AManTo天然芸術研究所

大地のため、時代のため、消費されないアートを求めて…
EART(天然芸術)の今を紹介するブログ

白馬村で天然芸術祭スタート2

2004年07月31日 | Weblog
今日は八方のゴンドラリフト降り場、山頂広場と
そのふもと民宿街メインストリートでパフォーマンスが繰り広げられた。
両方とも比較的予想以上に多くの人に見ていただけたが、
場所の特質を見極めた臨機応変な対応の大切さを感じる。

山頂はやはり通りすがりの人が多くステージのショー形式より
分散型のストリートパフォーマンスの方があっている。

メインストリートの会場は、昼間、山に登った人たちが夜することがなくてウロウロしているわけです。
ちゃんと告知をすれば人は集まる!。
つまり昼間の山頂は夜の宣伝にするべきである事が伺え
その意味では夏の白馬の客層は登山客が多いわけだから
山頂は告知イベントとして毎日でもやるべきでしょう。
そして夜のイベントをメインにして、
そこでのコラボレーションを
しっかり練るべきだということ。

パントマイム、ファイヤーダンス、歌、映像。
今回の参加者が普段あわせないジャンルの人と様々な試みみが生まれる。
それは自然発生的に起こるもので
結果の出力でしかない各自の発表会が、
刻々と変わっていくのが目に見えてきます。

生の情熱と自然がもたらす、適応しようとする人としての原始の感性が動き出す。
過程の変容がみせるドキュメンタリー的な面白さがそこに溢れていくのです。

そこでの体験が作ろうと思っても作れない種を各アーティストの心の中に入り、
未来へのモチベーションをもたらせた時。
それこそが天然芸術なんだ思います。

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白馬村で天然芸術祭スタート

2004年07月30日 | Weblog
今日毎年、夏の白馬で開催しているEART PUMP が、今年は天然芸術祭として今日から始まった。
第一部は8/1の満月の日、観音原でのフィナーレまで続きます。
天然芸術という言葉はもともとEART(EARTH のHをとって出来た造語。進化系ART)の和訳として考えだされた言葉。
長野のアートディレクター尾川耕とともに世界初のEART
の祭典として5年前から始まった。

今年は3年間の村からの助成も終わり本当の意味で我々の真価がとわれ始める年。

今日は地元の2件のホテルでのプログラムを無事終え、各地から集まったアーティストの顔見せの日になる。
例年にくらべ、スポンサーのない今年は正直いって参加人数も少ないです。商業主義の厚い壁を感じます。
でもそこから新たな火の鳥を生む為に苦労している。
年老いた火の鳥は自分の炎で自らを焼いて新しく自分を再生します。次の時代に適応できる形に進化して生まれ変わるのです。

白馬の大自然の中、リフレッシュしながらも深い思索と感性を膨らまし素晴らしい祭りにしていきたいなあ。

今日、一つ発見したのは商業芸術、作家的芸術と天然芸術の
違いは環境の不安定さにあるもよう。そこでは大道芸的センスがたぶんに必要とされると感じます。
安定した環境を前提とするパフォーマンスになれている人はとても戸惑うだろう。
偶然いあわせた人、天候に臨機応変に対応して如何ければいけない。
「大道芸」この歴史の古い芸の形に何かヒントがある。
アーティスト達の化学変化に注目してみましょう!

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東京の中崎町、向島、押上。そこには東京の天人が…

2004年07月27日 | Weblog
今年で5年目を迎える「天然芸術祭」を行うため白馬に向う。
時間の関係で東京経由になったのだが、知人からのうわさで
墨田区の押上に目指す。

ここは長屋密集地で関東大震災にも戦災にも耐えた町。
路地裏があり銭湯があり地域住民の団結力が強い。
路地が狭く消防車が入れないことからあちこちに金魚の泳ぐ
防火水槽があり防災訓練も盛ん。
(中崎町よりすすんでる!)

