を挙げている。(3)名目的物価上昇に関しては,物価統計の長期的推移に着目している。

 以上を総合的に活用し,物価統計そのものに示された消費者物価指数の上昇傾向,商品生産量の増加(昭和30年から41年までにGNPで2.8倍の増加,鉱工業生産指数で約4倍の上昇)に対応した流通必要金量(貨幣量),これを上回る流通通貨量(日銀券発行高と預金通貨)の増加が確認されている。すなわち,日銀券は昭和30年から42年までに約4.7倍の増加し,預金通貨は同時期に6.7倍の膨張を示した。また,手形交換高は同時期に5.7倍増加した。預金通貨の膨張は著しい。

 結論として筆者は「現代のインフレーションは,国家権力による流通外からの強制的な不換国家紙幣の投入という古典的な形態をとらず,経済成長による民間企業の資金需要の増大=市中銀行からの借入=中央銀行の対市中銀行への貸出というルートを通じて,通貨が膨張し,徐々に不換銀行券の減価を惹き起こしている点に特徴がある。これがクリーピング・インフレーション(しのびよるインフレーション),マイルド・インフレーションといわれるものの実体である」と述べている(p.274)。

山本正「経済的時系列の解析について」『山梨大学学芸学部研究報告』第4号,1953年11月

2016-11-22 11:08:57 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
山本正「経済的時系列の解析について」『山梨大学学芸学部研究報告』第4号,1953年11月

本稿の目的は記述統計の範囲で,経済的時系列解析の登場と展開,また経済変動分析の道具としてこれがもたらす意義,またこの方法に対する批判を検討することである。構成は次のとおり。「Ⅰ.はしがき」「Ⅱ.ミッチェルの景気変動分析に於ける時系列解析:(A)ミッチェルの体系と時系列解析,(B)ミッチェルの時系列解析,(C)Mitchell,Business Cycle(1927)に対するシュンペーターの書評」「Ⅲ.H.L.ムーアの経済循環期の統計学的研究における時系列解析:(A) H.L.ムーアの経済循環期の統計学的研究における時系列解析,(B)ミッチェル及びシュンペーターのperiodogram analysis に対する見解」「Ⅳ.経済的時系列解析の若干の沿革」「Ⅴ.我国における『伝統的』時系列法に対する若干の批判」「Ⅵ.結語」である。

筆者は最初にその著Business Cycle:The Problem and Its Setting,(1927)の第1章に依拠して,彼がどのような姿勢で,かなる方法で経済変動を把握しようとしたかを検証している。それによると,ミッチェルがbusiness cycle そのものを把握するために念頭においたのは,理論,統計,歴史である。理論はworking hypothesis の意義をもつが制約がある,複雑な現象である景気変動は量的測定によってのみ真に把握可能であり,積極的探求にとって不可欠な用具である。景気変動研究のための方法としては時系列解析が中心である。また,ミッチェルは制度学派に属し,景気変動を資本主義経済の所産とする歴史認識をもっていた。

 それではミッチェルは,時系列解析に何を期待したのだろうか。彼によれば,景気変動研究のための最も重要な資料は時系列である。素材のままの時系列は,趨勢変動,季節変動,循環的変動,不規則変動の4つの変動を含む。ミッチェルが意図したのは,これらのなかから循環的変動を抽出することであった。しかし,その抽出はハーバードの形式的な直線のあてはめなどによっては成功しない。それではどのようにこれを行うのか。ミッチェルはこの著の執筆段階においては,季節変動の除去はかろうじて可能であるとしたが,趨勢変動,不規則変動を除去するという問題は未解決であるとした。

 次に筆者は,H.L.ムーアのEconomic Cycles : Their Low and Causes,1914における時系列解析で調和解析が用いられたことを指摘し,これに対するミッチェルとシュンペーターの評価を示している。要約して言えば,そこで使用されたperiodogram analysisに対し,ミッチェルは満足すべき結果をもたらすほどに長期の時系列が揃えば有用な方法であるが,これを経済的時系列の解析に組織的に用いるならば重大な障害に直面すると述べた,シュンペーターもこの手法が気象データには有用性を発揮するかもしれないが,経済現象に用いてもあまり有効ではないとの評価をくだした。

