※
「しかし聞くが、おまえたちは、なにゆえ『かんたーら』に行きたいのだ」
「ソリャ、がんだーらハ、ワレラ仏教徒ノ中心地ダカラヨ。アンタタチモ行ケバ納得、見テビックリ。文化成熟度、メチャクチャ高イ。徳ヲツンダオ坊サン、ウジャウジャ。師匠ニスルニハ、ヨリドリミドリ。
ワレワレハソコデ、サラナル修行ヲツンデ、モットイッパイオ布施ヲモラエルヨウニスルヨ」
「行動力はたいしたものだが、動機がかぎりなく不純だな。そも、おまえたちは、なにゆえ僧侶になったのだ」
「ソリャ、当代一番ノ流行ダモノ。イマ、坊主ガ熱イ」
「父上ノ遺言デモアルシ」
「女ノ子ニモテモテ」
「……しかし僧侶というものは、妻帯は許されていないはずでは」
「ソンナノ、問題ナイヨ。結婚シタクナッタラ、還俗スリャイイジャン? ソレマデハ、くーるナ僧侶として、庶民ドモにアリガタガラレナガラ、働クコトモセズ、オ布施ヲモラッテノンビリ暮ラス。コンナイイ身分、ホカニナイヨ?」
「あきれたものだな。理想はないのか、理想」
「ワタシヨケレバ、スベテヨシ。コレ、理想。問題ナシ」
「なんだか真面目に暮らしている俺たちが、まるで馬鹿のように思えてくる。孔明、こいつら、適当なところで放り出してよいか」
「気持ちはわかるが、涼州を抜けなければ、安心はできぬ」
「ソノトオリヨ、ノッポサン。ワレワレヲ放リ出シタリシタラ、オ役人ニ、蜀ノ人間ガ入リ込ンデマスッテ、タレコミスルヨ」
「ノッポさん? それはわたしの名か」
「ダッテ、本名ヲ口ニシタラマズインデショ? ソッチノ目ツキノ悪イ用心棒ハ、ソウネェ、『ゴンタクン』ッテドウダロ」
「『ノッポサン』ニ『ゴンタクン』、ウン、ソレ、イイ名前」
「決マリ。ソウイウコトデ、ノッポサント、ゴンタクン」
「待て、勝手に決めるな。『ゴン太くん』は却下だ。なぜだかわからぬが、俺の中のなにかが、激しく嫌だと叫んでいる」
「洒落タ言イ回シヲスルモノネ、『ゴンタクン』ノクセニ生意気ダゾ」
「確定するな! ほかに名前を決めてくれ」
「ダメ、『ノッポサン』ノ相棒トイッタラ、『ゴンタクン』ト相場ガ決マッテイル。ゴンタクンニ、拒否権ハナイノダ」
「おまえたちは、本当にどこの出身なのだよ……」
「知ラザァ、言ッテ聞カセヤショウ。ワレラハ、安息国ノ生マレデハアルガ、モトモト、国ヲモタナイ遊牧民。
トハイエ、昔ハ国ガアッタヨウヨ。小サナ国ダッタヨウダケレドネ、ナンダカシラナイケレド、最後ノ王サマノトキニ、漢ヘノ朝貢ヲ断ッテ、戦争ヲハジメタンダッテ。
最初ハ勝ッテイタソウダケレドネ、ナンダカ突然ニ不幸ガツヅイテ、結局、負ケチャッタヨ。伝説ジャ、ナンデモ願イヲカナエル石ヲ手ニシタタメニ、王サマノ心ガ狂ッテシマッタソウダケドネ。
漢トノ戦争ニ負ケテ、ボロボロニナッタトコロヲ、漢ト裏デ結ンダ、他ノ遊牧民ニサラニ攻メラレテ、王国ハオシマイ。
以来、生キ残ッタワレワレハ、国ヲ二度ト作ラズ、放浪ヲツヅケテイルノヨ。
トハイエ、遊牧民ニモイロイロ差ガアッテ、基盤ヲモタナイワレワレハ、ドコヘ行ッテモ厄介者アツカイ。要領ノイイ仲間ハ、トックニ西ノホウニ逃ゲテ、国ヲ作ッタサ。ソレガ、大月氏ノ国。
時流ニスッカリ取リ残サレタワレワレノ生活ハマズシイ。ダカラ、仕方ナク、ワレワレノ父上ハ商人ニ身ヲヤツシタ。王家ノ血ヲ受ケ継ギナガラ、ヒドイ話ダト思ワン?」
「おい」
「ああ、単なる偶然の出会いではなかったか。この者たちが、最初に石を手にした人間の子孫だったのだ」
※
「漢と戦争をし、敗残した国というのなら、匈奴だろうか」
「いいや、かれらは、われら中華のことを、すべてひとまとめに漢と言っているのだよ。われらの祖先と戦争をし、敗残した国で、その生き残りの一部が大月氏というのならば、かれらの祖先は月氏だ。
