はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 夢の章 その9 徐庶からの手紙

2022年02月24日 13時18分01秒 | 臥龍的陣 夢の章


記憶のかなたに埋もれそうなかすかな夢の記憶。
叔父の玄の死の直前の夢。
それに合わせるようにして、玄を知る者と遭遇した。
なにかの縁だったのかもしれない。
もっと強引にでも誘えばよかったかなと、城の私室に戻った孔明は考えた。
だが、あの老人を無理に城に連れてきても、歓談できたとは限らない。
『おかしなことを言っていたな。いまは話せない、と。では、いつか話してくれるのだろうか』
その「いつか」を待つしかないか。
同じ町にいるのだから、また顔を合わせる機会があるだろうと考え、孔明は目の前の手紙に集中することにした。

文机のうえには、まっさらな竹簡がある。
そこに、孔明は許都にいる徐庶にあてて手紙を書こうとしていた。

すでに日は暮れて、燭台のちらちらと揺れる明かりが部屋を照らす。
夕餉の片づけをしている奴婢や仕女たちの気配が外でしている。
行ったり来たり忙しいかれらの影が、部屋の障子に映っていた。

あの大金持ちの崔州平が、いまは借金で首が回らなくなっているなどと書いたら、徐兄はどんな顔をするだろうかと孔明は想像する。
心配させるのも悪いが、かといって、知らせないのはもっと悪い。
徐庶は私塾に通っていた時代には、崔州平の屋敷のとなりに住んでいたほどで、とても仲が良かった。
孔明は、塾が終わると、酒店には入らず、まっすぐに徐庶の家に行って遊んだものである。
天下のこと、世間のこと、それから、ほんのすこし女人のこと。
さまざまなことを論じては、合点したり、反対したり、互いの差におどろいたり。
あれほど楽しく無邪気な時代は、もう二度と戻ってこないかもしれない。

感傷的になりすぎる自分をたしなめつつ、孔明は最初の一行を書こうとした。
そのとき。
劉備からの呼び出しがかかった。
至急の件であるという。
すぐに行くと返答し、孔明は、劉備の元へと向った。
すっかり陽は落ち、夜空には満点の星が輝いている。
燭台を手にした案内係を先頭に、孔明は夜気を切るようにして進んだ。
劉備が至急の件を伝えてくるなど、めずらしいことであった。
部屋に行くと、扉を開く前から、緊迫した空気が漏れているのが知れた。
「何かありましたか」
うむ、と頷いた劉備の目は赤く、孔明はとっさに、具合が悪いといっていた麋竺の身に何事かあったのではないかと想像した。
蝋燭の灯された部屋には、劉備と、関羽、そして、旅装の、中肉中背で、目が大きく鼻の丸い青年がいた。
見たことのない男である。
細作でもないようだ。
薄汚れた旅装をしている。
三人の面差しは、一様に深刻で、暗いものであった。
「どうなさったのです」
孔明が促すと、劉備は、文机の書簡を、孔明に差し出した。
読め、というのだろう。
そうして、同情を湛えた眼差しで、劉備は孔明を見る。
なぜそんな目で見るのだろう。
孔明が書簡を受け取ると、劉備は言った。
「徐庶からだ」
孔明は、息を呑んだ。
すると、三人目の旅装の青年が、こくりと頷いた。
「徐元直さまに託されたものでございます。わが君と、貴方様へ、と」
書簡を開く前から、孔明は、まるでおのれの心の臓をぎゅっと掴まれたような、つよい痛みをおぼえた。
書簡にところどころついている、この黒い染み。
これは、血ではないのか。
震えるおのれの手を叱りつけ、慎重に、孔明は書簡を開いた。

母は死んだ。
手紙は、いきなり、そう告げた。
怒りと悲しみの解けないうちに書いたのだろう。
文字は震えており、徐庶の受けた苦しみが、直に伝わってくるようである。
孔明は、まるでそこに徐庶の手の温かさが残っているかのように、指先でその字をなぞった。
ところどころぶれて、時には、はげしく乱れ、そして気を取り直し、また、乱れる。その繰り返しの文字。

徐庶は、過去に剣客だったときに、仲間の仇討ちで人をあやめていた。
そのときにお尋ね者となり、故郷に帰れなくなってしまった。
父は幼少時に亡くなっており、母子二人だけ生きてきた。
そのために、徐庶の、母への想いは特別なものがあったのだ。
いつかりっぱなわが君にお仕えしたあかつきには、母上をお呼びするのだ、というのが徐庶の口癖であった。

それまでも徐庶は、何度も母を、自分のいる襄陽に呼び寄せようとしていた。
だが、母は父の墓を守らねばならないという理由から、ずっと断っていたらしい。
その事情を知っていた孔明は、徐庶が劉備のもとを去ると聞いたときも、母親を人質に取られたのでは仕方がないと、素直に納得したほどだ。
孔明とて、もし叔父が存命で、おなじく徐庶のような立場となり、曹操に叔父を人質にとられたら、やむなく曹操に降る決断をしただろう。

つづられた内容は悲愴なものであった。
曹操は、徐庶に対し、新野城の情報を教えるように迫ったが、徐庶は、頑として口を開かなかった。
そのために、報復として、母親を殺されてしまったのだ。
それは冷酷な処置であった。
見せしめのためである。
今後、自分が南下することで発生するであろう、劉表および江東の家臣たちへの見せしめのため、そして、情報をもたらさない人材など、容赦なく切り捨てるぞという脅しでもあった。
さらに陰惨なことには、表向きは自殺と見せかけての殺害であった。
徐庶は表立って、抗議をすることもできない。
酷い話であった。

「曹操も、非道なことをする」
劉備がつぶやいた。それを受けて、関羽が言う。
「苛烈なお方だ。完全におのれに従う者でなければ、容赦をしない。屈せぬ者は、切り捨てる」
切り捨てる? 徐庶を? 
自分をここまで成長させてくれた、恩人とも兄とも呼べるあの男を、曹操は、わが元から奪っておきながら、今度は、まるで意味のないもののように、切り捨てる、というのか。
そんな莫迦な仕打ちがあるものか。

徐庶を呼び戻しましょう、と孔明は口にしようとしたが、声が出なかった。
無理に声にしようとすると、滂沱と涙があふれて、止まらなくなった。
悲鳴のような声が聞こえた。
それはおのれの嗚咽であった。
たまらず、顔を伏せると、劉備が立ち上がり、肩に手をかけて、労わるように、軽く揺すった。

書簡は最後にこう結んでいたのだ。
おれはもう二度と荊州にはもどらぬ。
曹公に逆らったこの俺が、あとどれだけ生きられるかはわからぬが、母がそうしたように、俺も父と母の墓を守るためだけに、残りの日々を過ごしていく。
おまえに会うことは、もうないだろう。
だが、もしおまえが、いつか俺に語ってくれたように、亡き叔父君の志を受け継ぎ、そして俺の志も継いでくれるなら、きっとおまえが、この国のあたらしいわが君の軍師として、俺のいる中原にまで、やってきてくれることを夢見ている。
おまえの語る天下は、だれの語る天下よりも美しく、力強いものであった。
俺はおまえが与えてくれた夢を見て、眠り続けていることにしよう。
かならず起こしに来い。
それまで、さらば、と。

つづく


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