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はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

地這う龍 三章 その12 江夏への使者

2024年01月17日 09時59分13秒 | 英華伝 地這う龍



数日後。
孔明は江夏《こうか》から戻ってこない使者に見切りをつけ、劉備とともに今後のことを相談し始めた。
だれを使者に送るのかで迷っているようすで、夜のたき火のそばで行われたその話し合いは、なかなか終わらない。
劉備と孔明のふたりは、ああでもない、こうでもないと意見を戦わせている。


そのかたわらで、甘夫人《かんふじん》と麋夫人《びふじん》が、やつれた顔をして座っていた。
敷物の上にぺたんと座ったその姿は、髪もほつれ、衣も汚れ、血色もわるい。
趙雲は夫人たちの守りとしてかたわらにいたが、やがて、阿斗をあやしていた甘夫人が顔を上げた。
「お疲れですか。水でも持って参りましょうか」
趙雲は心配になって声をかける。
朝から晩まで、ゆっくりした行軍とはいえ、馬車での移動。
揺れっぱなしのなかにいては、両夫人ともに、いつ具合が悪くなってもおかしくなかった。


だが、甘夫人は気丈だった。
趙雲のことばに首を振る。
「ありがとう、疲れてはいないわ。
それよりも子龍や、どこからか子供の泣き声が聞こえます。
親からはぐれてしまったのではないかしら」
言われて耳をかたむけると、たしかに、野営している民の集団のなかから、悲痛な子供の泣き声が聞こえてきた。
迷子か。
「親からはぐれてしまった子や、疲れているお年寄りは、守ってあげねばなりませぬ。
わたしたちのことは、ほかの者が見てくれましょう。
行って、迷子を助けてお上げ」
「わかり申した。あとの守りは叔至《しゅくし》に任せます」
そう言って、趙雲は傍らに控えていた陳到《ちんとう》に目で合図した。
陳到の妻子も甘夫人と麋夫人の世話をしてそばにいる。
陳到としても、この場でみなを守っていたいだろう。


甘夫人のとなりでは、甘夫人の抱く阿斗のちいさな手をとってあやしている麋夫人がいる。
その顔が、夜闇のなかにいるということを引いてみても、あまりに蒼かったので、おもわず趙雲はたずねた。
「馬車に酔われたのではありませぬか、薬をお持ちします」
だいじょうぶ、と麋夫人はか細い声で答えるが、それを甘夫人がさえぎった。
「我慢はいけないわ。道中ながいのです。
子龍や、申し訳ないけれど、薬を持ってきておくれ」
趙雲はすぐさま侍医を見つけだし、かれの頓服《とんぷく》を分けてもらい、麋夫人に届けた。


さて、迷子である。
趙雲は張著《ちょうちょ》をつれ、泣き声を頼りに、子供の姿を探した。
すると、しばらくして張著が指さした。
「あれではありませぬか」
それぞれが火のまわりで車座になっている民のあいだで、あたりを不安そうにきょろきょろ見回しながらべそをかいている童子がいた。
もはや大人たちは見知らぬ子どもの世話ができる余裕がないようで、童子がべそをかいていても、世話をしようとしない。
よくない傾向だな、と苦りつつ、童子に近づこうとする直前、旅装の男がふらっとあらわれて、童子に声をかけはじめた。
父親か、あるいは親族かな、と様子を見たが、どうもおかしい。
たき火の明かりに照らされる童子の顔が、緊張でひきつっているのだ。
まさか、人攫《ひとさら》いか。


どうしても襄陽城での陰惨な出来事が思い出され、趙雲は足音も荒く旅装の男と童子に近づいていく。
とはいえ、そこは冷静沈着を旨とする趙雲であったから、すぐに旅装の男に殴りかかることはしなかった。
殺気を押し殺し、たずねる。
「おまえ、その子をどこへ連れて行く」
旅装の男が振り返った。
身の丈八尺ある自分と、ほぼ同じ背丈の、精悍《せいかん》そうな男である。
目鼻立ちがくっきりとしていて、顎ががっしりしていた。
男は目をぱちくりさせて、趙雲と張著をそれぞれ見比べる。
「あんた、この子の親御さんかい」
親御さんときたか。
「ちがう。おれは趙子龍という」
「劉豫洲《りゅうよしゅう》さまの主騎どのだぞ」
と、張著がことばを添える。


