はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

実験小説 塔 その15

2018年12月19日 10時04分42秒 | 実験小説 塔
「人が物を食べるのを見るのは初めてではあるまい。なぜそのようにわたしをじっと見る」
「いや、結局のところ、俺が記憶をとりもどせるかどうかは、あんたにかかっているのだと思う。自分でも妙だと思うが、あんたは見た目とちがって、わがままだわ、短気だわ、嘘をつくわ、嫌味をいうわ、ろくなものではないのだが」
「大きなお世話だ」
「最後まで聞いてくれ。しかし、なぜだろう。あんたを見ていると」
「と?」
「面白い。反応が面白いのかな、妙に目が離せない」
「あのな、これでもいろいろと抑えているのだぞ。それほどに罵詈雑言を浴びせられるのがすきなのであれば、抑えるのはやめるが」
「罵詈雑言といっても、あんたのはあんまり堪えないな。それはたしかにむっとするが、なんだかんだと、本心からではないもののような気がする」
「そんなことはわかるまい。わたしはつねに本音で生きているとも」
「それは嘘だろう」
「ずいぶん確信があるようだな。なぜそういいきれる」
「俺にきついことを言ったあとに、あんたは、かならず俺の表情を探ろうとするからだ。俺がどんな反応をするのか知りたくてたまらないのだろう。意地が悪くてそうしているのではない。
あんたは、何を考えているかわからないが、あんたなりの計算があって、俺を突き放そうとしているように見える。それが悪意からくるのかどうかは、さすがに記憶をなくしているとはいえ、俺だって子どもではないのだからわかる。
あんたは俺に悪意はないのだ。悪意がないとするなら、なんだって俺を必死になって故郷に帰そうとするのかがわからない。
可能性としては、記憶をなくすまえの俺が、あんたを不安にさせる人間だったのではないかということだ」
「不安にもいろいろ種類があるだろう」
「不快にさせる、でもいい。でなければ、俺はあんたのことをあまりに知りすぎているからこそ、あんたは不安なのかもしれない」
「いい読みだな。しかし、それを探ってどうする。あなたはさっき、故郷へ戻ってみたいと行っていたではないか。わたしのことを考えて時間をつぶすよりも、早く故郷に帰ればいい。
子龍、なんとなくいままで一緒にいたが、あなたとは、ここで道を分かれてもよいのだぞ」
「それはできない」
「なぜ」
「あんたはどうする。俺はそこまで薄情ではないぞ。いまのあんたは石に守られていない人間なのだろう。あんたが蜀に帰ろうとしない以上、あんたはこの地に止まって、ひとりで石を探しつづける。
それを放っておいて、一人でさっさと故郷に帰るなんぞ、心配でできるものか」
「あきれるほどに優しい男だな。いや、優しいのではない、義理堅いのだな。わたしは女ではないのだし、一人でも問題はない」
「そうか? あんたはいかにも付け回したくなる顔をしているぞ」
「顔のことは言わないように。ふん、心配だというのなら、どこぞで部曲をやとえばよいし、成都から応援を呼んでもかまわない。
どうだ、これで問題はなくなっただろう」





「子龍」
「なんだ」
「人の話を聞いてないだろう? わたしは部曲を雇って、女を捜すと言っているのだよ。とすれば、あなたの力添えはもう必要ないということだ。わかったなら、安心して故郷へ帰るがいい」
「わかりました、そうします、と素直に帰れると思うか?」
「思うね。まったく、ただでさえ息の上がるのぼりの山道を、どうしてこんなふうにイライラしながらのぼらねばならぬのだ。
そこの君、女を見かけなかったか。このあたりで有名な薬師の女だ………そうか、ありがとう」
「一路、西へ、ということか。塔へ向かっているのはまちがいない。
なあ、そろそろ蜀の領土を出るのではないか。警備の兵卒たちにあんただとばれたら、まずいことになる。もし部曲を雇うのならば、早いうちがいいだろう」
「だめだ。にわか編成の部曲の部隊を率いて、国境を越えるほうがかえって目立つ。まさか魏の兵卒たちは、わたしが単身で街道を抜けようとしているなど、夢にも思わぬであろう。
それに、わたしの人相書きが関所に配布されているとも思えぬし、そこはかえって問題はない。
ああ、名前を変えねばならないな。わたしは無難なところで、姓は馬、そうだな字は元平とでも名乗るか。あなたは好きなように名乗れ」
「趙子龍ではまずいか」
「却下。何度もいうが、あなたの名前は知られすぎている。もともと覚えやすい名前だしな。適当に名前をつくっておけ」
「では、趙敬とでも」
「へえ」
「どうした」
「いや。やはり、すこし覚えているものだな」
「なにを? 趙敬は、だれかの名前なのか?」
「あなたの二番目の兄君の名前に、敬という字がつかわれていたのだよ」
「もう指摘するのも飽きたが、やっぱり、あんたは俺のことを、口で言う以上に知っているな」
「こちらも言い訳するのに飽きてきたから言うが、あなたは、わたしに自分の話をするのを渋る人だったよ。
知っているのは、あなたにはたくさんの兄君がいて、そのなかでも、長兄があなたの父親がわりで、二番目の兄君が、あなたの道を示してくれたということだけだ。この二人がどんな人であったかは、わたしは知らない」
「ほかの兄たちは?」
「聞いていないな……ほら、言っている端から、警備の部隊が向こうからぞろぞろとやってくるぞ。蜀の兵卒のようだが、知らない士卒長だな」
「なにやらあまりよい雰囲気ではないな。おい、孔明」
「馬元平」
「似合わない名前だ」
「うるさい。旧友の名を一文字づつ、くっつけた名前だ」
「馬元平、あんたは俺の後ろにつけ。あいつらの面構えはまずい」
「わかるものなのか?」
「勘さ」





