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はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

甘いゆめ、深いねむり その15

2013年07月15日 10時37分02秒 | 習作・甘いゆめ、深いねむり
「最後のだいじな調練だというのに、なぜ貴殿はそのようにうわの空でぼんやりしておられるのか。このようないいかげんな調練を受ける兵が気の毒だ。これではおそらく死地をくぐりぬけることはできまい。これなら調練など無駄にしていないで、兵を休ませたほうが利巧というものだ」
心地よい涼やかな声にうっとりしながら、顔良は、あくまで威厳をとりつくろって答えた。
「なんと、うわの空とはあんまりな。それがしはしっかりと」
調練をしていたではないか、といいかけたのだが、それは無礼な姫に遮られてしまった。
「そこの者、さきほどから号令をかけていたのはそなたばかりであったな。顔将軍は、ただそこでぼんやりと座っておられただけであった」
紅霞がわずかに横を向いて指定したのは、副将の陳到であった。
陳到はというと、こういうときには強いもので、この姫はなにを言い出したのやらとでもいいたそうな不思議そうな顔をして、とぼけて答える。
「いいえ。失礼ながら、姫の見間違いではありませぬか」
「なに、見間違いと申すか」
「はい。顔将軍はわれらにいつもどおりに指示をされ、厳しく調練を見守っておられました」
「うそを申すな。そなたは、さきほどから、ぼおっと呆けている顔将軍の変わりに、ねずみのようにきいきい騒ぎ立てながらひとりで号令をかけつづけていたではないか」
ねずみのように、とばかにされながらも、陳到はえらいもので、髪の毛の筋ほどにも表情を変えず、どころかほがらかに笑って見せた。
「ねずみとは言いえて妙でございますなあ。たしかにそれがしの声はすこしばかり甲高いので、よく外にも通るようでございます。それにひきかえ、顔将軍の声は男らしく低い。そのため、ちょっとやそっとでは、遠くまで声が通りませぬ。そのため、紅霞さまは聞き間違いをなさったのではありませぬか。それがしばかりが声をあげていて、顔将軍はなにもなさっていない、と」
「我が耳を疑えと申すか」
きつく顔をしかめる紅霞に、陳到は軽く頭を下げて、きっぱりと言ってのけた。
「天下無双の雄が、大戦をまえに、ぼんやりすることなどありえませぬ。おそれながら、紅霞さまの勘ちがい。そういうわけですので、ここは顔将軍に謝罪をされ、立ち去られたほうがよろしいかとおもわれます」

紅霞の浅黒いからだに、かっと血がのぼったのが、はたからみている顔良にもわかった。
紅霞は陳到をにらみつけ、屈辱に身をふるわせている。
そのやり取りを見ていた兵卒たちのあいだからも、怖いものしらずなもので、そうだ、そうだ、顔将軍にあやまれ、といった野次が飛ぶ。
陳到も野次を飛ばしている者も、紅霞をからかっているわけではない。
顔良はたしかにぼんやりしていた。
だが、普段のかれが、どれだけ立派な将軍ぶりを発揮しているか、知っている。
今日はたまたまぼんやりしていたのだ。
それを軍に所属しないよそ者、それも姫とはいえ女が叱ってきて、おもしろくおもうはずがない。
おれたちの将軍を守れ……そんな気持ちが兵卒や部将たちのなかに起こっていた。
陳到の機転に感心しきっていた顔良は、野次にもまれる紅霞の姿をあわれにおもいつつ、そうだ、ここで男を見せるところだなとおもった。

つづく…

甘いゆめ、深いねむり その14

2013年07月14日 09時22分33秒 | 習作・甘いゆめ、深いねむり
若い兵は、しばし動かず野次を真正面から受け止めていたが、やがて降りてくると、わあわあとやかましくからかいのことばを投げてくる兵卒たちの隙間を縫うようにして顔良のほうへと進んでくる。
その足取りは颯爽としていて、この騒ぎに巻き込まれたところで、まったく臆することはないようだ。
顔良の手前までやってくると、若い兵士は巾布を片手で、きわめて流麗な仕草でもって、とりのけてみせた。
とたん、豊な黒髪が、さらりと黒い甲冑に落ちかかった。
兵卒たちをはじめ、副将の陳到までが、あっ、と声をあげた。
女だったのだ。
それもほかではない、顔良が夢に住まわせていたおんな、紅霞だったのである。

