はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

井戸のなか その17

2013年08月17日 10時49分57秒 | 習作・井戸のなか
孔明と年の差のほとんどないこの若い公子は、徐庶のことばに無邪気にうれしそうな顔を見せた。
それを見て、徐庶はよいことをしたとおもうと同時に、かれの置かれている複雑な環境に、これからかれ自身が耐えていけるのかどうか、ふと不安にもおもった。
劉は乱世の英雄の子としては、性格が柔弱すぎるのだ。
かれを支える家臣たちのなかに、有能な人間がいればいいのだが。

そうおもいつつ、劉と気のあっている孔明のほうをちらりと見る。
しかし孔明はそんな徐庶の目線に気づいたか、逆に知らぬ顔を決め込んでいる。
どうやら、孔明もまた、劉表とその一族の下につくことを良しとしていないようである。
料理屋で語ったとおり、孔明は、自分の性格をつかみかねているので、まだ仕官をしたくないのだろう。
それに、万が一、劉表のもとに仕官したとしても、古だぬきがいっぱいいて、それこそ生意気な孔明をよってたかって潰そうとするにちがいない。
かといって、年若く、経験も浅い孔明をいきなり引き上げてくれるような物分りのいい男が、この世の中にいるだろうかと、徐庶は心配にもなるのだった。

いや、ひとの心配をしている場合ではない、
徐庶とて、孔明と似たり寄ったりで、だれかの下につくことはあまり好きではない。
世の中の男子で、好んで人の下に付きたがる者がどれだけいるだろうか。
自分を深く理解し、信頼し、なおかつ全権を与えてくれる男。
そんな男があらわれたとしたら、徐庶にとっては、まさに奇跡だ。
そして、そんな奇跡は、奇跡というだけになかなか起こりそうにない。





「あの野郎が、おれの売った衣にケチをつけたもんだから、ついカッとなって刺しちまったんだ。それだけだよ、あの野郎は生きていやがるんだろう。だったらそれでいいじゃねえか、鞭打ちでもなんでもさっさとして、おれを自由にしてくれよ」
男は悪びれずに言い放ち、劉が追及しても、追いはぎの罪については頑として認めなかった。
男の語るはなしの筋はこうである。
男も古着を商っている。
そのため、各地を転々としているのだが、その途上で、孔明が手にした上衣も手に入れた。
それを行商人仲間の親父に転売したところ、翌々日になって、これは盗品だろうと詰め寄られた。
その勢いがあまりに一方的でひとりよがりなものだから、男もついカッとなって、身に隠していた匕首でもって、親父を脅かすつもりで、つい、ぐさっとやってしまった。
上衣を手にした経緯については、あまりよくおぼえていない。
それこそ、どこかの村のお大尽から手に入れたものだったかもしれない、という。

おまえが追いはぎをしているところを見た者がいるのだ、おまえが追いはぎをして、その盗んだものをみなに売りさばいていたのだろう、と劉や刑吏が迫っても、男はよほどこうした修羅場に慣れているらしく、そ知らぬ顔をして、知らねえ、知らねえ、とくりかえすばかり。
業を煮やした刑吏が、拷問にかけたほうがよいのでは、と言い出したところで、孔明が横から口を出した。
「半端な拷問よりも、よほど効く方法がございます。公子、お許しいただけるのであれば、その方法を試してみたいのですが」
気弱な劉としても、壮絶な拷問に立ち会うのはいやだったようで、孔明の言う方法をすぐに承諾した。
方法とは単純である。
男を牢に閉じ込めて、ひと晩、寝かせる。布団代わりにあの上衣をつかって寝るのだ。
一見、平和的に見えるこの方法の、どこに効果があるのかわからない劉たちは、孔明と徐庶の確信に満ちた顔に怪訝そうにしていた。
男のほうはというと、肝が太いのか図々しいのか、上衣をかけて寝るように命じられると、くだんの碧藍色の衣を見て、いっしゅん、ぎくりとしたようだが、つぎの瞬間にはまた憮然とした。
そして、くだらない、とか、ばかばかしい、などなどぶつぶつ言いながらも、ごろりと牢に敷き詰められた藁のうえに横になり、半刻もしないうちに、くうくう寝息をたてて眠りはじめた。

つづく…


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