行政はこの街を守るため京島まちづくりセンターが中心に町の整備に乗り出している。
センターと住民共同製作の「京島ロジコミマップ」が配らている。
ロジコミマップは今回入手できなかったが向島の情報ターミナルとして有名なrice+にいってきた。

そこはもともと東京理科大のメンバーが改装したもと米屋さん。
広さも天人と同じ位で10数坪といったところか…
外国人アーティストのレジデンスとして使われていたが現マスターの住中さんたちの手でCAFEになった。
2階はアーティストである住中さん住んでる。
数々のアートイベントを企画している彼は隣町の墨田にある現代美術製作所にもからんでる。
CAFE活動をアートとしてやっていて1年は続けるそうだ。
映画会やプロジェクトのプレゼンの曜日があったり子供達が普通に立ち寄ったり、
あまりにも天人と似てるのでびっくりしてしまった。
クーラーがない所まで同じときている。
なにか同じ街のパラレルワールドに来たみたいだ。

町並みも軒先に道の前まで豪快に飾られた
植木や猫、立飲みやなど写真だけみれば、
中崎町と区別はつかないだろう。

全身靴下まで赤で統一された服装の住中さん。
いろいろお話する中で住中さんのアートに対する愚直な姿勢は本当に共感できる。

今後いろいろな交流をふかめて勉強させてくださいね!
ヨロシク!

最初、中崎町はアートのムードぷんぷんだったが、ここ数年でCAFEが急増、
普通に商売をしにくる人も増えた。
しかしこの街はアートが銭儲けを引っ張るというより、
地域コミニティーを支え生活のレベルで現代美術が機能している。

すばらしい街である。
新しい文化の生まれる時のあのシャビくさいイイ臭いがする。


昔から全ての流行は西からと言われる。
「くだらない」という言葉の語源をしっているだろうか?
全国の特産物が集まるミックスカルチャーの街大阪は昔から
商人(あきんど)たちが合体商品(きつねうどん、オムライスETC)を考え出した。
その中で商品としてお江戸に移出できなかったダメ企画のことを
お江戸に「下らない」といったのが始まりらしい。

今、この日本で起こっているまったく価値観の根底の違うムーブメントはその歴史が通用していない。

価値観の定理が違うのだ。
ここでもやはり現象は同時多発的であり、101匹目のサルではないが
時代がポールシフトしようとしているのをヒシヒシと感じる。

次元の均衡は破れ総転移が起こる時それは一気にくると言われているが
果たしてそれは本当なのだろうか?

そしてもしそれが本当なら時代の進化についてこれない人も
恐らく大勢でるだろう。
願わくば文明さん、
進化の足音はすり足でお手柔らかにお願いします!

rice+ [ http://www.riceplus.org/ ]

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天人3周年を目前に控え

2004年07月25日 | Weblog
明日で天人は2001年7月26日に再誕祭をしてから3年が経ちます。
今日、7月25日はマヤ暦で時間を外した日、大阪では天神祭。
天人はこのマヤ暦を基にした13の月の暦で元旦にあたる、7月26日が誕生日です。

新しい文化を創りたい。
この地から未来に生きる人の雄叫びを世界の人に届けたい。
そんな思いと、様々な試行錯誤を繰り返してきました。
そのためにはまず自分自身が再生し、
日本の地に生きる一個人として
人としての生き方を学ぶ必要がありました。



2年目には多くの人が集まり新しい場の運営
を模索した年でした。国内外から様々な
お客さんがみえ、皆さんに天人の可能性を
図っていただいたように思います。
皆さんに支えられた事を感動した年でした。
また多くの人が天人から卒業していった年でもありました。

3年目にはいると
驚くスピードで中崎町が賑わいを見せました。
多くの店舗が増え、交流が盛んになり、
マスコミなどに注目され始めました。
それとは反面地域の人々の心のよりどころ済美小学校の閉校。
それによる地域コミニティの行事の開催が出来なくなる
危機にも見舞われ、今もその状態は続いています。

新しい文化を創るのにその大地が生きていることが必要不可欠です。
その点、中崎町は古い町並みだけでなく、住んでみると
多くの文化、しきたり、伝統が息づいている場所でした。
ここが大阪の中心地である事を考えると、
切り取られたように昔と繋がった今があるこの町は奇跡であり
作って作れるものではない貴重なものです。

我々が生活の場で90代のお年寄りと普通に接することのできる
町はそうざらにはありません。
それがこの大地の安定感や力強さの源だと思います。
新しい若者文化のミックスカルチャーだけでは流行に過ぎません。
グローバル化された現代社会、
私たちが日本の文化力で世界の一員として活躍するには
この二つの文化、揺らぐものと揺らがないものの交点に
創造する力でないと世界に通用するものは
産まれないのではないでしょうか?