すると、旅装の男は童子の手をとったまま、むっとした顔をした。
「親じゃないなら、なんでおれに声をかけた」
「むしろそれはおれの台詞だな。親じゃないのに、なぜその子の手を引いている」
すると、勘がいいたぐいの男らしく、合点がいったという顔をして答えた。
「ああ、おれが人攫いじゃないかと思ったわけだな。
ちがうぞ、この小僧がわんわん泣いてうるさくて眠れんから、親を探してやろうと思ったのだ」
「ほんとうか」
「ほんとうだとも。といっても、証拠はないが」
「おまえ、名は?」
「名乗らなきゃならんかね」


ふざけた男である。
ちょっと出方を変えたほうがよいかなと思っていると、いつの間にか、あたりに人だかりができていた。
たき火の周りに集まっていた人々が、趙雲と男の口論に気を惹かれ、集まって来たらしい。
と、人の輪のなかから、きゃあっ、という声が聞こえたかと思うと、やせ細った中年女が飛び出してきた。
「阿惇《あとん》! あんた、こんなところにいたの! 
急にいなくなるもんだから、探し回っていたんだよ、このばか!」
童子は、わあっと声を放って泣いて、女の腕の中に飛び込んでいった。
どうやら、親が見つかったようである。


「おい、それはそれとして、名を」
名乗れ、と男のほうを向いたが、旅装の男は忽然と姿を消していた。
「張著、あいつはどこへ行った?」
「申し訳ありませぬ、見失いました」
なんだか狐狸《こり》の類に化かされた気分である。
しかし、足元を見ると、男がいた証拠に、大きな草鞋の足跡がくっきり残っているのが、たき火の明かりでよく見えた。







翌朝、劉備と孔明の長い話し合いがまとまった。
江夏の劉琦のもとへ、関羽と孫乾《そんけん》が向かうこととなったのだ。
孔明は関羽に、この任務の重要性を滾々《こんこん》と言い聞かせた。
関羽もそのことばのひとつひとつを受け止め、はっきりとした声で言った。
「かならずや、劉公子から船を借りてまいります、どうかそれまでご辛抱を!」
だれもが、関羽が船とともに戻ってくれば、漢水《かんすい》を楽に下れるようになるとわかっていた。
関羽が旅立つときには、みなが快哉をあげて見送った。
関羽は、
「わしに任せておけ! みな、わしが帰るまで、無事でな!」
と元気に言って、孫乾とともに馬を東へ走らせていった。
勢いよく飛び出した人馬のたてる砂塵が、次第に大気にまじって消えて行ってもなお、人々は関羽たちへの期待と応援のことばを口にし続けていた。


つづく


※ いつもお付き合いくださっているみなさま、ありがとうございます(^^♪
本日より通常運転でまいります!
そして、ブログ村に投票してくださったみなさま、どうもありがとうございましたー!(^^)!
やる気も倍増! とってもうれしいです! これからもがんばりますよー!
ようし、今日も張り切ってまいりましょう!

今日は、夜あたりに近況報告も更新いたしますので、よろしかったらあわせてごらんくださいませ。
でもって、明日から張郃どののエピソードが入ります。
明日もどうぞおたのしみにー(*^▽^*)

地這う龍 三章 その11 苦難の蜜月

2024年01月16日 19時36分13秒 | 英華伝 地這う龍



「よくありませぬなあ」
趙雲の副将・陳到は趙雲のとなりで轡《くつわ》をならべていたが、後方をみやって、ぼやきはじめた。
「民の数が増えたように感じます。
わが君が劉表の墓参りをしているのを見て、襄陽《じょうよう》の民もいくらかついてきたようですな。
それに、思った以上にみなの足が遅い。
これでは曹操がその気になれば、あっという間に追いつかれてしまいますぞ」
陳到は愚か者ではないので、まわりに民の耳がないことをたしかめてから、ぼやいている。
民の行列は、地平の向こうまでつづくように見えた。
たしかに、数が増えてしまったようだ。
しかも、新野《しんや》から樊城《はんじょう》へ移動したときの元気はなく、みな口数が少ない。
襄陽で追い立てられたことで、冷酷な現実が見えてきたのだろう。


