はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

おばか企画・心はいつもきつね色 旅立ち編・2

2020年11月04日 11時23分24秒 | おばか企画・心はいつもきつね色


一方、試験会場では。
試験終了のベルが響き渡ると、会場内から、いっせいにため息が漏れた。
そのため息の種類はさまざまで、やっと解放されたと安堵するため息、思いもかけない障害に、がっかりしたため息、怒りをまぎらわせるためのため息が混ざっているようだ。
解答用紙はすぐにあつめられ、左将軍府の職員が総出で採点に当たるようである。
すっかりあきらめて、帰宅してしまった者のほかは、採点結果を、臨時会場のなかで待っている。
そのなかには、文偉と休昭の姿もあった。
「うーむ、思った以上にぜんぜん出来なかった。なあ、
『問・1 つぎのうち、孔明を書いたことのある漫画家はどれでしょう。1・美内すずえ 2・木原敏江 3・青池保子』って、わかったか?」
「当然だ。3だろう。あの軍師は、かなり笑撃的であったな。詳しくはイブの息子たちをドーゾ」
「しまった、判らないので、適当に1と答えてしまった」
「こんな問題ばっかりだったよな。点数を稼げるやつがいるのだろうか。普通の公務員試験みたいに、常識問題が出ると思ったのになあ。暗記なら得意なのだけれど、あれはむずかしいよ。
軍師自身が常識人ではないから、あんな問題になったのかなあ…なんだったっけ、非常識のエレクトリカル・パードレ?」
「パードレじゃ、『父』だろ。電気仕掛けのオヤジってなんだ」
「なんで丁寧に訳してくれるのさ…」
どんよりと暗い空気に包まれ、反省会をするふたり。
「せっかく楽しみにしていた、プリンスエドワード島が遠くなっていく。パスポート用意したのに、無駄になってしまったね」
「まったくだ。証明写真や印紙代の返還を要求したいところだな。なんだって、あんなに高いのだ、印紙代! びんぼう人は、海外に出るなということか?」
「そう悪く取っちゃいけないよ。でも、選択問題だったわけだし、文偉なら、運がいいから、もしかしたら受かっているかもしれないよ?」
「受かったとしても、一人じゃ味気ないな。辞退するかな」
「そんなの勿体ないよ。もし文偉が受かって、プリンスエドワード島に行くことがきまったら、向こうからエアメールを送ってくれ。おみやげはメイプルシロップで頼む」
「遠く離れても、おまえのことは忘れやしないさ。きっと連絡するよ」
「そうしてくれ。というか、なんなのだろう、この卒業式当日のような会話は」
試験の出来については、もう取り返しがつかないので、気安い友達同士の、倦怠期の夫婦、あるいは言葉遊びにも似た会話をして暇をつぶして、結果を待つ二人である。

