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はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

甘いゆめ、深いねむり その10

2013年07月10日 09時23分39秒 | 習作・甘いゆめ、深いねむり
袁紹は、顔良がこの話を喜んでいるのを見て、満足そうに目を細めた。
「紅霞は知ってのとおり、娘子隊などという女ばかりの軍隊をつくって調練場であそぶような、こまったじゃじゃ馬なのだ。いくらいっても、わたしは袁一族のためにお役に立ちたいのです、家でじっと針仕事などしていられませぬという。
しかし女というものは、男をあるじにいただけば、ふしぎとおとなしくなるものよ。とはいえ、紅霞はあのとおり気の強い変わったおなごだからの、夫となる男も、それなりの男でないとつとまらぬであろう。
ところで貴公、鄴に妻子が残してあったかとおもうが」
「は、故郷の徐州からつれてまいりました古女房と子がございます」
「うむ、その古女房とやら、おとなしいか」
「おとなしいかといわれれば、いえ、どちらかというと気の強いほうで」
「ふむ、では、気の強い者同士、喧嘩しないように、貴公から古いほうによく言い聞かせておいてくれ。紅霞は初婚だからの、音に聞こえる勇将顔良の妻になったはよいが、さっそく古女房にいびられる生活が待っていた、などというのでは、伯父のわたしとしても、こころぐるしい、なにより、短慮者の紅霞が、そのような苦境には耐えられぬであろうよ」

鄴に置いてきた、徐州の出身らしくすらりと背の高い細面の古女房の顔がうかんだ。
細い身に似合わぬほど気の強い女で、はげしい喧嘩になると、砧を持って家の中で顔良を追い掛け回すほどだ。喧嘩は、女房の剣幕にうんざりした顔良が、いつも先に謝ることで決着する。
ふだんは黙々と自分のすべきことをこなし、長男の斉も立派に育てている。部下たちを家に連れてくれば、文句のひとつもいわず、台所がどれだけ苦しかろうと盛大にもてなしてくれる、よくできた妻でもある。
紅霞を見かけてから、彼女を妻にできたら、などと夢想していた顔良だが、それが現実のものとなりそうないま、はたして古女房は、ほんとうに諾といってくれるだろうかと不安になってきた。
あたらしい身分の高い妻を家に加えるということを、よくよく言い聞かせておかないといけない。かのじょは、もしかしたら、それすらも、あたらしい仕事を言い付かったかのように静かに状況を受け入れるかもしれないが、それはこちらのむしのよすぎる考えだろう。
もしそれでおさまらないようであったとしても、根気強く、古女房に頭を下げつづけるほかないだろう。
よく世間では言う。出世するたび古い着物を脱ぎ捨てるように、妻も乗り換えていくものなのだと。だが、顔良には糟糠の妻を無情に追い出すまねはできない。

そうだ、これは主公のご命令なのだ。妻もわかってくれるにちがいない。それに、成功した男というのは、妻を複数持つのがあたりまえ。いままでひとりだけを守ってきたほうがよほど律儀だったのだ。
顔良の浅い夢、両親と古女房、息子の斉といっしょにおもしろおかしく暮らすという夢は、かれ自身のしらないあいだに欲望に駆逐されつつあった。
「ご配慮ありがとうございます。家の整理は万全におこないますので、どうぞご心配なきよう」

つづく…


甘いゆめ、深いねむり その9

2013年07月09日 10時02分24秒 | 習作・甘いゆめ、深いねむり
顔良も、寝所にもどろうとすると、そこへ袁紹の主簿が声をかけてきた。
主君袁紹が、とくべつな話があるからという。
浮かれ気分であった顔良は、すぐに気を引き締めると袁紹の自室へと足を運んだ。

袁紹は、まだほろ酔い気分であった。
見るたびに、このひとの顔相はすぐれているなと顔良は感心する。
ぜいたくをしてきているので、中年太りの傾向があるが、それも袁紹の貫禄を引き立たせる要因となっている。
反乱、凶作、戦乱とつづく世の中において、これだけ太れる人間は、食べるのに困ったことが無いということをあらわす。それほど天に愛された人間なのだ。
そのためだろうか、袁紹の顔にはどこか、どんなに苦労しても駆逐されない若々しさが宿っていた。顔良にはそれが、天からとくべつに愛された人間だけがゆるされる若さのようにおもえてならない。

