蝸牛の歩み

「お話」を作ってみたくなりました。理由はそれだけです。やってみたら結構面白く、「やりたいこと」の一つになっています。

等価交換

2015-10-28 15:41:44 | 日記
 ガード下のちっぽけな屋台を通り過ぎようとした時に、かなり歳のおばあさんが声をかけてきた。

 「お兄さん、カレンダー買わないかね」

 60過ぎて、「お兄さん」もないのだが、おばあさんの歳から考えれば「お兄さん」なんだろう。

 丁度、暇を持て余していたこともあって、ふらっと立ち寄った。

 「いくら?」

 「払えるだけでいいよ」

 現物を見せてくれた。何の変哲もないカレンダーなんだが、どこかおかしい。白い紙に桝が区切ってあり、その一つ一つに、「月」「日」と書いてある。

 「変なカレンダーだね」

 「自分で書きこむのさ」

 「自分で書きこむ?」

 「そうだよ、自分で書きこむ」

 「今日は、10月30日だけど、10月30日って自分で書くわけ?」

 「そう、自分で書く」

 「最初から書いてあるよね、カレンダーって」

 「そうだよ。だから、これは、自分で書きこむカレンダーなんだよ」

 「面倒くさいなぁ」

 「でも、やってみると案外面白いかもしれないよ」

 「そうかなぁ」

 「買ってきなよ。これしかないんだから」

 「これしかない」とか、「セール」とか、「ポイント5倍」とか言う言葉に弱い。自分でもわかっている。

 「じゃ,買うよ。いくら?」

 「いくらでもいいんだよ」

 「そういわれてもなぁ」

 ポケットの中にはあぶく銭が少々入っていた。

 「じゃ、これで」と万札をだした。ちょっとした人助けの気持ちが俺にもあったようだ。

 「ありがとさん。大切に使いなよ」とおばあさんは言った。

 10mほど歩いて、何か聞き忘れたような気がして振り返ったら、屋台もおばあさんも消えていた。

 家に帰った。真っ白い紙が12枚綴じてある。桝目があって、月と日。

 手元にあった黒のマジックで、左端のところに、10月25日と書いた。書いた途端に、変な感覚に襲われた。身体が一瞬、ふわっと浮くような。
しかし、もっとすごいことが起きていた。朝になっていた。ドアを開けて街に出てみた。コンビニに入って新聞を買った。10月25日と言う日付の新聞が売り場に並んでいた。わけがわからなくなった。

 落ち着け、と自分に言い聞かせているうちに、あることに気がついた。

「レースだ!」

 手持ちの金を全部バッグに入れて、駅を降りてすぐの場外馬券売り場に行った。あの日は運が悪かった。ほぼすってんてんになり、5kmほどの道を歩いて帰り、カップヌードルをすすったんだ。結果はほぼ覚えている。よし、今日が10月25日なら、この馬が来るはずだ。たしか、万馬券だった。1万円入れたら、リターンは億だ。

 的中した。現金を受け取った。途端にぞくっとしてきた。

 やめよう、話がうますぎる。これは絶対におかしい。何か裏がある。

 伊達にこれまで何度も修羅場をくぐってきてはいない。塀のなかにも入ったことがある。そこで培われた勘が、「やばいぞ」と言うサインを出してくれている。家に帰った。夕方になるのを見計らって、昨日の場所に行ってみた。おばあさんと屋台はそこにあった。

 「これ、返すわ」と言って、昨日買ったカレンダーを差し出した。おばあさんは、しばらく身体をふるわせながら笑っていた。皺が揺れている。涙が出ているようだ。

「あんたは賢いね」

「どうも」

「なぜ返しに来たんだい」

「話がうますぎる。こいつをつかえば、いくらでも金がもうかる。だけど、その代わりに何かを取られる。おれは、何度かそういう目にあってきたし、人をそういう目にあわせてきた。経験知ってやつだよ」

「あんたはホントに賢いね。その通りだよ。等価交換ってやつさ」

「等価交換?」

「あんたは一回やってみただけで気がついた。でもね、そうじゃない奴もいるってことさ。こんなふうにね」

 おばあさんは、後ろの方においてあった箱を私の前におき、ふたを開けた。そこには、身長が5cmほどの人形が入っていた。…いや、人形じゃない。人間だ。例外なく、かっと眼を見開き、苦悶の表情を浮かべている。

「もういいだろう」と独り言のように言って、おばあさんは蓋を閉めた。

 気になることを訊ねた。

「俺の場合、等価交換はどうなってる?」

「あんたの場合かい」と言っておばあさんは鏡を取り出して私に渡してくれた。髪の毛が無くなっていた。

「これぐらいで済んだんだから、いいじゃないか」

「金を返してもどうにもならないのか?」

「その金で、カツラを買えばいいじゃないか。1億出せばいいのがあるだろうよ」

 1億のカツラか・・・それも洒落てんな。

 明日の行き先が決まった。おばあさんには、ポケットの中に入れていた金をすべて差し出した。小銭もすべて。

「あったかいものでも食べてよ」

 心なしか、数本生えてきたような気がする。