AManTo天然芸術研究所

大地のため、時代のため、消費されないアートを求めて…
EART(天然芸術)の今を紹介するブログ

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「カフェから始まる街づくり」

2008年09月21日 | 天然響育芸術<天然天人CAFE大学>
現在僕は現代のアート(=EART)で旅できる現代判お遍路さん「あまんとみち」を作ろうと
自分が旅をしてきた道を中心にその整備を急いでいます。
自分の天職が見つかるまでカフェなど旅しながら各地の拠点と各地のプロジェクトをお手伝いしながら
一宿一飯をお世話してもらうというアイデアです。

全国的にコミニティカフェで街づくりという発想は今やひそかなムーブメントになりつつあるようです。
先月も「カフェから始まる街づくり」というテーマで北大と地元NGOの企画する講演会にゲストとして
呼んでいただきました。
「カフェから始まる街づくり」というテーマで講演会で
携帯→http://d.hatena.ne.jp/dancingjun/mobile?date=20080823&guid=on
PC→http://d.hatena.ne.jp/dancingjun/20080823
結果は…講演会はほぼ満席200人を越え、新聞にも大きくとりあげられました!市
民にまじり、地元県会議員さんが大勢来ていただいて、その関心の深さをうかがい知る事ができました。
観客でこられていた市長に即興で舞台に上がっていただき
トークセッションをしました…大変好評でした。

道の地域再開発への熱の高さをヒシヒシ感じる講演会でした。

北大の准教授、中島氏は地元が中崎町の隣町、京大院時代、彼はいつも天人で
執筆活動をしている物書きの一人でした。
中島氏の専門はピンデゥーナショナリズム。天人で描いていた著書がベストセラーになり、
博士になって北大にいったのです。
彼とは当時から仲良しで彼が札幌の街づくりに関わるようになって大阪の天人がとても参考になって
いるらしく、事例紹介という形で呼んでいただいたのです。
今回の講演会の反響は大きく、腰の重かった商店街の役員たちも重い腰をあげ、シャッター街の商
店街にコミニティカフェをつくるべく翌日から物件探しか始まったそうです。
商店街の名前は「発寒(ハッサム)商店街」
天人を手本にFMラジオ局や映画館の併設を目標に北大が協力して話を進める事となりました。
この事業には今後も天人として関わっていきます。
北は大きく動き出しています!
次の日、企画していただいたパフォーマンス公演も満員御礼!ほとんどが講演会
で興味を持った人たちでした。
次回来道の際は道内一番のアート系ホールで出来そうです。

街づくりを支えるのはコミニティ、公共工事によらず地元のコミニティを活性化させて
そこから地元のニーズを使って町を考えていくコミニティカフェの構想は
天人方式のサスティナブルアートの手法の一部です。

天人の事例は店舗とそこに集う人だけでなく中崎町という町全体が大きく変容したキッカケとなり
その変化の最先端にアートカフェがあるという事実が注目されています。
僕らの実験プロジェクトが、その実験で終わらず、具体的なノウハウとして全国に広がっているという
事実には感謝の想いで胸が熱くなります。
これからも皆さん僕らのアートプロジェクト応援してくださいね!
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コンバージョンの基層思想と方法論への影響(天人方式の場合)

2006年04月13日 | 天然響育芸術<天然天人CAFE大学>
「エコロジーなデザイン」よりトラックバック


2003年よりitem-s design主催しておられるtakashihojo氏がおっしゃる
「使い込まれた空間の方が良いという価値観が浸透しても
その先の手法や考え方はまだ過渡期である…」というお話についてですが、

私の場合、コンバージョンの際、大切にしている点が幾つかあります。
今日はそのうち数例を簡単な部分だけお話したいと思います。


天人方式は時間×次元

この方式の最大の特徴的な留意点は
そこで大切にしているモノが、「使い古されてしまった空間」なのか、
「それとも使い古す空間なのか…」です。
これは現代のコンバージョンでは全くとりあげられなず無視されているファクターです。

狭義の意味で言い換えるなら…
古物が好きならそれはお金かけてでも古く見せるのか…
それともそうならざるをえなくてそうなるのか?…です!

