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はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

実験小説 塔 その23

2019年01月16日 10時16分37秒 | 実験小説 塔



「どうも集落中の人間の、俺を見る目が痛いのだが、やはり夕べのことが原因だろうか。もしかしたら、集落でいちばんの美女を、ああやって恩人に捧げるのが、ここの風習だったのかもしれぬ」
「羌族にそんな風習はないよ。あれは、おそらくは神威将軍の作戦のひとつだったのではないかと思う」
「なぜ言い切れる」
「わたしのところには、誰も来なかったからさ。女を使ってあなたを足止めし、そのあいだに、わたしの石を奪うつもりだったかもしれないぞ」
「それは気の回しすぎではないか。単に、あんたのほうに行く女が、あんたのその煌びやかにすぎる姿に気後れして、なかなか部屋に行けないでいるうちに、先に俺が転がり込んだだけかもしれない」
「この子龍らしからぬ豊かな想像力と、繊細にすぎる気遣い。やはり本物ではないのだろうか。しかし、つねったら温かかったし」
「なにをぶつぶつ言っている」
「いいや、なんでもない。これ以上、足止めをくらっていたら、ちっとも先に進まない。向こうがなにか言い出すまえに、引き止められてもかまわぬから、さっさとここを出よう」
「馬をもらえるものならば、もらっておきたいな」
「よせ、下手に贈り物を受け取らないほうがいい。それを理由に、また付きまとわれたら迷惑だ。食糧と水だけはありがたくもらっておくとして、さあ、出立しよう」






「意外にあっさりと出ることができたな。あの集落は、あんたの言うところの石の産地ではなかったか」
「そのようだが、しかし忘れてはいけないよ。わたしの石のことを知っているのは、あの集落の人間ではなく、神威将軍のほうだったのだろう。かれらにしてみれば、むしろわたしたちを追い払えてほっとしているかもしれない」
「そういえば、神威将軍はどこへ行ったかな」
「………探すまでもない。目の前にいるよ」





