蝸牛の歩み

「お話」を作ってみたくなりました。理由はそれだけです。やってみたら結構面白く、「やりたいこと」の一つになっています。

審査

2015-10-06 19:21:50 | 日記
 いろんなものを査定する広告はあふれている。時計とか、貴金属とか。
人間はどうなのかなと思っていたら、貼ってあった。もう2年ぐらい前から人が住まなくなった廃屋の壁に、「あなたを査定します」というポスターが貼ってあった。私の方を指さしている眼光鋭いロングヘアの女性の上半身。どこかで見たようだなと思ったら、大戦の時のアメリカ政府の、「国のために志願せよ!」のポスターと似ているのだった。電話番号をメモして家に帰り、コンビニで買ったサラダと焼き魚、それとおにぎり二つで夕食を済ませて電話してみた。

 事務所の場所を教えてもらった。

 次の日、最寄の駅から三つ目の駅で降り、北に百メートルほど歩き、ガソリンスタンドにそって右に曲がった。まっ黄色に塗ったビルが目に入った。二階に上がって、ノックをしたら、「どうぞ」という声がした。

「電話をしたものなのですが」と言った。椅子をすすめられて、坐った。

「なぜ、査定をしてほしいと思ったのですか?」

「なんとなくというか、ちょっと不安なことがありまして、これからちゃんとやっていけるのかなと思うと、電話してました」

「なるほど。さっそくですが、この書類に記入していただけますか」

 渡された書類は、住所、氏名、電話番号、なぜここに来たのかなどの項目があったが、一番下のところに、「私どもが出した結論について、精神的に大きなショックを受けたとしても、法的な責任は一切問いません」という文章が書いてあって、小さな四角が文の最初にあった。同意するかどうかだ。チェックマークを入れた。同意したという事になる。

 最初にテストをやらされた。なんでも、中一レベルのものらしい。数学と理科とは壊滅的にできなかった。
ジャージの上下に着替えさせられて、スポーツジムにあるようなランニングマシーンで、10分間走り続けるように言われた。3分と持たなかった。血圧をはかられ、心電図で心拍数をはかられ、採血をされた。
 
 持病、既往症、入院・手術歴があるか尋ねられた。現在までの職歴、そして自己評価を問われた。自分なりに頑張ってきたつもりだけれど、こうすればよかった、ああすればよかった、この本も読んでおけばよかった、などの後悔の連続です、と答えた。
 
 目の前にA3サイズの紙が置かれた。総て、私に関するデータだった。学生時代にどんなサークルに入っていたか、どんな活動をしていたか、図書館から借り出した本のリスト、ブログから見られる政治的な見解、友人のリスト、購入した本のリスト。

「映像もあります」と言われた。テレビに映し出されたのは、ある女性と一緒に歩いている映像だった。このあと二人でホテルに入ったのだが・・・と思ってると、しっかりその映像まで映っていた。

「部屋の中に入って何をなさったのかも映ってますが」と言われたが、それはお断りした。

「今はこういう時代なんですよ」と男は言った。

「パソコンを介してなにかすると記録が残ります。防犯カメラの解像度も飛躍的にのびている。犯人逮捕につながるからという事で増設の動きもあります。マスコミが報じるのはそのようなメリットだけです。自分のプライバシーが裸になっているという点については報じられない」

 本題の「私の査定」について訊ねた。

「査定というものは、何に対して役に立つか立たないかと言う要素で成り立っています。車の場合、外見、エンジン、電子制御装置、そしてどんな道をこれから走るのか、走らないで飾っておくだけなのか・・・」

「で?」

「あなたが誰の役に立ってくれるのかという事ですよ」

「あなたたちは政府の人間なのか?公安なのか?」

「別に答える必要はありませんがね」と言いながら、男はB5用紙を私の前に差し出してきた。そこには私がこれからとるべき行動、意識的に収集すべき情報が、かなり子細に書いてあった。

「考えて見る」

「もうあなたの考えは決まっているはずですよ」

 ビルを後にした。