 筆者はこれ以降、経済的時系列解析の沿革とこの手法に対する日本での評価(当時まで)をまとめている。前者では,16世紀から17世紀にかけて天文学の分野で時系列解析に始まり、その後、人口問題、business cycle での展開、経済および社会生活に作用する季節的影響の除去といった分野での適用が紹介されている。それらの目標であったのは、時系列データの趨勢変動、季節変動、循環運動、不規則変動への解析である。この解析がなされると、次の問題はある時系列と他の時系列との関係の量定が問われ、そして経済変動の予測に引き継がれる。後者の日本の統計学者の時系列解析に対する評価では、主として蜷川虎三による伝統的時系列解析法、すなわちハーヴァ―ト式解析法に対する批判が5点にわたって紹介され、さらに推測統計学の立場にたつ北川敏男がやはりこの手法の批判していたことに言及している。

 筆者はここで,理論と統計との関係で,ミッチェルとシュンペーターとでは両者の融合的活用という点で一致していたが,理論の絶対的優位を唱えるシュンペーターと理論と統計の両者を等しく強調するミッチェルとで差異があったと,指摘している。    

 筆者は「結語」で5点にわたってまとめている。
第1に,標準的方法で得られる循環変動は,ミッチェルの指摘するように,偶然的不規則変動と結びついているという欠陥をもつ。一見数理的厳密さをもつかのようにみえるperiodogram analysisによって循環期を得ることが出来るにしても,経済現象に適用される際には難点が出てくる。ミッチェルの指摘するように,この方法は相当長期間にわたり資料に適用されて効果があらわれるが,第一次世界大戦以後の経済実態にこれをあてはめて画一的周期をもとめるのは疑問である。
第2に,データに機械的に曲線をあてはめて趨勢変動を得るだけでなく,その曲線のあらわす数学的意味が経済理論の示すところと一致するか否かを検討しなければならない。そうでなければ原系列から意味のない値を除去することになり,真の循環的運動を確認することができない。趨勢変動と循環変動との関係の解明が課題となる。
 第3に,不規則変動の扱いは,時系列解析の最大の難点である。所与の時系列において,何を偶然的なもの,不規則的なものと規定するかは極めて重要である。理論と統計技術の発展をまたなければならない。
第4に,経済統計学者は種々の周期をもつ循環変動を発見している。そのうちのいずれが真の周期であるか,資本主義経済過程はなぜその周期をもたなければならないかなどの問題について,形式的統計学者は答えを用意していない。この点でも,理論と統計とが融合した爾後の研究に期待せざるをえない。

 第5に,時系列解析は資本主義経済過程の最も特徴的な現象である景気変動ないしは恐慌状態の把握の手段として,有用である。一般に統計方法は理論が把握しえないものをとらえることに意味があり,また理論に指導されて初めて効果を発揮する側面をもつが,景気変動のような複雑な現象ではとくにこの点の了解が妥当する。ミッチェルによる時系列解析の重視は,肯定できる。しかし,理論と統計との関係でミッチェルの立場をとるか,シュンペーターの立場をとるかに関しては簡単に断定できないものの,筆者は理論の統計に対する指導的地位の確認を一応の結論としている。時系列解析は四種の変動に区分し得るが,循環的変動の抽出に主眼をおきながら,これら4つ変動を個別に理論的意味づけ,それらの相互関係を明確にしなければならない。      

岩崎俊夫「地方自治体の行政評価と統計活動」『立教経済学研究』第62巻第2号,2008年10月(『社会統計学の可能性』法律文化社,2010年,所収)

2016-10-09 19:53:26 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
岩崎俊夫「地方自治体の行政評価と統計活動」『立教経済学研究』第62巻第2号,2008年10月(『社会統計学の可能性』法律文化社,2010年,所収)

 筆者は執筆動機を3点にわたって説明している。第一は,筆者が研究分担者として参加した科研プロジェクト『地域経済活性化と統計の役割に関する研究』(2006-09年度)*の成果の公開という義務による。成果の一部を筆者の関心にもとづく要約である。第二は,自治体の政策立案,行政評価における統計の活用の必要性が問われながら,この課題への現実的対応を点検する作業の緊急性という認識による。第三は,各都道府県,市で行われている経済活性化のための立案,評価に統計が具体的にどのように利用されているのかを明らかにした研究が少ないので,その空隙を埋める必要があるという判断による。
 *本論稿は筆者がメンバーのひとりとして参加したプロジェクトの聞き取り調査で得た情報にもとづいて執筆されたものである。調査先は具体的には,北海道,岩手県,宮城県,山形県,福島県,埼玉県,長野県,新潟県,香川県,青森県,群馬県,栃木県,茨城県,千葉県,岐阜県,福井県,静岡県,石川県,富山県,沖縄県の各道県庁である。市自治体では,札幌市,小樽市,青森市,盛岡市,北上市,八戸市,山形市,仙台市,前橋市,宇都宮市,水戸市,千葉市,さいたま市,福井市,金沢市,静岡市,長野市,新潟市,静岡市,三鷹市,高松市,那覇市である。詳細な報告書は『地方統計の利活用と活性化(2006~09年度調査の記録)』(研究代表/菊地進),2010年7月。

