はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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実験小説 塔 その34

2019年02月23日 09時34分48秒 | 実験小説 塔


「というわけで、貴殿も、おなじ字ならば、すこしは見習うがよいぞ」
「……………………………」
「……………………………」
「いま聞いた、完全無欠の天才はだれだ」
「少なくとも、わたしではないな」
「貴殿のわけがなかろう。ふーう、よい汗をかいたぞ。わたしほどの才がある男ではないが、しかし諸葛孔明のことを語りだしたらとまらぬのう。わたしは魏における『諸葛孔明を観察して、ひそひそ話し合う会』の支部長をしているのだ」
「支部長! 本部は?」
「うん? 『諸葛孔明を観察して、ひそひそ話し合う会』の入会希望者か?」
「なぜ、ひそひそ……堂々と語れ」
「堂々と語ったら、ただの評議になってしまおう。ひそひそ、というところに、なんといおうか、微妙なわれらの心が籠められているのだよ。ちなみにひそひそする内容に、ちょっとでも批評めいた言葉や悪口を混ぜてはいかん。本部長のさだめた細かい罰則があってだな、違反したら、諸葛孔明が「困るなあ」という顔になる、なにか謀を仕掛けねばならぬのだ。
これは矛盾しているようであるが、そも、この『諸葛孔明を観察して、ひそひそ話し合う会』の前進は『諸葛孔明が困っているところを観察して、ひそひそ話し合う会』であったがためのことなのである」
「嫌な予感がする。本部長というのはだれだ」
「聞いておどろけ。軍師将軍とともに成都で曹掾の地位についておられる劉子初(劉巴)どのである」
「やっぱり……」
「む、知り合いか? そうか、貴殿らは蜀の人間ゆえ、われらより軍師将軍や劉曹掾になじみがあろう。うらやましいのう」
「あこがれの眼差しで見ないでくれ」
「ちなみに、いま入会すると、先着5名様に、劉曹掾が自ら収集した『諸葛孔明書き損じこれくしょん』のなかから、お好きなものを贈呈する。早い者勝ち。
ちなみに会費は無料。月に一度、各支部より『諸葛孔明月報』が届く。その月の諸葛孔明の活動予定や、先月の活動の結果、現在の人間関係、好きなもの、嫌いなもの、うれしかったこと、かなしかったこと、いつになっても忘れないあんなこと、こんなことが詳細にわたり紹介された充実の内容なのだ」
「ほう」
「あ、なんだろう、その目のかがやき! 子龍、入ろうとしているのか? そうなのか?」
「仲間って、いいよ?」
「勧誘するな! おのれ、劉子初……なーんかやっていると思ったら、そんな大々的な全国組織を作っていたのか。おそるべし!」
「ただ観察されて、ひそひそされるだけだろう。害はあるまい」
「その『ひそひそ』が嫌なのだ! ちょっと待て。ほかに会員は?」
「個人情報なのでお教えできません」
「……………」



