社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

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石原健一「指数論」『統計学』第69・70合併号,1996年

2017-10-07 11:05:18 | 9.物価指数論
経済統計学会の指数論研究(1986-95年)をサーベイした論稿。筆者はこの間の指数論研究は,それ以前の10年間と比べて,研究者が少なく,総じて低調だったと総括している。それにもかかわらず個別的には重要な成果がみられたので,その紹介となる。全体は次の7節に区分されている。「1.指数の経済理論および対象反映性」「2.ディヴィジア指数」「3.地域差指数」「4.銘柄規定の変更。本質変化」「5.消費者物価と卸売物価の乖離」「6.国際比較」「7.寄与度・寄与率」。   

 「1.指数の経済理論および対象反映性」では,主として岡部純一「物価指数論から物価指標体系論へ」(1989年)が紹介され,筆者のコメントが付されている。岡部は物価指数の両義性(「物価指数としての役割」と「生活費変動の統計的測度の役割」)を指摘する。また,①いわゆる一般物価指数の測定から派生し,最終需要段階の測定へ特殊化されていく側面と,②家計調査等の生活費調査が生計費指数へと定型化されていく側面とが接近していく過程に着目する。さらに物価指数論における客観価値説と主観価値説という対立図式でみると,前者は不定標準指数であり,後者(消費者選択理論の指数論)は生計費指数に近いがゆえに,両者の議論はかみ合わず,それゆえ消費者選択理論の指数論はその主観性ではなく,客観性によって批判されるべきと言う。

消費者選択理論の指数論およびCPI論は,一方で消費主体から独立したマクロ的消費標準物価指数へ,他方で実質賃金算定指数に妥当な生計費指数の要求へと二方向の統計目的に分裂している。そして,CPIを実質賃金算定指数の指標として利用すれば,(1)その「対象と消費支出は賃金というで購入される生計支出とずれている」ために生計物価指数といえず,(2)「消費者疎外の動態を隠蔽している」ため,同一生活水準維持指数でもない,と結論付ける。

筆者は岡部が上記①と②のプロセスを並立に扱ってCPIの性格を論じることに,また岡部のいわゆる「生計費」の内容が明らかでないので,使用される「生計費指数」という用語の性格が不明確であることを指摘している。
 玉木義男は内閣統計局生計費指数と総務庁統計局消費者物価指数を比較検討し(「生計費指数について」[1987年]),前者はその誕生から物価指数そのものを測定するものであり,決して生計費そのものの変動を測定するものではなかった,と結論づけている。そして,生計費指数の諸類型が明示され,いずれの指数を選択するかは「生計費」の捉え方と指数の利用目的によって規定される,としている。この時期には他に永井博のカジネッツ指数論の検討,山田貢の「関数論的物価指数論の一解釈」(1985年)がある。    

 次に筆者は「2.ディヴィジア指数」でディヴィジア指数を紹介している。この指数はソローが技術進歩の測定に用いてから,消費理論,生産理論,および貨幣需要理論へと応用領域を広げた。しかし,この指数は経路依存性(価格が基準時点から比較時点までどのような経路をたどったかに依存するとする説),不変性(所得と効用が一定で個別価格だけが変化する場合,物価指数は変化しない,とする)など価格指数として不都合な性質をもつ。そのため,ディヴィジア指数は消費者物価指数に適用されない。
「地域差指数」では川副延生の業績をとりあげている。その内容は,中国統計資料から4都市の価格およびウェイトの資料を収集し,総務省統計局の地域差指数の算式にしたがって小売物価地域差指数を計算するというものである。筆者はこの種の消費者物価地域差指数を作成する場合,その作成目的が①各地域市場の物価水準差を表す指標,②各地域住民の消費支出を実質化するためのデフレータ,のいずれであるかが重要であると,コメントしている。また指数の精度を高めるには,大規模な価格調査が必要で,品目別価格として銘柄指定方式と実効単価方式のいずれを採用するかも重要な問題になると述べている。