わたしが夢で見た塔は、月氏の王国だったのか。ふむ、となると、あの隠し村は、そう極端に西にある、というわけではないのだな。これはよい情報を得た。
しかしおもしろい一致だ。月氏というのは、わが国にはじめて浮屠教をつたえた民族でもある」
「月氏ならば知っているぞ。趙国に何度も攻め入ってきた蛮族だ。しかし、最終的には退けられ、おなじ蛮族である匈奴に、王を討たれて死んだはず。
ああ、そうか、だから『漢と結んでいたほかの遊牧民に攻められた』というわけか。俺の家は、たしか趙国の旧臣の子孫だから、俺の先祖も月氏と戦っただろうな」
「へえ、そうなのか。晴れがましい知識は残っているというのは便利だな。嫌味ではなく、感心したよ。つくづく蛮族と縁があるのだな、子龍」
「うん? どういうことだ」
「公孫瓚のもとで、あなたは白馬義従という集団に属していた。そしてもっぱら戦っていたのは、北にいる白(鮮卑)だった。白(鮮卑)という民族は、月氏にほろぼされた東胡の子孫たちだ。あなたは、そういった者たちと戦っていたのだよ」
「覚えておらぬ」
「それは残念だな。白といえば、戦上手の檀石槐に率いられ、掠奪と殺戮をくりかえし、手が付けられなかった。桓帝、霊帝がそれぞれに兵を起こしたものの、国内で乱が起こっていたこともあり、兵は弱く、ことごとく退けられてしまったのだ。
そうしたところへ、公孫瓚の白馬義従は見事な戦ぶりをみせた。だからこそ、公孫瓚は、天下の雄として、一代で名を築けたのであるが。
まあ、公平にいえば、檀石槐の死後、後継問題などで、白のまとまりが悪くなっていたというのはあるが、それまで辛酸を舐めさせられてきた漢族からすれば、立派な武勲だ」
「そこまで細かく説明されても、どういうふうに公孫瓚のもとで過ごしていたか、思い出せんな」
「それでいいのだよ」
「ゴンタクンッテバ、ヤルジャン」
「それが仏に仕える者の言葉だろうか…」
「誉メタノニ、呆レラレタ。納得イカナイ」
「そうしょげるな。ひとつ聞きたいのだが、もし、もしだぞ。おまえたちの先祖が、石を本当に手にしていたとする。その宝が、目のまえにあらわれたら、おまえたちはどうする」
「「「………………」」」
「おや、どうしたのだろう、三人そろって黙り込んでしまった」
「モシ、ソンナ宝ガアッタラ」
「あったら?」
「ソノ宝ノ存在ヲ知ル者モロトモ、コノ世カラ消ス。ソレガワレワレノ家ニツタエラレテイルコト」
「なんだと?」
「ワレワレ王家ノ末裔ノ宿願ハ、オ家再興デハナク、国ヲ滅ボス原因トナッタ石ヲ見ツケルコトヨ。ダカラ父上モ商人ニナッタ。ワレワレモ意志ヲ継イデ、各地ヲ放浪シナガラ、修行シツツ石ヲサガシテイル。
ノッポサン、悪イ漢族ジャナイヨウダカラ、打チ明ケルケドネ、ワレワレガがんだーらヘ向カウノハ、宝ガがんだーらニアルカモシレナイカラ。
デモ、ドウシテソンナコト聞クノ?」
※
「僧侶たちはどうした」
「寝入ったようだ。まったく、僧侶というのは、肉食は禁じられているのだが、そのかわりといわんばかりに、野菜をあんなに大量に食べては意味がないではないか。宿屋の主が、あの三人を化け者を見る目で見ていたぞ」
「おかげで、わたしたちが目立たなくてよい」
「あんたは見た目より肝が据わってるな。さて、作戦会議をせねばなるまい。なんだ、その地図。どこからもらってきた」
「うん、さっき市場に行って、隊商から譲ってもらったものだ。これを見て移動したそうだから、まず間違いはないと思うよ。
いま、われらがいる武威は、ここ。そして、僧侶たちがいう『かんたーら』は,