第1節「自治体行政評価のフレームワーク」では行政評価の定義,総合計画の諸特徴(行政改革・評価の実際とその理論的基礎にある新公共経営の内容,計画策定プロセス),行政評価導入の契機と法的整備などについて要約がなされている。第2節「総合計画と政策評価システム」では三重県の総合計画と行政評価(事務事業評価),静岡県のそれ(棚卸評価)について,聞き取り調査の結果と資料をもとにした要約が与えられている。第3節「総合評価・行政改革と統計活動」では,自治体の行政改革のなかで統計業務がどのように展開され,統計がどのように利用されているかがまとめられ,今後の課題が展望されている。

 とくに三重県総合計画「県民しあわせプラン(2004-13年度)[第二次戦略計画]」,静岡県総合計画「魅力ある“しずおか”2010年戦略プラン-富国有徳,しずおかの挑戦」の紹介が詳しい。また三菱総合研究所が定期的に実施している自治体の行政評価に関するアンケートの結果が活用され,自治体行政における改革の当時の実態がよくわかる。

最初に,1990年代半ば以降に始まった地方自治体の諸改革(行政評価)が紹介されている。発端は三重県の「事務事業評価システム」(1996年度以降)であった。他に例として,北海道の「時のアセスメント」,静岡県の「業務棚卸評価」,青森県の「政策マーケティング」があげられている。

行政評価とは,政策(施策)評価,事務事業評価を内容とする行政運営の評価である。それらには幾つかの特徴がある。
 第一は,多くの自治体が中・長期の総合計画をもち,改革がそれらの作成の一環として進められたことである。そこには,いくつかの共通性がある。それは総合計画の全体が上層から下層へと三角形状に配置される「基本構想」「政策」「施策」「基本事業」のシステムとなっている点などである。筆者は例として北上市の「北上市総合計画(2001-2010)」を取り上げ,この計画の構成を示している。

第二は,これらの総合計画が濃淡の差はあれ,新公共経営(NPM:New Public Management)理論をベースにしていることである。NPM理論とは1980年代半ば以降,イギリス,ニュージーランドなどの諸国で行政に最小された「革新的な」行政理論で,具体的には民間企業の経営諸手法の行政現場への導入として特徴づけられる。そこでは各層で政策,施策,事務事業のPDCA(Plan, Do, Check, Action)サイクル,PDS(Plan, Do, See)サイクルが組み込まれ,数値目標が設定されたそれぞれのアウトプット(活動指標)とアウトカム(成果指標)に対して評価が与えられ,その評価にもとづくそれぞれの進行状況が点検される。

第三は,計画策定プロセスにいろいろな工夫が講じられたことである。市民アンケート,パブリックコメントの採用,地域での意見交換会の実施などである。知事選挙におけるマニュフェストとの調整には,固有の難しい問題がある。マニュフェストを優先させてそれまで走っていた総合計画を廃止した県もあったようである(新潟県)。    

 以上のような自治体の行政改革が一挙に進んだ背景として筆者があげているのは,次のような要因である。すなわち(1)深刻な財政危機,(2)行政に対する住民の信頼の不信,(3)従来から叫ばれていた地方分権化の促進である。そこに行政評価が積極的に採用された契機としては,概略のところ,(1)地方公共団体による政策裁量の拡大,(2)住民による政策評価の結果や進行過程の開示要求,(3)上記のNPM理論の試験的遂行の要請などがあったと考えられる。

 筆者は本稿でさらに,数値目標の設定の仕方を埼玉県の「ゆとりとチャンスの埼玉プラン(埼玉県5カ年計画)」で点検している。それによると,数値目標の設置は,(1)理想数値としての設定,(2)政策的配慮にもとづく設定,(3)過去の趨勢を外挿した設定,(4)全国水準,他の地域との比較による設定,などがある。
統計活動を政策と立案と結びつけることの重要性という判断をもったと思われる一部の自治体では,統計セクションの位置づけに変化がみられた,という。統計室が政策部に属するようになった三重県,また統計係が企画部企画経営室のなかにある三鷹市などは,その好例である。      
 いくつかの自治体の政策関係,統計関係の部署をまわって,そこでの聞き取り調査から得た情報を基本に,その後の若干の資料による裏づけを行って執筆された論稿なので,全体がやや断片的な事実の記述になっているきらいはあるが,筆者はそれでも努力して当時の地方自治体の改革の動きの「核となるもの」を掴もうと努力している。くわえて聞き取り調査という実践的活動を背景に書かれているので,内容がリアルであり,ルポルタージュ的な気分も感じられる。   