物価指数の理論を検討するには,銘柄規定と品質変化の問題を避けて通れない。川副は上記の作業をとして,銘柄規定の問題およびその変更に関しての特徴を把握するには,小売物価指数の精度を評価する場合に役立つと指摘し,筆者も同意している。
また,調査品種が新しいもの変更される理由のひとつに「品質変化」があり,これを捕捉するための方法としてヘドニック・アプローチがある。筆者は「ヘドニック価格指数の基本問題」(1981年)でこの方法の検討を行い,その基礎にあるランカスターの「新しい消費者理論」がもつ問題点を浮き彫りにした。その結果,考慮しなければならない問題点として,「『新しい消費者理論』では,『特性』を明示的にとり入れることによって品質問題を分析するが,その新しい品種とは,旧来の財と比べて,含まれる特性の比率が変わる財のことである。既存の特性以外の新しい特性を含む財が出現した場合,それは全く別の商品とみなされ,以前とは異なる効用関数を想定しなければならず,異なる特性を含む新商品が消費者行動に及ぼす影響を分析することはできなくなる」ことを指摘している。

山田貢は同一品目内の銘柄変更より,品目改正の場合に,CPIはより根本的問題を内在させていると言う(「消費者物価指数における銘柄変更問題と指数の意味」[1988年])。その問題とは,CPIが生活構造を一定として生計費の変化をはかるとしているので,新商品の出現はすべて生計費の変化ととらえられ,指数に反映されないことである。また山田は商品の「本質的な」品質変化を取り除くことは重要であるが,効用理論からアプローチすると主観的要素が入りやすく,結果として実質的価格変化をも逃すとして,ヘドニック・アプローチを批判している。
その他,消費者物価と卸売物価の乖離の問題を長く分析しているのは,学会の会員ではないが水野裕正である。購買力平価(PPP)の領域の研究を行っているのは,宍戸邦彦である。寄与度・寄与率の研究では,関弥三郎の業績が顕著である。
筆者は最後に,西友物価指数,アメリカのR.E.ハル(R.E.Hall)による合理的期待仮説の消費者理論の成果に触れ,後者が消費者物価指数の経済理論(関数論的物価指数論)に何らかの影響を与えるのではないか,との予想を表明している。
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三潴信邦「生計費指数批判の背景-第25回経統研総会報告再説-」『統計学』第41号,1981年9月

2016-11-15 22:17:19 | 9.物価指数論
三潴信邦「生計費指数批判の背景-第25回経統研総会報告再説-」『統計学』第41号,1981年9月

 東京都は1978年7月から1980年3月まで,「世帯階層別生計調査」を行っていた。当時は,美濃部(亮吉)知事都政下であった。この間,2冊の年報が刊行された。それが80年4月に,知事が鈴木俊一に代わり,この調査は廃止された。直後に「物価指数研究会」(主査:倉林義正)が設置され,このなかで東京都が独自に行った上記の生計費指数(CLI)に対する批判がなされた。

 本稿の目的は,(1)総理府のCPI批判として登場した自治体・東京都のCLIに対する上記の「物価指数研究会」の批判がどのようなものであるかを紹介,検討すること,(2)経済統計研究会が会則(第2条)に掲げる「社会科学に基礎をおいた統計理論の研究」ないしは「統計の批判的研究」がどういうことなのかを確認することである。関連して新SNAという枠組みを前提に経済統計の研究を行うことが,どのような意味をもつのかを再検討することも念頭に入れている,と言う。

筆者は「物価指数研究会」によってまとめられた『物価指数研究会報告』(総理府統計局,1976年4月)によりながら,この研究会の考え方を糺している。「第1章:消費者物価指数のにおける消費者及び消費支出の範囲と概念」を執筆した倉林は,「消費者」を所得の収支と資産の管理の主体であるとし,これを「均質な家計の集団」と考える,としている。この見解に対して筆者は,CPIの基本的性格がここに明瞭に説明されていること,「消費者」概念はSNAの中で制度的に位置付けられ, 技術的人為的に作られた非歴史的概念であること,この「消費者」概念と辻褄のあうCPIが考えられていること,均質で平板なこの概念が現状分析に意味をもたないこと,関連して所得階層別CPIが量的に区分された所得分布の分位階級別CPIにすぎないことを批判的に指摘している。    

 倉林はまた,「消費支出」が生産活動から消費活動へ流出する財・サービスのフローであって,「所得の移転」(各種の税金,社会保障費に対する負担)とは別の概念である,これらを「消費支出」に含めては所得と消費を結ぶバランス関係の維持という原則に抵触する,と述べている。筆者はこの見解に対しても,このような発想はSNAの枠組みで経済循環をみる独特の経済観に由来すると指摘している。

