テアトル十瑠

1920年代のサイレント映画から21世紀の最新映像まで、僕の映画備忘録。そして日々の雑感も。

カポーティ

2010-04-21 | ドラマ
(2005/ベネット・ミラー監督/フィリップ・シーモア・ホフマン、キャサリン・キーナー、クリフトン・コリンズ・Jr、クリス・クーパー、ブルース・グリーンウッド、ボブ・バラバン、エイミー・ライアン、マーク・ペルグリノ、アリー・ミケルソン/114分)


 30代半ばに「冷血」に着手し6年を費やして完成させた後、トルーマン・カポーティは一冊の小説も完成させていない。映画のラストでそういうテロップが流れますが、実際には1980年に「カメレオンのための音楽」という短編集を出したそうです。しかし村上春樹の言によれば、<正直なところ、無理にひねり出されたような不自然さを感じさせる作品>だそうで、死後に発表された<スキャンダラスな問題作>「叶えられた祈り」も未完成のものだったようです。

<少なくともフィクションに関していえば、1950年代に彼が見せた圧倒的なまでの輝きはもう戻ってこなかった。ひとことで言えば、小説を書くことが出来なくなったのだ>(村上春樹、「ティファニーで朝食を」訳者あとがきより)

*

 映画「カポーティ」は、彼が“小説を書くことが出来なくなった”原因が「冷血」の創作にあるとして、そこに何があったのかを描いた作品です。
 2005年のアカデミー賞で作品賞、監督賞、脚色賞(ダン・ファターマン)などにノミネートされ、プロデュースにも関わったフィリップ・シーモア・ホフマンが見事、最優秀主演男優賞に輝きました。
 自らを「ホモセクシャルで、アル中で、ヤク中の天才」と称したというカポーティそっくりに扮装したホフマンの演技が圧巻で、ちょっと間違えればやりすぎ感も出そうな人物なのに、タテとヨコのラインを生かした硬質感のある画、呟くようなピアノのBGMと相俟って、抑制された表現に魅入ってしまった2時間でした。但し、主人公が極めて特異な人物なだけに、その心理にも不可解な部分があり今後の宿題となっております。

 映画の冒頭が、起伏の乏しいカンザスの田舎町で友達の家を訪ねた少女が物音の途絶えた室内に入り、階段を2階へ上がり、ベッドで血塗れになっている彼女を発見するシーンで、闇雲にギャーッと叫ばないところがリアルです。リチャード・ブルックスの「冷血 (1967)」は忘れてしまったけれど(レンタル店を探したけれど無かった、トホホ)、多分似たような雰囲気のシーンがあるんじゃないでしょうか。

<農場主はのどを掻き切られた上に、至近距離から散弾銃で撃たれ、彼の家族は皆、手足を紐で縛られた上にやはり至近距離から散弾銃で撃たれていた。あまりにもむごい死体の様子は、まるで犯人が被害者に対して強い憎悪を抱いているかのようであった。
 しかし、被害者の農場主は勤勉かつ誠実な人柄として知られ、周辺住民とのトラブルも一切存在しなかった。農場主の家族もまた愛すべき人々であり、一家を恨む人間は周辺に1人もおらず、むしろ周辺住民が「あれほど徳行を積んだ人びとが無残に殺されるとは…」と怖れおののくほどであった。事件の捜査を担当したカンザス州捜査局の捜査官は強盗のしわざである可能性も視野にいれるが、女性の被害者には性的暴行を受けた痕がなく、被害者宅からはほとんど金品が奪われていないなど、強盗のしわざにしては不自然な点が多かった。そもそも農場主は現金嫌いで支払いは小切手で済ませることで有名な人物であり、被害者宅に現金がほとんどないことは周辺住民ならば誰でも知っていることであった。>(『ウィキペディア(Wikipedia)』より)

