はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

実験小説 塔 その10

2018年12月01日 10時01分42秒 | 実験小説 塔


「………」
「…………」
「北の言葉で話そう。通じるよな?」
「わかる。わたしは徐州訛りで話すとしよう。うん、言葉が通じていないようだな。さすがに千里をいく商人といえど、琅邪にまでは足を運んだことがないらしい」
「なにやら新鮮だな。おまえが故郷のことばで話すのを聞くのは、はじめてかもしれぬ」
「それを言うなら、こちらもだよ。お互いに、わかりやすいように、荊州のことばで話をしていたからな。それはともかく、この男の目的はなんだ? わたしたちは、もうあの石とは、縁を切ったはずなのに」
「見れば見るほどに、あざやかな赤い毛をしているな。これではいかに異国人を見慣れた巴蜀の者の目にも、めずらしかろう。自分が目立つ容姿をしていると知りながら、俺たちをずっとつけていたのなら、この男はどうかしている」
「狙いは石だろうか。どうだ、いっそ、こちらから、石はもう捨てたのだと切り出してみるか」
「交渉は俺がやる。おまえはそこを動くな。こいつが、なにかおかしな素振りをみせたら、すぐにここを出て、村まで戻れ。
たしかに奇妙な宗教に毒されている村だが、おなじ巴蜀の村。おまえの名前を出せば、役人のだれかは動くだろう」
「この雨の中でか。あの石、やはり災厄をまねく石だ」
「途中で転ぶなよ。護身用の武器はあるな? おい、おまえ」

「つまらぬ願いをかけたものだ。願いは受理された。おまえは代償を払わねばならない」

「北の言葉……おまえ、冀州にいたことがあるのか?」
「子龍。そうではなかろう」
「どういうことだ」
「よく見るがいい。この男、いま唇を動かしていなかった」
「ではどうやって言葉を」
「人間ではないのだ。やはり、ここはわたしに任せるがよい。
あやかしよ、我が名は諸葛孔明、そうしてこの男は、わたしの主騎である趙子龍だ。おまえは何者だ。名乗らぬ者に、話はせぬぞ」

「わたしの名は、このさい、なんの関係もない。もとより、名は、この魂をつない でいたはずの肉体が滅んだときに、心とともにほろび、ともに葬られたもの。好き に呼ぶがいい」
「器用なやつだな。唇を動かさずに話をするだけではなく、徐州のことばまで操るか」
「はるか北東の、ふるいふるい血の匂いがする。おまえが選ばれたのは、その血の匂いに、石たちが惹きつけられたからにちがいない。おまえは、石を五つ集め、『塔』へ行かねばならぬ」
「なぜ」
「選ばれたからだ。何百年と、だれも選ばれることはなく、石は人界に歪みをもたらしつづけてきた。多くの涙が流され、また血も流された。これを止めるには、石を本来の場所に戻すしかない」
「おまえは、わたしの夢に出てきた国の出自か?」
「石を手にした者は、かならず、おなじ夢を見るのだ。そうして、『塔』へ行こうとするのだが、みな、途中で石の誘惑に負けて、石を集めることもできずに、倒れてしまう。そんなことが、何百年とくりかえされていたのだよ。
しかし、おまえは石を手にする前から、われらの夢を受け止めた。石がおまえを選んだのだ。この宿命からは逃れられぬ。これを果たさぬかぎり、成都に帰ることはかなわぬぞ」
「こちらのことは、どうやら、なにもかも知っているようだな。なぜ、わたしは『 塔』にむかわねばならぬのだ」
「おまえは夢で見たはずだ。砂礫の王国、そこにある隠し村、見張りをつとめる塔 。もはや国はなく、そこにあるのは瓦礫の山でしかない。旅慣れた商人でさえ、そこには夜になると王国の亡霊があらわれるとおそれて、近づかない場所となってい る。
五つの石は、いつも元にあった場所に戻りたがっているのだ。そこが、本来の居場所であるからだ。
だからこそ、人を誘惑し、夢を見せるが、しかし、人は石が思っている以上に弱い生きものなので、夢におどらされて、しまいには悲惨な終わりをむかえる。
おまえたちは、うまく石と縁を切ったつもりかもしれぬが、ひとたびあれを持ったが最後、石はおまえたちを追いかけつづけるだろう」
「粘着質な気質の石のようだ」
「そのとおりだ。なぜだか人は、あの石に誘惑されると、すぐにまどわされて、願いをかけてしまう。しかし、おまえは、夢をすべて見たあとでも、なお石を使おうとしなかった。
石は、力の強いものを欲している。誘惑に心を曲げない、はがねのようなこころをもつ者を欲しているのだ」
「誉めてくれているようでうれしいが、断ったならどうなる」
「いいや、おまえは、塔にむかわねばならなくなるだろう。石は五つあるが、もともとひとつのもの。つねに互いに呼び合っているので、ひとつ持っていれば、石は自然とおまえのもとにあつまってくるであろう」
「おまえは何者だ」
「見届ける者。先刻も言ったが、名はない。石をあつめ、塔へむかうのだ」