 以上のように理解する倉林は,家計の生計費用に税金,社会保険料あるいは土地・家屋購入関係費を算入するCLIに対し,これでは概念上の構造的連関という整合性に破綻をもちこむものである,と批判する。関連して,倉林はCLI作成者が「国際的な研究動向に関する無知と誤解」をさらけ出していると論評している。筆者は倉林見解の前者に対し,「斉合性とは何か。SNA体系以内での技術的つじつま合わせ,ということであって経済の実体とはおよそ無関係な概念の遊戯ではないか。斉合性という基準からはCLIは一顧だにしない,というのであれば,逆にSNA的斉合性からはどのような『社会科学』に基礎をおいた経済統計の研究が導き出されるのかを問いたい」と反論している。また後者に対して,筆者は倉林のこの指摘がILOでの第12回国際労働家会議(1973年10月,ジュネーブ)での決議を念頭にいれたのであろうと推し量り,倉林はこの決議の内容の一部(自動車運転免許料,自動車登録料等の料金を世帯消費支出に含めていること)についても不満と批判を提起していたが,実はILOはSNAに完全に概念を一致させよ,実査面でこの体系に定義された概念,分類などをそのまま使用せよとは勧告していなかったこと(留保条件の存在)を確認している。この会議は必ずしもSNA一辺倒でなかったのである。ゴリゴリのSNA信奉者である倉林が不満をもったのはある意味で当然であった。

 「経済統計の体系をSNA体系に「収束」させるということは,SNA勘定システム間のバランスや整合性を自己目的とする限りでは有意味ではあっても,現実の経済社会の分析,・・・都民の大多数を占める中小企業労働者の家計,労働力の再生産の実相解明,にとってSNAは何の関係もない,ということになる。今やCPIは本格的にSNAに組み込まれていく運命にあるらしいが,CLIの意義を抹殺しなければまるでSNA体系が崩壊しかねまじき発想はかえってSNAのよって立つ経済学の社会科学としての非科学性をみせつけているわけである」(p.85)。

 筆者はこの後,「社会科学」に基礎をおく「統計の批判的研究」を研究目標に掲げる経済統計研究会がSNAに対してどのような評価を下すのかが問題であるとしながら,しかしこの頃に登場してきた「数理操作の補助手段としての積極的利用」や産業連関分析の利用が結局SNAの効用の評価につながるのではないか,と懸念している。その懸念の延長線上で,「マルクス経済学の立場にたてば」「労働者階級の立場に立てば」,SNAもまたTOOLとして有用であるとする見解があるとすれば,その見解には全く同調できないと,釘をさしている。
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山田貢「消費者物価指数における銘柄変更問題と指数の意味」『経済論集』(大東文化大学)第45号,1978年3月

2016-11-15 22:15:47 | 9.物価指数論
山田貢「消費者物価指数における銘柄変更問題と指数の意味」『経済論集』(大東文化大学)第45号,1978年3月

本稿の目的は,銘柄変更が消費者物価指数の意味,内容にどのような影響をもつかを明らかにすることである。CPI の前提となる小売物価調査では,品目と銘柄について,一定期間同じものがが調査される。しかし,同じ銘柄が長期間変わらないままであることは稀なので,実状にあわせて適宜変更される。

 現行CPI (ラスパイレス式)は,基準時点の生活構造を前提とし,比較時点の生計費の変化を測るものである。基準時点の生活構造を前提することは,同じ質と量の商品とサービスを比較時点でも購入すると仮定することであるが,生活様式あるいは生活構造は時間の経過とともに変化するのが普通である。この変化は品目の変化(例えば洗濯板から電気洗濯機へ)と銘柄の変化(例えば一槽式の電気洗濯機から二槽式のそれへ)とに分けて考えられる。品目の変化の場合は生活の質の向上とみなし,その価格変化を指数に反映させない方法がとられる。

実質的に商品の内容が変化している場合(明らかに品質や機能が異なる場合)には,価格指数の接続は同じ月の新旧銘柄の価格比によって行われる。単なるブランド名の変更のような内容,機能の変化がない場合には,新旧銘柄をそのまま接続する。前者では品質の変化を正確にとらえることができるかという問題,また品質向上を効用の増加とみなすとすると効用の増減と品質変化の関係の測定方法,また効用と生活構造との関係をどのように考えるかという問題など理論的に検討すべき問題が多々ある。最も難しい問題は何をもって品質の変化とするかである。これは新旧製品の価格差をすべて品質向上とみなすことができるかどうかを判断する客観的基準はあるのかという問題である。