「こ、これは」
それまでたもっていた将軍の威容は、紅霞の登場であっさりと崩された。
熱愛するおんながいきなりあらわれたことの動揺をだれにも悟らせまいと、あわてて顔良はふとももの肉を知られぬようにつねり、自分を保たせようと努力する。
むかし見た紅霞は、調練場の隅のほうで娘たちに武器のあつかい方をおしえていた。その姿は豆粒ほどの大きさだった。
そして、二日前の宴においては、人の垣根のむこうがわに、琴を弾く姿を見た。そのときは、ほぼ等身大であったが、これほど近くに感じたことは無かった。
そう、近いのだ。もはや顔良と紅霞のあいだには、隔てるものがないといっても過言ではないほどだった。

顔良は戸惑いつつも、うつくしく浅黒い肌の姫を椅子に座ったまま見上げた。
顔良がなぜ戸惑ったのかといえば、姫のきれいに整えられた目の、その冷たい表情が、かれの夢の姫とおおいに異なっていたからである。
夢の中の紅霞は、女らしいしっとりとしたまなざしで、いつも顔良を見ていた。ところが、本人と来たら、それとまるで正反対の目をしてこちらを見下ろしている。
顔良は、まったく鈍感な男でもなかったので、紅霞の冷たい目線の中に、あきらかに侮蔑の色がこもっていることに気がついた。
姫はおれを軽蔑している? なぜだ。袁紹軍でいちばんと謳われる武勇を誇る、顔良だぞ。それをなぜ、げじげじを見ているような目で見ているのだ? 
顔良には女心は測りかねた。
ふと、そうだ、もしかしたら姫も袁紹から縁談の話を聞いたのかも知れぬ。
そして、『まだ曹操の首をあげていない男が自分にのぼせている』ことを知り、怒っているのでは、と単純に考えた。
袁紹の話からすれば、ずいぶん誇り高い姫だということではないか。
そのうえ、世間知らずで女の身では浅学であろう。
自分の態度が未来の夫に対して、どういう影響を与えるのか、それすら想像ができないにちがいない。
とたん、顔良のなかには、同情めいた気持ちすら生まれた。
それほど愚かな姫なのだから、やはり自分がうまく教育してやらねばならないだろう。
戦から帰ってきたら、さっそく礼節のなんたるかをおしえるために師をつけてやらねばだめだ。
もちろん、古女房にも教育には参加してもらう。一からすべてやり直すのだ。
そしてそれは、自分の色にすっかり紅霞を染め変える作業でもある。
素晴らしい思い付きだと顔良はおもい、目の前の姫に親しげに笑って見せた。
おれと一緒になるからには、なにも心配することはないと、そう伝えたかったのだ。
ところが紅霞のほうは、顔良の笑顔をまったく無視して、こう切り出した。

つづく…

甘いゆめ、深いねむり その13

2013年07月13日 09時14分55秒 | 習作・甘いゆめ、深いねむり
その夜以来、顔良の夢は深くなった。
浅黒い肌をしたうつくしい姫をとなりに侍らせ、いままでだれも見たことのないような壮麗な屋敷で暮らす夢。
徐州の両親も屋敷に呼び寄せよう。長男の斉も、すぐに姫にはなつくであろう。古女房を慕ってあまりある斉が、十八になるかそこらの子育ての経験がまったくない姫になつくかどうか、根拠はまったくないが、夢を保つには、そうでなくてはいけないのだ。
斉はだれに似たのか引っ込み思案で病弱、しかし妙なもので学問所ではいちばんの成績をとって帰ってくる子供だった。
ああいう賢いが線の細い子供は、荒々しい姫と接することで、いくらか変わるかも知れぬ。
そしてなにより、顔良の夢の中心となったのは、あのじゃじゃ馬の姫をいかにおのれに馴らしていくか、ということろであった。
あの小麦色の体を抱いたら、彼女はどう反応するであろうか。
手足が均整でうつくしく、しなやかで、凛と気の強い姫が官能に溺れる姿を見て見たい。
初婚だというから、おそらくほかに男は知るまい。
おれがはじめて姫に男を教えられるのだ。
その下世話な夢が、かれの夢の深度をさらに深めた。

