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「三つの棺・密室講義」の真実

2007年05月16日 | JDカー
ジョン・ディクスン・カー、「三つの棺・密室講義」の真実
逆転プロット
カーはいわゆる本格ミステリ小説における「画一的展開」をさかさにしたようなプロットをときおり使用しています。「画一的展開」とは「殺人→警察登場→尋問→探偵登場→第二の殺人→解決」といったような(展開内容は多少前後するにしても)お決まりのパターンを思い浮かべてもらえばいいでしょう。
たとえば「パンチとジュディ」では、ありきたりな展開ならば【殺人―容疑者の尋問―それぞれの人物の行動―解決】という順で進むはずなのに、記述は【殺人―人物の行動―容疑者の尋問―解決】です。しかも不可解犯罪を前にした準主役(ケン・ブレイク)の巻きおこすドタバタ騒ぎが読者をさらに混迷へと導きます。そしてメリヴェール卿の解決寸前に容疑者の尋問がおこなわれ、あっさりと殺人者が告発されます。警察がもっとはやく関係者に尋問していたらすんなりと解決したと思えるのですが、「そうはならない」事情をカーはちゃんと仕組んでいました。そのために冒頭の殺人が不思議な事件に見えてきます。
そうはいっても展開の強引さは否めず、読者はさんざん迷路を引っぱり回されたあげく、壁をやぶっていきなりゴールに連れてこられたように気分になります。この試みが成功しているかどうかは別として、読者の意表をつく、その一点に賭けた作家魂に頭がさがります。

Ⅰ 複雑巧緻なプロット―「三つの棺」
プロットのマニエリスム
 さて、「三つの棺」という作品はそういった複雑なプロット指向時期の頂点をきわめた作品でした。これ以降は暫時「他者(犯人と被害者以外)には見えない人間関係に支点をおいた簡素なプロット」に移行していきます。
 ここで注意する点は、この作品も含めてカーが描く犯人たちはけしてオカルトじみた犯行を計画していたわけではありません。逆にそんなことは自分の犯行に疑いをもたせ、真実を暴露させてしまう恐れがあるので、「現実的な殺人」としての緻密な計画を練るほどのリアリストたちばかりです。つまり生身の人間を偽の犯人として仕立てることを目論んだ犯行だったのにもかかわらず、不測の出来事が重なって「吸血鬼の仕業」「悪魔の仕業」としか解釈できない不可能犯罪となってしまったのです。この「不測の出来事により一見不可能犯罪」となるシナプスはカーの得意技であり、カーのリアリストらしさがよく出ている発想と言えます。

オカルトかミステリか
「三つの棺」の心臓(ハート)はプロットにあります。しかもそれはル―ビンの壺のように、見方を変えるとがらりと違う顔をみせる巧緻さ。
黒地のストーリーは「空を飛ぶ吸血鬼伝説」。墓から甦った吸血鬼が空を飛び、卑劣な兄弟たちに復讐の鉄槌をくだす。白地のストーリーは「連続不可能犯罪」。足跡ひとつない雪の中で撃たれた男、衆人監視の中の密室で撃たれた男、この2つの犯罪が現実的な方法で可能なことを鮮やかに指摘するフェル博士の推理。白地を見ていたはずなのに、いつのまにか黒地を見させているカーの技に驚かない人はいないでしょう。

