はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

実験小説 塔 その42 最終回

2019年03月23日 22時05分12秒 | 実験小説 塔


「透明な空というものもあるのだな、なんてふしぎな色なのだろう。わたしはどこにいるのかな。
っと、危ない、なんで小舟のうえで寝てるんだ。あやうく立ち上がって船から転げ落ちるところだったではないか。と、いうより、どこだ、ここは。

河? 

わたしは釣りをしていたようだな。

てっきり天水か、そうでなければ、子龍のいるところへいけるかと思ったのに、なんだってこんなところに。
この箱はなんだろう。
う、餌のミミズか。気持ち悪い。生きてるではないか。
だれだ、こんな餌を用意して渡したのは。これは掴めぬぞ。
釣りはやめよう。そうだとも。蓋を閉めてしまえ。えい。どうかミミズが箱から飛び出してきませんように。

岸からはそう離れていないな。対岸は林になっているが、太陽はどっちだ。

なんだかすべてが墨をかぶったように黒いな。空ばかりが白んでいて。影絵のなかに迷いこんだみたいだ。
おや、あれは、煙ではないな。白い大きな筋が、空にのぼっていく。西のほうだ」

「おい、釣果を聞かせろ、軍師将軍。いいかげん、朝飯の支度をしないと、あっというまに昼になる」
「子龍」
「俺だが? おい、舟の上で立ち上がるな、落ちるぞ! なにを考えているのだ、まったく。で、釣果は?」
「釣果? ああ、釣果ね、釣果。はいはい。釣れた魚は、ええと、おや。いつの間にこんなに釣ったかな。あまり釣りは得意ではないのに。
よろこべ、子龍、魚篭にやまほど釣れている。これは、あの竜のおまけかな」
「へえ、意外な才能があったものだ。それともここの河の魚は、おまえに釣られるくらい、おそろしくとろいのだろうか。いつであったか桂陽におまえが遊びにきたときに、一緒に釣りにいったな。あのときはさっぱりだった」
「あのときはたまたま調子が悪かったのだ。というより、いま、桂陽と言ったか」
「言ったが」
「記憶があるのだな」
「あるとも。なんだかよくわからんが、それだけ成果があったのだったら、さっさと戻ってこい。まったく、夜釣りにいくと言い出して、それっきり夜明けまで戻ってこないのだから、てっきり溺れたのではと思ったぞ」
「そうなったら大騒ぎして助けを呼んでいたさ。ところで子龍」
「なんだ」
「ここはどこだ」
「…………は?」
「わたしはたしか、主公に二ヶ月の休暇をいただいて、そのあと夢で見た西の土地にある塔に向かったはずだろう。そのあいだに、なんやかやとあって、おかしいな、あなたもどうしてここにいるのだろう」
「寝ぼけているのか、はたまた錯乱か。前者であってほしいところだが、いいか、おまえは主公から働きすぎだと注意されて、二十日間の休暇を言い渡されたのだ。で、いきなり俺の家にやってきて、これから旅にでるからついてこいという。
いったいどこへ行くのかと思って付いてきたらば、どんどん東に向かって行って、いつのまに建てたのやら、見ろ、あんな立派な別荘で、ひたすらなんにもしないで過ごすといった。
で、なぜだか急に夜になって『釣りをしたい』と言い出して、棹を持って小舟を漕ぎ出し、いまに至る。わかったか」
「西の塔へ向かったのではないのか」
「西の塔とはどの塔だ?」
「どこだったのだろう。武威と酒泉のあいだにあるのはまちがいない」
「主公が休めとおっしゃった理由がわかってきたな。そろそろ朝陽がのぼるとはいえ、体が冷えているだろう。火も焚いたし、食事も用意したから、岸にあがってこい」
「戻るのはよいけれど、ところで、どうしてわたしが釣り?」
「俺が聞きたい」
「そうだろうな。ミミズが気持ち悪いので戻るよ。舟を繋ぐのを手伝ってくれ」
「生きた蚯蚓が触れないくせに、よく釣りができたものだな。ほら、手を貸せ。せっかくここまで来たのに転ぶなよ。それと、魚篭を。
ああ、蚯蚓を俺が持って、おまえは魚と棹か。いいけどな。

見ろ、おもしろい雲だ。煙ではないだろう。あちらのほうに人家はない。天に昇る龍のような雲だな。これは瑞祥かな」

「そうだろうよ。知っているか、龍にもいろいろ格があって、高貴な龍の爪は五本あるのだよ」
「ふうん?」
「朝陽がのぼる。前にもこんな光景をいっしょに見たな。二十日の休暇で、今日は何日目にあたる」
「四日目」
「そうか、あと十六日もあるわけだな。うん、あなたのいちばん心の叶うように過ごそう。のぞみどおりにするよ。わたしはすべてに従おう。釣りも狩りも付き合うし、なんにもしないというのもいいだろう。
それから、夢の話も聞かせてあげようか。それはそれは面白い話なのだ。
疑うな。ほんとうに面白いのだよ。最後は多くのおとぎ話といっしょで、いいところに落ち着くから安心して聞いてくれ。
まずは最初にわたしが夢を見たことからはじまるのだが………」







おしまい



おまけ

「軍師、その石の使い方なのだが、五つ揃えたとして、三つ目まではふつうに願いをかけて、四つ目に『五つ目の石の願いをかけた時点で、いままでの反動が来ますように』とかけて、五つ目は使わないようにしたらどうだ」
「む?」
「でなければこうだ。四つ目までふつうに願いをかなえる。だたしここで間を空けないようにするのだ。そして五つ目の石に『いままでの反動は全部、憎い相手に向かいますように』とかける」
「非道い………でもそれもありだな。というより、どうして石を手にしているときにそれを思いつかないかな、あなたは」
「責められてもな。おまえの夢の話だろう」
「いや、夢じゃなかったと思うのだが。待てよ、もしかして、こうして話しているのも、常山真定に戻る手前で迷っているあなたが見ている夢かもしれない。確かめる術はないぞ。さあ、たいへん」
「夢だろうと現実だろうとかまわぬ。戦場のど真ん中に放り込まれたというわけではなく、こんな静かなところでぼーっとしていてよいのだから、素直に状況を受け取るさ」
「前向きというか、適応力が高いというか。しかし、これがあなたの望んだものなのか」
「だから、俺が望んだものではなくて、おまえが俺をここに連れてきたのだろうが」
「こんな別荘を建てた記憶もないし、買った記憶もない。だからわたしの勝ち」
「勝負だったのか……」
「あと十六日。なにをしようかな」
「おまえのいう夢が本当で、ここが俺が望んだとおりの結果だとする」
「うん」
「で、おまえは、俺にすべて従うと言った」
「うん、言った………かな?」
「言った。たしかに言った。のぞみどおりにする、すべて従うと」
「言った、気がするが、すまぬ、その言葉に『常識の範囲内で』と『可能な限り対応できるよう善処します』を加えてくれないか」
「却下」
「えーーと」
「あと十六日、言葉どおりに付き合えよ」
「なんだろう、その意味ありげな笑い………………………本気か」







ほんとうにおしまい
ご読了ありがとうございましたm(__)m


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