そうしてしばらくすると、偉度が、蒼い顔をして、二人のまえを行き過ぎた。
めずらしくも狼狽しているようである。
ひとりでぶちぶちと、だから言わんこっちゃない、などと口にしている。
「おおい、偉度。試験の結果はどうなった」
文偉が声をかけると、偉度はいかにもうるさそうな顔を向けて、答えた。
「満点がひとり出たので、面接さえクリアしたなら、その者が軍師の義弟となるだろう」
「「満点!」」
はっと気づいた文偉が、会場を見回すも、そこに、目指す者の姿はなかった。
「われらが90番台であるから、あの男は100番台のはず……って、タケノウチがいない! 偉度、そいつの番号はわかるか?」
「119番だ。まったく、物好きが119人以上。世の中狂っとる。というか、肝心のあの方は最後まで姿を現さなかったな、なにをしているのだか」
偉度の苛立ちのこもったつぶやきをヨソに、119番と聞いて、文偉は、タケノウチのいた机に貼られた席番を見る。そこにはやはり『119』とあった。
「タケノウチが満点だ……」
呆然とする文偉に、偉度が声をかける。
「そう落ち込むな。よいしらせをやろう。次点はおまえだ。そのつぎが休昭。おまえたち、あの非常識問題をクリアしたのだから、ほんとうは左将軍府に配置されるべき人材なのかもしれないな」
「うわあ、誉められているのかけなされているのか、いまひとつわからないけれど、次点というのはうれしいな。われらも面接があるのだろうか」
休昭がたずねると、偉度は目をほそめてつまらなささそうに答えた。
「いつもの面子で、いまさら面接もあるまい」
「そうか? いつもの面子であればこそ、新鮮な面をみせれば、訴えるものがちがってくると思うが」
と、口を挟んできたのは馬超である。
偉度としては意外であったのだが、馬超は、大人しく行列に並び、大人しく試験を受けたのである。
まだいたのか、という無礼なつぶやきをこぼしつつ、文偉は、偉度にこっそりたずねた。
「平西将軍はどうであったのだ」
「聞いておどろけ0点だった。おまえも、むしろこの清清しさを学ぶがいい」
「0点? だってマークシート方式だったじゃないか。適当に塗りつぶしていけば、一個ぐらい当たりそうなものなのに。さすがというべきなのかな」
そんなふうにひそひそとやっている二人を見て、馬超は察したのか、じつにあっさりと爽やかに言った。
「わたしは落ちたのだろう」
「残念でございますが」
偉度は、馬超が、ここもやはり正直に、「そうでもない」と言うことを予想していたのだが、意外な言葉がかえってきた。
「そうだな。残念であった」
「は? もしや、本気で軍師の義兄弟になってもよいと考えてらっしゃった?」
偉度が尋ねると、馬超は、からからと明るく笑いながら答えた。
「新聞広告まで使って義兄弟がほしいと考えているのだ。軍師はよほど人付き合いが狭く、孤独を感じているのであろう。
ならば、わたしも知らない仲ではなし、これを見捨てることはできなかったのだ」
「はあ…」
「そこの費家の跡取り息子が受かると良いな。それでは、もう用事がないので、わたしはこれで失礼する。軍師将軍によろしく伝えてくれ」
そう言って、馬超は背を向けて、颯爽と去って行った。



孔明とマスク・ド・タケノウチこと法正は、いまや差し向かいになり、いつになく真剣に、深く深く語り合っていた。
「州境には、やはり武官を中心とした配置をすべきであると思う。もちろん文官も必要であるが、ことが大きくなったとき、文官だけでは事態をおさめられなくなる可能性があるからな。
軍律の問題ではなく、敵方に賞金首に指定された場合、領民までも敵になる」
「そこがそれ、不条理のきわみではないか。民はつねに不平ばかりを口にして、われらの恩をすぐに忘れ、そのときどきの支配者に尾っぽを振ってみせる。
やはり民は生かさず殺さず。抵抗する力を奪いつつ、搾るだけ、搾り取る」
「苛烈なことを言う。しかし真理でもある。民とはきまぐれなもの。大多数の意見こそが常に正しいとはかぎらぬ。
とはいえ、昨今は、なにを勘違いしているのか、虐げられる者たちのなかにこそ正義と真理があると思い込み、むやみやたらにかれらに肩入れしすぎる理想主義者も多い。かれらの耳あたりのよい大きすぎる声を、いかに抑えるかが問題であろうな」
「む。貴殿もなかなか過激な」
「綺麗事ばかりでは世の中は進まぬ。実務にたずさわらず、正当な手段をとらない者ほど、不平を世に訴える能力ばかりに長けていることがあるからな」
「まったく。そういう連中に、われらの仕事をこなしてみよと言ってやりたいものだ」
「一日ともつまいよ」
「ちがいない」
そうしてまさに越後屋とお代官様のように、二人はまるで一蓮托生の間柄、はたまた連理の枝か、というくらいに、ある意味、たいへんにこやかに、かつてないほど仲よく笑いあった。