「消えた」
「あいつ、もしかして、おまえの近所に住んでいた仙人とやらの、知り合いではないのか」
「どうだろう。それにしても、うれしい土産を置いて行ったぞ。見ろ、さきほど祭壇に投げつけたはずの石と、あらての石がもうひとつ。おそらく、さきほどの村にあったものだろう」
「村は大騒ぎになっているだろうな」
「さて、選択はふたつあるようだ。ひとつ。あなたのいうとおり、まったく無視して、このまま成都に戻る。ふたつ。癪ではあるが、言うとおりにして、石をあつめ、塔へむかう」
「議論するまでもない。ひとつめだ。妙な怪異に、これいじょう踊らされてはならぬ。旅は打ち切りにして、近場でゆっくりすればよい」
「近場というと、前に行ったことのある、湖の畔の小屋か」
「行きたければ、そこでもよい」
「そうだな。だれにも邪魔されたくないというのなら、南にむかっても悪くないわけだ。言うとおりにするよ。こればかりは、頭がはたらかない」
「おまえがそんなことを言うなど、めずらしいな」
「小癪なことにね、心は、どうしても『塔』にむかわねばと思っているのだよ。ひどくざわざわして、いやな予感がする。石もふたつに増えてしまったし。
さて、まずはこれを封印せねばならないだろうな。わたしがしてもよいけれど、趙直あたりにたのむか。こういった妙なことに遭遇するのは、あれのほうが多いだろう」
「趙直が誘惑に乗ってしまう可能性はないだろうな」
「おや、ようやく全面的に信じるようになったのだな」
「目のまえで人が煙のように消えたうえに、捨てたはずの石がおまけつきで戻ってきたのだ。信じたくなくても信じざるを得まい。正直にいえば、はやいところ縁を切りたいのだ。そもそも、こういうものは、」
「理屈が通じないから、いやなのだろう」
「先に言うな。うん? 待て、さんばんめの選択として、壊す、ということもありではないか」
「だめだね。おそらく、この一部が欠けている石、これはおなじことを考えただれかがそうしたのだけれど、結局失敗したのだ。となると、やはりふたつの選択しかない」
「ともかく、ひとまず成都に戻るぞ。しかし、この雨だ。今日は止む終えぬ、ここで野宿をして、それから南下する」
「了解。岩肌がごつごつとしていて、寝心地は保証つきの仮の宿りだな」
「雨に打たれて風邪になるよりマシだろう」





「ああ、雨が止んだのだな。山肌から朝陽がこぼれて、ほんとうにきれいだ。いいながめだな、子龍、早いな。もう起きたのか。そんな奥でうずくまっていないで、こちらへ来て、一緒にながめてごらんよ」
「………」
「どうした? 道はぬかるんでいるが、天気になったようだな。これならば、今日中に馬で梓潼のそばまで行けそうだ。あちこち背中が痛いよ」
「………」
「ほんとうにどうした。なにかあったのか? なぜ、そんなふうにわたしを見る? いまさら、じっくりながめなければならない顔でもあるまい」
「あんたは誰だ」
「は?」

つづく……

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