最終の仕上げともいうべき調練にもまともに力が入らず、代理に副将の陳到ががんばった。
規則正しい号令と銅鑼の音にあわせて、右を向いたり、左を向いたりを単調にくりかえす兵卒たちを見るともなしに見ながら、こころのなかでは、すっかり手に入れたつもりになっている紅霞のことを考えていた。
あの豹のようにしなやかな娘の肢体を想像するだけで、ぞくぞくする。
あの衣に隠された素肌とは、どのようなものだろうか。かれはまるでご馳走を前にした野良犬のようによだれが自然とたれてくるのを抑えなくてはいけなかった。
もちろん部下たちの手前、おんなに骨抜きになっているということを悟らせないようにする。
だが、勘の良い陳到だけは、顔良がうわの空である理由をだいたい推理しているらしく、いつもよりカリカリして、兵卒たちだけではなく、顔良にも当ってきた。
陳到を弟分とみなしている顔良だが、いつもであったら、そんな横柄な陳到を叱り付けただろう。
だが、いまは頭の中だけは楽園に足を踏み入れている顔良である。
陳到の、ちょっとしたイガグリのような態度にもあまり腹が立たなかった。

ふと視線を感じ、見れば、調練場の櫓のうえに、だれかが立っている。
黒い甲冑を身にまとっている若い兵士。
最初はそうおもった。
若い兵士は長い髪を巾布でまとめて隠し、刀を手に、仁王立ちして、じっとこちらを見つめている。
影になっているので、その顔はよくわからない。
一体、いつごろからそこにいたのであろうか。おれの調練がうまくいっているのか、うるさ型の沮授あたりが偵察をよこしたのかな、と顔良は単純にかんがえた。
おなじく出陣する予定の淳于瓊は、どちらかというと顔良を同朋と見なしているので、あのようにあからさまに偵察の者を送るような真似はしない。
ちょっとおどろかせてやろうと顔良は思い立ち、すっくと立ち上がると、櫓に向かって声をかけた。
「おおい、この寒い中、ご苦労であるな。そのような高所にいると、風で鼻の中が凍ってしまうであろう。どうだ、こっちへきて、すこしあたたまらんか」
冗談をいったつもりではなかったが、それを聞いた万を越す兵卒たちがどっと沸いた。
みなが櫓のほうを見て、顔良とおなじく、高みの見物とはいいご身分だ、下りてこい、といった野次をくりかえした。

つづく…

甘いゆめ、深いねむり その12

2013年07月12日 09時45分55秒 | 習作・甘いゆめ、深いねむり
とたん、顔良の肝は、身内にじわりと毒が回ったようないやな感じをおぼえた。
文醜も顔良と年はほとんど変わらない。実力や名声の点についてもほぼ互角。
かれと争わなければならない場合、やはり、曹操の首がだいじになってくるだろう。
一瞬は、ほぼ手に入れたかのようにおもわれた姫が、するりと手の中から抜けていく。
冗談ではないと、顔良はたずねた。
「主公、おなじ話といいますと、姫の縁談の話も、もしや?」
「まさか、わたしもそこまで人が悪く出来ておらぬぞ。姫の縁談の話は貴公にだけしたのだ。つまり、それだけ貴公に期待しているということなのだ」
袁紹は、明快にわらう。
顔良のなかでひろがりはじめていた毒は、それ以上、かれを蝕むのをやめた。
袁紹につられるようにして、顔良もなかばへつらうように笑ってみせる。
ともかく、紅霞は、このまますべてがうまくいけば、自分のものになるのだ。