「ゴホン、はげしく話が逸れたが、というわけで、だ。解毒の薬の在り処を教えてやるゆえ、わたしのことは黙っていてくれぬか、お願い!」
「お願いされた……どうする」
「黙っていてくれたら、わがこれんくしょんの中から、諸葛孔明の少年時代の手習いを、涙をのんで進呈しようぞ! 持っていけ、どろぼー!」
「いらん! というか、なんだってそんなものが流出しているのだ」
「聞くところによれば、劉子初が荊州に滞在していたおり、諸葛孔明の姉を言葉たくみに誘導し、少年時代の手習い集を収集したようとしたらしい。
しかし、そこはさすが血縁、劉子初の様相に、なにやらただならぬものを感じた諸葛孔明の姉は、手習い集を劉子初に渡すことをやめた。それゆえ、収集家のなかでは、その存在は知られているけれど、門外不出の幻の逸品となっていたのだ」
「ただの子どもの文字の練習帳であろう」
「そこはそれ、素人ゆえの思い違い。諸葛孔明の少年時代から、いまの姿を想像し、ひそひそするのも、収集家の醍醐味!」
「ひそひそするな!」
「ふん、この高尚な趣味がわからぬとは、愚凡め」
「ちっともわからぬ。わたしは凡人の感性しか持ち合わせていないのだ」
「ま、というわけで手習い集であるが、荊州をわが主公が征服した際に、とある豪族の家に遊びにいったある男が、たまたま、使い古しの紙で文字を練習しようとしている子どもを見つけた。
見ればおどろけ。それは諸葛孔明の姉が「こんなボロ紙でよかったら」と、ただで譲った、幻の逸品『諸葛孔明の手習い集』であったのだ! 紙は高級品ゆえ、ちょっとでも隙間があれば、文字の手習いに使おう、というわけだな。
そうして、その男は、もう、なんでもしますと頭を下げて、その手習い集を手中におさめた。それをわたしが一部、これまた、なんでもしますと頭をさげて、手に入れたわけだな」
「ただの手習いに……ばか?」
「ばかは禁止。ばかは言ってはならぬ。というわけで、苦労して手に入れた収集物を手放してもよい」
「いらんわ。どうする、子龍」
「おかしなやつではあるが、悪い条件ではない」
「手習い集を手に入れる条件かが。利に聡いやつよ、野武士!」
「野武士と呼ばわるからにはそのこれくしょんとやら、当然、一枚だけではないだろうな?」
「なんの交渉をしておるのだ! まったく、おい、シバチュー」
「名前まで知られているとは」
「いいから聞け。そなたの言葉以上に、なにか思惑があるふうでもないし。解毒の薬がどのようなものかはわからぬが、それがうまく太守の命を救ったら、僧侶たちも救われ、そなたの名が傷つくこともないというわけだ」
「信用するのか。悪気はなさそうだが、なんとも不安定な男だ。居丈高に威張ってみたり、急に低姿勢になってみたり。あとになって、やっぱり俺たちを信用できないといって、兵を差し向けてくるようなことはないだろうか」
「それほど、大胆に動けるならば、一人であらわれたりしないだろう。物陰に人の隠れている気配はあるか」
「ないな」
「不安定なのも、普段の生活が息苦しいものゆえであろうよ。というわけでシバチュー」
「なんだ」
「そなたの話に乗るまえに、確かめたいことがある。解毒の薬がある場所は、ここからどれくらいかかるのだ」
「そうさな。二日もかからぬであろう。貴殿らよそ者は知らぬであろうが、この近在の人間ならば、だれでも知っている岩壁がそれだ」

「おまえとてよそ者であろうが。なぜ知っている」
「なぜもなにも、解毒の薬をわたしも直接、その場で買ったからだ。男には、外に出ると七人の敵がいるものよ」
「子龍、この男の妻は、毒も盛るそうだよ」
「どんな女だ」
「そこ! ひそひそしない! 話が毒の話だけに、砒素砒素?」
「……………………………」
「……………………………」
「えーと、うん、あー、えー、つまりだな、えへん」
「痛々しい展開になるから、ダジャレは禁止と決めよう」
「くう、やめよ、そのあわれみのまなざし!」
「話がさっぱり前に進まぬ。で、解毒の薬の効用は、どれほどのものなのだ」
「素晴らしいものだということは、都にまで聞こえている。これで効かねば、ほかになにをしても意味がなかろうというほどの代物だ。薬は主に『竜骨』から出来ているのだが」
「竜骨か」
「なんだ、それは」
「ああ、あなたは知らぬか。文字通り、竜の骨からとった薬といわれているが、実際は、鹿や猪など、地中に埋もれた古い動物の骨からとったものだ。万能の薬というわけではないが、心臓、肝臓、腎臓の病によいと効く」
「ふふん、それは通常の竜骨の場合であろう。その岩壁で採れる竜骨は、よそとは一味ちがうぞ。なにせ本物の龍の骨から取っているという噂があるほどなのだ」
「ほんものの龍? まさか」
「と、思うであろう。しかし、この薬を見れば、その認識も変わる。見よ!」
「これは、まるで雪のような白さだ。竜骨は、白ければ白いものがよいとされている。そのうえ、舐めて粘り気がある物が最高なのだとか。ちょっと失礼。ぺろり」
「あっ! わたしの貴重な命綱! 貴様、いったいこの竜骨、いくらしたと思っておるのだ!」
「わからぬ」
「ええい、砂金を一斤(約222g)で、この量だ!」
「高い! う。衝撃のあまり飲んでしまった。たしかな粘り気。これはその高値も納得の高級品だぞ」
「あんた、金持ちだな」
「ふん、たしかに金はあるが、出納を握っておるのは奥ぞ。そのために、こつこつとへそくりを貯めて買ったのだ。まさに血と汗と涙の結晶。しかし、これがなければ明日をも知れぬ身なのだから仕方あるまい」
「斯様によきところのない妻ならば、離縁してしまえばよいものを」
「そのように簡単にいくか! もしも離縁なんぞ切り出してみるがいい、手塩をかけて育てた愛息が奪われてしまう! 奥は巧妙なのだ。子どもたちをおやつでうまく手なづけおってからに。いつか挽回してみせる!」
「がんばれ……子龍、どうした、渋い顔をして」
「いや、それほどの高級品をどうやって買うのだ」
「買えるさ。ほら」
「……あっさりと砂金を出したな。こんなに持っていたのか」
「万が一のための保険だよ」
「問題はなくなったな。さて、それではさっそく、その岩壁に向かうか。感謝する、匿名希望どの。貴殿との約束はきっと守ろうぞ」
「当然である。これほどの貴重な情報を与えたのだから、てきぱきと取りにゆけ! 太守は、たしかにわたしと比較したならば、それこそ月とすっぽん、じつに凡庸ではあるが、戦乱に翻弄され、片時も息のつけぬ状態にあったこの地には必要な男だ。
それに、あの太守の息子が、あのように思いつめた顔をして父親に寄り添っているのを見るのは、他人事とはいえ、わたしも人の子の父。たまらぬものがある」
「おや、つまるところ、自分のことにかこつけてはいるが、太守の父子を助けるためにわれらに情報を与えに来たのではないか?」
「べぇっつにー。わたしがそのようなお人よしにみえるとは、貴殿らの目も曇りまくりのようだのう」
「まあ、そういうことにしておくさ。さあて、一刻も争そう。行きで2日というのなら、往復で4日。そのあいだに何事もないわけでもあるまい。急いだほうがいい」
「さすが慎重だな。でもそのとおりだ。重ねて礼を申し上げる、匿名希望どの。貴殿の名誉は、きっと守ろう」
「礼には及ばぬ。ま、適当に気をつけていけ。しかし急げよ!」