ここ」
「ほとんど地図の端ではないか」
「何十日どころか、何年もかかるな。砂漠の道に慣れていない者が向かうには、遠すぎると、隊商の者にいわれた」
「やはり、あいつらとは途中で別れるべきだな。俺たちが『かんたーら』に向かわねばならぬ理由はないのだし」
「おや、言い切るのだな。塔が『かんたーら』にある可能性とてあるわけだぞ」
「そうだろうか。いろいろと思い出していたのだが、月氏が趙国と戦っていたころ、本拠地にしていたのは、この涼州を含めた、漢に近い場所だ。
月氏の領土がどれだけのものであったかはわからぬが、塔が月氏のものだとすると、『かんたーら』ほど遠くにあるとは思えない」
「ふむ、となると、すこしは見通しがたつな。わたしが夢で見た塔は、そう西ではない。おそらくは敦煌までは行かなくてよいと」
「おそらく」
「かれらが夢で見た国の王家の末裔であるなら、隠し村の所在を知らないだろうか」
「知っていても、どうやって聞き出すのだ。あの口調では、あいつらは、石による災厄への恨みを強くもっている。あんたが石をすべて持っていると知ったなら、下手をすると襲ってくるかもしれないぞ」
「そうだろうか。僧としては滅茶苦茶だが、さほどわるい連中ではないようなのに」
「気持ちはわかるが、ここでの情けは不要だ。冷たいかもしれんが、僧侶とはいえ、漢によい感情を抱いていない蛮族なのだ。いまはうまくやっていても、ひとつのきっかけでがらりと変わる」
「おや、それは経験からの言葉なのかな。白馬義従には、白(鮮卑)と対立する蛮族の若者も多くいたと聞いたが」
「もしかしたら、そうなのかもしれん。思い出せないんだ。すまないな」
「謝ることはないだろう」
「いや、記憶があったなら、もっとあんたの助けになっただろうと思うと、歯がゆい」
「記憶がなくても、子龍は子龍だな。あなたがいてくれるだけで十分に心強いのだから、謝ったりしなくていいのに」
「そうか」
「うん。あの僧侶たちとは、なるべく何事もなかったように、別れたいものだな。情が移ったというわけではないが、わたしも旧い家の人間として生まれたから、家訓の重みはよくわかる。
……なんだ、わたしの顔になにがついている」
「いや。そういえば、俺は、自分のことばかり知りたがって、あんたの経歴の細かい部分をよく聞いていなかったなと」
「知ったところで、面白くないぞ」
「昔は知っていたのだろう。なら、これからも知っておきたいではないか」
「わたしは琅邪の出身で諸葛家の次男坊として生まれた。はい、それでおしまいだ。くわしい話は、成都に帰って、弟にでも聞いてくれ。わたしのことはともかく、あなたのことは、弟は評価していたから」
「あの僧侶たちとちがって、兄弟仲がよくないのだな」
「いろいろあってね。と、先に言っておくが、その『いろいろ』は、前のあなたにも教えていないからな」
「要するに言いたくないのだろう。ならばかまわぬが」
「が? なんだってそんなため息をつくのだ」
「あんたにとっての俺は、やはり石を使う前の俺なのだな。とすると、いま、目のまえにいる俺は、あんたにとってなんだ?」
「妙なことを言い出すものだ。どちらも趙子龍、あなただよ。
疲れているのではないか。目の下にひどいくまが出来ているよ。あの坊主どもときたら、まるで容赦がないからな。わたしが金を出すから、驢馬なり馬なり雇うべきだ。
さて、明日も早いだろうし、そろそろ眠ろうか」
「そうだな。しかし」
「なんだ」
「ごたごたしていたから、なんだかうやむやになったが、はっきりさせておきたい」
「なにをだ……と、言いつつも、なんとなく予想がついてしまう、おのれの勘の良さがうらめしい。
