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はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

甘いゆめ、深いねむり その29

2013年07月29日 09時22分53秒 | 習作・甘いゆめ、深いねむり
まるで大滝がいっせいに奈落に落ちていくような、すさまじい足音とともに、すぐに戦闘ははじまった。
油断をしていた歩兵たちは、すぐには対応できず、士卒長たちの必死の励ましと怒号にもかかわらず、隊列を乱してしまっている。
隊列が乱れれば乱れるほどに、敵兵はそこを突くようにして入り込んでくる。蟻のように。

陳到が叫んだ。
「将軍、ここは、あの将を討ち、敵の士気をくじくほかありませぬ」
いわれなくてもわかっていた。
顔良は危地にあって、ますます燃えるおとこである。
ここでほかの兵とおなじように、敵に怖じて背中を向けて逃げるなどということは考えられない。
なぜなら、自分は顔良だからだ。
袁紹軍のなかでも一、二をあらそう武勇の持ち主としてその名を知られ、おそれられたおとこ、それが自分だからだ。
あの偉そうな大男の向こうに、曹操の首がある。

顔良は自分を奮い立たせ、槍をあらためて持ち直した。
すると、それが合図であったかのように、大男はみずからの顎の袋の紐をひっぱった。
袋はほどけ、そのなかから、さらりとみごとにゆたかな長髭があらわれた。
髭がみえなかったせいで、奇妙に細長いばかりであった男の顔は、それで完成したかのように見えた。
釣りあがった細い目が、やはり顔良をとらえて離さない。
赤い馬、九尺はある大男、長い髭、そして関の文字。
「関羽か」
ようやく顔良は、その正体を見つけた。
曹操の部下ではない。
やつは、いまは袁紹の長子である袁譚の客となっている劉備の義兄弟だ。
なぜそれが、こんな前線にいるのだ。
義兄が袁紹軍の世話になっているのだから、その弟はこちらに味方するのが筋というものではないか。
いぶかしんでいると、関羽はようやくその重たい口をひらいた。
「貴殿にうらみはない。しかし、恩義を果たすためには、貴殿の首を獲らねばならぬ」
「恩義だと」
そこで顔良は思い出した。
劉備は曹操の世話にもなりながら、曹操の留守のあいだに陰謀に加担し、曹操に城を攻撃された。
そのさい、関羽は、曹操に、劉備の夫人とともにとらわれたのだが、曹操はかれと夫人を虐待せず、どころか厚遇して世話をしているという。
「犬のようなやつだな。一宿一飯の恩義をかえすために義兄の敵になるというのか」
「兄者は袁紹の部下になったわけではない。長ったらしい問答は無用だ。いざ、参る」
顔良は、関羽についての武勇伝のほとんどを知らなかった。
天下無双とうたわれた呂布と対等に渡り合ったことも知らないし、いまかれが乗っている馬が、ほかでもない、その呂布の馬だということも知らなかった。
劉備。
あの草履売りから身を起こしたという、劉姓であるほかは、なんの取り得もないおとこの弟。
劉備が武勇にすぐれているということを顔良は聞いたことがなかったので、その義弟なら、おなじくたいしたことがないだろう、くらいにしかおもわなかった。
ともかく、この大男を殺さねば、曹操の首を獲るどころか、自軍の兵も救うことはできない。
見た目は妙に立派で威圧感があるが、おそらく見掛け倒しにちがいない、おれは天下の顔良だ、こんなやつに負けるはずがないのだ。

つづく…


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