絵本に、カエルさんにキスしたら立派な王子様に代わり、二人はそれから幸せに暮らしました、と書いてありました。ずーっとその事を信じてきました。さすがに小学校高学年になると、自分がしていることは他のみんなが、特に女の子なんか絶対にしないことなんだということが徐々にわかってきたので、みんなにばれないように注意を払ってきました。トノサマガエルが主で、小さな青ガエルも試してみました。
ふと考えて、ガマガエルで試してみようと思いました。あんなみっともない顔をしていて、みんなから嫌われているカエルだからこそ王子様の可能性があるのではないかと思ったのです。最初に試してみたときに、その異臭と容貌の醜さに負けて、吐いてしまいました。しかし、私が吐いた時、そのガマガエルの眼に、何とも言えない光が宿ったのを見たのです。幻想かもしれません。しかし、その事が私をより一層ガマガエルの方向へと駆り立てて行ったのです。高校に入学して、隣の県のカエルの生息地を調べ、週末を利用して池を訪ねました。
小学校の低学年の頃から私は妙に几帳面であったらしく、キスしたカエルの種類、場所を学習帳に記していました。親兄弟に絶対に見せずに秘匿してきました。
ふと、数えてみると、最初のキスから勘定したら、あと二匹で丁度千匹になるということが分かりました。
同時に、千匹でキリにしようと言う気持ちもあったのです。私の中で幼いころに持っていた夢が揺らぎ始めたのです。もういいかな…という気持ちでした。
土曜日の早朝から、隣県のガマガエルの生息地を目指しました。少しひんやりするので、やや厚手のパーカーを着こんで汽車に乗りました。
池に到着して数匹のガマガエルを物色し、まずキス。何の変化もありません。さて、千匹目。心を込めてキスしましたが何の変化もありませんでした。私はその場にへたり込んで、なんて無駄な月日をすごしてきたんだろうと思いました。
カエルの王子様と会いたいという気持ちは、何のとりえもない、学校の成績も良くない、容貌にも自信がない、運動神経も悪い私の現実からの逃避だったかもしれません。もうどうでもよくなりました。私なんか生きている資格なんてないと思い、池の中に一歩を踏み出しました。途端に、ガシッと抱きとめられました。振り返ると、小学生の時に席が隣だったA君がいました。
「死んだらアカン」と彼は短く言いました。
私を池から引き揚げ、公衆便所の前に設置してあった水道でタオルを濡らし、私の池に踏み入れた方の足をきれいに拭いてくれました。かれは、バッグの中からまるで魔法のように、タオルやバスタオルをだし、ついでに、魔法瓶にいれた紅茶も差し出してくれました。紅茶は甘く暖かく、心と体にしみました。
「なんでここにいたの」と訊ねました。
「俺、ずっとお前のこと見てたんや」と彼は言いました。「変な子やなぁおもてた。そやけど、お前、真剣やったやんか。だからずっとつけとったんや。ストーカーやなぁ俺」
誰にも知られていないと思い込んでいたのに、こんな人がいた。顔から火が出るほど恥ずかしかった。
「見てたって、いつから」と訊ねると、彼は、「小学校のころから」と答えました。誰にも見られないように工夫していたのに、見られてた。さらに恥ずかしくなりました。
下を向いて「な、なんでそんなことしたの、誰にも見られてないって思ってたのに」と言いました。
「気になるし、好きやから」と言う何ともストレートな答えが返ってきました。
「わ、私、成績も悪いし、美人でもないし、スポーツもできひんし、目立つところ何にもないし、カエルにキスしたら王子様になるなんて思てる変な子やし」
「そんなもん、好きになったんやからしゃあないやん」
そして彼は言いました。「キスしてくれへんか」。戸惑っていると、「カエルとは何度もキスしとったやないか」と言うのです。
なんだかわからなくなって来たので、彼に抱きついてキスをしました。すると途端に彼はいなくなってしまったのです。慌てていると、地面の方から鳴き声がしました。そこには、可愛い真っ黒のネコがいました。じっと私の方を見ています。ますます混乱してきた私は、黒猫を抱き上げて、キスをしました。すると、彼が現われました。
