朝飯を頂いて早めに出発する。新幹線で帰れば2時間だが、特急料金が勿体無いし、折角だから途中下車して博物館も見たいからだ。特急料金が勿体無いと言っても、普通乗車料金でそのまま帰れるわけではない。とゆうのは、新幹線を使わないで長野から東京に行くには、途中しなの鉄道やバスに乗り換えねばならぬからだ。料金も4350円かかる。(「駅すぱあと」で検索。) だったら途中下車して松本や大月経由で帰っても変わらない。
茅野で野宿した場所を列車の走行中の車窓からデジカメに収めることができた。あの時は寒かったので特に印象がある。
来る時見れなかった井戸尻考古館に行く。駅は信濃境。歩くこと十数分。荷物は、PCやその付属品、たまった博物館のパンフぐらいなのだが、これが結構重い。紙は結構重いのだ。
井戸尻考古館は、井戸尻遺跡群の出土物が並んでいる。5000-4000年前に同じような住居・石器・土器・世界観・神話伝承・ことば・風俗習慣を有したと思われる、長野県犀川から多摩川や相模川流域までの富士眉月弧と呼ぶ地域の文化を「井戸尻文化」と総称するらしい。この博物館は他の似たような考古博物館と違ってユニークだ。普通の博物館は土器や土偶を並べて必要最低限の説明を加えているものだ。土器の形状についても、時代や地域による差異について言及したり、機能面の説明を加えているだけのことが多い。ところがここの説明は違う。土器や土偶に複雑に加えられた文様、奇怪な形状について、縄文人の世界観を推測しながら「おそらく……だろう」とか「……に違いない」と大胆な説明を加えているのだ。例えば有孔鍔付樽と器台については、「黒漆と赤色染料(ベンガラ)で彩られておりこれは神聖な器であることを意味している。酒造器として使われたもので、小孔にはヤマドリの羽を挿していた。」--といった具合である。染料のあとはともかく、酒造器であったとか羽を挿していたというのは推測でしかないと思うが、ここの説明はそれを恐れない。無論ただの主観ではなく、多くの学者による様々な他文化との比較研究などに基づいたものではあろうが。特に「月・水・不死・蛇」といった「太陰的な世界観」をそれらの形や文様に見出している。半人半蛙(あ)文深鉢や蛇文深鉢、くぼんだ眼を持つ深鉢、蛇を戴く土偶、人面香炉形土器など、そのような観点から見ると誠に不思議で、いつまで見ていても飽きず、あたかも縄文人の精神世界にシンクロできる気さえする。館内に流れている不思議な音楽も影響しているのだろうか。石棒についても、「男根を象った石の神」と明確に記している。
隣にある富士見町歴史民俗資料館を見る。こちらは残念ながらよくある歴史民俗資料館の域を出ていない。ごくごく普通に、様々な民具や農具があったり、囲炉裏端が再現展示してある。養蚕道具や消防道具、刀や鎧・陶磁器などの美術品もあるが、逆にこれといったものはない。そこが民俗資料館の難しいところである。せめて映像による祭りや行事とかの紹介ぐらいほしかった。ものを並べてそこからどうするか、何を伝えたいか、が民俗資料館の課題だと思う。
電車で3駅移動して日野春駅に。北杜市オオムラサキセンターを見るためだ。オオムラサキは日本の国蝶なので是非見たかった。客は自分一人。映像があるらしいがやってないし、展示中央の自然のジオラマの機器も電源が入っていない。一通り見た後、受付に告げると、映像をかけてくれた。後者の機器も電源を入れ忘れたみたいだったが、なんだかなあ。その後自然に興味のありそうな団体客が来たが、彼らは映像を見たんだろうか?
