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はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

甘いゆめ、深いねむり その25

2013年07月25日 10時32分54秒 | 習作・甘いゆめ、深いねむり
黄河を渡って南にある白馬では、曹操側の太守の劉延が袁紹軍の攻撃を必死に食い止めていた。
沮授の放った細作の報告では、曹操軍は白馬のさらに南西にある延津まで兵をすすめているのだが、そこからの動きがおかしいという。
どうやら白馬でまともに袁紹軍とぶつかっても勝ち目がないとにらんだのか、みずから黄河をわたって、黎陽を攻撃しようという作戦をとろうとしているようなのだ。
本陣を敷いている黎陽を攻撃されたら、袁紹としてもたまらない。
曹操の兵力は、たしかに袁紹軍の比ではなかったが、戦上手の曹操を、袁紹はそこまで舐めていなかった。
攻城戦となったら、圧倒的な持久力をほこるこちらが勝つ。
とはいえ、袁紹としては、なるべくきつい戦はしたくない。
そこで、曹操の裏をかき、兵を二分し、沮授と淳于瓊には、黄河を渡ってくるであろう敵を防ぐ役目をあたえ、黎陽攻撃のために手薄になるであろう白馬には、勇将顔良の兵を突撃させることにした。

これに苦言を呈したのが沮授であった。
「顔良どのは、たしかに天下無双の勇士。しかし、偏狭なところがございますので、単独で用いてはなりませぬ」
戦がはじまって以来、あまり笑顔を見せなくなった袁紹が、沮授の書状を見て、ぶすっとつぶやいた。
「沮授は顔良を甘く見ておるのだ。あれは、それほど能無しではない。此度の戦においては、だれよりも士気を高めておる。白馬を突破し、延津をも陥落させ、きっと曹操の首を獲ってくるにちがいない」
いまやすっかり袁紹のお気に入りとなり、この戦においてはだれより生き生きとしている郭図、審配たちが、袁紹のごきげんをとるように言った。
「曹操は、主公の軍勢のあまりの勢いに恐れをなして、錯乱しているにちがいありませぬ。黎陽を襲撃する作戦を向こうがとるならば、コチラもそれなりの備えをすればよいだけの話。兵数では圧倒的に勝っているのですから、あとは、用兵でございます」
袁紹は深くうなずく。
「そうじゃ。あとはどう兵を使いこなせるかじゃ。沮授は心配性にすぎる。顔良は問題ない、立派なえさを与えてあるからな。白馬の劉延など、物の数ではないわ」
えさ、と聞いて、のっぺり顔の郭図が怪訝そうな顔をして袁紹を見るが、かれは頓着せずに、沮授からの使者に言った。
「ともかく、これはもう決まったことなのじゃ、そなたが口を挟むところではないと、沮授には伝えよ。それよりも、この黎陽に曹操の兵が一匹でも紛れ込まないよう、そなたは集中して曹操にあたれとも伝えるのだ。もしあのチビの兵が一匹でも生き残ってわたしに近づくようなことがあれば、それこそ天下の笑い者じゃ」
そう言いつつ、チビ…曹操の兵が自分に近づいてくるところが滑稽に思い浮かべられたらしく、袁紹はほがらかに声を立てて笑った。
その妙に品のある笑い声に同調して、郭図と審配がともに笑った。
なにがおもしろいのかは、両者にはよくわかっていなかったのだが。