そこへ、とたとたと足音をひびかせて、劉巴があらわれた。
劉巴が走るところも、たいへんめずらしい。
なにやら不穏な事態をおぼえたのか、孔明は笑みを引っ込めると、腰を浮かせて、すぐさま劉巴に向き直る。
「何事でございますか」
笑みを引っ込め、顔をけわしくして尋ねる孔明であるが、劉巴はあいかわらず表情の読めない、笑っているような顔で、こたえた。
「よいしらせだよ。おめでとう、軍師将軍。きみの義兄弟がどうやら決まりそうだ」
とたん、孔明は肩から力を抜かせると、深くため息をついて、言った。
「いや、ですから、その件は、なるべくならばなかったことにしていただきたいと、今朝、お話したばかりではありませんか」
「そうは言うがね、きみの義兄弟になりたいがために、それこそ成都だけではなく、近在の町からも百五十名ちかくが集ったのだ。いまさら、試験はやりましたけど、やっぱり気が変わったので、義兄弟はいりませんというわけにはいくまい」
「劉曹掾、楽しんでおられるな?」
「当然だ。これを楽しまずしてどうする」
言いながら、劉巴はにやりと、それこそ、さすがの孔明も、一歩うしろに退くほどの不気味な笑みを浮かべて、つづけた。
「わたしはね、君の困った顔を見るのが大好きなのだ。困り果てた君の顔はじつに素晴らしい。同好の士は多いようだよ」
そう言って、劉巴はくぐもった声で、隠微に笑った。
孔明は顔をひきつらせて言う。
「……………知りませんでした…………というか、だれとだれだか具体的に名を挙げていただきたい」
「だめだよ、これは秘密結社でね」
「秘密結社! なんの!」

『義兄弟選考? なんだそれは? だれの義兄弟だ? もしや、軍師将軍の義兄弟ということか?』
劉巴のことばに、法正はすっかり混乱していた。陳情者のための試験ではなかったのか?
うろたえる法正をよそに、劉巴は孔明の疲れ切った顔を、うれしそうに(見える)表情でながめつつ、つづけた。
「それでね、お楽しみの義兄弟候補者なのだが、わたしと許長史が徹夜でつくった試験を、なんと満点でクリアした者がいたのだよ。番号は119番」
なにやら身に覚えのある番号。
法正は、左将軍府に潜入するにあたり、袖に隠していた番号札を、おそるおそる、そっと見た。
『ノォ! 119番! わたしではないか!』
「次点は費家の跡取り息子と、幼宰どののご子息だった。119番と次点の二人、この三人から義兄弟を選びたまえ」
「『たまえ』って、なんだってそう、押しが強いのですか」
「これで君がだれも選ばなかったとなったら、いったいあの試験はなんだったのかと非難の声があがるよ。君の評判はがたんと落ちるだろうな。好感度は一気に下降線をたどることまちがいなし。某お遍路に出かけて、むしろ女性の支持層が減ったのではないかと噂のK氏とおなじ道をたどるかね」
「どういう脅迫ですか。勝手にヒトの義兄弟を募集したあげくに、今度は義兄弟を選ばねばならぬという。
義兄弟とは、やはり試験で決められるべきではない。信頼がおけて、切磋琢磨できる相手こそが理想だ。そう、志の高い議論ができる相手が」
と、孔明はここでふとなにかに気づいたらしく、マスクの下で、さてどうやってこの場を切り抜けるべきかとフル回転で演算をしつつ、だらだらと冷や汗をかいている法正のほうを向いた。
法正は生きた心地がしない。
さいわい、劉巴は、119番=マスクをかぶった法正、ということに気づいていない様子である。
しかし、いつ気づかれることやら。
それに、ナゼ唐突にこちらを向く、軍師将軍!

