はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

井戸のなか その16

2013年08月16日 09時25分19秒 | 習作・井戸のなか
男が追いはぎだと知れた時点で、徐庶は、市場の古着屋の親父が嘘をついた理由がわかった。
古着屋の親父は、おそらく自分の仕入れたものが訳ありの盗品だったことを知っていたにちがいない。
だから、下手な嘘をついた。そして、自分が追及されそうになったので、追いはぎの男に品物を突っ返して、仕入れ値を取り返そうとした。
たぶん、そんなところだろう。

あの夢のなかの女を、井戸のなかに放り込んだのは、この男なのか? 
そうおもうと、徐庶の体は怒りに満たされた。
男の凶悪そうなぎょろりとした目は、徐庶をまっすぐにらみつけている。
それをしっかり受け止めながら、徐庶は男との間合いを詰めていった。

徐庶は故郷で仇討ちの手伝いをしたことから役人におわれる身となって以来、心を入れ替えて、身に寸鉄も帯びないことにしている。
なので、当然のことながら、護身用の短刀も持っていない。
とはいえ、男相手にひるみはしない。
ゆっくりと息を整えて、男の足取りに合わせて、自分も立ち位置を決めていく。
左に一歩、また一歩。
男もまた、匕首をかざしながら、右に一歩、また一歩、と移動する。
と、男が無言のまま突進してきた。
心臓を狙おうというその一撃を、徐庶はするりと水のようにかわし、男の背後に素早く回った。
あわてて振り返ろうとする男よりも早く、徐庶は男の片腕に自分の腕を絡ませると、そのまま、くるりと男の腕をひねって、匕首を握る男の手首をぎりぎりと押さえ込んだ。
男はその怪力に呻きつつ、匕首を地面に落とした。
ちょうど路地では、このさわぎに窓を開いて覗いていた中年女がいたので、その女に縄を借りて、男を縛り上げると、表通りに出た。
例の宿屋兼料理屋の方角から、孔明が駆けてくるのが見えたので、徐庶は軽く手を振ってこたえた。





「たいしたものでございます、まさか賊を捕らえておしまいになるとは。おかげさまでわたしも役目を果たせそうです。父にも、徐元直殿が賊を捕らえたのだとしっかり報告いたしましょう」
「いや、それには及ばず。この賊は、公子が捕らえたことになさってください」
興奮する劉にそういうと、劉はなぜだ、というふうに顔をしかめた。
徐庶としては、説明のむずかしいところである。
おそらくここで手柄を立てたと劉表に上奏されれば、仕官の道が一気にひらけてくるだろう。
しかし、徐庶は、劉表の支配する荊州を第二のふるさとのようにおもっていたが、かといって、劉表に仕えたいとはおもっていなかった。
劉表は年老いてきてから、とくに判断力がにぶっているという悪い噂も聞こえてきていたからである。
体の弱い劉にわざわざ捕り物を命じているところからして、噂はほんとうのようだ。
もっと悪い噂も流れていて、劉表は年若い後妻の蔡夫人の言いなりになっていて、前妻の産んだ劉より、劉を跡取りにしたいとおもっているということでもある。
もしそれがほんとうだとするならば、劉にとって、今回の捕り物で手柄を立てられたということは大きな意味を持つだろう。
劉本人は、そのことをあまり深く考えていないようで、手柄を避けようとする徐庶のことをふしぎそうにしながらも、言った。
「わかりました、それでは、おことばのとおりにいたしましょう。でも、それでほんとうによいのですね?」
「よろしいですとも。公子のお役に立てただけで、おれはうれしいのです」

つづく…


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