袁紹は、まだ晴れ着のまま、酒を飲んでいた。
目は夢を見ているかのようにうるんでいて、口は半開き、鼻歌がときどきまざる。
いささかだらしのないそんな姿も、汚らしく見えないのがこのひとの得なところである。

参上つかまつりました、というと、袁紹は、堅苦しいのはよせ、今宵はあくまで貴公が主役なのだから、といった謎めいたことをいって、近くにくるようにうながした。
そのうえで、上機嫌に切り出してきた。
「そなたは紅霞の演奏を気に入ったようだの」
「はい、愉快な演奏でございました」
言ってから、これは陳到のせりふだな、とおもったが、訂正する間もなく、袁紹は声をたてて笑った。
「愉快か、愉快というか。これは結構。やはりそなたは特別だの。わたしが目をかけている男だけある。勇猛なだけではなく、人を見分ける目と耳を持っているようだ」
袁紹は、そこでことばを切ると、姿勢をただし、いくぶん目の表情を現実に引き戻して、顔良をまっすぐ見た。
これは重要な話になるなと勘の良いところでおもった顔良だが、さて、どんな話になるのかは、さっぱり見当がつかない。
「そなた、紅霞の夫になってはくれぬか」
顔良はすぐに声を出すことができなかった。
どころか、頭の中で渡りに船といったようなことばが浮かび、顔がにやにやとだらしなくにやけてくるので始末に困った。
夢がうつつになろうとしている。こんなにいい話があろうか。あの美女、袁一族につらなる血を持つ若い娘を手に入れることができる。
それは、夫となる顔良の身分をこれまで以上に引き立てるという意味でもあった。
不意に、義兄弟ともライバルともみなしている袁紹軍の勇将で同僚の文醜のことがあたまに浮かんだ。
現時点では、顔良が歩兵を、文醜が騎兵をそれぞれ率いている。どちらが将軍として上かは、兵種でわかるだろう。
もし紅霞と結婚することができるのであれば、その立場は一気に逆転するかも知れぬ。
袁紹軍一の勇将、ということばが自然と浮かんできて、顔良の顔は自然と笑みがこぼれ、崩れる顔も元にもどせないくらいになった。

つづく…

甘いゆめ、深いねむり その8

2013年07月08日 09時14分12秒 | 習作・甘いゆめ、深いねむり
顔良には鄴に置いてきた妻子がいるが、妻がもうひとり増えても、鄴の本妻は文句をいわないだろうとおもった。
というよりも、袁紹の姪が妻となるなら、身分の関係で彼女が本妻である。いったいどのような家庭になるだろうか。おれはあのじゃじゃ馬を手懐けるのに苦労しそうだし、いまの妻は妻で、女同士、いろいろ揉め事も起こりそうだ。
それでも、家の中は華やいで今以上ににぎやかになるのではあるまいか。
そしてそんな細々とした想像をするのがたのしかった。
はじめて恋をおぼえたときのような、むずがゆい気持ちがずっとしている。