子龍、明日にしないか、明日。疲れているだろう」
「いいや、なんとも、もやもやしていて気が晴れぬゆえ、頭が冴えて仕方ない。ずばり尋ねる。あんたは、本当に俺のなんだ? 俺の覚えているかぎりの範囲では、こんなふうに一挙手一投足のすべてが、いちいち気になってならぬ人間なんぞ、存在しなかった。ところがあんたは、俺の五感のすべてを拘束するわけだ」
「なんたる直言。もしかしたら喜ぶべきかもしれないが、いまはむしろ怖い。それは悪かった。うん、すまん。反省するから、また明日。眠くてもうなにも聞こえない。さあて、おやすみ」
「待て。このまま寝たら」
「寝たら、なんだろう」
「羌族の集落でのつづきに入るぞ」
「ぱっちり目が覚めた。話し合おう」
「よし。では、俺がここまで正直に打ち明けたのだ。あんたのほうも、俺の質問に真摯に答えるべきだと思うが、どうだ」
「子龍、うやむやにしようという意図はないけれど、あなたの苦しみの一因は、やはりほかならぬあなたの性格にあるな。武将のわりに、論理的にすぎるのだよ」
「俺は働きのよい武将だったか」
「それはまちがいない」
「そのわりに、あまり高位についていないな。位が高ければ、こうして本拠地を離れて、のん気に旅なんぞできまい」
「なんと言ったらよいのだろう。ほかの武将というものは、太鼓を鳴らして、それいけ、やれいけと兵卒をけしかけ、手ごわそうな敵をみつけたら、だれよりも先に駆けていって、その首級をとろうとする」
「うむ」
「ところがあなたという人は、兵卒をけしかけるにしてもなんにしても、まず全体がどういう流れになっているか、そしてどうしたら兵卒をうまくまとめて全体の流れに沿うかを考え、それからようやく、自分の為すべき事を決めるのだ。
だから、ほかの武将よりも目立たないが、しかしあなたは常に生き残る。しかも無傷でだ。
華々しい手柄話から遠いために、あなたの存在はつい忘れられがちであるが、しかし兵卒からすれば、こんなにありがたい武人はいない。そのいうとおりにしていれば、生きて還れる可能性が高いのだからな。
ある意味、あなたは徹底した武人なのだ。欲に惑わされず、高い位を求めない。そして、その行為があまりに自然であるために、人の評価からもれてしまいがちなのだ。
だから、あなたは、わたしからすれば、もうすこし評価が上でもよいと思う。と同時に、こうも思う。世に名を売りたい者は、やはり派手な者と組みたがる。いや、利用したがると端的に言ったほうがよいだろう。
だから、あなたは政治的にも表に出る機会がない」
「それが、以前の俺か」
「悪いことではない。むしろ貴重だ。わたしは、いずれは武人というものは、突出した手柄を立てて綺羅星のように目立つ存在であることよりも、あなたのように、作戦を熟知し、そのうえで臨機応変にうごき、味方を多く生きて帰すことができる者こそが最高と評されるようになるだろう。
けれど、そのことを予期している者は少ないのだよ」
「つまり」
「そのことを理解しているものは、残念ながらすくない。おそらく成都では、わたしだけであろう。つまり、あなたは、わたしのそばでないと、正しく使われることのない人材だ。あなたもそれをわかっていた。
だから、わたしたちは常に共にあった。いや、あまりに世に理解されなかろうという思いが強すぎたのかもしれない。わたしは世間知らずで、あなたのほうも、経験こそ多いが、それが血肉になっているとは言い難かった。
わたしたちは、互いしか見ていなかったのだ。あなたがわたしを唯一のよすがとしたからこそ、それが昂じて、苦しんだ。それが答えだ」
つづく……
我が家でもインフルが大流行! みなさま、ご自愛くださいねー!
