摂津三島からの古代史探訪

邪馬台国の時代など古代史の重要地である高槻市から、諸説と伝承を頼りに史跡を巡り、歴史を学んでいます

纏向(まきむく)遺跡と纏向古墳群 1 - 纏向遺跡が邪馬台国畿内説の"拠り所"となった経緯 -

2019年07月27日 | 奈良・大和
●”2”の記事では、一方の纏向遺跡邪馬台国否定説のことや、関連する東出雲伝承をまとめてアップしています。JR巻向駅は、本当に簡素な田舎の駅です。古代史愛好家、邪馬台国大和説派の聖地ともいえる地ですが、その頭からすると拍子抜けします。駅出口に”ひみこちゃん”のイラスト付きの説明看板だけがその重要性をアピールします。地域の方がもう少し盛り立てたいという気 . . . 本文を読む

宗像神社(桜井市外山)- ”登美山”の石碑が往時を忍ばせる、古代九州より鳥見山山麓に移った宗像氏の古社 -

2019年07月20日 | 奈良・大和
JR桜井駅から、速足で歩いて20分程。マップのナビでたどり着けました。神社と共にお目当てだったのが、タイトル写真の石碑です。昭和5年の建立と刻まれていました。鳥見山(881年の太政官符では登美山)の北麓に西面します。「延喜式」神名帳の式上郡に宗像神社三座と載る式内社です。ご祭神は言うまでもなく、田心姫、多岐津姫、市杵島姫の宗像三神。「三代実録」(880年)には官社に加えられたとあり、筑前の宗像大社 . . . 本文を読む

箸墓古墳 ~ どんどん古くなる築造年に関する様々な論争と、揺れる被葬者の伝承 <倭迹迹日百襲姫命大市墓、桜井市箸中>

2019年07月13日 | 奈良・大和
邪馬台国論争では、女王卑弥呼の”径百余歩の大いなる冢”の候補として常に名前が挙がる、有名な陵墓、箸墓。中学生以来、本当に久々に間近で拝見しましたが、やはりその巨大さと堂々たるたたずまいをじっくり堪能させていただきました。写真は後円部頭から反時計回りに移動していきます。 ・上ツ道沿い。中を覗くと段丘が見えるような   【炭素14年代測定法】 TVの歴史番組で . . . 本文を読む
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志貴御県坐神社(桜井市三輪)~ 記紀にある磯城県主の重要性と磯城瑞籬宮跡伝承地の信憑性~

2019年07月06日 | 奈良・大和
マップ上では神座日向神社から近そうだったのですが、参道に行くには大きな天理教敷島大教会の前を廻っていく必要がありました。神社自体は無人で少しひっそりした感じですが、どちらかというと第10代崇神天皇の磯城瑞籬宮跡伝承地としての方が、一般には有名でしょうか。だから、シキノ宮と呼ばれます。 ・二の鳥居。   【崇神天皇 磯城瑞籬宮跡の伝承】 延喜式神名帳の式内社。この地が磯城瑞籬宮跡だ . . . 本文を読む