はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

実験小説 塔 その12

2018年12月08日 09時58分48秒 | 実験小説 塔
「成都にもどらなくて、本当によいのか。武都を一歩出たら、そこは完全に敵地だぞ。あんたの名前がどれほどのものか知らないが、隠密に向いている風体をしておらぬようであるし、危険が増すのではないか」
「へえ、そういう心配はしてくれるのだな。うれしいけれど、大丈夫だよ」
「なぜそんな確信を持っている」
「『石』のせいさ。わたしは、あと三つの石を集めて、『塔』に向かう指名を帯びている者。あの赤毛の男の言を信じるならば、石を持ちながら、その誘惑に乗らないでここまでいられる者は、わたしだけだったようではないか。もし『石』たちにこころがあるのなら、自分たちの目的を達することができるかもしれないわたしを、きっと守ろうとするはずだ。問題は、あなたのほうだよ。忘れているようだから教えるけれど、あなたは有名人だから、身元がばれたら捕獲される危険が高い」
「俺はなにをしたのだ」
「そんな苦虫を噛み潰したような顔になることはない。あなたはね、とても優秀な人材だから、天下に勇士として名前が轟いているのだよ。それにわたしを目立つ、目立つというが、あなたの目立ち方もなかなかたいしたものだ。魏の人間のだれかが、あなたを見つけた場合、あなたを捕縛しようとするかもしれない。その場合、子龍、わたしのことは構わず、あなたは逃げろ」
「待て。あんたも軍師将軍という高位にあるのなら、捕縛される危険が高いのではないか。それを守るために、俺はあんたに同行しているのだろう」
「………」
「ちがうのか?」
「いや、そうだよ、合っている。あなたはとても腕が立つので、こうした隠密行には欠かせない人なのだ。だから、一緒にいるのだ」
「そうか。ならば勤めを果たさねばなるまい。逃げろというが、そのろくでもない『石』が、あんたを守ってくれるという保証はなにもないのだから」
「たぶん大丈夫だろう。こういうときの勘は、おそろしくよく働く。あなたは、記憶をうしなっているわけだから、わたしのことなんていちいち気にしないで、自分のことだけを考えていればいいのだよ」
「そういうわけには」
「だめだ、自分のことだけを考えるといい。あなたは、わたしに金で雇われた用心棒というわけではないのだから、そこまで義理立てする必要もない」
「しかし、主騎であったのだろう?」
「記憶があるままの、以前の『趙子龍』であったなら、わたしもいろいろわがままを言ったかもしれないが、あなたはもうそうではない。子龍、わたしの身の安全や、わたしの向かう旅の行く末など、なにも考える必要はない。あなたは、ひたすら、自分のことだけを考えていればいいのだ」
「妙なことを。旅の行く末を考えるなということは、俺に引き返せというつもりか」
「そうだよ。ずばり言おうか、あなたの願いを石が叶えた以上、きっと反動がやってくる。わたしには目的があって、あなたの身にふりかかるであろう『反動』は、その目的の邪魔となろう。だから、あなたとともにこれから先の旅を続けることはむずかしいのだ」
「なるほど。俺は危険な道連れというわけか。あんたが、そう簡単に切り捨てられるということは、俺はあんたにとって、たいして重要じゃない人間だったのだな」
「友の一人だ。だが、それとこれとは別だ。まして、われらは怪異に操られている状態なのだ。情になどかまっておられぬ」
「冷たいやつだな」
「そうさ。それでも付き合ってくれたいままでに、感謝はしているが、これから先は別だ」
「では、成都にもどれというのか?」
「いいや、成都にもどることは許さぬ。あなたの身に、いつかかえってくる『反動』が、主公に悪影響を与えてはこまるからな。
主公のことは覚えているのだろう? 主公に真の忠心を誓うのであれば、成都にはもどることはできないはずだが?」
「あんた、いやなやつだな」
「とっくに知っていると思っていたが」
「主公に挨拶もさせないつもりか」
「当たりまえだ。主公に災難が降りかかったら、あなたは責任をとれるか?」
「とれないな」
「そうだ。わかったなら、わたしとともに北ヘ来い。途中まで送ってやる」
「途中までとはどういうことだ。それに、北ヘ行ってどうする」
「あなたは記憶がないという。それも、わたしに関する記憶がまるごとないというのであれば、それはもう他人も同然と言うことだ。
つまり蜀将としての趙子龍はいなくなったのだよ。
逆にたずねるが、成都にもどって、なんとする。成都には、あなたの家族はいないのだぞ」
「そうなのか? 俺は成都に妻子がいるのではないのか」
「いない。なぜそう思った」
「俺の年ならば、ふつういるだろう。それに、たしかに記憶はないが、なぜか成都に心残りがあるような気がしてならん」
「それはたぶん、馬のことだな。安心するがいい。もしも馬を届けてほしいというのであれば、ちゃんと手配する」
「馬、なのだろうか。というよりも、待つがいい。俺を北のどこへ向かわせようとしているのだ」
「蜀将としての立場を守らねばならない趙子龍はいなくなった。ならば、あなたは人の子として、常山真定の一族のもとへと帰るがいい」
「常山真定の一族のことも忘れているのだぞ」
「それでも血族であろう。戻れば、たとえ記憶が戻らなくとも、自然と気心が知れるのではないかな。
ああ、名前は変えるのだぞ。主公やほかの者たちには、あなたは旅先で死んだことにするからな」
「常山真定の家族といわれてもぴんとこない。あんたは、むかしの俺から、俺の家族のことを聞いていないか」
「さあ。残念だが、なにも聞いていないよ。
すまないが、野宿したせいか、体調が思わしくない。早めに宿をとりたいのだが、かまわないだろうか」





「おい、熱があるのか」
「すこしあるかもしれない。あんまりそばで、わあわあと言わないでくれないか。頭痛もするのだよ」
「それはすまなかった。いや、もう昼も過ぎる頃なのに、気づかなくてすまない」
「………」
「だから口数も少なかったのだな。ほら、町が見えてきた。街道沿いの町だから、宿のひとつくらいはあるだろう。早く休んでおけ」
「そうさせてもらう。それと」
「なんだ」
「わたしとしては、たいへんに大回りではあるが、下弁から街道沿いに、北東の陳倉まで付き合おう。陳倉では衣裳をあらため、名を変え、そのままあなたは東の故郷をめざすのだ」
「つまりは、陳倉にて、俺の葬式がおこなわれる、ということか」
「つまらぬ冗談だな」
「すまない」
「生れ変われるのだと、素直によろこべ」
「…………」

つづく……

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