 事件発覚は1959年11月15日。カポーティにとっては「ティファニー」発表の翌年。
 ニューヨーク・タイムズに掲載されたその記事に惹かれたカポーティは、「ニューヨーカー」に事件について書きたいとスポンサー契約を取り付け、幼なじみの女流作家ネル・ハーパー・リーを伴って現地におもむく。どこか鼻持ちならないその言動から警察や住民から情報を得ることは難しかったが、ネルのおかげもあって、第一発見者や担当捜査官に接触、被害者の日記や捜査状況もある程度知ることが出来た。
 教会で棺に入った被害者の遺体と対面するシーンが印象的で、この後、NYのパートナーへの電話で『あまりに恐ろしいものを見るとホッとする。普通の生活を忘れられるから』と話します。カポーティが異常なモノに関心が高かった事が分かりますね。

 翌年の60年1月6日、容疑者として二人の若者が逮捕される。ネルと共に大勢の野次馬に混じって犯人達を凝視するカポーティ。一人は体の大きな男だったが、後ろから警察官に両脇を捕まれてやって来た男は身体も小さく、怯えた眼をしていて、あんな残虐な事件を起こすようには見えなかった。
 男の名前はペリー・スミス。ペリーが収監されている女子監房を訪ねたカポーティは、彼と話をすることに成功し、ますます興味を募らせる。後にカポーティはネルに(例え話として)こう話します。
 『彼と僕は同じ家に育った。彼は裏口から出て行き、僕は表玄関から出て行った』
 「ニューヨーカー」の担当者に電話をかけたカポーティは、『記事にするだけでは物足りない。本を書きたい』、そう話すのでした・・・。

 全編を通して新しい体験に伴う漠然とした緊張感が漂っていますが、ペリーとの接触の過程でソレは具体性を帯びていきます。すなわち、自分と似たような生い立ちの作家が自分を理解し、弁護人を雇い、自分について本を書こうとしている、そう思ったペリーはその本によって死刑を免れるかも知れないとの希望を持ち、一方のカポーティは“ノンフィクション・ノヴェル”を書くに当たってどうしても事件当夜の犯罪者の心理を理解したいと思い、その真意を伏せながらペリーに接触していく、その緊張感です。カポーティの真意、言い方を変えればウソ、偽善がいつペリーにばれるか、そのサスペンスが中盤から終盤へと引っ張っていきます。

 『自分は犯人が逮捕されようがされまいが興味はない。この事件が町の住民に与えた影響について取材したい』
 カポーティは現地の捜査官には当初こう話していますが、もともと空想の物語を一から作り上げるタイプの作家ではなく、自分の体験或いは見聞きしたものに尾ひれを付けながら、再構築して新たな物語を作るタイプだったようですから、無論、“事件が町の住民に与えた影響”についても知りたかったでしょうけど、犯人についても知りたかった。というか、出来るだけ全貌を知りたいと思っていたに違いありません。
 事件に関わった人々に一体何が起こったのか? 何が必然で、何が偶然だったのか?

 終盤では、二人の死刑執行が延期に延期を重ね、新作小説の結末を締めくくれないいらだちとジレンマに悩む姿が描かれています。作家としてのジレンマなのか、人間としてのジレンマか、はたまたその両方か? これは本人にしか分からない事かも知れませんね。

