蝸牛の歩み

「お話」を作ってみたくなりました。理由はそれだけです。やってみたら結構面白く、「やりたいこと」の一つになっています。

真説左甚五郎(2)

2016-01-19 19:45:20 | 日記
 「何に困ってんだよ、出て行ってくれたんだろ、いいじゃないか、厄介払いができてさ」
 「うーん、わかんねぇかな、そうじゃねえんだよ。困ってんだよ」
 「困ってる困ってるって、私にはさっぱりわからないよ」
 「大家さんは去年が米寿、八十八だったよな」
 「ああ、長屋の皆さん方からも盛大に祝ってもらって、私の酒をずいぶん飲まれちまったねぇ」
 「そうじゃねえんだよ、八十八なら、俺の気持ちがわかんねぇのかなって思ってんだよ」
 「私はね、確かに歳は重ねてますよ、でも、人さまの心の内てえものは、分らないねぇ。わからねぇうちに歳を重ねちまった」
 「餅でも重ねりゃ立派なもんだよ、鏡餅になるんだから。歳を重ねりゃもっと立派になるんじゃねぇのかい」
 「ならないねぇ」
 「ええ、面倒くせぇな。仕方がねぇ、白状しちまおう。惚れちゃったんだよ」
 「惚れちゃった?角の小間物屋のお糸ちゃんかい?」
 「これまでの話しを振り返りゃ、俺が誰に惚れたかぐらいわかんねぇのかなぁ。第一お糸ちゃんは、好公とこの春祝言あげるっていうじゃないか」
 「するってえと」
 「それなんだよ」
 「まさかと思って訊くんだけど、その猫かい」
 「面目ねぇ、あいつが流し目をくらわした途端に、惚れちまったんだよ。こう、ビリビリッときちゃってさ」
 「猫にねぇ」
 「で、相談てぇのは、文金高島田がいいか、振袖がいいかってことなんだよ」
 「なんだいそりゃ、文金高島田か振袖かって。何かの謎かけかい」
 「文金高島田といえば」
 「祝言だね」
 「振袖と言えば」
 「まぁ、若い娘さんだね」
 「そうなんだよ、その猫を嫁にとろうか、娘にしようかって相談なんだよ」
 「猫は雌なのかい」
 「あっ、そうだ、あんまり慌てていたんで確かめなかった。ちょっと、まっぴらごめんなさいよ」
 「早いねぇ、汗たらしてるよ。この仔かい。どれ、見せてごらん・・・雄だよこりゃ。立派なのが二つ付いてるよ」