AManTo天然芸術研究所

大地のため、時代のため、消費されないアートを求めて…
EART(天然芸術)の今を紹介するブログ

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Salon de AManTo天人 7周年の言葉

2008年07月26日 | Weblog
ついに7周年を迎えました。
これもひとえに中崎町での我々の活動を応援してくださった皆さんのおかげです!

本当に有難うございます。

7というのは1つの完成を表す数字だそうで、そういう意味では大きな節目を迎える事ができたと考えています。

「自分が変われば周りが変わる。
   周りが変われば世界が動く…」

この一年をまとめるとこんな言葉になるでしょうか…

今年一年はある意味沈黙の一年でした。
今まで僕は有言実行を旨として未来ビジョンを誰にでも話し、公言する事を良しとしてきました。
でもそれが多くの場合、言葉だけが独り歩きし、模倣され表面的な意味合いだけで真似をされる事が多く
実際的な意味では世間に機能する前に中途半端に広がってしまうケースが非常に多くありました。
そして安易に流行になって廃れてしまうのです。
僕の提案は次の流行を提案しているのではなく、今の時代の必然を次世代のために提案しているのです。
単なる流行、単なるムーブメントやパフォーマンスに終わる打ち上げ花火に、
非常に悲しみを感じてきました。

実質的な成果の出ないこれらのパフォーマンスに多くの人の情熱が消費され、
巻き込んだ側も巻き込まれた側も思い出だけが残る…多くの国で同じような善意の浪費を見てきました…

僕は何か少なくとも自分が行うことにはしっかり責任を持って
結果をだせる活動を積み重ねなくては…
それがこの6年間の僕の想いだったです…

だから7年目を迎えるこの1年間は「不言実行」をキーワードに努力を積み重ねる事にしたのです。
するとどうでしょう、削がれていたエネルギーは集約され内に向かい、かなり効率的な変容をとげる事ができました。
個人のレベルでも団体としてのレベルでも…これは不思議な体験でした。

有言実行が悪いというのではなく今の僕と僕の周りにはそれがあっていたのでしょう。


この一年は「自分がやらなければならない事が今まで以上に明確なビジョンとなって見えるようになった…」
と思います。
世間の流行や動向ではありません。
時代を切り開く、時代提案型の人種には
自分と対話し世界を観察する沈黙の時間というものが如何に
大切かという事です。
それが身に沁みる一年だった気がします。

そこでブレーキをかけるものとアクセルを踏むものが明確になりました。
結果、全体としては関わる人に多くの学びとチャンスを提供しながら、自分の使命も着実に進める事を目標としてきました。

ブレーキ要因としては自分の表現活動は最小限に抑え、
アクセル要因としてはスタッフや周りの人のために力を集中したという事です。
結果として
ご縁のあったところに一年かけていくつかの店舗展開を行いました。
我がスタッフが天職を叶え、夢を実現するための各自拠点を作っていくという皆への奉仕という形をとっています。

本当に不思議な事です。願望達成でなく必然達成で愚直に努力していくとミラクルがおこるものです。
全く資本やコネクションなどないのに
真面目なスタッフの夢ほど場所と資金、協力者が現れ、全体としては天人が日本で情報発信を行うベースが
完成してしまいました。

その一部をお話しましょう。

現在準備中で許認可最終段階に入っている「AManToゲストハウス」は、
アーティストレジデンスとして遠方のアーティストだけでなく
梅田という立地も手伝って今から予約殺到の状態です。
遠方から中崎に来たい人の潜在的要望、天人に泊まりたいというニーズがブランド化している気配です。
中崎町がアートで町を成り立たせていくには外部の人々をお世話する場所は必要不可欠です。
だが今の中崎には来た人にお金を使わせるサービスが圧倒的である種の観光地となっています。
普通は有名なお寺や歴史的な価値あるものに人が集まりサービス業が増えるものです。
ところが中崎にはそれがありません、しいていうならこのレトロな町並みなのですが、この数年の出店には
お金をかけた普通の店舗も多く自分が自分の首をしめているのに気づいていません。
天人のようにそこに暮らす人の祭りや生活に関わってライフスタイルを無形の文化として育てていこうとする
人も少数派です。なんだか知らないけどいい感じだから集まってきているという感じです。
長期スパンで考えるなら自分が自分たちの文化を創っていかないといずれその町は廃れてしまいます。
天神橋筋商店街はレトロでもないし近代的でもないけれど、天神祭りという文化があるからどんな町になっても
人が集まりつづけるのです。
この未来を見ることの出来る文化のコーディネーター文化のデザイナーがいるかいないかで町の再生が線香花火で終わるかどうかが
決まるのです。


