その男勝りの美姫が、めずらしく琴を披露するという。
さてはて、どんな音色になるやら、いや、文武両道の姫のことであるから、楽の才にもめぐまれているかもしれぬ、などなど、さまざまな声があがるなか、宴席の脇の帳がさっと引き上げられ、その奧に、調練場で着ているような鎖帷子を脱ぎ捨てて、無垢な白地に色鮮やかなべにの花の模様が染め抜かれたうつくしい衣をまとった紅霞が、琴をじゃらん、とかき鳴らしはじめた。
それにあわせて、楽団も音を出す。
顔良は紅霞の登場におどろき、そのまま杯を落としてしまうところであった。
なぜ自分が、これほどまでにおどろいているのかは、わからない。
いや、この気持ちはおどろきであろうか。雷に打たれたようにこころが痺れている。
紅霞を、いままで遠くから見ては、変わり者の姫じゃとおもうばかりであったが、近くで見る姫のうつくしさといったらどうだろう。これほどに麗しい姫であったとは。
くれないの霞、という名前から、顔良は、ことばの意味どおり、紅色の花が夕もやの霞のようにいっぱいに咲いている野原を思い出した。
前かがみになって真剣に琴にいどむ姿はいかにも実直な性格をあらわしていて好ましいものであったし、うっすらと小麦色に焼けた肌のつやつやと輝いていること。
色が白いほうが世の中では喜ばれるようだが、顔良には色の黒いのがずいぶん気に入った。
故郷にいる母や姉たちも、まいにち太陽のしたで働いていたから、あのように黒い。
あれは働き者の証の黒さなのだ。そして、色が黒かろうと、紅霞のかもしだす雰囲気はあくまで凛としており、清潔な感じをうかがわせた。まちがっても、あの琴線をふるわせる指のつめには、泥など詰まっていないだろう。
激しくかき鳴らされる音の向こうで、真面目に音を追いかけるそのひたむきな黒い瞳も好みであったし、真剣に引き結ばれた赤い唇にしても、あれをほころばせることができたら、どんなにうれしいかとおもうものであった。
鼻はちょうどよくつんと尖っていて、このうえなく気品が感じられる。いささか大柄であるが、手足の長さがほどよく顔がちいさいので、顔良にはあまり気にならなかった。
顔良はうっとりと紅霞を見つめた。
もはや、楽の音もまともに聞こえていない。
琴に挑む紅霞の姿は、熱情すら感じさせるものであり、その場のだれもが、圧倒されて口をひらかずにいた。
とはいえ、演奏そのものが美麗であったかというと、そうではない。
だれもが紅霞のうつくしさに魅了されていたのだが、音楽そのものに対しては、戸惑いをおぼえていた。
というのも、紅霞の演奏した音楽は、まったく知られていない曲であったからである。
琴をまるで敵かなにかのように激しく打ち鳴らすその演奏は、華麗である一方で、どこか挑戦的であった。
そのため、最初は笑みを浮かべて聞いていた者たちも、しだいに紅霞の指がつむぐ音の意味を感じ取りはじめて、口をへの字に曲げはじめる。
ぽかんと口をあけて、だらしない顔をしているのは顔良ひとりであった。
つづく…
さてはて、どんな音色になるやら、いや、文武両道の姫のことであるから、楽の才にもめぐまれているかもしれぬ、などなど、さまざまな声があがるなか、宴席の脇の帳がさっと引き上げられ、その奧に、調練場で着ているような鎖帷子を脱ぎ捨てて、無垢な白地に色鮮やかなべにの花の模様が染め抜かれたうつくしい衣をまとった紅霞が、琴をじゃらん、とかき鳴らしはじめた。
それにあわせて、楽団も音を出す。
顔良は紅霞の登場におどろき、そのまま杯を落としてしまうところであった。
なぜ自分が、これほどまでにおどろいているのかは、わからない。
いや、この気持ちはおどろきであろうか。雷に打たれたようにこころが痺れている。
紅霞を、いままで遠くから見ては、変わり者の姫じゃとおもうばかりであったが、近くで見る姫のうつくしさといったらどうだろう。これほどに麗しい姫であったとは。
くれないの霞、という名前から、顔良は、ことばの意味どおり、紅色の花が夕もやの霞のようにいっぱいに咲いている野原を思い出した。
前かがみになって真剣に琴にいどむ姿はいかにも実直な性格をあらわしていて好ましいものであったし、うっすらと小麦色に焼けた肌のつやつやと輝いていること。
色が白いほうが世の中では喜ばれるようだが、顔良には色の黒いのがずいぶん気に入った。
故郷にいる母や姉たちも、まいにち太陽のしたで働いていたから、あのように黒い。
あれは働き者の証の黒さなのだ。そして、色が黒かろうと、紅霞のかもしだす雰囲気はあくまで凛としており、清潔な感じをうかがわせた。まちがっても、あの琴線をふるわせる指のつめには、泥など詰まっていないだろう。
激しくかき鳴らされる音の向こうで、真面目に音を追いかけるそのひたむきな黒い瞳も好みであったし、真剣に引き結ばれた赤い唇にしても、あれをほころばせることができたら、どんなにうれしいかとおもうものであった。
鼻はちょうどよくつんと尖っていて、このうえなく気品が感じられる。いささか大柄であるが、手足の長さがほどよく顔がちいさいので、顔良にはあまり気にならなかった。
顔良はうっとりと紅霞を見つめた。
もはや、楽の音もまともに聞こえていない。
琴に挑む紅霞の姿は、熱情すら感じさせるものであり、その場のだれもが、圧倒されて口をひらかずにいた。
とはいえ、演奏そのものが美麗であったかというと、そうではない。
だれもが紅霞のうつくしさに魅了されていたのだが、音楽そのものに対しては、戸惑いをおぼえていた。
というのも、紅霞の演奏した音楽は、まったく知られていない曲であったからである。
琴をまるで敵かなにかのように激しく打ち鳴らすその演奏は、華麗である一方で、どこか挑戦的であった。
そのため、最初は笑みを浮かべて聞いていた者たちも、しだいに紅霞の指がつむぐ音の意味を感じ取りはじめて、口をへの字に曲げはじめる。
ぽかんと口をあけて、だらしない顔をしているのは顔良ひとりであった。
つづく…