「まったく、たいした勘だな! ろくでもない輩だというのであれば、それなりの対処をして、やり過ごせばよいものを!」
「それなりとはどういうことだ? 連中はあきらかに、この街道を通る者を襲うことに慣れている。多少の賄賂では黙らなかっただろう。あんた、下手をすれば身包みをすべてはがれていたぞ! 
しつこいな、まだ追ってくる! どうやら人に殴られ慣れていない連中だな。命があるだけ、よろこべばよいものを」
「そういうところは、やはり趙子龍だな」
「なにか言ったか?」
「空耳だ」
「ええい、ともかく走れ!」
「気持ちが悪い」
「さっき、意地汚く食べすぎたのだ」
「ひどい中傷だ。ほとんど食べてないぞ。横からじっと見つめられているうえに、うるさく話しかけてくるやつがいたからな!」
「しゃべるから余計に気持ちが悪くなるのだ。ほら、どんどん亀のようになってきているぞ。手を貸せ!」
「男に手を引かれるなんぞ、ぞっとしない」
「いいからさっさと手を貸せ! くそっ、しつこい連中だな」
「女を襲ったのに、うまくいかなかったと話をしていた」
「ああ。おそらく石を持って逃げた女が連中と鉢合わせしてしまい、女一人だというので、連中はそれをよいことに、襲おうとしたのだろう」
「だが、うまくいかなかった。石の力だろうか。崖から落ちたと言っていなかったか。と、急に止まるな! どうした?」
「ああ。見ろ、崖から落ちている」
「あの女だ」
「ひどいな。この高さから落ちたのだ。いくら石の加護があろうと、生きてはおるまい。襲われそうになって、揉み合いになっているうちに、崖から足をすべらせたのか…」
「どこかの街で落ち着いたなら、太守に手紙を書いて、断罪せねばならぬ」
「断罪か」
「うん? なんで立ち止まる。なんで剣を抜く?」
「官憲の立場を利用して、寄ってたかって女を慰みものにしようとしたうえに、さらに腹いせにわれらを襲って憂さを晴らそうなどという、その根性が気に食わぬ」
「たしかにそうだが」
「俺はまだ、蜀の将だな」
「一応な」
「ならば、俺がかわりにこいつらをとっちめてもよいわけだ! 孔明、あんたは物陰に隠れていろ! 貴様ら、覚悟してこの刃を受けるがよい!」
「あーあ、気の毒に、だれも家には帰れまいよ」





「いない? おかしいな。たしかにその一枚岩の上に横たわっていたはずなのに。この高さだぞ。全身がはがねでできていたわけでもあるまいし、無事であったはずがないのに」
「はがねでできていたのかもしれぬぞ」
「なにを冗談を……お?」
「あの高さから落とされて、なお元気に川の浅瀬を渡っていく。石の加護か、あるいは、石に願いをかけたのかもしれないな」
「つまり?」
「四つあるうちの二つは使用済みだとして、残り二つにまだ願いをかけていなかったらどうだ。咄嗟に願いをかけたのかもしれない。生き延びられますように、と。
子龍、わたしはあの女とどうしても話を聞きたくなってきたよ。そこまで石にこだわる理由はなんなのか、それを聞いてみたい………なにをにやついている」
「いや、べつに。やっとあんたが、普通になってきたような気がしたからさ」
「いつもこうだ」
「嘘だな。さっきまではそうではなかった。ここから先は、嘘はなしだ。俺はいずれ、石の反動を受けるだろう。そのときに、劉予州やあんたを巻き込みたくないから、おとなしく東へ行く。
だが、いまはあんただ。さっきの連中のような輩が、ここから先は増えていくだろう。やはり一人にはしておけない。どれだけのあいだかはわからないが、そのあいだに、あんたに悪い感情を持ちたくない」
「さっきはさんざん、わがままだの嘘つきだのと言っていたではないか」
「拗ねるな。あんたはわがままで嘘つきで矛盾したことばかり口にする、わけのわからんやつだが、だからといって、俺はあんたが嫌いじゃない。
これは記憶をなくす前の俺の影響かどうかはわからんが、俺の数少ない記憶を繋ぎ合わせても、いままで、俺の人生のなかで、あんたのようなやつはいなかった」
「面白いから覚えておきたいというのか。さっさと返り血を浴びたその顔を洗うといい。ひどいことになっているぞ。そうして、女を追う。早く出立したいから、てきぱきと洗うように」
「せっかちなやつだな。面白いからあんたを覚えておきたいのではないぞ。こういうと、あんたは嫌かもしれないが、あんたみたいに飛びぬけて奇麗な男を忘れるのはむずかしかろうよ」
「なお悪い。わたしは、わたしの顔が嫌いだ。何度、からかわれたか知れない」
「そうか? 俺はあんたの顔が好きだが」
「…………何を言い出す」
「いや、なんだかんだと、顔は人の心を映し出す鏡のようなものだ。顔立ちもたしかにあんたは際立っているが、いちばんは目だな。
あんたは俺になにを言っているときでも、目が明るいので、すべて帳消しになってしまう」
「いまから、目隠しでもして話をするか」
「待て。どうも俺は口下手だな。顔がいいから好きだとか言う話ではないぞ。それでは、ただの趣味のおかしなやつだ。
うまく言えないが、俺はあんたがどんなことを考えている人間なのか知りたい。どんな志がその身に宿っているのか、なにがあんたの目を明るくさせているのか、それを知りたいだけだ」
「…………子龍」
「なんだ」
「どこが口下手だ、この人たらし」

つづく……

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