社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

岩崎俊夫「産業連関分析の方法と課題」『統計学の思想と方法』北海道大学図書刊行会,2000年

2016-11-02 15:09:49 | 8.産業連関分析とその応用
岩崎俊夫「産業連関分析の方法と課題」『統計学の思想と方法』北海道大学図書刊行会,2000年(「産業連関分析の現在とその展開」(『統計的経済分析・経済計算の方法と課題』八朔社,2003年,所収)

筆者は1979年に「産業連関分析の有効性について」(『経済学研究』[北海道大学]第29巻第3号)を執筆し,この分野での批判的研究を始めたが,以後数本の関連論稿(「産業連関分析と経済予測-RAS方式による投入係数修正の妥当性について-」『経済学研究』[北海道大学]第30巻第1号,1980年;「産業連関論的価格論の批判」『経済分析と統計的方法』産業統計研究社,1982年;「産業連関分析の有効性に関する一考察-その具体的適用における問題点-」『研究所報』[法政大学日本統計研究所]第7号,1982年;「産業連関表の対象反映性」『経済論集』[北海学園大学]第30巻第4号,1983年など)を公にした。これ以降,産業連関分析についてのまとまった論文は書いていない。その意味で,本稿は,筆者によるこの分野の業績の集大成である。

 筆者は本稿の課題についてまず,次のように書いている。課題は,「経済分析の主要な道具に数えられる産業連関分析を方法論の視点から検討し,同時に連関表の利用の指針を検討することである」。この表明だけであれば,これまで言い尽くされてきたことである。筆者は,この叙述に続いて次のように述べる。「かつてこの分析手法に対して指摘された方法論的難点は,既に解消されたのでだろうか。あるいはまた,連関表のデータの蓄積が進み,種々の連関表の作成と分析が進行している現在,この課題の設定はどのような意義があるのだろうか。・・・こうした疑問に応えたい」と。

 構成は次のとおりである。
 「Ⅰ.産業連関分析利用の前提条件[1.産業連関分析の構成と前提:(1)産業連関分析の問題点,(2)産業連関分析の原理と諸仮定(3)仮想現実の産業連関分析][2.産業連関分析の展開とその特徴:(1)産業連関分析の定着と相対化,(2)ケインズ型産業連関分析の位置]」
 「Ⅱ.産業連関分析の特徴と問題点[1.産業連関分析の作成と利用:(1)産業連関表の作成,(2)産業連関表の利用方法][2.産業連関表の拡充と記述的利用:(1)産業連関表の拡充,(2)記述的利用例(スカイライン分析)]」
 「Ⅲ.産業連関分析の評価基準(方法と視座)[1.質的産業連関分析の意義と限界:(1)質的産業連関分析の内容,(2)方法論的検証の曖昧さ][2.産業連関分析の評価と「客観の視座」:(1)統計数理の社会事象化,(2)「客観の視座」による問題提起]」

 第Ⅰ節では,連関分析の方法論的批判の意義を確認し,連関分析の基本構造と問題点の整理についてまとめている。内容的には,連関分析がある種の仮想現実のもとで成立する分析方法であること,連関表の多様な記述的分析方法が進展している中でその意義が相対化されていることが指摘されている。また,ここでは従来のケインズ型連関分析をある特定の社会経済的背景のもとで妥当する方法であるという見解の紹介が行われている。

 第Ⅱ節の論点は,次の3点である。①連関表は現在そのようなものがどのように作成されているのか,その現状について,②連関表の利用はどのような方法で展開され,またされるべきなのか,③連関表の記述的利用はどのようなものがあるのかその確認,以上である。
 記述的利用例は多数あるが,ここではとくにスカイライン分析が紹介されている。スカイライン分析とは一国経済の対外依存度,あるいは国内自給率を産業別に測定し,経済発展の程度を各産業の最終需要に対する国内生産と輸入代替の関係から類型化する方法である。分析結果を示すスカイライン・チャートに描かれたものが林立するビルの形と相似するので,その名がある。

 第Ⅲ節では連関分析の評価基準について論じられている。あわせて連関表を利用した質的連関分析(連関表の内生部門に着目し,そこに形成される中間財のフローに依拠した産業相互間の客観的関係を抽出する記述統計的方法)の意義と限界とが検討されている。質的連関分析を引いたのは,その展開がこの論稿で方法論批判の見地からとりあげたケインズ型連関分析との対極でなされているからである。ケインズ型連関分析を絶対化せず,過大評価しない点で,質的連関分析を推奨する論者と筆者との間には共通項がある。しかし,評価の視点は異なり,ここではその点が明確にされている。

 論稿の末尾で筆者は7点にわたり,結論を与えているのでそのまま引用する。
 (1)産業連関表は政府が継続的系統的に作成し,データの蓄積は膨大である。連関表作成,公表の拡がりは,全国表だけでなく通産省などの国際産業連関表,各自治体の地域産業連関表,個別経済問題,とくに環境問題分析用産業連関表にも及んでいる。
 (2)連関表の推計的利用である標準的産業連関分析は,こうした連関表作成をベースに定着している。さまざまな連関分析が種々の経済問題領域で実施されている。パソコンの急速な普及がこれを支えている。
 (3)しかし,連関分析の方法論的反省はほとんどみられない。経済理論的な検討もないまま統計計算がスクラップ・アンド・ビルドの状態である。連関表の推計的利用方法の延長にある新型の連関分析は意匠をこらすが,標準型の連関分析に固有の方法論的難点を解消していない。むしろ,それを引き継ぎ,助長している。
 (4)連関分析の記述的利用の方法も,多面的に展開されている。データの宝庫である連関表からは部門別生産額,付加価値額などを知ることができる他,各種係数(影響力係数,感応度係数)を導出して実証分析に寄与できる。生産・貿易構造の国際比較分析に利用されるスカイライン分析も記述的利用の一形態である。
 (5)ドイツで展開された質的連関分析(産業部門間の関係の量的側面を捨象し,質的構造,産業部門間の質的構造のみに着目する分析方法)は,注目に値する。その支持者は一方で伝統的ケインズ型連関分析を特殊歴史的な分析方法と位置づけ,他方で独自の質的連関分析を提示する。伝統的ケインズ型連関分析を絶対視することなく,この方法を相対化してとらえる。
 (6)日本の質的連関分析の支持者によるケインズの支持者によるケインズ型産業連関分析の位置づけは評価に値するが,この分析手法の方法への言及,検討がない。この点に不満が残る。
 (7) 質的連関分析の支持者によるこうした評価が出てくる理由は,大屋統計学の「客観の視座」が下敷きにあるからである。社会科学の方法論的立場が十分に課題としてとらええなかった諸問題の指摘は傾聴できる。しかし,統計数理の社会事象化にかかわる論理の肯定的理解には納得できない。    

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