積み重なってできたものの上に立脚して
創造されたものに息吹が入るのです。
ここにはその大地性がまだ息づいていると思います。

3年目を向かえ4年目にはいる天人は
この地域貢献の課題と新しい文化創造に
全力で取り組んでいきたいと考えています
地域力と文化力、両軸を統合したライフスタイルづくりを模索してみます。

楽しみに来ていただく天人から
喜びを作りに行きたくなる天人へ、
そうなれるよう全力で取り組んで行きたいと考えています。
そうです。みんなの「寄合所」、みんなの場所である「公園」が
天人の変わらぬコンセプトです。

そして天人は今、質、量、ともに
最大限に多くの人にささえられて生き延びています。
みなさん!本当にありがとう!そしてこれからも宜しく!

どうか今後とも暖かい目で天人を見守ってくださいね!
                           
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音霊の故郷

2004年07月18日 | Weblog
7/17(土)
●音霊の故郷(ontâ ga kuni)
尊敬するアーティスト、北海道の奈良裕之さんが天人にやってきた。
彼は民族楽器を中心にインプロビゼィション(即興演奏)をする人だ。
2年半ほど前に一度、お茶を飲みに来て頂いたきり、2004年3月、マサル大王の「月の庭」で
ライブを見に行って再会するまでずっとご無沙汰だった。
今回、ツアーの途中で関西にこられるという事で奈良さんから直接連絡していただいた。
ほんの少しお相手していただきたく、大胆にもダンスでの即興共演を申し込んだら、心地よく受けていただいた。

その後、夢の競演はその日の第2会場でのイベント。「シネ天人(中)自主映画周期上映会」の映写係の担当なって計画は断念するつもりだったが、シネ天人影のフィクサー荒金氏のご好意により「ここは俺に任せろ」の鶴の一声で天人会場で奈良さんとの共演が実現できたのだった。
ありがとう荒金氏!

インプロなのでどこでどれだけ僕が乱入するかは全く決まっていない。
冒頭で出るべき時期を感じる。奈良さんは、耳を済まさなければいけないような微細な音で空間を作っていく。
僕はからだの中で何かが生まれるのを待つ。
今回は共演といっても花を添える程度のものだと思っていたのでタイミングと引き際が肝心だ。
しかし場を感じ、周囲の場とつながっていくと何処で何をすべきか本当にわかるものだ。
自然に舞台の方へ歩いていた自分がいた。

今回の観客、奈良さん、天人の場との微細なレベルのやり取りはかなりいい勉強をさせてもらった。
場は作るものではなく出来るものである事が改めてわかった。

セッションは1度目だけのつもりだったが天人裏の自分の部屋にビデオカメラの電池が切れた荒金氏が
予備電池を取りに来時、天人から庭を通って彼の笛の音が聞こえてきた。
そしてその笛の音は目の前のたたんであった神戸の染物作家、市村さんの着物を僕にとらさせていた。
2回目は着物舞だった。

結局2回ほどの短い共演が実現した。
彼とも話していたのだがと時代を遡るような不思議な感覚の空間ができた。

彼は私の中でまさしく天然芸術家といっていいと思う。
全くメジャー思考でない彼は、人のつながりだけで場を作り営業とは無縁のところで全国、全世界を演奏活動もされている。
しかしそのクオリティーはメジャーを遥かに超えた先進性と普遍的な大地母神の豊かさを兼ね備えている。
まさに解る人同士だけがわかる人に伝えて広がっていく芸術だと思う。
その辺を演奏の後お話する機会があった。

彼の言葉として心に残ったのは「量で勝負する時代は終わった。」だった。
ほんの数人でも数千人の前でも同じようにできる人はそうざらにはいない。
その辺を聞いてみると「全ては一期一会」という言葉が返ってきた。
ウケを気にするのではなく本物を出すことに専念すれば、それでよい。
それが数人の前での表現でも
人から人へ世界に広がり、行くべきときに行くべき所に広がっていけるらしい。
結局広がるべき数千人の人に無駄なく伝わっていくのだそうだ。

面で征服しようとする所に新しい芸術や文化は生まれないものだ。
彼もこの前のグランドゼロへのツアーの話をしてくれたとき時代を作った場所を数多く訪ねられたそうっだ。
いずれも決してお金のかかった立派な所ではなく天人のような小さな場所だったといっていた。
そして光栄にもここにも同じ匂いがする、こんな所で新しい文化が生まれるんだよ。といっていただいた。



とても嬉しかった。

奈良裕之
芸能の世界からすれば、まったく非常識なやりかたで未常識の価値観をひっさけ世界を巡る表現の達人。数少ない本物の一人だと思う。
又、天人で神話が一つ生まれた。


P.Sライブの画像はまもなく公開予定。乞う御期待。

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天然芸術って何?!

2004年07月13日 | Weblog
天然芸術?
芸術って人工的なものでは?
天然って自然のことでは?