「ただのう」
「なにか問題でも」
「いや、問題というべきか。知ってのとおり、紅霞はわたしの妹の娘で、実父は劉岱。初平二年であったかのう、わが妹が田豊と契りをかわしたことから、紅霞は田豊の養女となったのだが、あれも、ちと影響を受けやすい娘でな、養父の田豊とおなじく、このたびの戦は、速戦ではなく持久戦でいくべきなのだと、やいやいうるさく言うのだ」
「なんと、主公に意見をされますので」
「おそらく、田豊の入れ知恵にちがいないのだ。自分が意見するのではおそらくとおらぬから、かわいがられている紅霞をとおして、持久戦をすべしといわせておるのだよ」
「けしからん、主公をなんだとおもっておるのだ、田豊め」
「そこがまた頭痛の種。もし貴公がまこと紅霞の夫となれば、田豊は舅ということになる。主義主張のまるでちがう舅と貴公は、うまくやっていけるであろうか」
顔良は単純な男であるから、袁紹のこの気遣いのこもったことばに感動した。
これほどまでに部下の先行きを案じてくれるひとはなかなかおるまい。
舅がどれだけ主公にたいして不遜な男であろうと、顔良は自分や姫のためではなく、なにより袁紹のために円満な家庭を築こうときめた。
「おまかせくだされ、それがし、かならず姫を幸せにしてみせまする。そして出陣する以上は、きっと曹操の首を持って帰ってまいります、主公、たのしみにしていてくだされ」
「おお、顔良、そなたは主君おもいのよいおとこじゃ。姫を幸せにするというばかりか、曹操の首まで約束してくれるとは。これでわたしも安楽な気持ちで座にすわっていられる。まこと、そなたには期待しておるぞ」
「過分なおことばを頂戴し、それがしも胸が熱くなっております。主公、きっと約束は果たしますゆえ、枕を高くしてお眠りください」
「はは、おもしろい、では貴公のいうとおり、枕を高くして眠るとしようか」

つづく…

甘いゆめ、深いねむり その11

2013年07月11日 09時35分54秒 | 習作・甘いゆめ、深いねむり
「うむ。まったくのう、事情を打ち明けると、あの姫は頭痛の種であったから、この宴でみなにお披露目して、てきとうによい婿を探す目的であったのだよ。ところが姫はそれをきらって、わざとあの滅茶苦茶な音楽を演奏したのだ。やはりというべきか、みな呆れておったわい。いかにうつくしかろうと、あのような喧嘩腰の琴を弾く女が好かれるものではない。ところが、貴公と劉備どのだけは、琴をよろこんで聴いていた。劉備どのには奥方がすでに二人もいる。そこで、貴公に白羽の矢を立てたのだ。貴公には妻はひとりだからの」
「ありがたきしあわせに存知まする」
「ほう、しあわせというか。貴公に話を持っていって正解であったのう。わたしとしても、貴公のように有能な将と縁続きになれるのはうれしいものじゃ」
「姫は、この縁談のことをまだご存じないので?」
「そこじゃ。あれはうぬぼれもつよい娘であるから、小癪なことに、自分の美貌と才気と血統がどれほどの価値をもっているのか、よくわかっているのだ。いまの段階で縁談をもっていってもよいが、おそらくきっとこう答えるであろう。『伯父上、わたくしの夫は、かねてから宿敵曹操の首を取った男と決めております。いかに名が高いとはいえ、そこいらにたくさんいるようなただの猪突猛進なばかりの能無し男と結婚することはできませぬ』とな」

あまりといえば、あまりの遠慮のないことばに、顔良は、まさに目の前で紅霞にそういわれたような心地になり、全身を朱に染めた。
自分があまり賢くないことを、かれはよく自覚している。
かれの単細胞ぶりをあげつらう者もなかにはいて、やつは猪突猛進のばかだ、とよく言っていた。
そのことを、顔良は自然に思い出したのだ。
顔良が怒りに震えているのを見て、袁紹はますますその目をほそめて、酒臭い顔を前に出してきた。

「そう怒るでない、まだ十八になるかならぬかの、世間知らずの姫のことばじゃ。あの悍馬をおとなしくさせるには、単純なこと。曹操の首をとればよいのじゃ」
「曹操の首をとるのは、それがしにとって当然の目標でございます」
興奮気味にいうと、袁紹はさもありなん、といったふうにうなずいた。
「わかっておる、曹操のやつめ、この黎陽からは目と鼻のさきにある白馬に陣を敷き、太守の劉延になんとしても城を守るよう通達したそうな。われらは白馬を突破し、そこから延津、官渡と南下し、最終的にやつの本拠地である許を奪う。なに、数では圧倒的にわれらが有利、白馬に貴公と沮授、淳于瓊があらわれたと知れば、劉延は平凡な男ゆえ、ふるえあがってすぐに城を明け渡すであろう。そこで勢いに乗って延津の曹操を一気に打ち破る。そして、そのとき、曹操の首をとるのは、貴公にまかせる」
「おお、ありがたきおことば。曹操の首、きっととって見せまする」
「うむ、頼りにしておるぞ。じつはこれとおなじ話を文醜にしての」
「なんですと」
「あれもなかなか気が強い男ゆえ、兄弟分に負けておられぬ、曹操の首はそれがしがとる、と息巻いておった」

つづく…

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