蝸牛の歩み

「お話」を作ってみたくなりました。理由はそれだけです。やってみたら結構面白く、「やりたいこと」の一つになっています。

真説・左甚五郎(3)

2016-01-20 19:54:47 | 日記
 「となりゃ息子だな。てことは、紋付羽織でいいのかね」
 「金さん、何をするつもりなんだい」
 「息子の披露をするのに決まってるじゃありませんか」
 「先月から家賃をためてるお前さんが、ネコに紋付羽織ねぇ」
 「そこで相談なんだけど、紋所は何がいいかね」
 「家賃はどうするんだい」
 「そんなものはどうでもいいんだよ、こっちは今忙しいんだから」
 「やれやれ困った人だね」
 いい大家さんですね。
 「おまえさん、大工なんだから、ノミをぶっ違いにするなんてのはどうだい」
 「うーん、ノミねぇ。・・・ノミとかカンナなんてぇのは、『彫る』『削る』につながるから縁起が悪いよ」
 「じゃあ、墨壺はどうだい。一本線が通ろうってもんじゃないか」
 「おっ、いいねぇ。いただきやしょう。墨壺の紋所なんて粋だね」
 店子と言えば子も同然、大家と言えば親も同然と言う理屈で行きますと、金さんが息子にしようてぇ猫は、大家さんの孫じゃねぇか…てことにいつのまにかなりまして、大家さんと金さんとが知り合いの呉服屋さんへ行きますと、この呉服屋さんがまた洒落のわかる人でして、タダであつらえてあげよう、その代わり、当代一流の絵師に浮世絵を描いてもらい、それを引き札、今でいえばチラシですな、にして店の評判を高めようということになりました。
 吉日を選んでこのネコを養子にとるという披露を行い、呉服屋さんであつらえて頂いた紋付、羽織袴を着せまして上座に座らせます。ところがネコてぇものは、ただでさえ、着物を着せられたり何やかやされるのを嫌がります。それでも、浮世の義理と呑み込んだのでしょうか、しばらくは金さんの隣でちんと座っておりましたが、とうとう辛抱たまらず、紋付羽織袴を脱ぎ捨てまして、金さんの膝の上に飛び乗って、そこでこくりこくりやり出しました。
 絵師は、紋付羽織袴の凛々しい姿を速筆で描きとめましたが、その場にいました彫り物師が、このネコの眠る姿に目を留めまして、一目散に仕事場に帰り、三日三晩一心不乱に彫りあげましたのが、現在陽明門を飾っている「眠り猫」。
 名工左甚五郎の眠り猫が出来上がりました顛末、これにて幕とさせていただきます。