社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

森博美「統計体系論の視角」『統計法規と統計体系』法政大学出版,1991年

2017-04-26 21:37:29 | 11.日本の統計・統計学
本稿は筆者による『統計法規と統計体系』の第二部の冒頭に書かれたもので,統計体系をめぐる論点整理がその内容である。統計体系の内容に関しては,従来2つのタイプのアプローチがあったという。一つは統計体系を実現すべき行政目標としてとらえるアプローチであり,もう一つは統計利用の観点から統計体系を構成する諸統計の基本的性格の歴史的・社会的規定性を明らかにするアプローチである。前者は主として統計行政の担当者が提唱してきた統計作成者の体系論であり,後者は一部の統計研究者の体系論(統計利用者の立場)である。

 最初に「統計法」の起草者の一人であった山中四郎の統計体系についての二様の理解が紹介されている。第一の理解は,統計調査重複の除去その他を通じて達成される一国の全体としての統計体系である。統計体系の整備は,統計調査重複その他の政策によって達成される行政目標としてとらえられる。第二の理解は,個々の統計の比較可能性との関連で説かれる体系である。前者では作成されるべき諸統計が客観的存在としての現実あるいはその問題領域と直接対置され,統計体系として想定された統計の総体が現実の統計の整備状況に対する基準となる。後者では統計間の比較可能性,その連結利用という意味で統計相互の連関という形で統計の体系性が問題となる。

 戦後の日本の統計の発展過程に着目してこの2つの統計体系理解を考察すると,第一の観点の延長線上に統計の体系性をとらえたものに,昭和60年の統計審議会答申がある。統計行政の総合的な中・長期構想をまとめたこの答申は,ストック,サービス,環境統計について「統計体系上」の整備が急務であると提唱している。ここでは統計体系は客観的存在としての現実,統計が反映すべき問題領域に対する既存の統計の不足,不備の理念的検出基準として想定される。第二の観点の具体化は,国民経済計算の定着にそって既存の経済統計がこの体系を構成する勘定項目の推計資料としての性格に担わされ,ここでは統計の過不足は勘定体系の編成という統計の使用目的のフィルターをとおして認識される。

 筆者は関連して,鮫島龍行による明治以降の統計の発展過程の理解を参考に掲げている。自らも統計調査行政に従事した鮫島は戦前の統計の発展がたぶんに自然発生的であったとし,統計体系を整備する発想が生まれたのは戦後であったと唱える。戦前の統計の自然発生性が戦後あらためられるにいたったその契機は,鮫島によれば一つには無作意抽出調査の導入による母集団概念の定着であり,もう一つは国民経済計算体系を中心とした加工統計の普及である。日本の「戦後の統計は,標本調査並びに加工統計の普及を原動力として,調査形態,対象分野さらには連結可能性といった次元で,相互に有機的に連結された統計として全体的な体系化がはかられること」になった(222頁)。戦後の統計の整備に統計行政の面から関与した工藤弘安も,ほぼ同様の理解を示している。(工藤弘安「統計行政の歩み」Ⅳ,Ⅴ,Ⅵ,『統計情報』第36巻,1987-8年)

 統計体系に対するもう一つのアプローチに,統計利用者の側からのそれがある。このタイプの統計体系論は,統計利用の前提として,統計体系を構成すると考えられる既存の諸統計の特質さらに統計相互間の関係の解明を課題とする。大屋祐雪は統計の作成およびその利用が社会経済体制からいかに規定されるかという観点から,大量観察代用法の一形態である標本調査が資本主義経済体制の下で,「経済性」「迅速性」によって合理的な存在であるとしている。資本主義経済において諸統計が構成する統計体系は,センサスとそれに類する大規模な基本的統計調査を軸に,業務統計と標本調査を車の両輪とし,回転していく。筆者は別の論文(「現代政府統計の二形態」『中央調査報』中央調査社,No.285,1981年7月)で一部調査としての「裾切り調査」が「経済性」と「速報性の」を充足した統計として位置づけ,その存在意義を示したが,一部調査のなかの無作為抽出調査と「裾切り調査」も相互にそれぞれの役割を担って,政府統計体系を構成する。

 大屋はこの他にも,第二義統計(業務統計),調査統計(指定,承認,届出統計)のそれぞれを社会経済体制との関連で,作成過程を規定する諸要因を検討し,そこに働く論理が統計の真実性の確保にどのように関係するかを考察した。
上杉正一郎は,政府統計体系のなかで第二義統計の位置を明らかにする課題に取り組んだ。上杉は第二義統計を統計資料の源泉と統計作成主体の正確にしたがって,(1)届出,申告に基づき作成される統計,(2)官庁自身の所管業務の遂行記録として作成される統計,(3)経済行政官庁が管下の企業などから徴集する報告にもとづいて作成される統計,(4)国家企業の業務記録にもとづいて作成される統計に分類し,統計作成過程を規定する社会的関係が統計の信頼性,正確性をどのように制約しているかを論じた。

 筆者は以上をまとめて,「上杉や大屋の所説からも明らかなように,統計利用者の立場からこれまで展開されてきた統計体系に関する諸見解では,いずれも統計の作成過程を規定する社会的,調査技術的諸要因との関係で,体系を構成する諸統計のいわば調査論的理論化にその中心的関心が向けられてきた」(226頁)と総括している。
筆者は「むすび」で,統計数字の基本性格に,実体的特性と形態的特性があるとしている。実体的特性は,対象反映性の側面に関係した統計の性格規定である。形態的特性は,統計の作成形態による性格規定である(静態と動態把握,構造把握と動向把握,調査統計と業務統計など)。これらの性格規定は本稿で論じられた統計体系の内容と密接にかかわる。すなわち統計の実体的特性は現実の問題領域に対応した統計の整備といった統計行政上の問題に通ずる。形態的特性は,統計の等質性を担保する。このようにみると,統計行政との関連で提起された統計体系が有する2つの内容は,統計数字そのものが固有の属性として備える二面性の統計体系次元への投影である。

 統計研究者が提起した統計利用者の立場からの統計体系論は,調査論を中心に展開されたものである。そこでは統計の作成とその利用形態が社会的諸関係の中に位置づけられ,統計体系についてはそれを構成する種々の形態の統計がその作成過程を規定する社会的あるいは統計的技術的条件によってどのような特質を付与されるかが中心的研究テーマであった。このような研究が,統計体系の全体的構造解明へと向かうのは自然である。しかし,統計体系論的見地からの諸統計の特質さらには体系の全体的構造解明という研究課題に関しては,多くの部分が未開拓である。

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