もちろん、陳到には人の心を読みすかす能力などない。ないのだが、顔良はわざといかつい顔を怖くして、言った。
「なにをばかな。あと三日で出陣なのだぞ。そのさなかに、おんなにうつつを抜かすか、たわけめ。おまえこそ、いつもおんなのことばかり考えているから、ほかの人間も、ちょっとぼおっとしていると、おんなのことを考えているのではないかと思い込むのではないか」
「これはまた手厳しい」
言いつつも、陳到はあまり傷ついた様子ではなく、けろりとしている。
「紅霞さまのおうつくしさと、あの愉快な演奏にはわたくしも感動いたしましたが」
「なに、あれを愉快というか」
「愉快でございましょう。わたくしは形式ばったものよりも、音そのものを楽しむこのできる姫の剛胆さに感動いたしました。音楽そのものは尖がっておりましたが、そこも姫の姫らしさ。諸侯は戸惑っておいでのようでしたが、顔将軍と劉備さまだけは喜んでおられた様子、ちがいますので?」
「う、む、ちがわないとは言わぬが」
顔良はことばを濁した。
陳到という男は、平凡な外見に似合わず、おそろしく観察力に優れている。宴にはべっていた何百人の顔のなかから、喜んでいた人間をふたり、まちがいなく選んでいる。
しかもうわさ好きの陳到のこと、顔良が良い演奏であった、姫のうつくしさにみとれていた、などと素直に言ったなら、おそらくそれをぱあっと世間にひろめてしまうだろう。
いかつい外見に似合わず、内気なところのある顔良としては、自分のこころを人に知られるのは我慢がならなかった。
「おれになにか特別な用がないのであれば、おまえはもう行け」
「特別な用はございませぬ、ただ、ちょっとぼおっとされすぎている気がいたしましたので。お気をつけなされ、ここで不慮の怪我でもしたら一大事。出陣は目の前にせまってきているのですぞ」
「うるさい、おれにかまうな。おまえはおれの女房か? ちがうであろう。妙な詮索はよして、とっととあてがわれた寝所へ帰れ」
「帰りますとも、怒らなくてもよいでしょうに。おお、こわい」
陳到は、もしかしたらおれをからかっているのかな、だったら、ちょっと懲らしめる必要があるかな、と顔良がおもいはじめたときには、もうすでに陳到の姿はどこにもなく、懲らしめる機会はうやむやになってしまった。

つづく…

甘いゆめ、深いねむり その7

2013年07月07日 08時47分14秒 | 習作・甘いゆめ、深いねむり
「めちゃくちゃな演奏にしか聞こえなんだ」
となりにいた淳于瓊が、まずいものをうっかり口に入れてしまったような顔をしていった。
「あの姫はたしかにうつくしいが、楽の才には恵まれなかった様子だな」
「そうであろうか。おれは劉備どのとおなじようにおもったが。まるで素肌を姫に引っかかれたような心地になったぞ」
顔良なりに、感動したということを言いたいのだったが、かれもまた口下手で、それは劉備以上なのだ。
やはり、というべきか、となりの淳于瓊は、いったいなにを言っているのだろうかというふうに訝しげな顔をしている。
ふつうの女人であったなら、客たちの手前、批評や非難をおそれて、先人のつくった名曲を、それこそきっちり基本どおりに演奏して、無難な賞賛を受けることをのぞむだろう。
だが、紅霞は、あえて自分の心を打ち明けるように、劉備のいうところの「野性」のまま、音を解放してみせたのだ。
この荒々しく解放感に満ちた音楽こそ、先陣をいわう音にふさわしいと、顔良はおもった。
そして、琴をしまい、立ち去ろうとしていく姫のうしろ姿を追った。
立ち歩く姫の姿はさながら芙蓉の花にも似て、意外なほど可憐であった。

宴が終わって帰り支度をしていると、宴の末席につらなっていた副将の陳到、字を叔至が、近づいてきた。
お先に失礼させていただく、ということを言いたいようなのだが、かれは顔良の顔を見るなり、眉をひそめた。
「夢見心地といった顔をなさっておりますな」
「わるいか。じっさいに、夢見心地だ。いい宴であった」
「わるいとは申し上げませぬが」

この陳到という男は、顔立ちはそこそこ整っていて、体つきもそこそこ立派で、双眸にも知性を感じられる男なのであるが、どうしたわけか、あまりにすべてが平均的にすぎるせいか、印象にのこりづらい。
顔良は、ほぼ毎日のように陳到と顔を合わせているので、その精細を欠いた雰囲気の男にすっかり慣れてしまったが、しかし、めったにかれに会わない人間を前に、陳到を混ぜた百人の部隊を並べさせて、どこにかれがいるかと尋ねさせても、おそらくだれも答えられないだろう。
中身は詮索好きのおせっかいで、しかもうわさ好きで耳が早い。ともかくおしゃべりで、ひとなつっこく、目が合った者をかたっぱしから捕まえては、ぺらぺらと愚にもつかないおしゃべりをくりかえす。使い方を工夫すれば重宝する男なのだが、顔良は、いまひとつこのクセのつよい陳到を使いこなせていなかった。
そして、陳到にはもうひとつある。顔良とほぼ互角といっていいほどに武芸の才を持っているのだ。陳到はうわべだけでは判断できない。そのことを知っているので、顔良も副将のなかで、陳到には一目置いているほどである。

