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はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

地這う龍 一章 その19 高札の前のひとびと

2023年12月22日 09時54分59秒 | 英華伝 地這う龍



昼過ぎになり、とつぜんに新野《しんや》の城市の東西南北すべての門に、おおきな高札《こうさつ》が立てられた。
高札を立てた者の急いた様子からして、どうやらなにごとか起こったらしいというのは、すでに人々も気づいていた。
さらには、城勤めの人間から、曹操がどうした、ということは漏れ聞いていたので、だれもが不安そうな顔で、高札のまえに集まって来た。


新野の民とて愚か者のあつまりではない。
自分たちの住まう町が荊州の最前線にいることは理解していたし、曹操の動き如何《いかん》によって、自分たちの運命が変わってしまうことも理解していた。
いよいよか、という覚悟の気持ちが、ゆっくりとの中で頭をもたげてくる。
とはいえ、かれらのほとんどが文字を読めない。
わかるのは、ところどころにある『新野』とか『曹操』という文字くらいなものであった。


「曹操がどうしたっていうんだ」
「どうやらこっちに来るらしい。お城は大騒ぎだそうだよ」
「曹操が来たら、徐州の民のように、みんな殺されちまうのかな」
不安そうに口々に人々がしゃべり合うなかで、文字のわかる者が高札を読みあげた。
「ふむ、どうやら曹操はすでに南陽の宛にまで来襲しているそうだぞ」
「なんだって!」
民のざわめきが、いっそう激しくなった。


高札を読み上げた儒者《じゅしゃ》ふうの男は、自慢の黒ひげを撫ぜつつ、ううむ、と唸る。
焦《じ》れた周りにいた男が、儒者にたずねた。
「それで、うちのお殿様はどうなさるおつもりなのでしょう?」
「高札には、この新野を全員で引き払い、|樊城《はんじょう》に向かうと書いてある」
「樊城へ……なぜ?」
「守りやすいからであろうよ。新野城は籠城には適しておらぬからな」
儒者は訳知り顔で答え、動揺する人々の顔を見回した。
「曹操とわれらが殿様は、不倶戴天《ふぐたいてん》の敵同士じゃ。
これは激しい戦となるであろう。新野はとうとう戦場になるのだ。
みな、悪いことは言わん。すぐに家財道具をまとめて、殿様といっしょにここから引き払ったほうがいい」
「引き払うったって……」
とつぜんのことに、みな誰もが不安そうに互いの顔を見合わせている。
時勢を読むのに長《た》けた者だけが、人々の輪のなかからいち早く抜け出し、自宅へ取って返しはじめていた。


そのなかで、垢ぬけた色合いの衣をまとった、いかにも玄人《くろうと》とわかる女がいた。
高札を、親の仇のように睨んでいる。
女のかたわらには、ほかの者たちと同様にぽかんとしている童子がいる。
童子は女に問う。
「奥様、曹操が来るのなら、みんな死んでしまうのかな」
「そんな簡単に殺されはしないでしょう。でも、ここに留まったなら、危ないかもね」
「そんな。おいら、やっと仕事にも慣れたのに」
くしゃっと顔を崩して泣きそうになる童子の手を、女は安心させるべくぎゅっとやさしく握り、言った。
「だいじょうぶよ、きっと劉備さまたちがなんとかしてくださるわ。
おそらく、新野は捨てて、守りの堅い樊城に移動し、態勢をととのえてから要衝の江陵《こうりょう》を目指すのでしょう。
わたしのような女でも、それくらいは思いつくもの。
劉備さまや孔明さまもそう考えていらっしゃるはずよ」
「ということは、おいらたちも劉備さまたちについていくのかい」
「もちろんよ。そうしたほうが、生き抜ける確率が高いでしょう。曹操はきっと」
と、女はここで言葉をきり、童子を引っ張って、人々の輪から外れて、おのれの住まいであり、店でもある、中心街にある妓楼へ向かい始めた。