天然芸術は「伝統芸能」と「流行芸術」の間に存在するものです。
両者を繋ぐものを指します。
「伝統芸能」は人々と自然をつなぐ祭事から生まれたもの
人々はそれにより、コミニティでの生き方を学び大地との
関り方を知る事ができました。
この傾向は古い祭りや職人の世界になるほど色濃く残っています。

「流行芸術」はパトローネの文化に始まり、産業革命をへて
大衆が対象になってから、消費経済とともに人の「美」という感覚を
進化させながら純化してきたものを指します。

「流行芸術」にも「伝統芸能」の要素はもちろんありますし
「伝統芸能」にも「流行芸術」の要素がなければ今日成り立ちづらくなって来ています。
しかし全般的にみるとこの二つの要素は反比例の関係を持っていて
融合、統一される事はありませんでした。

流行は消費の対象として伝統を取り込もうとし、
伝統はそこに大地性、教育性を失い経済的価値を取り込む事で辛うじて生き残っています。
お互いに不本意ながら相手と与(くみ)しているのです。

それは単に物事が複雑になり多面化し価値の分裂、多極化を引き起こします。
そこに関わる人が自分自身がなにをやっているのか混乱してしまいます。
最終的には混乱している事にも気づかなくなっていくのです。

天然芸術はこの両者の真の統一融合を求めています。


天然芸術は今人類がもってしまったテクノロジーをもったまま
他の生命同様、自然生態系の一員に帰還をする事を意識して
行う芸術活動です。

英語では、「E A R T H (地球)」の H を取って「 E A R T 」と呼んでいます。

これはJUN自身のライフワークであり、
AManTOという場自体がその目的で作られたものです。

もうすぐ八月の満月前後に行われる長野県白馬村観音原で行われる野外芸術祭
「 E A R T   P U M P 」同様
AManTO自体が天然芸術の作品であるだけでなく
いまだ誰も見たことのない天然芸術・E A R T を生むための
実験装置の一つなのです。

今の文明は経済を使って人々をグローバルたらしめています。
次の文明は美をもって世界を繋ぐというのが私の私見です。

その基本理念の一つとしての提案が「天然芸術・EART」なのです。
「天然芸術・EART」は正義の価値統一でなく美による価値観の多様化を受け入れる
ゆるやかな連携をさします。
そう維持継続可能な社会をつくる芸術活動を指すのです。

天然芸術の存在の発見は私によるものですが、これを完成させるのは私だけでは到底できることでは
ありません。
おそらく今後1000年間、世界中の多くの人によって作り上げられていく文明の一要素であるべきだと
思っています。。

AManTOも世界に向けて様々な検証と提案をしていきます。
まだ見ぬこの未知なる領域に一人でも多くの皆さんがふみいれてくださることが
私の願いです。

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昨日はありがとう!

2004年07月04日 | Weblog
見にきてくれた皆さんありがとうございます。昨日の時点でのめいいっぱいやれたと思います。ギターの林君とは初めてだったけどさすが三宅君の紹介だけあって素晴らしいギターとは思えないメローな音には惚れました。シリーズlogoは講演終了とともに真の意味で始まる講演です。このブログを使って皆さんとのコミニケーションによって作品が進化します。昨日は僕の塗ってきたSURGEを御覧入れましたが皆さんいかがでしたか?皆さんのSURGEはどんなのでしょう。ちなみに来月の第一土曜には「華」という題名でやるつもりです。乞うご期待!


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SURGE (Dance&Sound Phenomenon シリーズLOGO VOL2)

2004年07月03日 | Weblog
S U R G E

2004.7/3
19:30~
Salon de AManTO

Dance JUN
Guitar 林堅哉
Sax 三宅伸一

「SURGE」劇場でのSURGEとはなんだろうか
いや劇場とはそもそも何なのか?
大波、波動、感情の高まりを示すSURGEは間違いなく
高いエネルギーの集積を指す
情熱、感動、興奮など劇場は表現活動のSURGEの集積地だ

例えば人の集まる偉大なSURGEに聖地というモノがある
これは大地や天と人が繋がるために祈り続けられてきた場所
大いなるものと繋がるための聖なる装置としてのSURGE
これらを私は「ゆるがないSURGE」と呼ぶ

そこからすると当然「ゆらぐSURGE」というものが考えられよう
ゆるむこと揺らぐ事によってその内部を浄化、代謝し
場をニュートラルにするSURGEだ


ゆらぐものとゆらがざるものこの両軸の存在こそ重要なのだ


「ゆるぎないSURGE」から誕生するものは、普遍性をもつ
世代をこえて継承されうる事象…宗教、文化、アート、EART…
聖地が誕生から進化してミーム(文化の遺伝子)を放出する