「たしかに、昨日より民が増えているな」
「わが君の徳のなせるわざと喜んでよいものなのか……曹操が極端に恐れられている証左でもありますな」
陳到のボヤキに応じ、困ったな、という意味で、趙雲は小さくため息をついた。
このままでは列は長くなるばかりで、守れるものも守れなくなる。
趙雲は、また孔明をちらっと見やった。
陳到のぼやきは孔明の耳にも聞こえたろうに、腹をくくっているのか、なにも表情に出さず、口をひらくことすらしない。


ついでに、趙雲はふたたび民の行列を見た。
遅れそうな者は体力のある者が助けてやっている。
将兵も余裕があるので、重い荷物を代わりに担いでやったり、水を分けてやったりしていた。
貴人の馬車のなかにいる女たちは、民に優しい励ましをかけている。
だが、これから襲ってくるだろう困難にぶつかったら、かれらは同じように助け合っていけるだろうか。
極限状態に置かれた人間は、思いもかけない行動をする。
それを趙雲は、長い戦場暮らしでよく知っていた。
楽観的になれるはずもなかった。
『いや、悲観的に考えてばかりいても仕方ない。
軍師も腹ををくくっているのだ。俺もそうしよう。
なんとしてもわが君とご家族、そして軍師を守り抜いて、この苦難をしのいでみせるぞ』
趙雲はぐっと手綱《たづな》を握る手に、力をこめた。





襄陽を出てから数日が経過した。
しかし、民の速度は予想をはるかに超える遅さで、一日にわずかの距離しか進むことができない。
鞭打って急がせることなどもできるはずがなく、かれらを懸命に励ますほかない。
しかも太陽が容赦がなかった。
秋だというのに、真夏のような日差しを大地に届けてくる。
それが何日もつづくので、さすがに離脱する者もちらほら出始めた。


襄陽へ戻れる者は、戻ったほうがいいと、趙雲はひそかにおもう。
だが、それを声高に言えないところがつらいところだ。
おそらく、曹操はすでに襄陽城に入っているだろう。
曹操軍が、自分たち劉備軍とかかわりあいになった者たちをどう処遇するかは、まだわからない。
苛烈な曹操の性格からかんがえて、見せしめに始末してしまうかもしれない。
あるいは、寛大なところをみせて慰撫《いぶ》するか……


劉備は、この亀のような歩みの行軍に文句ひとついわず、むしろ民をいたわって、励ましをつづけていた。
それにならい、孔明や関羽などの主だった将たちも、同じように、民の面倒をあれこれと見ていた。
民もけなげに、劉備たちのことばを頼りに、けんめいに足を動かしている。
いまのところ、目立ったいさかいはない。
だが、これがあと数十日も続くとなると、どうなるだろうと趙雲は懸念する。


いまはいわば、苦難の蜜月なのだ。
だが、次第に環境がわるくなれば、ひとびとのこころも|荒《すさ》んでくる。
そうなったときが、こわい。


孔明はどう考えているのだろう。
ことばを聞きたくて、となりに轡をならべると、待っていたかのように孔明が言った。
「さすがに焦《じ》れるな、この状況は」
「想定内ではないのか」
「ちがう。自分の甘さを呪っているところだ」
そう言って、孔明は小さくため息をつく。
そして、急に眼を細めると、趙雲がどきりとするほど、するどい顔を間近に寄せてきた。
「このままでは徐州の再現となろう」
「不吉なことを。その前に江陵に逃げればよい」
「江陵は、はるか南。そのまえに、曹操がご自慢の軽騎兵に、われらへの追撃を命じたら、お手上げだ」
「おれはいつでも戦えるぞ」
「頼りにしているよ。だが、混戦になろう」
混戦となれば、民も無事ではすまない。


趙雲は、長くつづく民の行列をあらためて見た。
北から南まで、細長い民の列がつづいている。
荷車に家財道具をたんまり乗せた者や、子供や老人を励まして歩く者、着の身着のままといったふうで、疲れた顔をしながらも懸命に歩く者など、さまざまだ。
みな、劉備のため、先祖伝来の土地も家屋も、すべてを棄《す》てて、ついてきたのだ。
それをおもうと、胸がじんとして、なんとしてもかれらも守ってやらねばという想いが込み上げてくる。