「奥様、人に聞かれちゃまずいのかい。きっと……って、何を言いかけたんだい?」
聡《さと》い童子の問いかけに、満足そうに女は笑って、それから答えた。
「曹操はかんたんにはわたしたちを殺さないわ。
曹操の目は先を見ている。まだ天下には、江東の孫権や、涼州の馬超、益州の劉璋が残っているのよ。
かれらを倒すのにも、人員が必要になる。
これまで、互いに食らい合い、それぞれが人を減らしてしまったいま、虐殺なんてしてごらんなさい。
ますます天下の人々は曹操からそっぽを向いてしまう。
そうしたら、曹操は得られるはずの人材を得られなくなってじり貧になる。
それを曹操もよくわかっているはずよ。
徐州の虐殺をおこしたときも、そのやりように反発した士大夫の一部が、曹操の本拠地を奪うということをしたの。
曹操はなんとかそれを鎮《しず》めたけれど、聞いた話では、相当にそのときに参ってしまったということだわ」
「虐殺なんかするからさ」
「そうね、そんなこと、してはいけない」
「でもさ、今度は曹操はおいらたちを活かそうと考えているわけだ。
それはつまり、役に立ちそうだから、残しておくってことだよね?」
「そういうこと。お利口ね、阿瑯《あろう》」


褒められた童子……阿瑯は、照れ臭そうに、へへ、と笑った。
その様子に目を細めつつ、女……妓楼の若き元締め、藍玉《らんぎょく》は言う。
「でもね、安心していられないわ。殺されないってだけで、それが幸いとはかぎらない。
曹操は北で、土地と農具を民に貸して、耕作をさせ、兵糧を得る、という事業をしているの。
屯田《とんでん》というのだけれど、聞いた話では、それの人材が不足しているというわ。
おそらく、わたしたちの一部は荊州に残ることは許されず、北へ連れていかれて屯田をさせられる。
ご飯を食べられるだけましだけれど、それではまるで奴隷だわ」


「生きれるだけマシだと思うけどなあ」
「あら、なら阿瑯は、曹操の配下になってみる?」
意地悪くからかう藍玉に、阿瑯は口をとがらせた。
「いやだよ。奥様やみんなと別れるなんてさ。せっかく仲良くなったってのに。
それに、奥様は、劉備さまと一緒に行くのだろう?」
「そうよ。劉備さまたちには、御恩があるもの。壺中を潰してくださったという御恩がね。
いっしょに行く道中で、わたしたちがお役に立てる時が来るかもしれない。だから、ついていくの。
さあ、帰ったら忙ししくなるわよ、おそらくみんながみんな、劉備さまについていくとは言わないでしょう。
去る者にはこれまでのお給金を払ってあげなくちゃいけないし、一緒についていくという者がいるなら、みなでもっていく物を選んですぐに移動しなくちゃいけないしね」
「おいら、がんばって手伝うよ」
目を輝かせる阿瑯に、「あなたは元気ね」とからかいつつ、藍玉は、こころのうちでつぶやいた。
『とうとう曹操が来るんだわ。兄上……曹操のもとで暮らしているはずだけれど、わたしたちを心配してくださっているでしょう。
でも、わたしにはわたしの道があるわ。なんとしてもこの子や女たちを守り抜かねば』


先走って移動をはじめたほかの者たちにならうようにして、ほかの動揺していた者たちも、あわただしく動き出しはじめた。
ある者は市場で買い出しに出かけ、ある者は家財道具をまとめに走る。
「こうしちゃおられない、俺も劉備さまといっしょに、樊城へ行くぞ」
「そうだ、ここに残っていたら殺される。相手は曹操だからな」
「徐州のときは、草木一本のこらなかったそうだ」
「劉備さまなら、わたしたちを守ってくださるわ」
そうだそうだと口々に言いながら、ひとびとは互いに励まし、助け合いながら動き出した。
家財道具をまとめて、家族とともに樊城へ行くためだ。


曹操が来ても、劉備が守ってくれると、だれもが信じている。
それほどに、劉備と民のあいだには、強いきずなができていた。




二章へつづく


※ 本日もお付き合いありがとうございます(^^♪
ブログ村に投票してくださった方も感謝です!
おかげさまで、じわじわ創作作業も進んでいますv
これからもがんばりまーす!

さて、今日までが書き直し前と同一エピソードでした。
二章からは、張郃が中心となって話が進んでいきます。
趙雲と孔明の運命や、如何に?
お楽しみくださいませ!

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ではでは、次回をおたのしみにー(*^▽^*)


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