つづく…

甘いゆめ、深いねむり その24

2013年07月24日 09時35分08秒 | 習作・甘いゆめ、深いねむり
「将軍が、なぜ養父上を?」
芯からふしぎそうにたずねてくる紅霞の顔を見て、ああ、この姫は、いまもっておれとの縁談のことを聞いていないのだな、と顔良はおもった。
なぜ袁紹はかのじょに話をしてくれなかったのだろうか、という疑念が、ふっと胸の奥から黒く浮かび上がってきたが、それは、いま吟味することではない。
顔良はあえて、その疑念を押し殺した。
主公が姫を出し惜しみするのなら、こちらはこちらの出方をするまで。
顔良は、姿勢をただし、なるべくいかめしく見えるようにきをつけながら、言った。
「それはすべて、姫のためでござる」
「わたくしの」
「左様。姫のために、曹操の首をとってまいります。曹操の首さえあれば、田豊どのは助かるのです。そして、そのあかつきには、姫、それがしが迎えをよこしますゆえ、我が家に来てはくださりませぬか」
言ってから、これでは単に、家に遊びに来てくれと言っているようにも聞こえるなと後悔した。顔良はとことん、口が下手なのである。
わかりづらいことばをどう受け止めたかと、おそるおそる紅霞を見ると、かのじょは勘のよいところをみせて、頬をりんごのように紅潮させている。
その表情は、うぶな娘のそれで、かのじょが、色恋沙汰には、これまでとんと縁なく生きてきたことがうかがわれた。
その顔が、なんともかわいい。衆目がなかったら、顔良はおもいのまま、紅霞を抱きしめていたかもしれなかった。
紅霞はというと、どう返事したらいいのかわからないようで、落ち着かない様子を見せている。
これでふだんだったら、さまざまな侍女に傅かれているのだから、気の利いた者が代弁してくれるのだろうが、いまはあいにくひとりだ。
紅霞は顔良をちら、ちら、と見ながら、どうしたものかともじもじしている。
その態度を見て、顔良は夢がふたたび甦るのを感じた。
調練場で見た、あの侮蔑の目のなかでは、顔良は無能な男だった。
ところが打って変わって、紅霞の目には、いまは頼れる勇将と映っている。
顔良としても、いまがほんとうのおれなのだと叫びたいところであった。
しかし、叫ぶ代わりに、腰にぶら下げていた上質の玉で出来た佩玉をとると、顔を赤らめてことばをなくしているかわいらしい紅霞の手に握らせた。
「これがそれがしの気持ちでございます。姫、それがしは、きっと生きてもどります。そして曹操の首をとって帰ってまいります」
「わたしのために?」
「はい、姫のために。それまでどうか、姫もご健勝で」
顔良はあくまで口下手であった。姫を甘くとろけさせることばをつむげるはずもなく、その身を案じたことばをつい言ってしまった。
だが、姫は佩玉を両手に大事そうに持ち、それからはじめて、花がほころぶようにうれしそうに笑った。
目じりにちいさく涙が浮かんでいたのは、田豊のことを案じているだけではあるまい。
紅霞。野原いちめんに咲き乱れる紅い花のさまをそう表現するという。
姫は素朴で、美しく、清く、そして力強い。
この姫のために、そして自身の夢をかなえるために、おれは行くのだ。
顔良は姫の笑顔を胸に刻んで、片時も忘れまいとした。

つづく…

甘いゆめ、深いねむり その23

2013年07月23日 09時09分47秒 | 習作・甘いゆめ、深いねむり
「将軍も速戦派か」
「速戦でも持久戦でも、どちらでも、それがしは第一功を狙うのみ。ただ、主公の命令に従うだけでござる。あれこれ謀ることについては、それがしは不得手ですからな。さあ、お立ちなされ。せっかくのべべが汚れてしまいましたな」
紅霞は、艶やかな桃色の上衣に、淡い浅葱色の下衣という出で立ちであった。
うずくまっていたので、ちょうど膝のところが丸く砂がついている。
それを片手で払いつつ、紅霞はようやく振り向いて、まともに顔良を見た。
顔良は、調練場で見たときより、さらに近いところにいる姫に、少年のようにどぎまぎした。
姫とのあいだは、一歩もなかった。
ちょっと手を伸ばせば、そのなまめかしい黒髪に手が届きそうであった。
浅黒く健康そうに照っている肌は軽く汗ばみ、その体からは瑞々しい果実のようなにおいがした。
とはいえ、調練場で見たときの、傲岸不遜な姫とは、決定的に様子がちがった。
姫の目には涙がたまり、ほほにはいく筋もその流れた痕がのこっていた。
痛ましい、と顔良はおもった。
その涙を見て、はじめて顔良はわがことのように田豊の逮捕に胸を痛める紅霞の気持ちを理解した。