つまり古い空間には…
「スローなエコ空間」と
「ファーストなエコ空間」があるという事です。



又それに関連してもう一つの大切な別ベクトルでは
個人の「良い」という価値観に
どれほど多(高)次元性が内包されているかが
問題です…。

つまり、個人の趣味なのか、それとも個と家族のため?いや友人知人も含む?
さらには+地域、+社会…大地…地球とより複雑な次元にとって
共通の「良い」を個人の「良い」に内在できるかという所に
そのデザインが「必然デザイン」(多次元に対してメリットがあるデザイン)
と成り得るかどうかだと思っています。

僕の経験ではこの2つのベクトル(時間的質、効率的次元、2つの意味で…)で
両方とも高い数値をパフォーマンスできた時、
スローなエコが、逆に、光速なエコへ量質変化しちゃうという
逆転現象がおきます。あっという間に空間ができてしまうのです。
僕は、これを「優れてた仕事」の自分の価値基準にしています。

そしてこの2つのファクターはそれぞれをx軸y軸にとったグラフの関数で
あらわす事ができます。

このバランスが旨くいくと、スロー、ファーストを超えた(双方を内在した)
そこにあるべきエコデザインが、自動に立ち現れてくるようです。(必然デザイン)

僕はそんなエコデザイン、エコライフを
スローでもロハスでもない
「即(モーメント?)エコデザイン」、
「即(モーメント?)ライフ」と呼んでいます。

だってスローでもあるしファーストでもある
スローでないしファーストでもない…でしょ?!

まるで般若心経みたいですね(笑)

「SOKU LIFE」な生き方…(^^)いかがでしょう?

その感覚は人生や空間をデザインというより推理小説を読み解く感覚や、
あるべき遺跡をさがす発掘調査ようななんとも不思議なデザイン感覚が
そこにあります。

なんといってもデザインの一部にデザイナーの生き方自身を
含めて考えちゃう点にこの方法論の斬新さがあります。
やってて妙に楽しいですよ!

スローやロハスはこのSOKUの考え方からすれば、開拓消費時代の20世紀から
全盛期の遺産を受け継いだ次の世代への移行期に現れた移行期の思考法だと
考えられています。(現時点でもっとも大切な概念だと思います)
SOKUはスローやロハスの思考の先にあるもの一つの形を文明の基層概念として
天然芸術が提案している手法なのです。

つまりその立場からすれば、スローやロハスはあくまで、
まだ進化過程にあるといってよいというのが
天然芸術の立場なのです。

最後に今回のこの記事の発表のキッカケをいただいたtakashihojo氏に
感謝したいと思います。
本当にありがとうございました!(^^)

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天人CAFE大学

2004年11月01日 | 天然響育芸術<天然天人CAFE大学>
学びたいことを学ぶ、

学びたい事を探す。

天職を探す。

天職を育てる。

夢を育て叶える。

そういう生き方を学べる。

そんな学び舎を作りたい。

入学も卒業もない
人に点数や順番をつけない。

資格や権威を外に求めるのではなく、
内なる権威に従って生きる事のできる人間。

他を大切にするのはメリットのためではなく
生き方を学ぶ教師として尊敬できる人間。

スキルを学ぶ事より、学び方を学ぶ…つまり生き方を学ぶ、
すると世界が幸せでないと自分も幸せでないと気づく。

自分をシェアするのは豊かさを期待するのではなく、
その時を豊かにするため自分を投げ出す人間。

それは心を成熟させていくだろう…。

苦しみから学ぶ事で人間は成長すると知って
逃げず全てを受け入れる豊かさ…

創意工夫をし、乗り越える事で大きくなる自分を評価する。
その意思は、手に入れたモノや数値が、
その人の周りの物に過ぎないと知っている…。

喜びを楽しむより感謝して受け止める心…
自分を失わず、正確に事態を読み取れる側の人間だ。

他の痛みを自分の痛みとして生きられる愛…
思い込みを捨てさせ、愛を慈しむ愛へと育てる。



そういう事のための人生の学び舎を作りたい。

そして、
そういう人生を手にするため全身全霊をもって生きる人を
私は、すべて「あまんとびと」と呼んだ。

すると 天人(AManTo) を目指す「あまんとびと」のための自由大学が産まれるのだ。


JUNの日記[JUNgem]


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