泉弘志「生産性計測とキャピタルサービス(第8章)」『投下労働量計算と基本統計指標-新しい経済統計学の探求』大月書店, 2014年

2016-10-09 19:49:17 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
泉弘志「生産性計測とキャピタルサービス(第8章)」『投下労働量計算と基本統計指標-新しい経済統計学の探求』大月書店, 2014年

 全要素生産性の計測で, 資本投入量は資本サービス(キャピタルサービス)が使われる。『OECD生産性測定マニュアル』(以下, OECDマニュアルと略)は, これを説明した代表的テキストである。筆者はこの『OECDマニュアル』のキャピタルサービス概念を検討し, 自らの投下労働による生産性の計測を推奨している。理由として, 以下の諸点を掲げている。
・投下労働による生産性の計測は, 『OECDマニュアル』の生産性が固定資本, 労働力に体化されていない部分だけを計測しているのに対し, 生産の全過程に関する生産性を計測できる。
・『OECDマニュアル』の測定法は, 生産者の費用最少といった特定の経済制度のもとで機能するカテゴリーを使ったのに対し, 投下労働による生産性の計測は経済制度の異なる経済間の生産性比較に適した歴史貫通的カテゴリーを使った方法である。
・投下労働による生産性の計測は, より優れた生産方法の判断をする際に, 常識にかなった方法である。産業連関表と産業連関分析の方法を活かすことができる。

 筆者は以上の諸点を結論部分で示しているが, そこに至るいくつかの重要なことを述べている。一つは, 『OECDマニュアル』の測定法は, 固定資本に体化された技術水準の変化が生産性の変化に反映されないことである。筆者は, 「体化された技術変化と体化されない技術変化の両方を含めた技術水準の変化」の計測の重要性を強調している。『OECDマニュアル』の測定法は, 新古典派経済理論に依拠し, 理論との整合性を重視したので, 結果として「体化されない技術変化の計測」だけに関心が向けられたようにみえる。しかし, 一般的には, 「体化された技術変化と体化されない技術変化の両方を含めた技術水準の変化」が生産性の実証研究に欠かせない。

 そもそもキャピタルサービスは, 生産過程における資産の働きの大きさである。生産過程からこの部分を純粋にとりだすことは困難である。ましてや, 実際の統計で測定するのは難しい。既存の計測結果は, 誤差を多く含んだものである。

 また, 『OECDマニュアル』の測定法は, キャピタルサービスを固定資本ストック量に比例するという仮定で推計している。しかし, この仮定は現実的でない。筆者はこのことを, 年々の産出量は同じ, 固定資本以外の投入要素も同じ, 固定資本に関しては耐用年数が延びるという技術変化だけがあった場合で, 説明している。この場合, 年々のキャピタルサービスの量は同じである。しかし, それに対応する金額を利子率で資本還元してもとめられる資本ストック金額は増大する。この価額の議論は, 耐用年数が長い固定資本ストックが短い固定資本ストックより物量が大きいことの反映である。いずれにしても, キャピタルサービスは固定資本ストック量に比例しないことがある。

 筆者は, 生産性計測の別の方法を提唱している。『OECDマニュアル』の測定法は, 固定資本と労働を本源的投入要素と考え, 産出量と投入量としてのキャピタルサービスおよび労働サービスとの比率で生産性を定義するが, 筆者は生産性を産出量とそれを生産する直接・間接に必要な労働量および天然資源との比率で定義し, 固定資本についてはこれを広義の中間生産物・中間投入物とみなす。各産品単位物量を生産するのに直接・間接に必要な労働は, 産業連関表を使って, 次式をたて, tについて解く。
 t=t(A+D)+r 

ここで, t:産品別単位物量を生産するのに直接・間接に必要な労働量を示す行ベクトル
A:中間投入係数行列
D:固定資本減耗係数行列
r:産品別単位物量当り直接労働量を示す行ベクトル

生産性はこれによって, 全面的に計測し, 分析することが可能になる。