spin out

チラシの裏

「青ひげ」から「魔女」まで

2018年08月31日 | JDカー
カーター・ディクスン名義のHM卿ものは、戦後「青銅ランプの呪」以降、
「青銅ランプ」も含めて7冊しか書かれていません。
戦後のHM卿ものは、カー本人の年齢が中年を過ぎたこともあり、
親子関係に動機を求めるようになってきます。

さらに「魔女が笑う夜」が典型的な探偵小説としての枠をもったHM卿ものの最後の作品であり、
それは実質的にHM卿最後の事件とも言えるのでは。
同作を発表した1950年には、歴史ものの第1作「ニューゲイトの花嫁」を発表しているので、
「魔女が笑う夜」では過去作のエピソードやHM卿のプライベートなことなどを総ざらえして
「HM卿ものの店じまい」を図った感があります。
HM卿を「すごくいい人」に仕立てたのは、
子や孫に甘いおじいちゃんであろうカーの心情が反映されたからでしょう。
トリックの脱力ぶりばかり言われますが、
張りまくった伏線、ややくどい感はあるものの文章も「青銅ランプ」ほど饒舌体でもない。
珍しく意欲的に多くの人物を書きわけていますし、
HM卿のおふざけもじつは犯人のトリックに通じる重要な伏線であることも「爬虫類館の殺人」に通じる点です。
「魔女が笑う夜」は戦後HM卿ものの一番の傑作でしょう。

「時計の中の骸骨」もミステリとして佳作ですが、
「青ひげの花嫁」「墓場貸します」は「呆れはてるほどひどいシロモノ」と言わざるを得ません。
「墓場貸します」は不可能状況を冒頭で描いたのはいいけれど、
スマートな解決が思いつかないために強引な謎解きで押しきった怪作ですね。
「青ひげの花嫁」にいたってはHM卿は余分で、いっそ登場しないほうがスッキリするような気がします。
もしかすると戦後すぐの時点でカーの頭には歴史もののアイデアがあり、
実験的に「青ひげの花嫁」として書いてはみたものの中途半端な結果に終わった、と想像してみます。

戦後のHM卿もののプロットは、あまり考えずに組み立られていると思われるだけに、
カーの内面が透けてみえる感じがします。
「親」という立場に立ったときに家族から受ける愛憎、さらに追い打ちをかける「老い」、
現代ミステリを構築することに興味を失っていったカーが、
それでも必死に(契約のため)気の進まぬミステリを書く姿が見えるような気がします。

※1 MVPは「魔女が笑う夜」に登場するヴァ―チュー・コンクリン女将。
HM卿に「旦那」と呼び掛けて色目を使うあたり、
市川右太衛門主演の旗本退屈男シリーズに出てくる掏りの姐御(木暮実千代)みたいでじつにいい。

※2 「墓場貸します」の旧表紙に描かれているオジサンは誰?
HM卿にはこんなアザラシ髭は無いし、丸メガネもない。
もしHM卿だとすると、依光隆に発注した編集者のミスか。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 青銅ランプの呪 | トップ | 鎧戸と騎士 »

コメントを投稿

JDカー」カテゴリの最新記事