田豊にまったく非がないわけではない。
かれは、これから意気揚々と出陣しようとする袁紹の軍を阻止し、自分の意見を通そうとした。
その態度は、たしかに恐れを知らぬもので、袁紹に絶対服従をちかっている顔良からすれば、田豊の態度はルール違反もよいところだ。
とはいえ、田豊がまったくまちがっているかというと、そうでもない。
顔良も、持久戦をとなえる者たちの、その論理の利はわかっていた。
曹操は兵力にも兵糧にもとぼしい。
戦場に引っ張り出すことさえできれば、あとは、じわじわと包囲し、干上がっていくのを待っていればよい。
忍耐力を必要とする作戦だが、確実に勝利をものにすることができる。
こちらの損害も最小限に食い止めることができるだろう。

だが、それをわかっていて、袁紹は速戦を選んだのだ。
華々しく曹操を討ち、帝を奪還し、天下に、われ中原を平定せりと高らかに宣言したい。袁紹はそうおもったのだろう。
顔良としては、それならば、最善を尽くすのみなのだ。
田豊からすれば、命がけで訴えれば、袁紹が考えを変えてくれるかもしれないというおもいが、どこかにあったのだろう。
それだけ、田豊と袁紹のあいだにかつては信頼関係があったという証しでもある。
だが、戦は動き出した。
だれにも止めることはできない。

「姫、それがしは、かならずや曹操の首をとって参ります。曹操さえ死ねば、この戦はすぐに手打ちとなるでしょう。さすれば、主公も寛大なおこころがもどられて、牢につないだ田豊どのをおゆるしになるにちがいありませぬ」
「そうであろうか」
「まちがいありませぬ。主公は、本来は慈愛にあふれたお方。いまはちと、血がのぼってしまっておられるのです。冷静になれば、田豊どののいうこともたしかにもっともであった、だが、なにも牢につなぐほどでもなかったと、きっと思い直されるにちがいありませぬ。もしそうでなかったとしても、それがしが、曹操の首とひきかえに、田豊どのの助命嘆願をいたします」

つづく…

甘いゆめ、深いねむり その22

2013年07月22日 09時19分02秒 | 習作・甘いゆめ、深いねむり
紅霞が狗のように吠えたとするなら、袁紹は獅子のように吠えた。
そのあまりの剣幕に、紅霞はなにもいえなくなったようで、あえぐように、口をしばしなんどか開いては閉じ、開いては閉じ、ということをくりかえしてから、ようやくあきらめた。
一方で、牢獄へ連行されていく義父の田豊は、さいごまで何もいわず、兵卒や見送りの黎陽の住民、部将たち、文官たち、将軍たち、すべての目線を受けながら、砂埃の向こうへ消えていった。

紅霞は砂上に両手をついてうずくまっていた。
かのじょの目から零れ落ちる涙は砂に点々と黒いしみをつくった。
沮授の兵が進みだしたので、かのじょの脇をとおっていく兵卒たちが、事情もよくわからず、じろじろと、あるいはにやにやと、見世物をみるような目線を向けて去っていく。
そのさまが、あまりにあわれであったので、顔良は紅霞の肩にそっと手をそえると、語りかけた。
「お立ちなされ。体が冷えてしまいますぞ」
口下手な顔良のいたわりのことばであった。じっさいに、春になったばかりの土のうえがあたたかいはずもなく、興奮しほてっている紅霞の体から、どんどん熱を奪っているはずである。
その身を案じてのことばだったが、紅霞には通じず、かのじょは首だけ振り返らせて、顔良をにらみつけた。
「なぜわたしを止めた」
「知れたこと。あそこで止めねば、まちがいなく姫は斬られてしまわれた」
言いつつ、顔良は、はじめて見た袁紹の、意外な獰猛さをおもいだし、改めて身震いをした。
万夫不当の勇者が、いまさら情けないとわれながらおもう。
袁紹に逆らってはいけないのだ。あのひとは、ふたつの顔を持っている。
それも当然。何十万という人間を束ねる人間には、どこか人間離れしたところがあるものだ、おそらく田豊と姫は、龍のいわば逆鱗に触れてしまったのであろうと顔良は解釈することにした。