「しかし聞くが、おまえたちは、なにゆえ『かんたーら』に行きたいのだ」
「ソリャ、がんだーらハ、ワレラ仏教徒ノ中心地ダカラヨ。アンタタチモ行ケバ納得、見テビックリ。文化成熟度、メチャクチャ高イ。徳ヲツンダオ坊サン、ウジャウジャ。師匠ニスルニハ、ヨリドリミドリ。
ワレワレハソコデ、サラナル修行ヲツンデ、モットイッパイオ布施ヲモラエルヨウニスルヨ」
「行動力はたいしたものだが、動機がかぎりなく不純だな。そも、おまえたちは、なにゆえ僧侶になったのだ」
「ソリャ、当代一番ノ流行ダモノ。イマ、坊主ガ熱イ」
「父上ノ遺言デモアルシ」
「女ノ子ニモテモテ」
「……しかし僧侶というものは、妻帯は許されていないはずでは」
「ソンナノ、問題ナイヨ。結婚シタクナッタラ、還俗スリャイイジャン? ソレマデハ、くーるナ僧侶として、庶民ドモにアリガタガラレナガラ、働クコトモセズ、オ布施ヲモラッテノンビリ暮ラス。コンナイイ身分、ホカニナイヨ?」
「あきれたものだな。理想はないのか、理想」
「ワタシヨケレバ、スベテヨシ。コレ、理想。問題ナシ」
「なんだか真面目に暮らしている俺たちが、まるで馬鹿のように思えてくる。孔明、こいつら、適当なところで放り出してよいか」
「気持ちはわかるが、涼州を抜けなければ、安心はできぬ」
「ソノトオリヨ、ノッポサン。ワレワレヲ放リ出シタリシタラ、オ役人ニ、蜀ノ人間ガ入リ込ンデマスッテ、タレコミスルヨ」
「ノッポさん? それはわたしの名か」
「ダッテ、本名ヲ口ニシタラマズインデショ? ソッチノ目ツキノ悪イ用心棒ハ、ソウネェ、『ゴンタクン』ッテドウダロ」
「『ノッポサン』ニ『ゴンタクン』、ウン、ソレ、イイ名前」
「決マリ。ソウイウコトデ、ノッポサント、ゴンタクン」
「待て、勝手に決めるな。『ゴン太くん』は却下だ。なぜだかわからぬが、俺の中のなにかが、激しく嫌だと叫んでいる」
「洒落タ言イ回シヲスルモノネ、『ゴンタクン』ノクセニ生意気ダゾ」
「確定するな! ほかに名前を決めてくれ」
「ダメ、『ノッポサン』ノ相棒トイッタラ、『ゴンタクン』ト相場ガ決マッテイル。ゴンタクンニ、拒否権ハナイノダ」
「おまえたちは、本当にどこの出身なのだよ……」
「知ラザァ、言ッテ聞カセヤショウ。ワレラハ、安息国ノ生マレデハアルガ、モトモト、国ヲモタナイ遊牧民。
トハイエ、昔ハ国ガアッタヨウヨ。小サナ国ダッタヨウダケレドネ、ナンダカシラナイケレド、最後ノ王サマノトキニ、漢ヘノ朝貢ヲ断ッテ、戦争ヲハジメタンダッテ。
最初ハ勝ッテイタソウダケレドネ、ナンダカ突然ニ不幸ガツヅイテ、結局、負ケチャッタヨ。伝説ジャ、ナンデモ願イヲカナエル石ヲ手ニシタタメニ、王サマノ心ガ狂ッテシマッタソウダケドネ。
漢トノ戦争ニ負ケテ、ボロボロニナッタトコロヲ、漢ト裏デ結ンダ、他ノ遊牧民ニサラニ攻メラレテ、王国ハオシマイ。
以来、生キ残ッタワレワレハ、国ヲ二度ト作ラズ、放浪ヲツヅケテイルノヨ。
トハイエ、遊牧民ニモイロイロ差ガアッテ、基盤ヲモタナイワレワレハ、ドコヘ行ッテモ厄介者アツカイ。要領ノイイ仲間ハ、トックニ西ノホウニ逃ゲテ、国ヲ作ッタサ。ソレガ、大月氏ノ国。
時流ニスッカリ取リ残サレタワレワレノ生活ハマズシイ。ダカラ、仕方ナク、ワレワレノ父上ハ商人ニ身ヲヤツシタ。王家ノ血ヲ受ケ継ギナガラ、ヒドイ話ダト思ワン?」
「おい」
「ああ、単なる偶然の出会いではなかったか。この者たちが、最初に石を手にした人間の子孫だったのだ」
※
「漢と戦争をし、敗残した国というのなら、匈奴だろうか」
「いいや、かれらは、われら中華のことを、すべてひとまとめに漢と言っているのだよ。われらの祖先と戦争をし、敗残した国で、その生き残りの一部が大月氏というのならば、かれらの祖先は月氏だ。
