社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

竹内啓「いわゆる統計的推測と統計法則」『統計学』第12号3月,1964年

2016-10-04 11:19:52 | 2.統計学の対象・方法・課題
竹内啓「いわゆる統計的推測と統計法則」『統計学』(経済統計研究会)第12号3月,1964年

本稿は,1963年7月に京都(農林年金会館)で開催された経済統計研究会第7回総会での報告
(共通論題)を全面的に書き改めたもの。著者の基本認識が冒頭に簡潔に述べられている。
問題の所在は,統計的データを数理的方法である統計的推測によって得られる認識が科学的研究においていかなる意義をもつかである。統計的推測には2つの特質がある。一つは統計的データを資料とすること。もう一つは,確率的モデルを想定した特殊な形式をもつこと。統計的推測の意義はこの両面で制約され,独自の意義をもつ。

 本稿の構成は,「統計的法則」「統計的推測」「確率モデル」「最近の推測理論」となっている。上記の統計的推測の特質の前者に関わって,この概念は「統計的法則」の理解と密接不可分である。統計的法則にはいくつかの解釈があるとして,筆者はそれを以下の4つに整理している。(1)統計的法則は,統計をつうじて表現される社会集団の集団的規則性である,という解釈(男女の出生性比など)。(2)統計的法則は,集団的現象の平均的ないし傾向的性格の表現であるとする解釈(平均的賃金,その大きさ,変動,グループ間の相異など)。このケースでは法則そのものは集団を語らず,集団を構成する個体について語っている。(3)統計的法則は,統計を通じてあらわれる社会全体の構造,傾向を表現するという解釈(国民所得とその変動など)。(4)統計的法則は,統計あるいは統計的データに関する形式的法則性とする解釈(大数法則)。

 問題はこれらの解釈が,科学的研究でいかなる意義をもつかである。法則という以上,それは経験的事実の確認にとどまってはならず,因果的説明によってその普遍性を問われなければならない。とすると上記の(1)~(3)は厳密に言うと法則というより,「前」法則にすぎない。むしろ,規則性,傾向性,統計的特性,と呼んだ方がよい。これらの事実が,それぞれの対象に関する実体科学理論によって基礎づけられた場合にのみ,それは法則の名にふさわしいものとなる。
 (4)のような統計に関する形式的法則は,統計的法則を基礎づけるものとなりえない。

大数法則は数学上の定理としてのそれと,統計的データに関する経験的な法則としてのそれがある。数学的確率論における大数法則は,それ自体で明確な意味をもつ。それを現実の場に適用するには,その場が数学的確率論を適用可能になる前提条件を満たしていなければならない。そのことは対象の変動に,一つの理論を仮定することになる。この理論は対象に関する実体科学的判断から導出されなければならない。

 筆者によれば,統計的法則が科学的法則の名に値することは稀である。また,ある法則の統計的表現が独自の方法的意義をもつことは,社会科学分野ではごく少数に限られる。

「統計的推測」の項では,この概念と方法との関連が論じられている。問題の第一は,統計的推測の目的が法則の定立であるのか,規則性その他の確認かである。かつて推計学派は,法則定立の立場を強調し,確率モデルを用いることの固有の方法的意義を唱えたが,筆者はこれを無理とする。統計的方法は,特定の意味づけが可能か否か,あるいはどのような意味づけが可能なのかその範囲をチェックするのに有効であるにすぎない。統計的データおよびそれらから得られる知識の意味づけは,統計的方法ではできない(無力である)。従って,統計的推測の目的は,直接的には,統計データにもとづく事実の確認である。ここで言う確認されるべき事実とは,統計あるいは統計データそのものではなく,そこに現れている規則性,傾向性など普遍的意義をもった事実でなければならない。このように考えると,統計的推測の目的は推測の方法によって発見されるものではなく,対象に対する具体的要求から生まれるもので,この点では記述統計学も推測統計学も区別がない。統計的データに適用すべき統計的推測の具体的手法は,対象となる集団の規定,またそこから求められるべき普遍的事実の性質に応じて定められなければならない。

 第二に,統計データに見られる規則性その他の根拠づけでは,自然的対象と社会的対象について本質的相違があると述べられている。自然的対象の場合には人為的に構成された集団が問題となるが,社会的対象の場合には客観的に存在している集団が問題となる。この相違によって,自然的対象の統計的研究はもっぱら科学的方法論,ないし技術論の観点からなされるのに対し,社会的対象のそれは社会現象そのものの本質的な特質から統計の根拠が見出されなければならない。

 第三に,社会的対象における統計の意義について,資本主義社会の本質(無政府的商品生産)が基本的な重要性をもつ。個々の偶然性をとおして必然的なものが現れるという統計的認識の根拠は,この経済社会の構成,本質に依拠している。

 「確率モデル」に関して筆者は,現実のデータについての一つの仮説である,とする。あるいは,確率モデルは対象の個々の偶然的変動部分が確率的に,ランダムに変動すると仮定し,その要素をとりこんだ構成物である。厳密に言うと,現実のデータが完全にランダムに変動することはない。確率モデルは,それを偶然的な変動の一つの理想型で構成する。それは,他の全てのモデルと等しく,現実の一つの近似的な表現である。またその構築は,現実のデータの偶然的な変動をどのように見るかという点の,いわば一つの態度決定である。確率モデルを用いることの効用は,統計データからできる限り偶然的変動の影響の小さい結論を導くこと,そこで得られた結論に含まれざるを得ない偶然変動の大きさと程度を明確にすることで,結論の信頼性の客観的基準を与えることにある。この場合,ただ一つの正しいモデルが存在し,それ以外のモデルは誤りということではなく,与えられた有限個の現実データを含む仮説的無限母集団はいろいろな方向をとりうるのである。結論の正誤ではなく,その有効性の程度が問題となる。

 最後の「最近の動向」で,筆者はこの当時の数理統計学の理論が3つの部門で展開されていると整理している。(1)統計的データを作り出す方法を与える計画理論,(2)統計的データの解決法を与える推測の理論,(3)統計的データにもとづく適切な行動の方式を与える決定理論がそれらである。この整理の後,統計的推測の理論の現在の形はK.Peasrson, R.A.Fisher, J.Neyman, E.S.Pearson によって形づけられ,その特徴は2点あったと述べている。

第一は統計的データのもつ偶然性を,客観的に厳密に表現すること(有意水準,推定量の分散,信頼係数,標本分布の理論),第二は得られたデータからそこに含まれるすべての情報を抽きだす方式をもとめること(分散,検出力などの基準と最適化条件の方式)。2つの目標をもつ統計的推測の理論は顕著な成果をおさめたが,若干の限界に逢着している。第一は理論の発展自らが招いたもので,最適と考えられる推測の方式が存在するのは大体に想定された分布に完備十分統計量が存在する場合に限られること,第二にそれまでの理論が検定,推定以外の複雑な型の推測の問題を処理する統一的理論を展開できなかったこと,第三にJ.Neyman, E.S.Pearson の理論の諸概念が統計的推測の問題を解決するのに適切でないことである。主要な問題点は,Neyman­ Pearson理論は,推測の基準を確率概念によって,すなわち仮説的な“無限母集団”における平均的な性質によって定義するのに対し,統計的推測で問題とされたのは,与えられた有限のデータからの推測であるという点である。この状況を反映して統計的推測の基礎概念をめぐる論争,ベイズ統計の再流行などが見られるが,これらの問題が統計的推測の形式的な理論だけによって解決されないというならば(筆者自身はこのことを否定できないと述べている),対象に関する実質的な吟味と結びつけて選ばれねばならないと結論付けている。

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