「ゆらぐSURGE」は、祈りが続けられることによって場が形成される
そこはミームを放出しつづけ未来に聖地と呼ばれる可能性を得る
長い時間と多くの人の情熱と熱意が必要となるのだ


伝説、神話というものがある これはその両軸の交点に生ずる
これらは生まれるものだがそれは語られる事で神話足りうる
人に意識され伝承する事でその本来の機能を回復する
学校や教育という言葉が派生する以前
このコミニティーの共有認識こそすべてだった
人々は自然とかかわり どう生きていったらいいかを学んだ
神話は生きていた…
揺らぐものと揺らがざるものの交差点で生き方を制することは
すべての人が尊敬される老人となって死んでいけた事を示したのだ


劇場は昔、この両義のSURGEを内在したものだった
劇場は祭りの場であり、神話と伝説が生まれる場
人生を学び、生き方を変える(進化さす)場だった

ある時、演じる側と演じられる側に場のSURGEが分断された
あの日、劇場の大地性が死んだ
神話は伝承となり伝聞となり果てる
もはや飾られる事によってしか力と輝きを保てなくなる
時間を超越した共時性は失われ、演出家の力を借りて
心を伝えなければならなくなった
表現はタイムラグを経て広がるしかなくマスメディアが生まれる
人々の興味は新鮮であることより斬新で在ることを求めるようになり
流行と経済が場の大地性に取って代わられた…


伝統芸能と流通芸術この二律背反を乗り越える弁証論的方策は…

「SURGE」

場の幾何学形態を再構築する大いなる実験が始まる。

劇場は現代の聖地となり得るのだろうか?
これは神話であり実験であると同時に貴方自身が時代の証人者となる…

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logo (Dance&Sound Phenomenon シリーズLOGO VOL 1)

2004年07月03日 | Weblog
logo
5 JUNE 2004
Salon de AManTo

dance JUN
Sitar Tadao Ishihama
base Go Tushima

人が生まれてくる行為自体を運動、表現ととらえてみよう。 
そのギリギリの
表現は苦悩、快楽、怒り、哀しみ,すべてを内在させている混沌としたカオスだ
生まれてきて目を開き光をみて首がすわり腰がすわっても、伝え歩きをし言葉
を話しても、それはすべて表現行為としてココに存在しつつ同時にその運動は
それまでの自己の超越であり続けている。
超越により外界と内界の深遠を知るのだ。 自分とは世界とはその答を求めて
全生命を傾け自己を超越していく行為なのだ。 それが「DANCE」という行為
でもある。 それはあるときは舞のようにも踊りのようにもみえる。あるときは歌
や音楽のように又ある時は、物語や神話のようにも見える…。
そう、人はそういう意味で人生を舞いつづけるダンサーなのである。
舞は、すなわち見る人と踊り手の進化の共同体験、世界の共同創造の行為だ
したがってダンサーの自他の超越行為は最新の注意を払って意識的に行う
必要がある。人が一生で出会える人数はほんの少しでしかない。  あなたは
その一期一会を生ききる行為のために舞い続けなければならない…。
人は自分であきらめた時から自己の超越をやめてしまう。 ほとんどの四足の
生命体は二足歩行をして超越をあきらめてしまう。自分はこういうものだと自覚
するとともに自己を限定し超越を放棄する。
しかし舞人はそうであってはならない。舞人は最も身体意識を見つめる職業の
ひとつだ。  身体意識は内界と外界をつなぐ装置であり肉体はその乗り舟だ
熟練するほど遠くと近くをしる事ができる。世界の果てと自己の奥深くを紡いでい
ける。ダンスとはいつもそうでなくてはならない。舞え、跳べ、蠢くのだ。
全ての思想、全すべての世代、全ての文化、それを紡いでいくのが、身体活動
なのである。 全人類に平等に一つづつ与えられた、宇宙と同等に広大無辺の
可能性をもつ身体。 我々が天より与えられた身体にもっと注意を払う時こそ
全身全霊をもって全存在をかけて思考する肉体が突っ立って生まれる。
人類の進化を誘う身体哲学の誕生である。
その仕事の、最も直接的な能動者の一つが身体表現者「ダンサー」なのだとい
う事を忘れてはいけない。傾舞(KABUKU-MAI)語録 地の巻より「ODOEU(踊る)ということ」


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