「斬られてしまってもよかったのに」
そう言いつつ、無念そうに紅霞は涙を手の甲で拭く。
顔良は、はげしくこころの内で反駁していた。
冗談ではない、姫が斬られてしまったら、当然のことであるが、婚礼などできなくなってしまうではないか。
紅霞が斬られなかった理由は、ひとえに袁紹の、妹にたいする感傷だろう。
もし紅霞が、顔良はよくその顔をおぼえていないが、亡父の劉岱に似ていたら、きっと情け容赦なく斬られていたのではあるまいか。
「養父上はどうなってしまわれるだろう」
洟を始末しながら、紅霞が兵卒たちの行進の音にかき消されてしまうような小さな声で、弱弱しく言った。
「姫、それがしは一部始終すべて見ていたわけではござらんが、おそらく主公は、いっときのこころの昂ぶりがゆえに田豊どのを牢へ連れて行かれたにちがいありませぬぞ」
「そうであろうか」
「みな、この戦を早く終わらせて、平和を謳歌したいのです。そこへ、作戦をとめて、べつの戦法をとるべきだと冷や水をかけられるようなことを言われて、主公も頭にかっと血が上ってしまわれたのでしょう」

つづく…

甘いゆめ、深いねむり その21

2013年07月21日 09時45分26秒 | 習作・甘いゆめ、深いねむり
顔良のことばの勢いに乗るようなかたちで、沮授が同調して前に進み出た。
「そのとおりです、主公。ここに集う者たちのなかには、曹操の細作も混じっているかもしれませぬ。田豊どののような功臣を感情にまかせて斬ってしまえば、袁紹の陣営は、内紛を起こしているのだと曹操に知らせてやるようなものでございます。それに顔良どののいうとおり、仁君はたとえおのれと意を異にする者と対立しても、その命はうばったりしないものでございます。あの野蛮な公孫瓚が、なにゆえ滅びたのか、思い出してくださいませ。かれは奢侈に耽るあまり、それを讒言する者たちを遠ざけ、処刑し、身の破滅を早めました。われらが主公は、そのような道を辿ってはなりませぬ」
袁紹はしばらく宝剣を振り上げたまま、じっと顔良と沮授のことばを聞いていたが、やがて、ふっと全身から緊張をほどいて、剣をおろした。
そして、沮授と顔良のほうは見ずに、ややこわばった抑揚のない口調で言った。
「そなたたちの忠言、感謝する。もしそなたたちのことばがなければ、わたしは公孫瓚とおなじ道を行くところであった」

袁紹にことばが届いた。
顔良と袁紹の関係というものは、これまで一方的なもので、顔良は、ただただひたすらに袁紹の命令を忠実に聞いているだけであった。
意見するなど考えることも論外で、こうして自分のことばを聞き入れてもらえたというだけでも、おおきな喜びであった。
やはり、わが主公は度量の大きなすばらしいお方だ。
そうして喜んでいると、袁紹はふたたび冷徹に言った。
「田豊を牢へ。戦が終わるまで、けして外に出すな」
ぐっと掴んでいる紅霞の肉が、さらにこわばったのがわかった。
紅霞は顔良の手をふりほどこうとしながら、袁紹に叫ぶようにいう。
「あんまりでございます、伯父上、養父上はまちがっておられませぬ。この戦はあやまり。どうぞ行軍をやめてくださいませ」
袁紹はそれには答えなかった。
かれは抜いた宝剣を宝石のちりばめられた黄金の鞘におさめると、紅霞と顔良のふたりを見た。
その表情は、憎悪と嫌悪、そして蔑みが、一気に噴出した、悪鬼のような表情で、剛胆で名を馳せた顔良でさえ、肝が縮こまるほどであった。
顔良は、こんな袁紹を知らなかった。
顔良は袁紹のお気に入りであったから、いつもほがらかで鷹揚で、品の良い顔しか見ないですんでいた。
ところが袁紹は、自分と意を異にする者には、こんなに嫌悪と憎悪にゆがんだ顔をする男だったのだ。
おれは、主公という人間を、すこし良くおもいすぎていたのかもしれない、そんなことさえ、顔良はおもったほどだった。

「紅霞、そなたはおのれがおんなの身で生まれたことをよろこぶがよい。わたしは女を罰することは好まぬ。そなたのことは不問に付すゆえ、おとなしく鄴へ帰るがよかろう」
「伯父上」
「うるさいっ。それ以上、ことばをつむぐな。亡きそなたの母に、そなたが似ているからこそ、わたしはそなたをゆるすのだ。これ以上、おとこの世界に口をはさむことはゆるさぬ、これからさきは、母の墓を守って暮らすがよい。わかったな」

つづく…

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