象に手を踏まれたことがある。
なんのことはない、「〇〇動物園の象は、世界で唯一卵を産むらしい」という噂を信じて夜陰に紛れて動物園に忍び込み、象舎の鍵を盗み出して入り込んだまではよかったのだが、母象が、子象の危機と思ったのだろう私に向かって突進してきたのだ。
私は、ひらりと体をかわした…つもりだったのだが、最近の運動不足がたたって手をついてしまった。そこを踏まれたわけだ。
もう、「痛い」という言葉では表現できない。激痛に耐えながらなんとか家にたどり着いたまでは覚えている。ドアを開けてそこに倒れこんでしまった。妻が驚いて、起きてきて、なんとか布団に寝かせてくれたらしい。
ただ、妻も人には言えないような日常を送っているため、医者に行くという発想は出てこなかったようだ。そこから足がつくことは分っている。
「どうしました?」
「いえ、ちょっと象に手を踏まれまして」
なんて言えるわけがない。すぐにお縄になるに決まっている。
ただ、ナントカの道はナントカという奴で、妻の実家は、医者をやっている。看板は挙げていない。ある特定の人たちを顧客としている。で、こういう時のためのノウハウも蓄積されている。
妻は私の手の状態と、出かける前に交わした会話からすべてを読み取り、父に電話をし、ある薬を手に入れてくれた。
一月ほど寝込むことになったが、痛みは引いた。
ただ、困ったことに、形は戻らなくなった。右手の掌が、団扇みたいになってそのままなのだ。骨も粉々、肉もミンチ状になってそのまままーるく固まってしまっている。
妻は、対策を考えると言った。そして買い物に出かけた。帰ってきたのを見ると、スプレーと何色かのペンキの缶を持っている。
新聞紙を敷いて、「ちょっと手をおいて」と言うから手をおいたら、表と裏に白いスプレーをかけられた。少し乾くのを待ってから、表の方に、「祭」と赤いペンキを使って勘亭流で書いてくれた。裏は、「氷」と言う字だ。
「秋になったらまた違うの描こか」
妻が明るい性格でよかったと思う。
なんのことはない、「〇〇動物園の象は、世界で唯一卵を産むらしい」という噂を信じて夜陰に紛れて動物園に忍び込み、象舎の鍵を盗み出して入り込んだまではよかったのだが、母象が、子象の危機と思ったのだろう私に向かって突進してきたのだ。
私は、ひらりと体をかわした…つもりだったのだが、最近の運動不足がたたって手をついてしまった。そこを踏まれたわけだ。
もう、「痛い」という言葉では表現できない。激痛に耐えながらなんとか家にたどり着いたまでは覚えている。ドアを開けてそこに倒れこんでしまった。妻が驚いて、起きてきて、なんとか布団に寝かせてくれたらしい。
ただ、妻も人には言えないような日常を送っているため、医者に行くという発想は出てこなかったようだ。そこから足がつくことは分っている。
「どうしました?」
「いえ、ちょっと象に手を踏まれまして」
なんて言えるわけがない。すぐにお縄になるに決まっている。
ただ、ナントカの道はナントカという奴で、妻の実家は、医者をやっている。看板は挙げていない。ある特定の人たちを顧客としている。で、こういう時のためのノウハウも蓄積されている。
妻は私の手の状態と、出かける前に交わした会話からすべてを読み取り、父に電話をし、ある薬を手に入れてくれた。
一月ほど寝込むことになったが、痛みは引いた。
ただ、困ったことに、形は戻らなくなった。右手の掌が、団扇みたいになってそのままなのだ。骨も粉々、肉もミンチ状になってそのまままーるく固まってしまっている。
妻は、対策を考えると言った。そして買い物に出かけた。帰ってきたのを見ると、スプレーと何色かのペンキの缶を持っている。
新聞紙を敷いて、「ちょっと手をおいて」と言うから手をおいたら、表と裏に白いスプレーをかけられた。少し乾くのを待ってから、表の方に、「祭」と赤いペンキを使って勘亭流で書いてくれた。裏は、「氷」と言う字だ。
「秋になったらまた違うの描こか」
妻が明るい性格でよかったと思う。