はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

井戸のなか その18

2013年08月18日 08時54分31秒 | 習作・井戸のなか
徐庶は孔明とともに、男の様子を外から注意深くながめていた。
劉のほか、刑吏も、不安そうに男の寝顔を見守っている。
これほど多くの男たちに囲まれてもなお眠ることができるのだから、追いはぎの度胸は、たいしたものだったといえよう。

自分の腕を枕代わりにして眠っていた追いはぎだが、しばらくたつと、その安らかだった表情に、あきらかに変化があらわれた。
点々とした眉毛はきつく寄せられ、唇はゆがみ、肌からは汗が噴き出す。
夢を見ており、その夢のなかで会話をしているのか、ゆがんだ唇は、しきりになにかをしゃべっているように小刻みに揺れ始めた。
そのことばを聞き取ろうと、徐庶が牢のなかの男に近づこうとしたそのとき、異変が起こった。
男の太いのどのあたりに、くっきりと、細い指が押し当てられている痕が浮かんできたのである。
男は手足をバタバタさせながら苦しみはじめた。
男が苦しめば苦しむほど、のどの、見えない手の痕は濃くなっていく。

「いかん、あやかしが男を殺そうとしているぞ!」
徐庶は牢のなかに入ると、男の上から衣を引っぺがし、そして、苦しんでげほん、げほんと咳をする男の頬を、軽く、二、三度叩き、目を冷まさせてやった。
男は目をひらくと同時に、ひどく汗をかきはじめ、さきほどの余裕綽々だった態度もどこへやら、すっかり縮みあがってしまっている。
「おそろしい夢をみたようだな。どんな夢だった」
「あ、雨の中で、い、井戸が」
「井戸があって、そのそばに女がいたんじゃないか」
男は返事のかわりに、ごくりとのどを鳴らした。
そののどには、細い指が怪力で締め付けただろう痕がくっきりと残っている。
そして恐怖に見開かれた目は、徐庶が引っぺがして牢の隅っこに丸めてある上衣を見つめていた。
「こいつを着ていた女だろう、え?」
徐庶が衣を手にとって、男に突きつけると、男は両手で自分の身をかばうようにして、衣を見ないようにしようとした。
「勘弁してください、勘弁してください」
「この衣に見覚えがあったはずだな、おまえが追いはぎをして女から奪った衣、そうだろう」
「う、ええ、そ、そうでございます」
起きていたころの威勢のよさはどこへやら、男は半べそをかきながら、衣からわが身を隠そうとしつつ、答える。
「女を殺して、井戸に放り込んだな。井戸はどこだ。女は何者なのだ」
「そ、それは誤解でございます」
「なにが誤解だっていうのだ。お前は女を殺し、衣を奪った。そしてその殺した女を井戸のなかに放り入れた。それに相違あるまい」
「ですから、それは誤解でございます。たしかにおれはみなさまお探しの追いはぎでございます。ですが、人を殺したことは一度もございません」
「なにをしらばくれているのだ、では、なぜ女がおまえを殺そうとした」

つづく…


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