「もしや、姫でござりますか」
単刀直入に陳到に言われて、顔良はどきりとした。
それもそのはず、顔良は、紅霞が去ったあとも、彼女の強烈な印象を忘れかね、彼女のことを考えてばかりいたからである。
それどころか、夢想家なところを発揮して、彼女が自分の妻となったら、いったいどういう生活が待っているだろうかということまでも考え始めていた。

つづく…

甘いゆめ、深いねむり その6

2013年07月06日 09時16分19秒 | 習作・甘いゆめ、深いねむり
曲が終わった。
とたん、だれともなしに、ほう、と息をついた。長い緊張がようやくほぐれたことに対する安堵のため息であった。
みな、この曲に対してどのような評価をしてよいのかわからない様子で、たがいに顔を見合わせながら、とりあえずご機嫌とりのために手を打ってみたり、あるいは、首を振って受け入れられないことを暗に示したり。

意外にも喜んでいるの袁紹の長子・袁譚の客人である劉備くらいなものであった。
この耳たぶがおおきく、蜘蛛のように手足の長い奇妙な風体をした男は、紅霞の演奏がそうとうに気に入ったようで、ひとりで周囲の戸惑いを無視して、やんややんやと喝采をおくっている。
それにつられて、となりに座っている袁譚も、なんだかわからぬが、と言った顔をして拍手をしている。

劉備は無邪気な子供のような顔に興奮をいっぱいにあらわして、帳のなかでひとり、表情をほとんど崩さずに琴をかたづけはじめている紅霞にたずねた。
「まったく自由奔放ですばらしい音楽でありましたぞ。わたしも音楽を好みますので、ほうぼうでさまざまな楽士の演奏を耳にしてまいりましたが、このように情熱的なものははじめて。姫はいったいどのようなお師匠さまについて、この音楽を会得されたのです」
「だれについたのでもない。見よう見真似でおぼえたのです」
凛とした雰囲気にぴったりの、媚のまったくない涼やかな声であった。
劉備は紅霞のこたえに目をまるくして、さらにたずねる。
「ほう、すると、ご自分でこの曲をおつくりになったというわけで」
「そうです、心のおもうままに琴を弾いていたらできた曲なのです。伯父上にぜひとも弾いてほしいとたのまれて、弾いてみたのですが」
紅霞も、劉備以外には、あまり芳しくない評価がつけられたことを肌で感じ取っているのだろう、顔色は冴えない。
しかし一方の劉備は、興奮冷めやらぬといったふうにまた言った。
「いやいや、なんといいましょうか、わたしは口下手なのでうまく表現できませぬが、この曲には姫の野性を感じ取ることができました。この曲の荒々しさ、猛々しさは、並みの者では表現できぬことでしょう。馬を駆って砂塵のなかを突っ込んでいるときの気持ちをおもいだしましたわい。口に砂が入ってくるような錯覚さえおぼえましたぞ。さすが袁紹どのの姪御は只者ではない」

野性を感じたというのは、おそらく嫌味でもなんでもなく誉めことばであろうことは、その口ぶりと、劉備の邪気の無い表情で判断できた。
口下手というのはたしかで、本人はおおきく口をあけて、がはがはとわらいながらも、どこか照れているようで、一方の手では頭をかいている。
紅霞はというと、劉備の賛辞がすこし意外なものであったらしく、おどろいた顔をして、この手足の奇妙に長い、顔の大きさのわりには耳が大きすぎる中年男を不思議そうにまじまじと見ていた。

つづく

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