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摂津三島からの古代史探訪

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木島坐天照御魂神社1(蚕の社:京都市右京区太秦)~ユダヤ景教との関係が囁かれる秦氏の太陽神と「雷神」のこと

2021年05月02日 | 京都・山城

有名な広隆寺や、あの東映太秦映画村のそばに鎮座する、近畿地方に幾つかある「天照御魂神社」の一つです。略して「木島神社」(鎮座地の旧称による)とか、境内社の養蚕神社が有名なことから「蚕の社」などと呼ばれています。

下鴨神社(賀茂御祖神社)の鎮座地「糺」の名の元祖だという「元糺の池」があったり、その池の中にある「三柱鳥居」(別名、つ鳥居」「三面鳥居」「三角鳥居」)が日本唯一の形態(ここに倣って建てられたものはある)だったりする事から、そのご由緒のミステリーが取り沙汰されます。元糺の池は今は枯れてしまっていますが、「都名所図会」では小川の中に立っています。

 

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【秦氏のユダヤ移民説】

三柱鳥居について、明治41年に当時の東京高等師範学校(現筑波大学)の教授佐伯好郎氏が、景教(7世紀前半に中国に入ったキリスト教異端ネストリウス派)の遺跡とする説を発表しました。この説は神社の御由緒掲示でも触れられています。

 

・拝殿。奥に本殿の拝所があります。そしてその左側が三柱鳥居のある元糺の池

 

景教の移入期について佐伯氏は、「日本書紀」の雄略紀で、180種の秦の民を率いる秦酒公が税として上質の゛絹゛をうず高く積んだで゛禹豆麻佐゛姓を賜ったという記述から、その5世紀後半と考ますが、谷川健一編「日本の神々 山城」で大和岩雄氏は、景教が中国に入ったのは635年、正式に認められたのが・・・・・・

 

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