「船がいるな」
孔明がぽつりとつぶやいた。
「江夏の劉琦どののところへ船の応援を頼んだが、その使者が戻ってこない。
これは、ほかに使者を立てねばならぬということだ」
「どうする」
「わが君と相談して決める。やはり、頭の中ではうまくいっても、現実は甘くないな」
孔明にしては、めずらしくぼやいた。


つづく


※ 本日は遅くなりまして、申し訳ありません;
明日からは通常通り、午前10時前後で更新できます。
あらためて、よろしくお願いいたしまーす♪

それにしても仙台もけっこうな雪に降られまして、本日ちょっとばかり遠くへ出かける用事があったのですが、バスが来ない!
行くのも帰るのも大変でした;
みなさまのお住いの地域はいかがだったでしょう?
めちゃくちゃ今日は寒いので、あったかくしてお過ごしください。

あと!
ブログ村に投票してくださったみなさま!
どうもありがとうございましたー(*^▽^*)
めちゃくちゃ励みになります!
今後もがんばって活動してまいります!

ではでは、次回をおたのしみにー(^^♪

地這う龍 三章 その10 無情の矢の雨

2024年01月15日 09時59分24秒 | 英華伝 地這う龍
張允《ちょういん》の甲高いわめき声を合図に、雨あられと矢が降りかかってきた。
「いかん!」
趙雲は、とっさに劉備の前に立ち、飛んできた矢を盾でかばった。
飛んできた矢の何本かが、だん、だんっ、と盾に突き刺さる。


一瞬、間が空いた。
おそらく張允の兵が矢をつがえなおしているのだろう。
兵を立て直さねばとまわりを見れば、将兵たちは手にした盾などで矢を防ぐことができたようすだ。
たが、無防備な民は悲惨であった。
かれらは大きく悲鳴をあげながら、城門の前から逃げようとしている。
荷物は崩れて踏まれ、牛や馬は混乱し、暴れた。
親の亡骸をまえに泣く子や、怪我をした家族をけんめいに抱えて逃げようとする者などもあって、冷静な者が落ち着くよう言っても、もはや誰も耳を貸さない。


「おのれっ、おなじ荊州の民をなぜ殺すっ!」
劉備は、顔を朱にして大音声で城壁のうえに呼びかける。
すると、張允は閻魔王の顔を見てしまった亡者のような顔をして楼閣の奥に引っ込んだ。
その代わりのようにしてあらわれたのは、襄陽城《じょうようじょう》の大将となっている蔡瑁《さいぼう》だった。
大けがを押しての登場である。
蔡瑁は劉備を見下ろし、それから盛大に鼻を鳴らして、叫んだ。
「ふんっ、なにがおなじ荊州の民だ! どうせ、民に偽装した新野《しんや》の兵であろうが!」
「馬鹿なっ、年寄りや子供がいるのが見えぬのか!」
「やつらも偽装よ。だいたい、逆賊を倒すのに理由などいるかっ。
その逆賊に付き従う民も逆賊ぞ!」
言いつつ、蔡瑁は傍《かたわ》らに控える兵に命じる。
「おまえたち、さあ、どんどん矢を射かけよ! そして逆賊どもをせん滅するのだ!」


蔡瑁の合図にしたがい、無情にも兵たちがつぎつぎと矢を放つ。
再び、容赦ない矢の雨が降り注いだ。
民は逃げ惑い、矢の餌食となっていく。
混乱に巻き込まれて、ろくに防備をすることもできない劉備軍の将兵も出てきた。
そこへ、さらに矢の雨が降りかかる。
どん、どすん、と鈍い音とともに、矢があちこちに突き刺さった。


これではどんな武人でも、太刀打ちのしようがなかった。
趙雲は、槍と盾でもって身辺の矢を打ち払う。
劉備に矢が当たらないよう気を配りつつ、城壁上の蔡瑁をにらみつける。
孔明は、陳到が守っていた。
横倒しになった荷車の陰に隠れて、矢をやりすごしている。
趙雲はぎりりと歯ぎしりした。
こんなことなら、襄陽城の例の騒動のとき、やつを踏み殺してしまっておればよかった。
そう思うが、もう遅い。