国蝶の選出は昭和8年に案が出されたが戦争で話は立ち消えに。昭和30年に入って再びそのテーマが日本昆虫学会で再燃し、ミカドアゲハやアサキマダラ、ギフチョウなどの候補を抑えて昭和32年に指定された。オオムラサキはオスとメスで色が全然異なる。美しい青紫色はオスで、メスは茶色の地味な色だ。1頭のメスが数回に分けて400個の卵をエノキの葉に産み付ける。一週間で孵化し、落ち葉の下で越冬。春、エノキに戻り、6齢の後サナギに。6月下旬から7月上旬にかけて羽化する。日本全国に分布し、国外では中国・台湾・朝鮮に分布する。ちなみに、日本には237種の蝶が棲みついているらしい。200種以上見た人をチョウ屋、220種見た人をバリバリチョウ屋、230種見た人はチョウ大明神と呼ばれるらしい。昆虫のマニアの世界も奥が深い。
隣には森林科学館と生態観察園がある。チョウが羽化した後に来ると楽しいんだろうなあ。北杜市誕生記念ということで「世界の甲虫展」もやっていた。展示には珍しい虫の説明もあり面白い。例えばナナフシは交尾しなくてもメスがメスを生んで増える(単為生殖)とか、脚が切れても生えてくるとか。ドルリーオオアゲハというアフリカ最大のチョウは象を殺すほどの猛毒を持つとか。エサキマダラは1500キロも移動するとか。
料金を安く上げるため高尾で京王線に乗り換えて新宿から帰宅。2週間ぶりに我が家の猫に会う。
茅野で野宿した場所を列車の走行中の車窓からデジカメに収めることができた。あの時は寒かったので特に印象がある。
来る時見れなかった井戸尻考古館に行く。駅は信濃境。歩くこと十数分。荷物は、PCやその付属品、たまった博物館のパンフぐらいなのだが、これが結構重い。紙は結構重いのだ。
井戸尻考古館は、井戸尻遺跡群の出土物が並んでいる。5000-4000年前に同じような住居・石器・土器・世界観・神話伝承・ことば・風俗習慣を有したと思われる、長野県犀川から多摩川や相模川流域までの富士眉月弧と呼ぶ地域の文化を「井戸尻文化」と総称するらしい。この博物館は他の似たような考古博物館と違ってユニークだ。普通の博物館は土器や土偶を並べて必要最低限の説明を加えているものだ。土器の形状についても、時代や地域による差異について言及したり、機能面の説明を加えているだけのことが多い。ところがここの説明は違う。土器や土偶に複雑に加えられた文様、奇怪な形状について、縄文人の世界観を推測しながら「おそらく……だろう」とか「……に違いない」と大胆な説明を加えているのだ。例えば有孔鍔付樽と器台については、「黒漆と赤色染料(ベンガラ)で彩られておりこれは神聖な器であることを意味している。酒造器として使われたもので、小孔にはヤマドリの羽を挿していた。」--といった具合である。染料のあとはともかく、酒造器であったとか羽を挿していたというのは推測でしかないと思うが、ここの説明はそれを恐れない。無論ただの主観ではなく、多くの学者による様々な他文化との比較研究などに基づいたものではあろうが。特に「月・水・不死・蛇」といった「太陰的な世界観」をそれらの形や文様に見出している。半人半蛙(あ)文深鉢や蛇文深鉢、くぼんだ眼を持つ深鉢、蛇を戴く土偶、人面香炉形土器など、そのような観点から見ると誠に不思議で、いつまで見ていても飽きず、あたかも縄文人の精神世界にシンクロできる気さえする。館内に流れている不思議な音楽も影響しているのだろうか。石棒についても、「男根を象った石の神」と明確に記している。
隣にある富士見町歴史民俗資料館を見る。こちらは残念ながらよくある歴史民俗資料館の域を出ていない。ごくごく普通に、様々な民具や農具があったり、囲炉裏端が再現展示してある。養蚕道具や消防道具、刀や鎧・陶磁器などの美術品もあるが、逆にこれといったものはない。そこが民俗資料館の難しいところである。せめて映像による祭りや行事とかの紹介ぐらいほしかった。ものを並べてそこからどうするか、何を伝えたいか、が民俗資料館の課題だと思う。
電車で3駅移動して日野春駅に。北杜市オオムラサキセンターを見るためだ。オオムラサキは日本の国蝶なので是非見たかった。客は自分一人。映像があるらしいがやってないし、展示中央の自然のジオラマの機器も電源が入っていない。一通り見た後、受付に告げると、映像をかけてくれた。後者の機器も電源を入れ忘れたみたいだったが、なんだかなあ。その後自然に興味のありそうな団体客が来たが、彼らは映像を見たんだろうか?
国蝶の選出は昭和8年に案が出されたが戦争で話は立ち消えに。昭和30年に入って再びそのテーマが日本昆虫学会で再燃し、ミカドアゲハやアサキマダラ、ギフチョウなどの候補を抑えて昭和32年に指定された。オオムラサキはオスとメスで色が全然異なる。美しい青紫色はオスで、メスは茶色の地味な色だ。1頭のメスが数回に分けて400個の卵をエノキの葉に産み付ける。一週間で孵化し、落ち葉の下で越冬。春、エノキに戻り、6齢の後サナギに。6月下旬から7月上旬にかけて羽化する。日本全国に分布し、国外では中国・台湾・朝鮮に分布する。ちなみに、日本には237種の蝶が棲みついているらしい。200種以上見た人をチョウ屋、220種見た人をバリバリチョウ屋、230種見た人はチョウ大明神と呼ばれるらしい。昆虫のマニアの世界も奥が深い。
隣には森林科学館と生態観察園がある。チョウが羽化した後に来ると楽しいんだろうなあ。北杜市誕生記念ということで「世界の甲虫展」もやっていた。展示には珍しい虫の説明もあり面白い。例えばナナフシは交尾しなくてもメスがメスを生んで増える(単為生殖)とか、脚が切れても生えてくるとか。ドルリーオオアゲハというアフリカ最大のチョウは象を殺すほどの猛毒を持つとか。エサキマダラは1500キロも移動するとか。
料金を安く上げるため高尾で京王線に乗り換えて新宿から帰宅。2週間ぶりに我が家の猫に会う。
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