Ⅱ プロットを分解すると 【以降トリックばらしあります】
●犯行時間誤認トリック―第一の殺人と第二の殺人との入替
【カーが読者にしかけたこと】(真の)第一の殺人を第二の殺人と読者に思わせるために、「時計の針(がすすんでいた)」というアンフェアぎりぎりの描写をさりげなく入れました。そのあとの「教会の鐘の意味」が分かったのなら、読者の勝ちなのですが。
 グリモー教授(第一の殺人の犯人であり第二の殺人の被害者)とフレイ(第一の殺人の被害者であり第二の殺人の犯人)の立場を逆転させること。これが「三つの棺」の心臓部といえます。
【カーの目論見】ミステリの常套では最後に犯行が暴露され、犯人は逮捕あるいは死を迎えるとなっていますが、カーは真犯人を一番最初に殺してみせました。フェル博士が最後に指名する犯人が、棺に横たわった最初の被害者、という大ケレンを目論んだものの、さほど効果があったようには思えませんね。
【犯人がしかけたこと】著者の命にしたがってグリモー教授は鏡を使った一人二役トリックを使いますが、それは時間誤認トリックの補強でしかありません。ずいぶん無理のあるトリックのようですが。グリモー教授の目論見はフレイを犯人に仕立てることであって、吸血鬼を呼ぶことではありませんでした。
●動機誤認トリック
【カーが読者にしかけたこと】基本的には「●●●」と同じで、「殺されそう(昔の犯行を暴露されそう)なので、自己防衛のために先に殺してしまう」というものです。これもカーの得意なパターンで、真の動機は犯人と被害者の中にしかありません。そこで、アンフェアだと文句をつけられないように、真の動機は登場人物たちの会話の中でさりげなく暗示されることが多いのです。
【犯人がしかけたこと】著者の命によって瀕死のグリモー教授が途切れ途切れに真実をつぶやきますが、ダイイングメッセージのように「どうとでも理解できる言葉」ばかりです。「弟」の意味をフレイではなく「吸血鬼」に誘導させるレッドヘリングはプロのものでしょう。

Ⅲ レッドヘリング・ミスディレクション「密室講義」
密室講義の真の意味
 「犯行時間誤認トリック」を本当に支えていたのは「鏡トリック」ではなく、「密室講義」の存在でした。カーが探偵小説に使われたトリックにかんする豊かな知識を披露したかったとか、「三つの棺」を解決するためのヒントだとか、本当にそう思っているのなら、まんまとカーにしてやられたということです。「密室講義」を読んで、ほんとうにトリック集成を書いてしまった江戸川乱歩にも責任があるかもしれません。
なぜこの場所に「密室講義」という、探偵小説にとっては「破」となるような章が挿入されたのでしょうか。知識を披露するだけならば、晩年期の作品のように「好事家のためのノート」を最後に加えるだけでも良かったのではないでしょうか。
 その秘密をとくカギは「密室講義」の構成にあります。フェル博士が、さまざまな密室犯行の構成を語っていますが、じつはその中に出てこない項目があります。
カーの盟友、クレイトン・ロースンは「帽子から飛び出した死」で、カーの「密室講義」へのトリビュートととして、グレート・マーリニにも密室講義をさせており、グレート・マーリニはフェル博士が言及しなかった項目として、「犯行後、被害者も犯人も密室から出なかった」という項目を付け加えました。
それこそがカーが隠しておきたかった項目でした。なぜなら「最初から犯人は密室にいなかった。だから犯行後誰も脱出していない」というプロットを隠蔽するために、「密室講義」では次々と「密室からの脱出方法」や「遠隔殺人の方法」が雪崩のごとく言及されます。「犯人が密室から脱出した」というカードを何十枚も重ねてみせて、一番下に「犯人は最初から密室にいなかった」というカードを隠しておいたわけです。真剣に「密室講義」を読めば読むほど、「三つの棺」の解決から遠ざかってしまうということになります。私叙していたチェスタトンの趣が感じられてしかたがありません。
しかしそれでは探偵小説的アンフェアのそしりはまぬがれません。すべてのデータ、あるいは解決のヒントを読者に公開するフェアプレイの提唱者だと自負するカーにはアンフェアだと思えたのでしょう。だから「密室講義」の冒頭でフェル博士に「探偵小説の中の人物」だという爆弾発言をさせているのです。その意味は「この章はノンフィクションではなく小説の一部であり、作者のトリックがあるぞ」というメッセージなのです。後年「九つの答」で著者からのメッセージを付け加えたカーならではの、探偵小説の雅趣が満ちた科白なのです。近年「メタミステリの嚆矢ではないか」という解釈もあるようですが、準主役の青年がどれもカーの分身のようなものであるならば、「メタミステリ」である必要もないと思います。
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