 関連して品質向上分と価格上昇分を分離する試みがある。ヘドニック法と呼ばれる方法で,さまざまな性能(大きさ,馬力,装備など)と価格の相違を多くの銘柄を用いて回帰式を作り,品質向上分に見合う価格上昇分を推定することを目的としている。しかし,筆者によれば,この方法は過去のデータにおいて性能(品質)向上と価格上昇が対応していたという仮定をおいてはじめて言えることで,論理的に難点がある。性能の向上と効用の増加は比例するとは限らない。そもそも効用の意味は融通無碍で,主観的なものである。CPI が生活構造を一定とした場合の生計費の変化(質と量)を測るというものであるかぎり,生活の質が一定とは何かが問題となる。生活構造が変化していくなかで,CPI は基準改定をせざるをえず,その際,品目と銘柄の改廃を行って生活構造の変化をとらえる。そのなかで,果たして真の価格変化のみをとらえうるかどうかという問題が常に出てくる問題としてある。

 同一商品のなかの銘柄変更よりも品目の変更の場合には,より根本的問題を含んでいる。一般に以前はなかった商品,サービスが出現した場合には,すべて生活構造の変化と考えられ,これはCPI には反映されない。生計費の上昇のなかには純粋に価格変化による部分と,社会的強制による部分とがあり,後者はCPI としてとらえることができない。

 商品の本質的品質変化を正確に除去することは,CPI にとって重要であるが,それを効用という側面でとらえると主観的要素が入り込みやすく,結果として実質的価格変化(多くの場合は上昇)をも逃すことになりがちである。もし銘柄変更の際の品質向上分が完全に除去できたとしても,生活構造を一定という前提をおくCPI にとって,旧品目の消滅,新品目の出現という変化の進行に対して,対応しきれるかどうか。そうなると,CPI でデフレートした実質値は,限定的意味しかもちえない。つまり,実質的生活の向上を意味しない生活費の上昇が,CPI によるデフレーとでは除去できず,実質支出の増加として残る可能性がある。    
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上藤一郎「厚生労働省の生活扶助相当CPIをめぐる一考察」『統計学』第106号,2014年3月

2016-10-16 20:39:12 | 9.物価指数論
上藤一郎「厚生労働省の生活扶助相当CPIをめぐる一考察」『統計学』(経済統計学会)第106号,2014年3月

厚生労働省は2013年1月27日,生活扶助相当CPIを公表した。これは2010年を基準とした2008年の生活扶助相当CPIが104.5,2011年のそれが99.5で,この間の変化率マイナス4.78%を生活保護受給世帯における消費の物価下落率とみなし,実際の生活保護予算の削減率に適用した。筆者はこの試算の欺瞞性を,本稿で明らかにしている。

 筆者はこの生活扶助相当CPIをただ批判しているだけでなく,この指数作成にかかわる一連の試みと動きが「証拠に基づく政策(evidence‐based policy)」の悪い例として考察している。「証拠に基づく政策」とは,統計指標を政策立案評価に繋げ,政策の客観的数量的根拠を示すという国際的に支持されている考え方であるが,日本の場合にはそういった考え方から逸脱し,客観的に疑問のあるデータを意図的に作り出し,国民を説得するために使うという態度がしばしば垣間見られる。今回の生活扶助相当CPIがそれである。

以下は筆者の推算と,それにもとづく生活扶助相当CPI批判である。まずこのCPIがどのように計算されたかであるが,品目数は,生活扶助相当品目から非生活扶助相当品目を差し引いた517品目である。すなわち,この517品目の数字は,基礎データである総務省統計局作成の2010年基準の品目総数(小分類)の588品目から非生活扶助相当品目71品目を差し引いたものである。ここで注意すべきは,2008年の価格データとウェイトに欠測値が生ずることである(筆者はそれが32品目と推定している)。ということは,当局は2008年の当該CPIを,32品目の欠測値を除外し,485品目の価格データとウェイトを使って試算したということである。