「襄陽城を落とすことはできないのかっ」
関羽の叫びに、陳到にかばわれながら、孔明が反論した。
「無理です、城門を開けようとしているあいだに、矢に打たれて全滅しますよ!」
「では、どうすればよいのだっ!」
関羽のいらだちの声が、状況を変えたわけでもなかろうが、だんだん、矢の雨の勢いが落ちてきた。
なんだろうと思ってみていると、城壁の部隊に、何者かが剣でもって襲い掛かっているのが見えた。
蔡瑁の悲鳴と叫び声が聞こえてくる。
「なにをする、狂ったか、文長《ぶんちょう》!」
蔡瑁の声に応じるように、野太い男の声が聞こえた。
「もとより狂っているのは貴様のほうであろう! 
皇室の後裔《こうえい》である劉豫洲に矢を向けるなど、正気の沙汰ではないぞ!」
男の声に合わせるように、ぎん、がん、と金属音が聞こえてくる。
どうやら襄陽城内部で仲間割れが起こったようだ。


ほどなく、蔡瑁の顔が引っ込み、代わりに頑固そうな風貌の男が顔を出した。
そして、爆《は》ぜた豆のような勢いで叫んでくる。
「劉豫洲どの、いまから城門を開けまする! どうぞ中へお入りくだされ!」
ところが、蔡瑁は斬られたわけではなく、まだまだ元気なようで、甲高いお馴染みの叫び声が聞こえた。
「勝手な真似をするな、文長っ! 皆のもの、こいつを斬れ!」
とたん、文長と呼ばれている男は姿を引っ込め、また激しい斬り合いの音が聞こえてきた。
矢の雨が止んだのはありがたいが、いっこうに城門が開く気配はない。
文長というあざなの男とその手勢は、蔡瑁のそれと比べて、すくないのだろう。


「わが君、いまのうちに襄陽を離れるべきです! 
あの勇士の好意はありがたいですが、どうも劣勢な様子です! 
あてにするわけにはいきませぬ!」
孔明の叫びに、劉備がうなずいた。
「仕方ないっ! みなのもの、いそいで退け! われらは江陵《こうりょう》を目指すぞ!」


蔡瑁と謎の勇士の戦いは、まだ城内でおこなわれているようであった。
だが、孔明の言う通りで、このままじっとしているわけにはいかない。
民も、けが人を助けつつ、けんめいについてくる。
あわれにも矢の犠牲になった者たちは野ざらしで置いていくほかない。
こころのなかでかれらに詫びつつ、趙雲は、劉備とともに襄陽を離れた。




つづく


※ いつもお付き合いくださっているみなさま、ありがとうございます!(^^)!
昨日はたくさんのお客さんにお越しいただき、うれしいです!
本日は文長……魏延、ちょろりと登場の回でありました。
蔡瑁どのはひどいですねー、ほんとに;

さて、ブログ開設6000日記念と、設定集の更新もそろそろと考えています。
記念作品は本日出来上がりそうです。18日に発表します(^^♪
あわせて近況報告などもさせていただくかもしれませんので、そのときはどうぞ読んでやってくださいませv

そして本日もちょっとでも面白かったなら下部バナーにありますブログ村及びブログランキングに投票していただけますと、とっても励みになります!
どうぞバナーをぽちっと押してやってくださいませー(*^▽^*)

ではでは、次回をおたのしみにー♪

地這う龍 三章 その9 襄陽城の門前にて

2024年01月14日 10時08分55秒 | 英華伝 地這う龍



襄陽《じょうよう》には、普通の旅程の倍の日数をかけて、やっとたどり着いた。
民は元気いっぱいだった。
守る兵たちも、おなじく士気が高く、馬も飼い葉をたっぷり与えられており、威勢が良い。
だが、それでも人数が多すぎた。
だれもがけんめいに足を運んだのだが、騎馬なら半分の日数で済む日程が、ほぼ倍になってしまったのだ。
しかも大所帯ならではの小さなもめ事も頻発した。
趙雲も、その仲裁などに回って神経をとがらせていたため、ふだんの旅よりもずいぶん疲れた。


