容子の部屋

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万次郎記念館来月完成 米マサチューセッツ州に

2009年04月16日 14時17分05秒 | 社会・問題国内・海外の問題

 

             ジョン万次郎が滞在した米マサチューセッツ州のホイットフィールド船長の家(共同)

 江戸末期に日本人として初めて米国に渡ったジョン万次郎を記念してかって滞在していた米マサチューセッツ州フェアヘーブンの住宅を修復して、5月7日には「ホイットフィールド・万次郎友好記念館」としてオープンすると米国日本領事館から発表されたそうで嬉しいニュースです。

日本の幕末期には日本自身が動乱と勃興が押し寄せた時期でも在り、幕藩体制に反発した多くの若者が日本国内でも命をかけて戦い、ある者は密航して海外の文明を学びたいと激しく行動した時代なだけに私の最も興味をそそられる時代です

このジョン万次郎も突然の運命によって万次郎は米国に導かれ、そこで西欧文明を知ると事になります。また万次郎を救った船長が素晴らしい人間だった事が幸いして、当時の米国文明を学ぶ機会を得た事は帰国後にここで学んだ知識が明治期の日本政府政府要人達にも多大な影響を与えたと聞きます。このホイットフィールド邸は万次郎を米国に連れ帰った米捕鯨船の船長邸であり、その名前を使って記念館にしたとの事です。

この記念館は長い事放置されていたらしく、荒れ果てた状態で売りに出されていたとの事ですが、それを日米友好の証しとして保存しようと聖路加病院院長の日野原理事長らが呼び掛けて、募金を募り、それで買い取り修復費用として1億1000万円を賄ったと聞き感謝したい気持ちです。5月7日には修復計画を進めた日野原重明理事長達も参加して、完成を祝う記念行事が開かれる予定との事です。

 日本は長い事鎖国政策をとってきた結果、この時代の日本人誰にとってもこの大変革に対応するのは大変だったと思います。その中で僅かの人達は海外の文明を学び、その文化程度の差に必死に追いつこうとしていた日本人を尊敬の念で偲びます。

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