僕はその意味で外の人に中崎を知ってもらい文化が交流する起爆剤となるための宿の必要性を
この町に来たときから言い続けていました。
中崎町がリアルのレベルでの出会いがあり本当に人と人との絆でその文化が熟成していくには
中崎発のゲストハウスという事の意味は重要だったからです。
誰も作らないから自分で作りました。
天人の安宿はユニークです。
一芸披露で割引をするとか、系列のカフェでボランティアをしたり手伝う事でまかないが食べれたり安く泊まれたりできます。
地域の夜回りや町会の仕事をする事で地域通貨をもらえます。
様々な実験的な「地域交流と地域振興のためのゲストハウス」という新しい形を提案をしていくつもりです。
つまりこれからの安宿は、旅人が自分に利益のある情報を収奪する交流の場ではないのです。
天人の提案は「町と出会う事のできるゲストハウス」なのです。

リニューアル1周年を迎える天人の劇場、「AManTo天然芸術研究所」も経営スタイルを一新しました。
様々なアーティスト、講師が公演をする劇場として場所代をもらって貸すのではなく、「地域と環境に還元できる企画を盛り込んでくれた人に歩合で貸す」というスタイルを提案しました、
それでは格安すぎて維持ができないので「天然芸術研究所員という会員」を募集する事でその会費を集めなんとか採算ベースには乗るというスタイルです。
梅田の一等地にありながら総工費1300円と粗大ゴミでできた古い倉庫跡の劇場は80年の時を経て立派に文化発信しています。
ある時はインドの人間国宝がダンスをしたり同じ場所で無農薬野菜の八百屋をしたりしています…

遠方から来たアーティストに食事を提供するSalon de AManToも重要です。365日絶対空いてる天人が
なんといってもこの文化活動の核になっていてさらに地域の駆け込み寺としても機能できるのです。
この一年で、ほとんどのボランティア、スタッフは共同経営者、もしくは共同運営者
になってもらうという組織改善をしました。
つまり「日替わりマスターの店」から「日替わりオーナーの店」といったところでしょうか(^^)

それに伴うフリーライダーやモラルハザードといわれる問題も是正してきました。
「コモンズの悲劇」と呼ばれる、共同体のモラルの崩壊に対する対策も
あらゆる意味で臨床実験を積み重ねる事でシステムの穴を、かなり埋める事ができるようになりました。
天人のスタッフ現在30人あまりですが、
やはりトップのいないフラットな組織でのモラルハザードは25人前後から
顕著におこってきます。誰も悪気はなくても仲間の中で利害関係が発生します。
人と不器用な人と悪気はなくてもうまく立ち立ち回れる器用な人は美味しいところどりをしているように回りに見られてしまうのです。
これを解消し、尚且つ、自動化で互いが学びあい自治していける組織をつくるのが
僕の提案するYURA-ISMの概念であり、響育(Disconstractive Education)の手法な見せ所なのです…


自主選択寄付型ネットショップ「純環」と天人出版は今年からの情報発信のメディアとしてとらえ
ポッドキャスティングスタジオ「のろし」と連携を深めてきました。
そして「天人トリコブック」として中崎町発の新刊本専門の本屋さんとしてオープンしました。
そのコンセプトは「地球に効く本屋さん」…
絵本とそれを買いにくる親たちが地球の未来をちょっとだけ考える本が買えるという本屋さんです。
古本屋は中崎町に何軒かありますがまだ世にない実験的な文化を発信していこうとする僕らにとって
僕らが出版する本を売ってくれる店舗を先につくったという感じでしょうか。
天人に出入りするアーティストのCDやDVDも買うことができます。


ポッドキャスティングスタジオ「のろし」は天人グループでの最新情報を発信する自前マスメディアとして
音声配信から動画配信にそのメインを切り替えていく事業をすすめました。
これからはその流れで進んでいくと思います。
メディアといえば、天人の映像製作支援団体「天影公司(tenei-konsu)」ですが、
活動拠点として始まった「Office AManTo天人」は今年、
関西発の自主映画専門映画館「天劇キネマトロン」をオープンしました。
国内外の優秀な映像作品をドキュメンタリーからフルドラマまで…
毎日無料で上映しています。
さらに観客の投票で勝手にロングランしていくという
「シネマギャラリー」というあたらしいミニシアターの形です。
この観客参加型映画館というのは全く新しい試みだと自負しています。

つまりこれは自主映画、インデペンデントシネマというジャンルに、市場を誘発しようという試みなのです。
音楽業界にはインディーズはありますが映画業界にインディーズはありません。この新しい市場を作るのです。

そして前年度から自粛しているカフェでのBAR営業(長屋である天人では深夜の営業は難しい)
を再開するため「天人BAR朱夏」をこれまた手作りで映画館に併設しました。

映像関係者、映画を作っている人、映画に出たい人だけだけの溜まり場ではありません(もちろんそういう面もあります)
僕の持論に「BARは出会った人が深く理解しあうためには最高場所…」
というのがあります。これは天人設立当時からのコンセプトでもありました。
(カフェは出会いが広がる場所、BARは出会いが深まる場所)