わたしが夢で見た塔は、月氏の王国だったのか。ふむ、となると、あの隠し村は、そう極端に西にある、というわけではないのだな。これはよい情報を得た。
しかしおもしろい一致だ。月氏というのは、わが国にはじめて浮屠教をつたえた民族でもある」
「月氏ならば知っているぞ。趙国に何度も攻め入ってきた蛮族だ。しかし、最終的には退けられ、おなじ蛮族である匈奴に、王を討たれて死んだはず。
ああ、そうか、だから『漢と結んでいたほかの遊牧民に攻められた』というわけか。俺の家は、たしか趙国の旧臣の子孫だから、俺の先祖も月氏と戦っただろうな」
「へえ、そうなのか。晴れがましい知識は残っているというのは便利だな。嫌味ではなく、感心したよ。つくづく蛮族と縁があるのだな、子龍」
「うん? どういうことだ」
「公孫瓚のもとで、あなたは白馬義従という集団に属していた。そしてもっぱら戦っていたのは、北にいる白(鮮卑)だった。白(鮮卑)という民族は、月氏にほろぼされた東胡の子孫たちだ。あなたは、そういった者たちと戦っていたのだよ」
「覚えておらぬ」
「それは残念だな。白といえば、戦上手の檀石槐に率いられ、掠奪と殺戮をくりかえし、手が付けられなかった。桓帝、霊帝がそれぞれに兵を起こしたものの、国内で乱が起こっていたこともあり、兵は弱く、ことごとく退けられてしまったのだ。
そうしたところへ、公孫瓚の白馬義従は見事な戦ぶりをみせた。だからこそ、公孫瓚は、天下の雄として、一代で名を築けたのであるが。
まあ、公平にいえば、檀石槐の死後、後継問題などで、白のまとまりが悪くなっていたというのはあるが、それまで辛酸を舐めさせられてきた漢族からすれば、立派な武勲だ」
「そこまで細かく説明されても、どういうふうに公孫瓚のもとで過ごしていたか、思い出せんな」
「それでいいのだよ」
「ゴンタクンッテバ、ヤルジャン」
「それが仏に仕える者の言葉だろうか…」
「誉メタノニ、呆レラレタ。納得イカナイ」
「そうしょげるな。ひとつ聞きたいのだが、もし、もしだぞ。おまえたちの先祖が、石を本当に手にしていたとする。その宝が、目のまえにあらわれたら、おまえたちはどうする」
「「「………………」」」
「おや、どうしたのだろう、三人そろって黙り込んでしまった」
「モシ、ソンナ宝ガアッタラ」
「あったら?」
「ソノ宝ノ存在ヲ知ル者モロトモ、コノ世カラ消ス。ソレガワレワレノ家ニツタエラレテイルコト」
「なんだと?」
「ワレワレ王家ノ末裔ノ宿願ハ、オ家再興デハナク、国ヲ滅ボス原因トナッタ石ヲ見ツケルコトヨ。ダカラ父上モ商人ニナッタ。ワレワレモ意志ヲ継イデ、各地ヲ放浪シナガラ、修行シツツ石ヲサガシテイル。
ノッポサン、悪イ漢族ジャナイヨウダカラ、打チ明ケルケドネ、ワレワレガがんだーらヘ向カウノハ、宝ガがんだーらニアルカモシレナイカラ。
デモ、ドウシテソンナコト聞クノ?」
※
「僧侶たちはどうした」
「寝入ったようだ。まったく、僧侶というのは、肉食は禁じられているのだが、そのかわりといわんばかりに、野菜をあんなに大量に食べては意味がないではないか。宿屋の主が、あの三人を化け者を見る目で見ていたぞ」
「おかげで、わたしたちが目立たなくてよい」
「あんたは見た目より肝が据わってるな。さて、作戦会議をせねばなるまい。なんだ、その地図。どこからもらってきた」
「うん、さっき市場に行って、隊商から譲ってもらったものだ。これを見て移動したそうだから、まず間違いはないと思うよ。
いま、われらがいる武威は、ここ。そして、僧侶たちがいう『かんたーら』は,