「まったく、やはり腹に一物のある男だったか。あいつの横にいる女武者、夕べ、俺の部屋にしのんできた女だぞ」
「なるほど、色ではだめであったから、強行手段に出た、ということか。
おおい、神威将軍、われらはもう先に進む。貴殿らのお供は必要なのだがな」
「先に進んでどうする。おまえたちはどこへ向かおうとしているのだ」
「聞いたところで、貴殿にはなんの関わりもない」
「いいや、ある。夢が儂に教えてくれたのだ。伝説の石を持つ者が、じきにこの街道を通過するだろうと。夢はあんたの姿も教えてくれた。
あんたは石を持っているはずだ。それも五つも。その石を寄越せ。漢族のものではないはずだ」
「羌族のものでもないぞ」
「すさまじく浮気性な石だな」
「まったくだ。だれかれ誘惑せずにおかないらしい」
「囲まれたな。数は……多いな。百はいる。こちらは武器は俺の剣だけ。どうする」
「どうするもこうするも、突破するしかあるまいが、しかしこれでは策のとりようもないな。すまない」
「なぜ謝る」
「あなたひとりであれば、あるいは脱け出すことが可能かもしれない。それに、あなたは本来ならば、すでに東へ向かっていたかもしれないからだ」
「どちらも『かもしれない』話だろう。べつに俺は気にしてないがね」
「付き合いのいいことだ。変わり者」
「なんとでも。さて、どうするか。自称・神威将軍とやらを最初に叩いて、残りの雑魚を片付ける、あるいはこの輪のなかで、もっとも弱そうな連中を狙って、馬を奪って逃走」
「子龍、正直に打ち明けるが、どちらにしても、わたしはあなたの足を引っ張ってしまいそうなのだが」
「なら、あんたがほかの連中に危害をくわえられないように、ともかく襲ってくる連中の片っ端から叩いていくしかないな」
「ひどいものだ。作戦ではないぞ」
「では、ほかに方法があるか」
「思いつかない。なにせ夕べはろくに寝つけなかったからな」
「俺はあんな騒動のあとでも、熟睡できたようだ」
「そうだろうよ。最後の手段は、石を使うことだが……さて、どうしたものか。それとも奇跡を待つか」
「奇跡なんぞ、当てになるものか」
「なにをごちゃごちゃぬかしておるか! 石を儂に寄越せ。おとなしく石を寄越しさえすれば、おまえたちの命は助けてやろう」
「慈悲深いお言葉、涙が出てくるよ。とはいえ、残念ながら神威将軍、わたしには、おまえのような男が、石の秘密をしるわれらを、無事に帰してくれるとはおもえないのだがね」
「ふん、妙に知恵ばかりがまわる漢族めが、すぐに命を奪われなかっただけでもありがたく思うがいい。
では、こう言い換えてやろう。おまえたちが大人しく石をよこすのであれば、おまえたちを楽に死なせてやろう。どうだ」
「そんなことばで、わあ、うれしいなとでも言うと思ったか。ひとつ聞きたい。おまえは夢を見るまえに、石のことを知っていたのか?」
「子どものころに聞いたおとぎ話だ。西のちいさな王国で、ふしぎな五つの石がみつかった。石はなんでも願いをかなえるが、しかし代償を払わねばならない。
ある王が石を手に、漢へ攻め入ったが、途中で慢心したために神の怒りに触れた。そのために、石は王から離れて、王国は反撃をはじめた漢軍によって滅ぼされた。それと同時に、石は漢に奪われ、以来、行方が知れぬという」
「歴史が正しく伝わっておらぬようだな。たしかにわたしは石を持っている。だが、この石は恐ろしいものだ。たしかに願いをかなえるが、石は使用者にかならず代償を求めるのだ。その代償がどんなものかは、だれにもわからない。
王国が滅んだのは、王が慢心したからではなく、それが石がもとめた代償だったからだ。おまえが石になにを願うつもりかはしらぬが、どちらにしろ、おまえは身を滅ぼすであろうよ。それでも石を求めるか」
「おまえのいまの話が、作り話ではないと言いきれるか」
「言い切れるとも。わたしはこれまで、石を使ったばかりに、悲劇に巻き込まれた者を見てきた。おまえとちがって、夢で、王国が滅びたその悲惨な光景もしっかりと見た。だから言うのだ。
漢族がどうとか、羌族がどうとか、そんな区切りの話ではない。だれの上にも、この石は悲劇をもたらすのだぞ」
「使ってみなければわかるまい」
「……いっそ渡して、実際に悲劇を体感してもらうというのも手かもしれんな」
「莫迦、あいつが『すべての漢を滅ぼせ』などと願ったらどうする」
「やはり、なんとしても石を死守せねばならぬか……ん?」
「なんだ? 地鳴り?」
「地平を見よ、軍だ! 魏の軍が攻めてきたのだ! おい、神威将軍、おまえに向けられた軍だぞ、逃げろ!」
「あれしきの軍勢に背を向けられるか! さあ、早く石をよこすのだ!」





「まさに前門の虎、後門の狼といったところだな」
「気のせいか、あんたの言動は、いつもどこか余裕があるような」
「まったく気のせいだ。さあて、どちらに逃げてもあとがない。となると、最後の手段を使うしかなくなるわけだが」
「使ったら反動がくるぞ」
「分かっている。しかし、ここで使わずに、なにも為せぬまま死ぬよりはよかろう。いっそ、思い切りだいそれた願いをかけてみたいものだが」
「願いが大きければ大きいほど、反動も強くなるのだろう。自棄になるな。最後のぎりぎりの瞬間まで、石を使うんじゃない」
「冷静な意見をありがとう。けれど、すでにぎりぎりの状態なのではないかね。神威将軍が襲ってきたぞ!」
「俺から片時も離れるなよ。手の届く範囲にいろ。もしこれが俺に対する反動だったとしても、あんたは石を持っている限りは守られている。気を強く持っていろ。よいな!」
「よいなと言われて、はいと素直にうなずけると思うか。おのれを盾にして、死ぬつもりではなかろうな」
「俺はもうやり直しもむずかしい中年だ。それなのに、積み重ねてきた過去がすべて消えてしまっている。このような空虚な人間が、ほんとうに果たして生きているといえるのだろうか。
どうして俺が記憶をうしなったのか、いったい石になんと願いをかけたのか、それはわからんが、結局のところ、あとにはなにも残らないというのならば、死んでいるも同じだろう。
だが、あんたは生きる場所があり、果たすべき使命がある。俺を盾にして、生き残れ。気に病むことはない。俺は結局、過去から逃れようとした臆病者なのだ」
「なにを言い出す。やり直しなど、これからいくらでも利くぞ! 死んではならない。死んでしまっては、やり直しもなにもないからな! 生きる場所がないというのならば、それはわたしが謝る。
あなたのためだと思って、無理に東へ向かわせようとした、そのことがかえって苦しかったというのであれば、撤回しよう。一緒に成都に帰ろうではないか。
だから、自暴自棄にならないでくれ。そんなふうに自分を責めているところを見せられるのが、わたしとしては、いちばんつらい」
「本当にそうか」
「うん? ああ、本当にそうだ」
「成都に帰ってよいのか」
「もちろんだ。わたしに二言はない」
「よし、ならばともに成都に帰ろう。俄然、心持ちがちがってくるな」
「………もしかして、いまのわたしの言葉を引き出すために、わざと嘆いて見せたのか?」
「細かいことは気にするな。俺に、俺が使っていない石を預けてくれ」
「貴様ら、なにをごちゃごちゃ相談しておる、儂に石を寄越せ!」
「やつに奪われる前に、早く!」
「どいつもこいつも石、石、石と!」
「魏軍の銅鑼が鳴らされた。くそ、こちらが少数と見くびって、突撃をかけてくるつもりだな。孔明、早く俺に石を渡せ!」
「儂に石を寄越せ! われらの土地を、われらの手に!」
「そうして武に武で当たって、後先考えずに暴れて、結果はなにも生み出せないでいるのがおまえだろう! 
神威将軍とやら、そなたがその借り物の名を名乗り、そしておのれの行状を改めないかぎり、石の反動を待つまでもなく、そなたには破滅がやってくる! 
と、言っている端から、人の袖をさぐっているのは誰だ!」
「俺だ。よし、もうひとつ願いを託すぞ。俺たちを、いますぐ隴西へ連れて行ってくれ!」