問題は2点ある。第一の問題点は,厚生労働省社会・援護局保護課は2010年に準拠して当該CPIを計算したと言うが,その詳細を点検すると,比較時の2008年と2011年では品目数が異なり,異なったバスケットにもとづいたCPIの計算結果が比較され,2008‐11年の物価下落が4.78%となったと主張されたことである。第二の問題点は,当局の総務省統計局のCPI年次時系列データ(接続指数)と2008年の生活扶助相当CPIのそれ(同様の接続指数をとった場合)とが大きく乖離したことである。そうなった理由は,筆者によれば,「一般品目」「生活扶助相当品目」「非生活扶助相当品目」では「非生活扶助相当品目」の平均価格指数が最も高くなるが,ウェイトを考慮すると(加重平均),逆に「生活扶助相当等品目」の指数が最も大きくなるからである。このことを理解すれば,先の推計値は十分に裏付けられる。「・・・価格指数の単純平均と加重平均の結果が逆転するのは,ウェイトの相対的な大きさ(ウェイト比)が作用していると考えられる。つまり,非生活扶助相当品目には,価格が大きく下落した品目があるものの実際それらのウェイト比は小さく,結果として加重平均である総合指数では数値が小さくなったと推量される」(p.10)。ラスパイレス指数の大きさに影響を及ぼすのは,価格比とウェイト比に他ならない。

この後,筆者はこのような眉唾ものの生活扶助相当CPIが政治的に利用されたプロセスを時系列的に跡づけている。具体的には衆議院厚生労働委員会での長妻昭議員の質問にたいする厚生労働大臣の答弁などである。問題は上記の2008年の生活扶助相当CPIが厚生労働省の主張するような最新の消費動向を反映した指数とは言い難いにもかかわらず,そのことを無視して,学術的根拠があろうがなかろうが,法律上の拘束さえなければどのような算式を使おうが,またそれを実際の施策にいかに反映させようが,どうでもよいとする姿勢である。筆者がこの事例をもって,日本の「証拠に基づく政策」の脆弱性を露呈した一件であるとする所以である。

 筆者は書いている,「そもそも基準額の改訂根拠としてCPIを試算するのであれば,生活保護受給世帯の消費実態を調査し,それを反映させたCPIを作成するのが本筋で(あるが)・・・それにも拘わらず,厚生労働省が敢えて生活扶助相当CPIの妥当性を主張し続けるのには,何か物価変動とは別の理由がそこにはあるように思えてならない。/・・・生活扶助相当CPIをめぐる一連の経緯を検討していくと,それが生活保護受給世帯の消費実態に即したCPIであるというよりは,先に『4.78%の物価下落』という結論ありきのCPIであることがはっきりとする。その意味で生活扶助相当CPIとは,正しく政治的産物なのだといえよう」(p.13)。なお筆者は厚生労働省の生活扶助相当CPI批判に先立ち,,ジェヴォンスの主張,ラスパイレスとドロービッシュの論争を紹介している。本論文の主要テーマである生活扶助相当CPI批判との論理的つながりがやや不明だが,この論争が平均とウェイトをめぐる議論(算術平均か幾何平均か,単純平均か加重平均か)に終始し,異なるウェイトを用いて指数を作成し,比較する視点が全くなかったこと,バスケットの中身を変えた指数作成とその比較が学説史上なかったことを確認したかったのではなかろうか。
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藤原新「『一般的交換価値』の測定とケインズの指数論」『立教経済学研究』第62巻第2号,2008年

2016-10-16 20:37:57 | 9.物価指数論
藤原新「『一般的交換価値』の測定とケインズの指数論」『立教経済学研究』第62巻第2号,2008年

筆者の要約にしたがうと,物価指数論の歴史では,指数作成の目的が貨幣の「一般的交換価値」の測定とされる場合と,「貨幣の購買力」(必要生計費として,ある集団が同一内容の支出を行う時にかかる支出総額)の変化の測定とされる場合とがある。前者ではその指数はただ一つでなければならないが,後者では多数の指数が同時に存在してよいことになる。

 本論文で,筆者はケインズの論文「とくに一般的交換価値の測定に関する指数の方法」(1909年)[以下「指数の方法」と略],『蓋然性論』(1921年),『貨幣論』第一部第二編「貨幣の価値」,『一般理論』第4章「単位の選定」をたどり,指数論分野でのケインズの主張を跡づけている。

 叙述の順序はまず,主としてFisher,Edgeworthをとりあげて,貨幣数量説の指数論を紹介し,次いでKeynes の貨幣数量説批判とその問題意識が論じられている。