襄陽城が見えてくると、ホッとした。
一か月ほどまえに、あの城市を舞台に大立ち回りをした。
そのことすらが、夢のように思える。
しかし、こてんぱんにされたほうの蔡瑁《さいぼう》からすれば、昨日の悪夢のように感じられる出来事だったろう。
大けがを負ってもいるはずで、かれが正常な判断ができるかどうか、趙雲は心配していた。
果たして、民を匿《かくま》ってもらえるだろうか。


劉備は襄陽につくと、すぐに開門を願わず、城を大きく迂回《うかい》した。
「わが君、どこへ行かれるのですか」
あわてて趙雲が馬を止めようとすると、劉備はたくらみを込めた笑みを向けて、答えた。
「劉表どのの墓参りだ」
「墓参り?」
おもわずオウム返しにして、すぐそばで馬上のひととなっている孔明のほうを振り向く。
すると、孔明はそれでいいのだ、というふうにうなずいて見せた。
『そうか、これが策の一環か』
趙雲はすぐに察した。
劉表の墓参りをしてみせて、襄陽城に立てこもる劉表の遺臣たちのこころをうごかそうというのが、劉備の思惑なのだ。


真新しい劉表の墓は、郊外の丘のうえにあった。
劉備たちがやって来たのを見て、墓守たちがあわてて迎えにやってくる。
劉備はかれらに慇懃に礼を述べると、すぐさま馬を降り、劉表とその妻の墓の前に立った。


劉表は、裏表の激しい男だった。
英雄とはとても呼べない男だった。
そのことを、趙雲はよく知っている。
劉表のせいで、大きく人生を狂わされた人々も顔見知りだ。
だからこそ、趙雲は劉備と同じく墓の前に立っても、頭を下げることすらしなかった。
ちらっと孔明を見ると、かれも正直者で、傲然と見えるほどに、まっすぐと劉表の墓を見つめていた。
劉備の家臣たちは、事情を知っている者が大半なので、趙雲と孔明を咎めては来ない。
ただ、墓守たちだけは、なぜ家臣の中に礼を取らない者がいるのだろうという目で見てきた。


民もまた、劉備に倣っておとなしくしていた。
事情の分からない赤ん坊の泣き声と、木立に住まう鳥の声がやけにうるさい。
劉備はしばらく瞑目し、無言のまま祈りをささげていた。
劉備からすれば、劉表は長きにわたり援助をしてくれた恩人でもある。
こころの中で、感謝の念を伝えているのか、それとも、ちがう言葉をかけているのか、趙雲にもわからなかった。


事情を知らない民たちは、劉備の真摯《しんし》な祈りの姿に打たれているようだ。
両手を合わせていっしょに拝んだり、感動して泣いたりしている者すらいる。
「やはり、われらが殿様はただ者ではない、まことの仁君だ」
「なんという律儀なお方であろうか、やはりわれらは、このお方についていくぞ」
そんな震えた声が、そこかしこで聞こえた。


ささげた線香が燃え尽きたあと、劉備はやっと目を開き、そして墓守にまた礼を言うと、ふたたび動き出した。
こちらの動きをじっとうかがっていたであろう襄陽城市の門に向かって進む。
襄陽と書かれた扁額《へんがく》のある楼閣のなかで、兵がちらちら動いているのが、趙雲からもよく見えた。
蔡瑁が出てきているかどうかは、まだわからない。


「われは劉玄徳である! 荊州の民を守ってここまで参った! 開門を請う!」
しかし、劉備の声だけがわんわんと静けさの中に広がり、襄陽城からはなんの返答もない。
門はぴたりと閉ざされたままだ。


「劉琮どの、そこにおられるか、聞こえておるであろう! 
わたしは新野と樊城の民を連れてきた! どうかかれらを預かって匿ってはくれまいか!」
二度目の呼びかけにも、返事がない。
次第に、それまで息をつめて様子を見ていた民たちが、ざわざわと騒ぎ始めた。
兵が落ち着くようになだめるが、言うことを聞かない。
民は楼閣を見上げ、口々に、なぜ門があかないのだろうと言い合う。
「殿さまが開けろとおっしゃっているんだ、開けろ!」
と、やじを飛ばす者すらあらわれた。