ここ」
「ほとんど地図の端ではないか」
「何十日どころか、何年もかかるな。砂漠の道に慣れていない者が向かうには、遠すぎると、隊商の者にいわれた」
「やはり、あいつらとは途中で別れるべきだな。俺たちが『かんたーら』に向かわねばならぬ理由はないのだし」
「おや、言い切るのだな。塔が『かんたーら』にある可能性とてあるわけだぞ」
「そうだろうか。いろいろと思い出していたのだが、月氏が趙国と戦っていたころ、本拠地にしていたのは、この涼州を含めた、漢に近い場所だ。
月氏の領土がどれだけのものであったかはわからぬが、塔が月氏のものだとすると、『かんたーら』ほど遠くにあるとは思えない」
「ふむ、となると、すこしは見通しがたつな。わたしが夢で見た塔は、そう西ではない。おそらくは敦煌までは行かなくてよいと」
「おそらく」
「かれらが夢で見た国の王家の末裔であるなら、隠し村の所在を知らないだろうか」
「知っていても、どうやって聞き出すのだ。あの口調では、あいつらは、石による災厄への恨みを強くもっている。あんたが石をすべて持っていると知ったなら、下手をすると襲ってくるかもしれないぞ」
「そうだろうか。僧としては滅茶苦茶だが、さほどわるい連中ではないようなのに」
「気持ちはわかるが、ここでの情けは不要だ。冷たいかもしれんが、僧侶とはいえ、漢によい感情を抱いていない蛮族なのだ。いまはうまくやっていても、ひとつのきっかけでがらりと変わる」
「おや、それは経験からの言葉なのかな。白馬義従には、白(鮮卑)と対立する蛮族の若者も多くいたと聞いたが」
「もしかしたら、そうなのかもしれん。思い出せないんだ。すまないな」
「謝ることはないだろう」
「いや、記憶があったなら、もっとあんたの助けになっただろうと思うと、歯がゆい」
「記憶がなくても、子龍は子龍だな。あなたがいてくれるだけで十分に心強いのだから、謝ったりしなくていいのに」
「そうか」
「うん。あの僧侶たちとは、なるべく何事もなかったように、別れたいものだな。情が移ったというわけではないが、わたしも旧い家の人間として生まれたから、家訓の重みはよくわかる。
……なんだ、わたしの顔になにがついている」
「いや。そういえば、俺は、自分のことばかり知りたがって、あんたの経歴の細かい部分をよく聞いていなかったなと」
「知ったところで、面白くないぞ」
「昔は知っていたのだろう。なら、これからも知っておきたいではないか」
「わたしは琅邪の出身で諸葛家の次男坊として生まれた。はい、それでおしまいだ。くわしい話は、成都に帰って、弟にでも聞いてくれ。わたしのことはともかく、あなたのことは、弟は評価していたから」
「あの僧侶たちとちがって、兄弟仲がよくないのだな」
「いろいろあってね。と、先に言っておくが、その『いろいろ』は、前のあなたにも教えていないからな」
「要するに言いたくないのだろう。ならばかまわぬが」
「が? なんだってそんなため息をつくのだ」
「あんたにとっての俺は、やはり石を使う前の俺なのだな。とすると、いま、目のまえにいる俺は、あんたにとってなんだ?」
「妙なことを言い出すものだ。どちらも趙子龍、あなただよ。
疲れているのではないか。目の下にひどいくまが出来ているよ。あの坊主どもときたら、まるで容赦がないからな。わたしが金を出すから、驢馬なり馬なり雇うべきだ。
さて、明日も早いだろうし、そろそろ眠ろうか」
「そうだな。しかし」
「なんだ」
「ごたごたしていたから、なんだかうやむやになったが、はっきりさせておきたい」
「なにをだ……と、言いつつも、なんとなく予想がついてしまう、おのれの勘の良さがうらめしい。
