袁紹は、顔良がこの話を喜んでいるのを見て、満足そうに目を細めた。
「紅霞は知ってのとおり、娘子隊などという女ばかりの軍隊をつくって調練場であそぶような、こまったじゃじゃ馬なのだ。いくらいっても、わたしは袁一族のためにお役に立ちたいのです、家でじっと針仕事などしていられませぬという。
しかし女というものは、男をあるじにいただけば、ふしぎとおとなしくなるものよ。とはいえ、紅霞はあのとおり気の強い変わったおなごだからの、夫となる男も、それなりの男でないとつとまらぬであろう。
ところで貴公、鄴に妻子が残してあったかとおもうが」
「は、故郷の徐州からつれてまいりました古女房と子がございます」
「うむ、その古女房とやら、おとなしいか」
「おとなしいかといわれれば、いえ、どちらかというと気の強いほうで」
「ふむ、では、気の強い者同士、喧嘩しないように、貴公から古いほうによく言い聞かせておいてくれ。紅霞は初婚だからの、音に聞こえる勇将顔良の妻になったはよいが、さっそく古女房にいびられる生活が待っていた、などというのでは、伯父のわたしとしても、こころぐるしい、なにより、短慮者の紅霞が、そのような苦境には耐えられぬであろうよ」
鄴に置いてきた、徐州の出身らしくすらりと背の高い細面の古女房の顔がうかんだ。
細い身に似合わぬほど気の強い女で、はげしい喧嘩になると、砧を持って家の中で顔良を追い掛け回すほどだ。喧嘩は、女房の剣幕にうんざりした顔良が、いつも先に謝ることで決着する。
ふだんは黙々と自分のすべきことをこなし、長男の斉も立派に育てている。部下たちを家に連れてくれば、文句のひとつもいわず、台所がどれだけ苦しかろうと盛大にもてなしてくれる、よくできた妻でもある。
紅霞を見かけてから、彼女を妻にできたら、などと夢想していた顔良だが、それが現実のものとなりそうないま、はたして古女房は、ほんとうに諾といってくれるだろうかと不安になってきた。
あたらしい身分の高い妻を家に加えるということを、よくよく言い聞かせておかないといけない。かのじょは、もしかしたら、それすらも、あたらしい仕事を言い付かったかのように静かに状況を受け入れるかもしれないが、それはこちらのむしのよすぎる考えだろう。
もしそれでおさまらないようであったとしても、根気強く、古女房に頭を下げつづけるほかないだろう。
よく世間では言う。出世するたび古い着物を脱ぎ捨てるように、妻も乗り換えていくものなのだと。だが、顔良には糟糠の妻を無情に追い出すまねはできない。
そうだ、これは主公のご命令なのだ。妻もわかってくれるにちがいない。それに、成功した男というのは、妻を複数持つのがあたりまえ。いままでひとりだけを守ってきたほうがよほど律儀だったのだ。
顔良の浅い夢、両親と古女房、息子の斉といっしょにおもしろおかしく暮らすという夢は、かれ自身のしらないあいだに欲望に駆逐されつつあった。
「ご配慮ありがとうございます。家の整理は万全におこないますので、どうぞご心配なきよう」
つづく…
「紅霞は知ってのとおり、娘子隊などという女ばかりの軍隊をつくって調練場であそぶような、こまったじゃじゃ馬なのだ。いくらいっても、わたしは袁一族のためにお役に立ちたいのです、家でじっと針仕事などしていられませぬという。
しかし女というものは、男をあるじにいただけば、ふしぎとおとなしくなるものよ。とはいえ、紅霞はあのとおり気の強い変わったおなごだからの、夫となる男も、それなりの男でないとつとまらぬであろう。
ところで貴公、鄴に妻子が残してあったかとおもうが」
「は、故郷の徐州からつれてまいりました古女房と子がございます」
「うむ、その古女房とやら、おとなしいか」
「おとなしいかといわれれば、いえ、どちらかというと気の強いほうで」
「ふむ、では、気の強い者同士、喧嘩しないように、貴公から古いほうによく言い聞かせておいてくれ。紅霞は初婚だからの、音に聞こえる勇将顔良の妻になったはよいが、さっそく古女房にいびられる生活が待っていた、などというのでは、伯父のわたしとしても、こころぐるしい、なにより、短慮者の紅霞が、そのような苦境には耐えられぬであろうよ」
鄴に置いてきた、徐州の出身らしくすらりと背の高い細面の古女房の顔がうかんだ。
細い身に似合わぬほど気の強い女で、はげしい喧嘩になると、砧を持って家の中で顔良を追い掛け回すほどだ。喧嘩は、女房の剣幕にうんざりした顔良が、いつも先に謝ることで決着する。
ふだんは黙々と自分のすべきことをこなし、長男の斉も立派に育てている。部下たちを家に連れてくれば、文句のひとつもいわず、台所がどれだけ苦しかろうと盛大にもてなしてくれる、よくできた妻でもある。
紅霞を見かけてから、彼女を妻にできたら、などと夢想していた顔良だが、それが現実のものとなりそうないま、はたして古女房は、ほんとうに諾といってくれるだろうかと不安になってきた。
あたらしい身分の高い妻を家に加えるということを、よくよく言い聞かせておかないといけない。かのじょは、もしかしたら、それすらも、あたらしい仕事を言い付かったかのように静かに状況を受け入れるかもしれないが、それはこちらのむしのよすぎる考えだろう。
もしそれでおさまらないようであったとしても、根気強く、古女房に頭を下げつづけるほかないだろう。
よく世間では言う。出世するたび古い着物を脱ぎ捨てるように、妻も乗り換えていくものなのだと。だが、顔良には糟糠の妻を無情に追い出すまねはできない。
そうだ、これは主公のご命令なのだ。妻もわかってくれるにちがいない。それに、成功した男というのは、妻を複数持つのがあたりまえ。いままでひとりだけを守ってきたほうがよほど律儀だったのだ。
顔良の浅い夢、両親と古女房、息子の斉といっしょにおもしろおかしく暮らすという夢は、かれ自身のしらないあいだに欲望に駆逐されつつあった。
「ご配慮ありがとうございます。家の整理は万全におこないますので、どうぞご心配なきよう」
つづく…