はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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赤壁に龍は踊る 一章 その8 舌戦 その1

2024年03月08日 10時24分18秒 | 赤壁に龍は踊る 一章
急に空気がぴりっとしたのを受け、初老の男はこほん、と軽く咳をしてから言った。
「わが名は張昭《ちょうしょう》、あざなを子布《しふ》という」
「おお、ご高名はかねがね耳にしております」
孔明は軽く礼を取る。
張昭は慇懃に、うむ、と答えてから語りだした。
「遠路はるばるいらした劉豫洲の使者に向けていうことばではないかもしれぬが、聞いてほしい。
われらと同盟を組みたいと劉豫洲はおっしゃっているが、それはつまり、手を組んで曹操軍と戦おうということであろう? 
しかしその肝心の劉豫洲は、劉表の死後、荊州を取ることもできず、新野も追われ、みじめな逃亡を余儀なくされた。
そも、荊州を取らなかったのは何ゆえか」
「それは愚問ですな。わが君はもとの州牧である劉表どのとは同じ宗室ですぞ」
「宗室か。つまり同族だからと言いたいのかね。
ところで貴殿はかねてより管仲や楽毅のごとく覇業を成し遂げたいと思われているとか。
古の英雄たちは、みな小義や私情にまどわされず、おのれの志をつらぬいたものだ。
ところが、貴殿と貴殿の仕える劉豫洲は逆のことをされているようだが?」
「たしかにわが君は当陽で敗走された。
しかしお忘れではありませぬか、かの高祖も敗走の連続であったことを。
しかし最後の一戦では勝ち、天下を治めた。
天下の対局というものは、きわめて微妙で小人にはわかりづらいもの」
「わしを小人というか」
「おや、お気を悪くなされたならご容赦ください。
あくまで一般論として申し上げました。
ただ、もっと申し上げますと、いまの天下は乱れに乱れ、弱りに弱っている。
そこまではご同意いただけますか」
「もちろんだ」
「天下はまさに瀕死の病人のようなもの。
わたくしどもは病人を看護しているようなものなのです。
それなのに、貴殿らはこの病人を元気づけるために、いきなり肉を食べさせますか。
そうではありますまい。
ふつうはまず粥をすすめて、しばらくしてから肉を与えるもの。
わが君もまた、天下を力づけるにあたり、いきなり曹操のごとく力で押して天下を圧迫する愚はしないのです。
その玄妙なさじ加減については、張子布どのにならお分かりいただけるかと思いますが、ちがいますかな」
張昭は、ちいさく、むっ、と言ったきり、黙って座ってしまった。


「われは虞翻《ぐほん》、字を仲翔《ちゅうしょう》と申す、先生におたずねしたい」
と、今度は張昭とは離れたところに座っていた四角い小石のような顔をした男が手を挙げた。
「ずばりお尋ねする。曹操軍は百万という数をそろえて襲ってきた。
貴殿はこれにどう対処されるおつもりか」
孔明は、その質問は来るものだと思っていたとばかりの、余裕たっぷりの笑顔で答えた。
「曹操軍の実数はせいぜい七十万から八十万にすぎませぬ。
その内容も、袁紹軍の兵と荊州の兵をあわせただけの烏合の衆。恐るるに足りませぬ」
「しかし、その烏合の衆に、劉豫洲は敗れているではないか」
すると、孔明はおかしそうに声を立てて笑った。
「失礼。わが軍はいわば珠のようなものでして、さきほどの粥のたとえではありませぬが、この貴重な珠を大敵にぶつけて砕く暴挙をだれがしましょう」
「あえて逃げた、と」
「左様。けれど、われらの軍以上の精鋭があつまっている江東の方々は、なにもせぬうちから降伏しようとしておられますな。
それはどういったわけでしょう」
問われて、虞翻は言葉をなくし、むすっとしたまま、もう語らなかった。


「孔明どの、口を慎まれよ! 
蘇秦《そしん》や張儀《ちょうぎ》の詭弁を真似てわれらを惑わせようとしても、そうはいかぬぞっ」
はなから喧嘩腰の男を見れば、がっしりした体形の小男が、顔を真っ赤にしていた。
しかし孔明は余裕の表情を崩さず、どころかにっこりと愛想よく微笑みかける。
「失礼、貴殿の御名は?」
「歩隲《ほしつ》、あざなを子山《しざん》じゃ」
「では子山どの、貴殿は蘇秦や張儀をどう見ておられるのか。
両人ともただの弁舌の徒ではありませぬ。どちらも天下の経営に当たった大人物。
その蘇秦と張儀になぞらえていただけるとは光栄ですな」
「な、なにをばかな。わしは、貴殿がわれらを利用して曹操に当たらせようとしていることを憂いているのだ」
「憂うとはなぜに? さきほども申し上げた通り、曹操軍は烏合の衆にすぎませぬ。
それなのに曹操の口車にうまうまとのせられ、降伏を主君にすすめていること自体のほうがよほど憂うるべきことなのでは?」
歩隲は、今度は顔を蒼くして、そのまま座り込んでしまった。




つづく


※ いつも閲覧してくださっているみなさま、どうもありがとうございます(^^♪
今日はちょっと遅い時間の更新となりまして、すみません;
私事ながら、かなり大きな問題が持ち上がりまして……(コロナに罹ったとか、創作がうまくいかないとかではなく)。
まだだいぶ混乱しているので、もうちょっと事態が判って着次第、お知らせします。

ではではまたお会いしましょう('ω')ノ


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