「めちゃくちゃな男であったが、そう悪い男ではなかったようだな。見ろ、まだ見送っている」
「あ、手を振っておる。しかたない、礼儀で振りかえそう」
「ずいぶんと己の出自に誇りがあるようであったな。あんたは、あまり気に入らなかったようだが」
「いや、わたしは自分で言うのもなんだが、初対面の人間に対して、好悪で切り分けてしまう愚をしない性質なのだがな、なぜかあの男に関しては、うまくいえないが、『ムッとくる』のだよ」
「昔の知り合いというわけではないよな。向こうはずいぶんとあんたを好いていたようだったのに、世の中うまくいかないな」
「笑い事ではないよ。シバチューとか言ったかな。あやつの気に入っている諸葛孔明というのは、まるで漉した水のように穢れのない人物ではないか。聞いていて、ぞっとしたよ。すくなからず、一部においては、わたしはなぜだか生ける聖人君子のようにされているわけだ。
わかった、だからこそ逆に反発も強いのだな。人間というのは、天邪鬼な性質をもっている面もあるからね、完璧なものなんてあったら、それを壊してやろうとあれやこれやと今度は欠点を探し始めるのさ。迷惑なことだよ。
成都に帰ったなら、劉子初とは、膝をつめて話さねばならぬようだ。また重荷が増えたようだな。ああ、肩が凝ってきた」
「揉んでやろうか」
「けっこう! 岩壁にある龍の骨から取れる『竜骨』か。子龍、竜を見たことがあるか」
「霊獣の龍をか? まさか」
「わたしもないが、本物の『竜骨』があるという噂を聞いたことがある。いや、この場合は本物の、という言葉がおかしいかな。そもそも、本来の竜骨は、そのものずばり、竜の骨から摂っていたものらしい」
「霊獣は不老長寿ではないのか」
「そこが矛盾しているだろう。だからその噂を聞いたときも、どこかのあくどい商人が、本物がある、と流しているのだと決めてつけていた」
「あの男は商人でもないし、太守の側の人間であるから、闇雲に嘘はつくまいよ」
「ムッとくる男ではあったが、そこは認める。となると、これから向かう岩壁には、竜の骨があるということだ。すこしばかり、わくわくしてきたな。不謹慎だろうか。薬が効いて太守が治れば、ニキたちも助かるわけであるし」
「そこがあんたの能天気というか、本質なのだな。ただし、ひとつ言うが」
「なんであろう」
「シバチューとかいう男、商人か、あるいは岩壁を管理している者と取引をしただけで、本物の竜の骨を見ていないのだろう。
可能性としては二つ。そもそも、本物ではない。もうひとつ、本物か、それに近い物であるため、よそ者にはなかなか見せたくない。どちらにしろ、見ようとすることが危険を呼ぶかもしれぬ。あまりわがままを言ってくれるな」
「なんだか子龍、もとの子龍に戻りつつあるな」

つづく……


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