社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

宮本憲一・木下滋・土居英二・保母武彦「公共投資はこれでよいのか」『エコノミスト』1979年1月30日号

2016-10-10 11:08:10 | 8.産業連関分析とその応用
宮本憲一・木下滋・土居英二・保母武彦「公共投資はこれでよいのか」『エコノミスト』1979年1月30日号

 本稿の全体は,衰退する大阪都市圏の再生を,関西新国際空港中心の在来大型プロジェクトで牽引すべきか,それとも生活環境・防災型のそれで行うべきかを問い,公共投資の在り方を前者から後者へ転換すべきことを提言したものである。その際,公共投資の波及効果を産業連関分析の手法を使って2つのパターンで推計し,後者の方が波及効果で優ることを実証した。公共投資の在り方を産業基盤型ではなく,生活基盤型に変更すべきことを,生産誘発効果と雇用効果の推計値の比較で示した日本での最初の論文である。ここでのまとめは本稿の全体ではなく,産業連関分析を適用した推計の部分に限る。

全体は四節から成る。第一節は「『不況ファシズム』の危険性」,第二節は「衰退する大阪大都市圏」,第三節は「近畿ビジョンか防災型か」,第四節は「改革への課題と新予算案」である。筆者4名のうち木下滋・土居英二は,第三節の執筆を担当し,ここで関係するのはこの部分で,産業連関分析を使って「生活環境・防災型」の公共投資モデルと大阪通産局「近畿産業構造長期ビジョン」の「産業基盤整備型」のそれとの効果を比較している。両モデルの中心事業は,前者が治山治水,後者が関西新空港であるので,これら2つの公共投資の経済効果,また地域経済とくに雇用に与える影響の度合いの比較がなされている。

 まず,前提条件の整理であるが,筆者は大阪経済に与える府民所得構成,とくに府内公共投資の影響の計量的検討を試み,1974年大阪府産業連関表をもとに,同年の規模別産業連関表を作成し,同時に「近畿ビジョン型」と「生活環境・防災型」の2つの1985年度府内総支出構成を試算している。

次に,公共投資の類型を「Ⅰ.産業基盤投資」「Ⅱ.生活基盤投資」「Ⅲ.防災投資」に分け,「近畿ビジョン型」「生活環境・防災型」とで比較すると,前者ではⅠと(Ⅱ+Ⅲ)の比が1対1(1兆950億円と1兆1000億円),後者ではそれが1対3(4220億円と1兆3170億円)であると推計している。これは「近畿ビジョン型」で大きな比率をしめる道路が,「生活環境・防災型」では小さく,代わりにⅡの各項目がふくらみ,さらに「生活環境・防災型」ではⅢのウェイトが高いがゆえに出た結果である。
2つの型の公共投資に関して,規模別産業連関表から計算された逆行列表と大阪府内自給率,建設部門分析用産業連関表(1974年)の投入係数表を使って,生産誘発効果,雇用効果を算出すると,「近畿ビジョン型」では2兆4000億円の建設業への投資に対し,他産業に9780億円の間接波及があるので,都合3兆3780億円の生産誘発があることになる。1億円当りの投資に換算すると,1億4080億円の生産誘発額である。これに対し,「生活環境・防災型」では1兆9000億円の投資に対し,合計2兆7107億円の生産誘発額となる。1億円当り,1億4270億円の生産誘発額であり,単位当たりでは「生活環境・防災型」のほうが効果的である。この限りで,生活基盤投資は不況対策にならないというのは,間違った宣伝である。

さらに2つの型の公共投資が,産業別・規模別でどの程度の間接波及効果を与えるかをみると,「生活環境・防災型」が製造業の構成比でわずかであるが高い。規模別では,製造業の中小企業の構成比で,「生活環境・防災型」のほうが1.5%高いという結果がでている。産業分類を変えて生産誘発効果を測定すると「近畿ビジョン型」は重化学工業と第三次産業がより高い構成をしめ,「生活環境・防災型」は軽工業,第二次産業の構成がより高くなる。雇用効果でも似たような推計になる。すなわち,2つの型の公共投資を比較すると,
「生活環境・防災型」はより労働集約度の高い産業の生産をより多く誘発する。

 筆者は次に大型公共投資プロジェクトについて,「近畿ビジョン型」の想定する空港建設事業と「生活環境・防災型」が志向する都市防災事業とが生産,雇用への誘発にどの程度寄与するかを計算している。1985年度の大阪府の大型公共投資を1350億円とし,それが上記の2つの事業に向けられた場合の誘発効果の相違を生産誘発係数でみると,都市防災事業のほうが空港建設事業より大きい。特筆すべきは,前者は後者よりも府内企業への間接波及が大きいことである。雇用効果に関してみても,都市防災事業のプロジェクトのほうが空港建設事業のそれよりも高い。この推計は,2つのプロジェクトが大阪経済にもたらす直接,間接の産業別需要額に労働力係数をかけることでもとめられる。

 結論として,以上の計量分析から生産誘発効果,産業別・規模別波及効果,雇用効果の推計値から総合的に判断すると,「近畿ビジョン型」よりも「生活環境・防災型」公共投資のほうが,大阪の産業構造に望ましいということになる。その意味は2つあり,一つ目は安全で住みよい都市づくりの事業が「近畿ビジョン型」の大規模プロジェクトより地域経済の進行に役立つということである。二つ目は失業問題の解決,産業構造改革の手段として,新空港などの中核的プロジェクトが役に立たないということである。

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