孔明は真正面からじいっと法正をみつめると、その手をいきなり両手でつつむようにして掴み、言った。
「貴殿、貴殿は、さきほど、義兄弟がいないと言ったな」
言った、という肯定の意味で、迫力に負けて、つい頷く。
目の前にある孔明の顔は、はじめて間近で見るものだ。
マスクの下の法正は、ぐらぐらしながら考えた。
『たしかにこれは綺麗というか、男女というか、なんだ、なんでこんなに睫毛が長くて肌が白いのだ。というか、この年齢になったなら、シミのひとつくらいは普通あるだろうに、ないのはなぜだ、どういうお手入れしたら、そうなるのだろう、やはり洗顔? というか、こいつの目とか鼻とか口とか、すごいぞ、見事な位置にぴたりとはまっておさまっておる、こうまで綺麗だとむしろ怖いぞ、ほんとうにこういうのが父親でいいわけか、ウチの子供たちはー!』 
「どうだろう、義兄弟になってみないか!」
「ヤダ!」
法正は答えると、孔明の両手を振り切って、一気に走り出した。
子供のころに鬼ごっこをやって以来の走りをみせて、左将軍府を駆け抜けると、火の玉のような勢いで、息が切れきても、自邸に向かって走りつづけた。

えらい目にあった、と足をゆるめつつ、まわりに誰もいないことをたしかめてから、べろりとタケノウチマスクをはがす。
外気に触れると、風がひんやりと冷たく、心地よかった。
そうして空気がこんなに甘いのだということを実感しながら、空に向かってたずねた。
「偵察になったのか? わからん!」
そうしてふらふらと歩きだすと、そこへ、耳慣れた声が、遠くから聞こえてきた。
「ちちうえー!」
振り返れば、なにやら荷物をたくさんかかえた子供たちと妻が、ぶんぶんと元気に手を振っている。
予定よりも、だいぶ早い帰還である。
「おまえたち、一週間は向こうにいるといっていたではないか」
「そーうなんだけどねー。はい、おみやげの『きりぼんストラップ』。父上が青で、あたしが黄色だよ」
言いながら、法正の娘は、法正にストラップを渡した。
出かけるときは、あんなにむすっとしていたのに、この機嫌のよさ。
というか、まあ、機嫌がよいほうが、父としても嬉しいが。
「わたしは予定通りに帰ろうとしたのですけれど、子どもたちが、早く帰ろうと言い出したのですよ」
と、法正の妻が、さっそく、いそいそとストラップを携帯につけている法正に言った。
「なぜだ。ホームシックにでもかかったか」
「ちがいますよ。ほら、邈や、家に戻ったら、父上にちゃんと言うと、自分で決めたのでしょう」
「なにをだ?」
目をぱちくりさせていると、邈は、ちらり、ちらりと上目遣いに法正を見る。
が、照れてしまっているのか、唇をもごもご動かすばかりで、肝心のことばが出てこない様子だ。
それを見て、法正の妻は笑った。
「仕方のない子ね。わたしたち、温泉についたのはいいのですけど、たった三人だったでしょう。それに、あなたと喧嘩したまま出てきてしまったから、この子たちったら気にしてしまって。
温泉でゆっくり出来るのも、父上がお外でいっしょうけんめいお仕事して、お金を稼いでくれるからなんだよね、ってこの子が言い出して、それで早く帰ろうと決まったのです」
「なんと」
感激のあまり、法正がことばを詰まらせていると、邈は、そのまま勢いに乗ってしまえと思ったのか、小さな頭をぺこりと下げて言った。
「父上、ひどいことを言ってごめんなさい!」
「邈や~」
法正はうれしさのあまり、目の前の子を両手で抱き上げると、そのまま肩車をした。
邈は恥ずかしいのか、いいよ、いいよと言ってすこし暴れたが、肩におさまってしまうと、ぴたりとおとなしくなった。
子どもの重さを肩におぼえつつ、法正は、黙ったまま、妻と娘と並んで、自邸へと帰って行った。
無言であったのは、涙があふれてどうしようもなかったからである。
その日見た、自邸の方角にかたむくキツネ色の太陽を、法正は生涯わすれなかった。

まだつづく……

(サイト「はさみの世界」 初出2006/04/12)


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