「莫迦だろう」
「なんとでも言え。甘んじて受け入れる」
「二度目に石を使ったことも莫迦の骨頂であるが、『隴西へ連れて行け』などとざっくりした願いをするから、こんなことになる」
「俺が思うに、これが反動だと思うが」
「口を利くたびに汚臭で体中が腐ってしまいそうだから、本来は喋りたくないのだが、しかし、腹が立って、口を開かずにはおられない! 
これ、わたしは、おまえたちの仲間でもなければ食べ物でもない。寄るな、なつくな、近づくなというに!」
「豚にも、あんたが物珍しく映るんじゃないか。たいした人気ぶりだ」
「豚に歓迎されてもうれしくない……どうして『隴西でももっとも安全で清潔な場所に連れて行け』と願わなかったのだ!」
「あの状態で、そんな余裕があると思うか? 四方を羌族の遊撃部隊に囲まれ、さらに地平にはずらりと魏の軍勢。あのとき、石が俺の願いを聞いていなかったら、どうなっていたと思う?」
「さて。想像もつかないね」
「あんたの背後で、羌族の兵が刃を突き立てようとしていたのだ。防ぐにしても、あのままでは、とうてい間に合わなかっただろう。
怪我はなかろうな。怒りで背中に刃がつきたてられていても気づかないなんてことはないな?」
「どれだけ鈍感だ、わたしは。あまりの汚臭に頭痛がはじまったこと以外は、すこぶる元気だとも。そういうあなたのほうはどうだ」
「鼻がねじ曲がりそうなこと以外では、問題はない」
「さっさと出よう。ここが隴西だということは、なんとなく見当がつくが、さて、隴西のどこかな。魏軍の兵舎のど真ん中だったら、笑うに笑えぬぞ。しかし史書には残るであろう。
『劉左将軍の若き天才軍師・諸葛孔明は、なぜだかあるとき、唐突に敵地たる隴西の兵舎の、よりにもよって厠にあらわれて、豚とゆかいに遊んでいるところを兵卒に見つかり、捕らえられて死んだ。哀れなるかな、諸葛亮。しかしみっともない』
とまあ、こんなふうに」
「あんた、元気だな」
「危機に際して心が躍る」
「そうかい、残念がれ。兵舎ではなさそうだ。華麗な最期はあとにとっておけ」
「二十年後くらいにな。ここはどこだろう。なかなか大きな屋敷のようだが。む、なんと気の利いたことに井戸があって、しかもそのとなりには、清潔な衣が干してある。まさに天の配剤。ありがたく受け取ろう」
「盗みをするつもりか」
「いいや、天からおごそかに差し伸べられた手を、うやうやしく取るだけだ。盗むのではない」
「物は言いようだな……」

つづく……


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