それでも、襄陽城に動きはなかった。
無視をするつもりなのだろうか。
趙雲がじっと目を凝らしていると、やがて、襄陽城の楼閣で動きがではじめた。
楼閣の中央に、ひとりの武将があらわれたのだ。
あまり使われていなさそうな派手な甲冑に身を包んだ中年男である。
趙雲は、その顔に見覚えがあった。
張允《ちょういん》だ。
蔡瑁の腰ぎんちゃくで、顔に深い笑い皺のある男だ。
しかし、愉快な冗談のために出来た皺ではなく、人にへつらって卑屈に笑ってばかりいるので出来た皺だ。


「張允どの、聞こえていたのだろう、開門を願う!」
劉備が訴えると、その返事とばかりに、張允は片手をサッとあげる。
すると、それまで隠れていた弓兵が、いっせいに楼閣のうえにあらわれて、こちらに狙いを定め始めた。
それを見て、劉備の顔が大きくゆがんだ。
「馬鹿なっ! それが襄陽の者たちの答えか!」
「なんとでもほざけ、この逆賊めが! 
われらは漢の丞相たる曹孟徳どのをお迎えすることにしたのだ! 
曹丞相に歯向かわんとするおまえたちをここで滅ぼし、首を手土産としてくれん! 
さあ、みな、ためらうな、逆賊を滅せよ!」


つづく


※ いつも見てくださっているみなさま、ありがとうございます!
そして、サイトのウェブ拍手を昨日15時にしてくださった方も、ありがとうございました!(^^)!
温かいメッセージまで……うれしいです! サイトのほうでもお返事を書かせていただきました。
定期的に見てくださっているようで、とても光栄です。
褒めていただき、書いた甲斐があったなとこころから思いました。
おかげさまで、とっても励みになりました。今後もがんばります!

それと、みなさま、なんと今月18日で、このブログの開設6000日目なのですわ。
われながらビックリ。そんなにgooブログとお付き合いをしていたのかと。
それもこれも、閲覧してくださるみなさんがいるから続けられました、大感謝です(^^♪
記念企画も考えていますので、どうぞおたのしみにー!

ではでは、また次回をおたのしみにー(*^▽^*)

地這う龍 三章 その8 あらたな指針

2024年01月13日 10時15分36秒 | 英華伝 地這う龍



その夜、孔明は大量の紙束をかかえて、劉備の部屋へとやってきた。
あいかわらず、その紙束の内容は、趙雲には知らされていない。
紙束を孔明は劉備の居室で広げ、熱心に話をはじめた。
趙雲は、ふたりが話しこんでいる部屋の外で、じっと話し合いが終わるのを待つ。


怪しい奴があたりをうろついている気配もない。
夜が更けるにつれ、あたりにどんどん虫の音の大合唱が響くようになってきた。
それに紛れて、樊城《はんじょう》城内に寝泊まりする者たちの、いびきが聞こえてくる。
趙雲もつられてあくびをしたとき、ようやく両者の話し合いがおわった。


「子龍、遅くまですまないな。いま話がおわったよ」
孔明に声をかけられ、趙雲は部屋を覗き見る。
部屋には、孔明の書いたとおぼしき紙の絵図がひろがっていて、さらに、紙燭《ししょく》のまえに、劉備が満足そうな顔をして座っていた。
どうやら、話し合いは順調だったようである。
趙雲がほっとしていると、劉備が趙雲に笑いかけた。
「明日から忙しくなるぞ」
「出立でしょうか」
「そうだ。このまま樊城で立てこもるわけにはいかん。
わしらは、民をつれて襄陽《じょうよう》へ行く。そして、民は襄陽で預かってもらうつもりだ」


樊城の真南に襄陽はある。
明日に出発すれば、曹操より先に襄陽に入れるだろう。
だが、趙雲には懸念があった。
民を預かってもらうと劉備は言うが、劉表なきあとの襄陽を仕切っているだろう蔡瑁《さいぼう》が、はたして劉備の要求を呑むだろうか……夏の騒動のことを思えば、難しいのではないか。