「ま、そういうこっちゃ。もとは、ネコやったのに、写しているうちにカエルになってしまったんや」
「どういうこっちゃ」と私は思ったけれど、「二人はそれからずっと幸せに暮らしました」と言う部分だけは、写し間違いではないことを祈りました。
ふと考えて、ガマガエルで試してみようと思いました。あんなみっともない顔をしていて、みんなから嫌われているカエルだからこそ王子様の可能性があるのではないかと思ったのです。最初に試してみたときに、その異臭と容貌の醜さに負けて、吐いてしまいました。しかし、私が吐いた時、そのガマガエルの眼に、何とも言えない光が宿ったのを見たのです。幻想かもしれません。しかし、その事が私をより一層ガマガエルの方向へと駆り立てて行ったのです。高校に入学して、隣の県のカエルの生息地を調べ、週末を利用して池を訪ねました。
小学校の低学年の頃から私は妙に几帳面であったらしく、キスしたカエルの種類、場所を学習帳に記していました。親兄弟に絶対に見せずに秘匿してきました。
ふと、数えてみると、最初のキスから勘定したら、あと二匹で丁度千匹になるということが分かりました。
同時に、千匹でキリにしようと言う気持ちもあったのです。私の中で幼いころに持っていた夢が揺らぎ始めたのです。もういいかな…という気持ちでした。
土曜日の早朝から、隣県のガマガエルの生息地を目指しました。少しひんやりするので、やや厚手のパーカーを着こんで汽車に乗りました。
池に到着して数匹のガマガエルを物色し、まずキス。何の変化もありません。さて、千匹目。心を込めてキスしましたが何の変化もありませんでした。私はその場にへたり込んで、なんて無駄な月日をすごしてきたんだろうと思いました。
カエルの王子様と会いたいという気持ちは、何のとりえもない、学校の成績も良くない、容貌にも自信がない、運動神経も悪い私の現実からの逃避だったかもしれません。もうどうでもよくなりました。私なんか生きている資格なんてないと思い、池の中に一歩を踏み出しました。途端に、ガシッと抱きとめられました。振り返ると、小学生の時に席が隣だったA君がいました。
「死んだらアカン」と彼は短く言いました。
私を池から引き揚げ、公衆便所の前に設置してあった水道でタオルを濡らし、私の池に踏み入れた方の足をきれいに拭いてくれました。かれは、バッグの中からまるで魔法のように、タオルやバスタオルをだし、ついでに、魔法瓶にいれた紅茶も差し出してくれました。紅茶は甘く暖かく、心と体にしみました。
「なんでここにいたの」と訊ねました。
「俺、ずっとお前のこと見てたんや」と彼は言いました。「変な子やなぁおもてた。そやけど、お前、真剣やったやんか。だからずっとつけとったんや。ストーカーやなぁ俺」
誰にも知られていないと思い込んでいたのに、こんな人がいた。顔から火が出るほど恥ずかしかった。
「見てたって、いつから」と訊ねると、彼は、「小学校のころから」と答えました。誰にも見られないように工夫していたのに、見られてた。さらに恥ずかしくなりました。
下を向いて「な、なんでそんなことしたの、誰にも見られてないって思ってたのに」と言いました。
「気になるし、好きやから」と言う何ともストレートな答えが返ってきました。
「わ、私、成績も悪いし、美人でもないし、スポーツもできひんし、目立つところ何にもないし、カエルにキスしたら王子様になるなんて思てる変な子やし」
「そんなもん、好きになったんやからしゃあないやん」
そして彼は言いました。「キスしてくれへんか」。戸惑っていると、「カエルとは何度もキスしとったやないか」と言うのです。
なんだかわからなくなって来たので、彼に抱きついてキスをしました。すると途端に彼はいなくなってしまったのです。慌てていると、地面の方から鳴き声がしました。そこには、可愛い真っ黒のネコがいました。じっと私の方を見ています。ますます混乱してきた私は、黒猫を抱き上げて、キスをしました。すると、彼が現われました。
「ま、そういうこっちゃ。もとは、ネコやったのに、写しているうちにカエルになってしまったんや」
「どういうこっちゃ」と私は思ったけれど、「二人はそれからずっと幸せに暮らしました」と言う部分だけは、写し間違いではないことを祈りました。