子龍、明日にしないか、明日。疲れているだろう」
「いいや、なんとも、もやもやしていて気が晴れぬゆえ、頭が冴えて仕方ない。ずばり尋ねる。あんたは、本当に俺のなんだ? 俺の覚えているかぎりの範囲では、こんなふうに一挙手一投足のすべてが、いちいち気になってならぬ人間なんぞ、存在しなかった。ところがあんたは、俺の五感のすべてを拘束するわけだ」
「なんたる直言。もしかしたら喜ぶべきかもしれないが、いまはむしろ怖い。それは悪かった。うん、すまん。反省するから、また明日。眠くてもうなにも聞こえない。さあて、おやすみ」
「待て。このまま寝たら」
「寝たら、なんだろう」
「羌族の集落でのつづきに入るぞ」
「ぱっちり目が覚めた。話し合おう」
「よし。では、俺がここまで正直に打ち明けたのだ。あんたのほうも、俺の質問に真摯に答えるべきだと思うが、どうだ」
「子龍、うやむやにしようという意図はないけれど、あなたの苦しみの一因は、やはりほかならぬあなたの性格にあるな。武将のわりに、論理的にすぎるのだよ」
「俺は働きのよい武将だったか」
「それはまちがいない」
「そのわりに、あまり高位についていないな。位が高ければ、こうして本拠地を離れて、のん気に旅なんぞできまい」
「なんと言ったらよいのだろう。ほかの武将というものは、太鼓を鳴らして、それいけ、やれいけと兵卒をけしかけ、手ごわそうな敵をみつけたら、だれよりも先に駆けていって、その首級をとろうとする」
「うむ」
「ところがあなたという人は、兵卒をけしかけるにしてもなんにしても、まず全体がどういう流れになっているか、そしてどうしたら兵卒をうまくまとめて全体の流れに沿うかを考え、それからようやく、自分の為すべき事を決めるのだ。
だから、ほかの武将よりも目立たないが、しかしあなたは常に生き残る。しかも無傷でだ。
華々しい手柄話から遠いために、あなたの存在はつい忘れられがちであるが、しかし兵卒からすれば、こんなにありがたい武人はいない。そのいうとおりにしていれば、生きて還れる可能性が高いのだからな。
ある意味、あなたは徹底した武人なのだ。欲に惑わされず、高い位を求めない。そして、その行為があまりに自然であるために、人の評価からもれてしまいがちなのだ。
だから、あなたは、わたしからすれば、もうすこし評価が上でもよいと思う。と同時に、こうも思う。世に名を売りたい者は、やはり派手な者と組みたがる。いや、利用したがると端的に言ったほうがよいだろう。
だから、あなたは政治的にも表に出る機会がない」
「それが、以前の俺か」
「悪いことではない。むしろ貴重だ。わたしは、いずれは武人というものは、突出した手柄を立てて綺羅星のように目立つ存在であることよりも、あなたのように、作戦を熟知し、そのうえで臨機応変にうごき、味方を多く生きて帰すことができる者こそが最高と評されるようになるだろう。
けれど、そのことを予期している者は少ないのだよ」
「つまり」
「そのことを理解しているものは、残念ながらすくない。おそらく成都では、わたしだけであろう。つまり、あなたは、わたしのそばでないと、正しく使われることのない人材だ。あなたもそれをわかっていた。
だから、わたしたちは常に共にあった。いや、あまりに世に理解されなかろうという思いが強すぎたのかもしれない。わたしは世間知らずで、あなたのほうも、経験こそ多いが、それが血肉になっているとは言い難かった。
わたしたちは、互いしか見ていなかったのだ。あなたがわたしを唯一のよすがとしたからこそ、それが昂じて、苦しんだ。それが答えだ」
つづく……
我が家でもインフルが大流行! みなさま、ご自愛くださいねー!