社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

伊藤陽一「アメリカ合衆国第一回人口センサス(1790年)について」『経済志林』第58巻第3・4合併号, 1991年3月

2016-10-09 17:50:38 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
伊藤陽一「アメリカ合衆国第一回人口センサス(1790年)について」『経済志林』第58巻第3・4合併号, 1991年3月

 人口センサス(日本のそれは国勢調査と呼ばれている)を世界で最初に行ったのはどの国だろうか。それはアメリカが最初で, 1790年に実施された。1703年のアイスランドでの人口調査, 1749年のスウェーデンの人口調査の存在もあるが, 今日のような政府主導で, 全国規模の調査員による直接調査は, アメリカ合衆国第一回人口センサス(1790年)が嚆矢である。本稿は, そのアメリカでの第一回人口センサスの全貌を紹介し, 批判的に吟味した論文である。

アメリカの人口センサスに関する研究は本国では膨大にあるが, 日本では数が知れている。近代センサスの嚆矢となった第一回のそれとなると, 本国でも体系的なものはないに等しい。概略は伝えられているが, このセンサスの社会的背景, 内容紹介, 問題点の指摘, その批判的研究はない。本稿は, その空白を埋めてあまりある内容になっている。以下で, この論文の内容を要約紹介するが, 紙幅に限りがあるので, エッセンスに限定せざるをえない。

 第一回センサスの調査形態は, 全国規模(当時は13州)で, 世帯に直接あたる調査であった。調査対象は, インディアンを除く合衆国人で, 世帯をリストアップして実施された。調査内容は, 人数を数えるだけの簡単なものだった(ペンシルバニア一部地域やマサチューセッツではセンサス法による内容以外の職業なども調べたようである)。家族ごとに代表者の氏名のみが調べられ, その他の構成員の氏名は調査されなかった。人数が確認されるだけである。16歳以上人口を確定できる設計になっていた。奴隷は3分の2で勘定された。差別を前提とした調査であった。

 センサス開始の契機は, 直接的には憲法にある税負担と議員配分の基礎データの獲得という政治的目的にあった。人口現象の分析という社会科学的視点は毛頭なく, したがって人口統計としての信頼性, 正確性に関しては多くの問題があった。調査対象時点は曖昧である。8月第一週の定住地が原則であったが, かなりばらばらであった(1790年をまたいだ地域さえあった)。大統領―中央政府直轄の調査であった(州知事の媒介は弱かった)。統一的な調査票はなかった。調査員は指示にしたがって, 各自各様の判断で調査にあたった。ペンと紙も自分で調達したらしい。

 調査結果は, ワシントン大統領が1791年10月27日にサウスカロライナを除いた結果を, 議会で報告した。翌92年3月3日, 大統領が議会に人口数3, 929, 214という確定数字を報告した(後に数え漏れが認められた。また調査員からの報告に脱漏があった。)。結果はまた各地域で, 個票内容が公共の場所(2カ所)で縦覧された(個人情報の秘匿という概念がなかった)。集計結果は議会報告され, 地元紙に掲載された。人口数は当時, 基本的国力の反映と考えられていたが, この結果数字は予想外に少なく, 関係者が結果に落胆したというエピソードがある。

 調査による上記の人口数の信頼性, 正確性は, 今日の目で検証すれば問題が顕著である。辺境地のカウントの脱漏はかなりあったと推定されている。インディアンが最初から対象から除外されていることも問題である。記述のように, 調査期間の実際はかなりルーズであ  
これらの一つひとつについての詳細は, 本稿に直接あたってもらうしかないが, ここでは独立戦争後, 諸州の寄り合いであった大陸会議(その第一回は1774年9月)から, 中央政府の権限を強化した合衆国になり, 独立宣言発布(1776年7月), 植民地の連合をめざした連合規約採択(1777年)と発効(1781年3月), 憲法制定会議(1787年5月), 連邦議会開催(1789年4月)を経て, 1790年3月の議会で, 全7か条からなるセンサス法が制定された経緯が興味深い。(センサス法の条文と特徴については, pp.260-63)

また, アメリカがヨーロッパに先駆けてセンサスを実施した理由として, ヨーロッパでは教会を基礎とする登録人口調査の伝統が強かったこと, 関連してアメリカでは人口移動が限られ人口把握が比較的容易だったこと, アメリカでは既述のように税徴収と議員配分という政治的要請が喫緊の課題となっていたことなどがあげられ, 説得力があった。

さらに, 人口センサスは第一回以降, 10年おきに実施されているが, これを改革ごとに3区分して整理し(第1回から第6回まで, 第7回から第12回まで, 第13回以降), 第一回センサスを統計調査史の中でに位置づける点にも共感がもてた。

 末尾に補論があり, 筆者は「合衆国センサス研究史の概略」を サーヴェイしている。

コメントを投稿