 貨幣数量説は,「貨幣数量の変化を原因として物価水準の変化を結果とする因果関係を主張する学説」である。Fisherの交換方程式に代表されるこの考え方は,貨幣数量の変化が実体経済に及ぼさないという独特の貨幣ヴェール観(実物同士の関係とヴェールとしての貨幣の作用を切り離す「二分法」)に支えられている。この説によれば,物価水準は貨幣数量と比例的に決まり,前者は純粋に貨幣側の要因に規定され,その水準がいかなる水準にあっても実物側の要因によって規定される財の相対価格体系が影響を受けない。逆に実物側の要因に変化が生まれ相対価格体系に変化が生じても,貨幣側の要因に変化が生まれないかぎり,物価水準が変化することはない。 

貨幣数量説に立脚するEdgeworthは,「不定標準」の観点から指数論を展開したことで知られる(Edgeworthは指数の型を6つに分類している)。「不定標準」は価格変動の原因が商品の数量に無関係であることを前提とし,その測定のために財・サービスの価格の変化を,それらすべてに共通な原因にもとづく変化(一般的原因)とそれらの需給に関わる特有の変化(特殊な攪乱的原因)とに分け,後者を除去し(誤差論を利用[ガウスの誤差法則の利用])前者を導出するというものである(不定標準の実際の提言としては,各個別指数の非加重幾何平均あるいは中位数)。

 貨幣数量説にもとづく指数論を要領よく整理し,これを受けて筆者はKeynesがこの説にどのように対応したか,「一般的交換価値」の測定にどのように批判的に理解したかをとりあげている。

  Keynesは「指数の方法」で,「一般的交換価値」測定の困難さを,必要な統計を得ることの技術的制約と集計された商品群の価格(一般物価水準),その逆数としての一般的交換価値を数値で示しえないことで説明している。後者は,事柄の性格上,本質的に解決不能とされている。しかし,この時点でKeynesは,その測定を諦めたわけではなく,それを「ある特定の商品の複合体の交換価値」で代替させることを構想し,後の貨幣の購買力につながる要素を示した。なお,Keynesは同論文の第8章「確率による一般的交換価値の測定」とその付論B「平均の理論のいくつかの問題点」で,Edgeworthの不定標準に代表される。確率論にもとづく誤差論で一般的交換価値を測定する試みを批判的に論じた。

  『貨幣論』の段階になると,貨幣の価値は「一般的交換価値」ではなく,特定の商品群を購入する力を表す「貨幣の購買力」と考えられるようになる。その中身は,社会全体について「貨幣の購買力」を測定する指標としての消費水準と収入水準であり,またそれらを労働者階級にあてはめたものとしての生計費指数と賃金指数である(他に卸売水準,国際的水準がある)。消費水準にもとづく指数は,消費者が1単位の貨幣で消費財・サービスを何単位購入できるかを表し,収入水準は1単位の貨幣で労働を何単位購入できるかを表す。これらを労働者階級に限定したものが,生計費指数と賃金指数である。
『貨幣論』ではこのこととの関係で,貨幣数量説的な「通貨水準」(現金取引水準,現金残高水準)が,さらにはEdgeworth流の「不定標準」が批判的に検討されている。「不定標準」に対する批判は,それが前提とする条件(個々の価格の変動が独立であり不規則であるとの仮定)が現実には満たされないという技術的指摘とともに,この方法が貨幣数量説にもとづき,商品の側の変化をあつかう理論と貨幣の側の変化をあつかう理論との「二分法」に立脚する難点をもつ点に定められる。『一般理論』では,この主張はさらに徹底され,貨幣数量説から完全に脱却している。

筆者はまとめで次のように書く,「このように議論の重点に濃淡の違いはあるものの,1909年,20歳代半ばというかなり若い時期に書かれた『指数の方法』で示された一般的交換価値の測定に伴う困難の指摘から『一般理論』に見られる一般物価水準に対する批判的見解にまで至るケインズの議論は,経済学が対象とする経済は確率論が求める条件を満たしておらず,したがって経済学に安易に確率論を援用することは許されないという,一貫した姿勢に貫かれているものとして理解することができる。/さらに,『指数の理論』で見られたような,個別の価格関係が示す貨幣の個別商品に対する交換価値は個々には数値で測定できしかもそれらすべてがKeynes のいう『同じ種類の』ものであって互いに比較可能なものであっても,これらを集計して一般的交換価値を数値で測定できる形で得ることができないという主張も,『蓋然性論』で確率値の測定の問題を扱った際に提起された主張と同じであり,この考え方もまた『貨幣論』を経て『一般理論』まで一貫している」と。(p.91)
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