社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

泉弘志「全要素生産性と全労働生産性-それらの共通点と相違点の比較考察及び日本1960-2000年に関する試算」『統計学』(経済統計学会)第80号, 2005年3月

2016-10-10 11:46:24 | 8.産業連関分析とその応用
泉弘志「全要素生産性と全労働生産性-それらの共通点と相違点の比較考察及び日本1960-2000年に関する試算」『統計学』(経済統計学会)第80号, 2005年3月[李潔との共同執筆](『投下労働量計算と基本統計指標-新しい経済統計学の探求』大月書店, 2014年)

 生産性の計測によく使われる指標に, 全要素生産性(Total Factor Productivity:以下TFPと略)がある。これには種々の問題点があり, 筆者はそれを指摘しつつ, この指標に代替する全労働生産性(Total Labor Productivity:以下TLPと略)を提唱する。

 筆者は本稿でまずTFPとTLPの共通点を, 次いで両者の相違点を論じ, 最後に日本(1960-2000年)の産業部門別生産性上昇率を試算し, 計測結果の相違を分析している。

 TFPとTLPの共通点として, 筆者は何を指摘しているのだろうか。TFPは, 生産要素が複数のものから構成されていることを考慮し, 総合的に生産性を計測する方法である。それは, 特定の生産関数, あるいは特定の諸生産要素価格を前提とし, 種々の生産要素の投入量を集計し, それを産出量と対比し, 総合的に生産性を計測する。これに対し, TLPは, 直接労働量に固定資本や原材料を生産するのに必要な労働(間接労働)を足した全労働量を産出量との対比で計測し, 総合的に生産性を計測する。両者とも直接的な労働生産性, 固定資本生産性や原材料生産性などの各要素生産性を総合した生産性を計測する方法である点は, 共通している。

 TFPとTLPの相違点は, どこにあるのだろうか。筆者はこれを, 産出量, 固定資本投入量, 労働投入量, 原材料投入量, 生産要素投入量のアグリゲート(集計)のそれぞれで, 明らかにしている。まず, 産出量について。相違点は2つあり, 一つは産出量変化率(経済成長率)を集計する際のウェイトである。TFPでは時価価額をウェイトとし, TLPではウェイトを各項目ないし各産業の産出物を生産するのに必要な全労働量とする。もう一つは産業別産出量の指標を何でとるかである。TFPでは固定価格産業別国内生産額だけでなく産業別付加価値額も産業別産出量とされるが,TLPでは固定価格産業別国内生産額等が産業別産出額とされ,産業別付加価値は産業別産出量と考えられない。

 固定資本投入量, 労働投入量, 原材料投入量はTFPでは, それぞれの要素が提供するサービスと考えられている。すなわち, 固定資本投入量では資本サービス量, 労働投入量では労働サービス量, 原材料投入量ではそれが生産に果たす貢献である。これらは新古典派の経済学による。TLPでは, 固定資本投入量は固定資本減耗量, 労働投入量は抽象的人間的労働量(労働時間×労働複雑度×労働強度), 原材料投入は原材料に投下されている労働量である。筆者はTLPによらなければ, 固定資本に関する技術進歩, 労働様式に関するそれを正確に測定できないと考えているので, この計算方法を推奨する。生産要素投入量のアグリゲート(集計)に関して, TFPでは, 特定の生産関数あるいは特定の生産要素価格(費用削減率)に依拠して行われる。TLPでは, 生産諸要素に投入された労働の総計である。前者に対しては, TLPの立場から詳細な批判が展開されている。そうした批判点が提示されているのは, TLPではそれらの諸問題を解決できるという自負が背景にあるからである。TFPとTLPの相違点で, 筆者は最後にTFP上昇率が当該産業の固定資本投入率, 中間投入率, 労働投入率の変化だけで決定されるに対し, TLP上昇率が当該産業だけでなく他産業の固定資本投入率, 中間投入率, 労働投入率の変化によっても影響を受けることを予定していることを指摘している。

 以上をふまえ, 筆者はTFP, TLP計算のプロセス, 使用するデータを細かく紹介し, 日本(1960‐2000)のTFPとTLPそれぞれの上昇率を計測している。計測結果は, 以下のとおりである。第一に, 4つの指標(産品TLP上昇率, 当該産業TLP上昇率, TFP上昇率(固定資本シェアを固定資本減耗引当のみとした), TFP上昇率(固定資本シェアを営業余剰+固定資本減耗引当とした)すべてで, 生産性は1960年代に大きく上昇し, 70年代, 80年代にもかなり上がり, 90年代はわずかに上がった。第二に, 産業によって多少の多寡はあるが「産品TLP上昇率>当該産業TLP上昇率>TFP上昇率(固定資本シェアを固定資本減耗引当のみとした)>TFP上昇率(固定資本シェアを営業余剰+固定資本減耗引当とした)」となった。

 筆者の分析はこうである, 「産品TLP上昇率>当該産業TLP上昇率」は, 各産品の生産においてその商品を生産している当該産業だけでなく, その産業に原材料や固定資本を供給している産業の生産性も上昇した事実の反映である。「当該産業TLP上昇率>TFP上昇率」に関して, 両指標とも当該産業の固定資本生産性, 中間投入生産性, 労働生産性を総合したものであるが, 違いはTFP上昇率が各生産要素の生産性変化をそれらの生産要素の金額シェアをウェイトにして平均しているのに対し, TLP上昇率が各生産要素の生産性変化を, それらが当該産業の産出単位量当たり全労働をどれだけ変化させたかで総合していることである。「TFP上昇率(固定資本シェアを固定資本減耗引当のみとした)>TFP上昇率(固定資本シェアを営業余剰+固定資本減耗引当とした)」は, 技術上昇があるとき, 多くの場合, 労働投入上昇率<中間投入上昇率<固定資本投入上昇率であるので, 固定資本のシェアが大きく労働のシェアが小さければ, TFP成長率は小さくなるということである。(以上はpp.163-64からの引用)

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