 監督のベネット・ミラーはデビュー2作目の新鋭。要注意の人が出てきました。
 2005年度NY批評家協会賞、新人監督賞受賞。




*

 トルーマン・カポーティは、1924年9月30日、ニューオリンズで生まれるが子供の頃に両親は離婚、母親に連れられてルイジアナ、ミシシッピー、アラバマなどアメリカ南部の各地を遠縁の家に厄介になりながら転々として育った。引越しの多い生活のため、ほとんど学校には行かず、独学同様に勉強した。
 十代半ばに(母親の再婚に伴って)ニューヨークへ出、17歳から4年ほど「ニューヨーカー」誌のスタッフとなり、コピーボーイとして働きながら作家修行をする。
 19歳の時に掲載された最初の作品「ミリアム」がO・ヘンリー賞を受賞、「銀の壷」「夜の樹」などの短篇を相次いで発表して「アンファン・テリブル(恐るべき子供)」と評される。23歳で出版した初めての長編小説「遠い声 遠い部屋 (1948)」で本格的に作家デビュー、瞬く間に若き天才作家として世間の注目を浴びた。その後も短編集「夜の樹 (1949)」、中編小説「草の竪琴 (1951)」などを発表し、ノーマン・メイラーやJ・D・サリンジャー、アーウィン・ショー、カーソン・マッカラーズ等と共に有能な若手作家の一人としての地位を確立した。
 1955年から58年にかけて苦労しながら「ティファニーで朝食を」を完成。この小説は、高級娼婦と捉えられかねない女性が主人公だったり、同性愛に関する表現が多いために一部の州では禁書処分になったが、オードリー・ヘプバーン主演で映画化されて大ヒット、今でもカポーティと言えばこの映画の原作者として思い出す人も多い。
 自らノンフィクション・ノヴェルと名付けた「冷血」は1966年に出版され、現在までに世界24か国で翻訳、アメリカだけでも500万部の売り上げを記録する大ベストセラーとなった。
 晩年はアルコールと薬物中毒に苦しみ、テレビで不可解な発言を行うなど奇行が目立ち始め、公私共に没落していく。未完となった遺作「叶えられた祈り」で事実を交えたかたちで上流社会の頽廃を描いたことにより、彼が懇意にされていたセレブリティからの反発を招いた。
 1984年8月25日、カリフォルニア州ロサンゼルスの友人ジョーン・カーソンのマンションで心臓発作で急死し、カリフォルニア州ウェストウッドのウェストウッド・メモリアルパーク墓地に埋葬された。59歳だった。(『ウィキペディア(Wikipedia)』他参照)

※ 幼なじみのネル原作のアラバマ物語」の記事はコチラ

・お薦め度【★★★★=シリアスドラマが大丈夫な、友達にも薦めて】 テアトル十瑠

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6 コメント

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オカピーさん (十瑠)
2010-07-29 11:05:02
お暑くなりましたねぇ。お体、ご自愛下さいませ。

「冷血」は新訳本がボックオフにあったのですが、旧訳に比べて内容が劣るという評判だったので、旧訳を探しているうちに熱が冷めてしまいました。
「ティファニーで朝食を」の村上訳は中古で100円でも売っているようですよ。
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弊記事までTB&コメント有難うございました。 (オカピー)
2010-07-29 01:06:58
四月はとにかく父親の病院行脚で忙殺されたので、TBだけならともかくコメントは無理という状態につき、スルーしてしまいました。<(_ _)>

カポーティは相当複雑怪奇らしいですから、判然としない部分があって正解なんでしょうね。
それ故に作品として最高得点が付けられなくてもそれはそれで仕方がないのかも知れません。

「ティファニーで朝食を」と「冷血」はいずれ読むことにしましょう。
図書館になければ買うしかないか。^^
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vivajijiさん (十瑠)
2010-04-21 17:35:54
ホントに冷たくて暗~い感じの映画ですから、家族の前で何度も観れなくてですねぇ。
人が居ない時を見計らって、複数回観ております。^^
カメラも良かったですねぇ
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十瑠さんの記事で (vivajiji)
2010-04-21 17:03:36
むらむらっと
再見したくなりました~(^ ^)

原作者本人があ~ですし^^
「冷血」の本も映画もじんわり重め
本作も優れて冷たくて全くもって
ただ暗いとか怖いとか言えない
妙な不気味さが漂いまして魅力的でした。
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宵乃さん (十瑠)
2010-04-21 16:16:50
>この作品は観た後もずっと頭の隅に引っかかっている感じで、忘れられません。

色々な解釈が出来る作品ですから、そうなってしまいますね。
見終わって私はすぐに「冷血」のDVDを借りようと思ったんですが、無くて、別の用事でブック・オフに行って「ティファニー」を買ってしまいました。小説「冷血」も新訳を見つけましたが、なにしろ長いですからねぇ。
今度行ったら買ってしまうかも。
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Unknown (宵乃)
2010-04-21 13:57:22
この作品は観た後もずっと頭の隅に引っかかっている感じで、忘れられません。自分の中にもある人間の業を強く意識させられてしまう作品ですよね。
十瑠さんの記事は客観的にまとめられていて、混乱していた頭の中がすこしスッキリしました。

それにしても、デビュー二作目の作品だったとは・・・!
いやがおうにも今後に期待してしまいます。
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