実際、夜な夜な、様々な出会いと多くの映画制作の企画が「天人BAR朱夏」で生まれています。
またココは劇場「AManTo天然芸術研究所」にもすぐ近く(同じ敷地内)
飲食の出来なかった劇場「天芸」の食堂としての機能も満たしています。

これらの展開にどういう意図があるのでしょう。
あるアーティストがこの町にやってきたとしましょう。
宿泊→食事(サロンカフェ)→情報を告知発信するメディア(ポッドキャスト)→
発表の場(劇場)→文化の記録(映像製作と上映)→作品の販売(物販の店舗、ネット上のシステム)→
更なる交流(BAR)→プロジェクトの誕生
そうです、全ては循環しだします。

これらを自前で持つ事はエネルギーを自己完結する事によって一つの「文化生命」として機能し始めるのです。
つまり「文化」という子供を生む命(意識)です。

普通考えるとこれらの異業種は互いに一つの財布を取り合い、アーティストから様々な金品や時間、労力を奪い去ります。
アーティストはその苦しみと戦って作品を発表し続けなくてはなりません。
地域はアーティスト、観客いかに経済効果を得るかと奔走し競い合うのです。
そこで他との店舗との競争にさらされ強欲にならざるを得ない人もでてくるかもしれません。

しかし天人のように自己完結すると全く状況はかわります。
内臓が互いに支えあいながら一個人を支えているようにそこには思いやりと助け合いしか生まれません。
やってくるアーティストは無駄な事に気を使わず作品と自分に集中できます。
本当に気持ちのいい空間で効率のよい結果を生み出す事ができるのです。
僕らも全体で最低限をいただければいいので強欲にもならずロープライスで心のこもったサービスが提供できます。
つまり今稼げなくても又来てもらえればいいのです。

この一年パフォーマーとしてしては映画出演を中心にダンスやWSなどは必要最小限にしてきました。
それはこれらの企画を実践するためだったのです。(それも僕らの場合すべてが手作り。材料は現場調達なので大変です!!)

映画は短期集中することで後は一人歩きしてくれるメディアですがダンスなど表現活動はそうはいきません。
多くの人の御誘いを断る事になったのは大変心苦しく思っていました。
(なんでアイツは最近付き合いが悪いんだろう…)なんて思った方も多いと思います。
本当にゴメンなさいね!

でも今これをしておく事で表現者としても僕も、世界どこにいっても日本にくれば天人がホストするよ、いつでも来てね…
といえるのです。
これは人のお情けに甘んじながら放浪していた旅人の時とは大違いです。

実際、人が成長し、地球に効くアートである「天然芸術(=EART)」というコンセプトを本当に実践するためには
自分が食えるだけではだめだし自己満足活動だけではこの大地に痕跡は残せないのです。


最後に町の変化と今後について…

「消費されないアートを…」
その自問から生まれた僕の中崎町実験ファイル。
なにもなかった中崎町が今大きく変化しようとしています。

4年近くのあいだ不断の交渉と努力を積み重ねてきた閉校になった済美小学校の住民への開放。
ずっとよそ者だった僕が祭りに参加できて7年目にしてこれら夏祭りなど地元の行事に、
この土地出身でなくても参加できるようになった…など
その変化は目を見張るものです。
僕たち新住人に地元の人が期待と不安を抱えてきたこの7年間は
8年目を向かえ期待と希望が不安を上回ったといえるのです。

天人ができた2001年当時、僕らの活動など地域住人の方々は眼中にすらなく、
「よそ者が勝手をする」…という人もいました。
この地域に店舗やカフェすらほとんどない状態で今からは信じられない状態です。
僕は「お地蔵さんが囲った内側に爆弾が落ちずに焼け残った」という神話のある町の存在をしり、
ここが焼け残った意味を知りたい…そんな思いでここに引っ越してきました。
僕のこの町に生かしてもらっている事への恩返しはその意味を探る事なんじゃないか…そんな風に感じています。
僕はこの8年目に突入する今、今までで一番努力しているといいきれます。自分の修練も天人とその仲間の事も、そして地域の事も…
今年からの課題として今作ってきたベースに立脚して蓄えたノウハウと方法論について、
そろそろ公表する時期に来ているのではと考えています。
つまりベース作りの時代は7年間で一旦完成させ、これからはしばらく、今まで得た「おかげさま」を
人々にシェアするお役に立つ時期にきていると感じています。

今年は具体的に執筆活動、講演活動、ワークショップなど、今まで頼まれなければ避けて来たことを
計画的に実践し自分の中身を解放していきたいと思っています。


皆さんの役にたてる素晴らしい活動が僕らにできるよう…今後も我々スタッフ一同共々精進します、
だからこれからも皆さんのSalon de AManTo天人を宜しくお願いしますね
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