だが、劉備は晴れ晴れとした顔で言う。
「おなじ荊州の民なのだ、蔡瑁とて、民を邪険に扱いはしなかろう。
それに、仮に追い返されたとしても、わしは民を見捨てることはせぬ」
きっぱり言ってのける劉備の顔を思わずまじまじと見てしまう。
その表情は明るく、決然としていた。


となりにいる孔明が、広げた絵図を趙雲に見せた。
「これは、江陵《こうりょう》までの街道の周辺にある井戸と水脈を描いた地図だ。
そこを管理する村長や、豪族たちの名前も記してある」
「それはすごい、よく調べたな」
思わず感嘆の声をあげると、孔明はなんてことはない、というふうに答えた。
「わたしがまだわが君にお仕えする前に、とある豪族のもめ事を解決したことがあってな。
そのときのついでに、いつか役に立つだろうと作っておいたものなのだ。
これの写しを、あなたやほかの者たちにも配る。これを見ながら、水を得つつ江陵を目指そう」


江陵は荊州の交通の要衝であり、物資が集まる重要拠点であった。
江陵に立てこもることができれば、曹操に対抗することも、あるいはできるかもしれない。
と同時に、わが君は、襄陽をとるという選択肢をとらないのだと、趙雲は覚悟を決めた。
襄陽に居座っているのは、奸臣《かんしん》蔡瑁とその一派である。
城を奪い、かれらを取り除けば、荊州全体を支配でき、樊城からはるか南へ下ったところにある江陵へ行く苦労をしなくていい。
だが、劉備はそれよりも、みなしごから荊州を奪ったと誹られることを恐れているのだ。
仁徳のひと、劉玄徳の看板をあくまで下ろしたくないということでもある。


趙雲も、すぐさま腹をくくった。
民を襄陽へ届ける。
もし蔡瑁がそれを受け付けなかったとしても、民といっしょに江陵へ逃げる。
孔明はすでにそうなった場合の下準備をしていたのだ。
やはり、口だけの劉封たちとは、孔明はまったくちがう。


「水さえ得られれば、食料は十分ですから、なんとか江陵まで持ちこたえられましょう」
趙雲が意気込んで答えると、劉備はうなずきつつも、すまなそうな顔になった。
「おまえには、苦労をかけることになる。
わが一族だけではなく、民の面倒まで見てもらうことになろう。
それでも、ついてきてくれるだろうか」
「なにをおっしゃいます、もちろんでございます」
「ありがとう、おまえがいるだけでどれだけ心強いことか。頼りにしているぞ」
「勿体なきお言葉」
趙雲は感激し、深々と頭を下げた。


劉備が寝室にもどったので、今度は孔明を寝室に送り届ける。
その短い道すがら、趙雲は隣に並ぶ孔明に言った。
「地図作りは終わったのだろう。明日から大変な道のりになるぞ、今日はゆっくり休め」
「そうするよ。これから半月は、まともに風呂すら入れなくなるかもな」
そういって、孔明は冗談交じりに、いやだいやだ、と首を振った。


「蔡瑁が民を受け入れると思うか」
「どうかな。こちらのやり方次第だと思う」
「やり方というと?」
「まあ、明日を待て。ほんとうは、わたしとしても、わが君には襄陽をとっていただきたかったのだが」
「蔡瑁は、劉琮君をあたらしい州牧に仕立て、曹操に降伏をしたのだろう。
もちろん、その劉琮というのは……」
「蔡瑁が『あたらしく』たてた劉琮さ。曹操も内情を知っていて、あえて知らぬふりをして襄陽入りするつもりであろう」
「腐っているな」
「腐肉だろうと、価値がありさえすれば食らうのが曹操だ。
蔡瑁とは旧友だし、曹操は荊州人士を厚遇するだろう。
新野《しんや》と樊城の民についても、ここでうまく別れられれば、かれらに曹操は手を出さない」
「そうだろうな。おまえが言っていた通り、やつらにしても、江東にまで遠征したいのだ。
荊州を蹂躙《じゅうりん》してしまえば、恨みを買って、背後から狙われかねない事態になる」
「最悪の場合、民を守りつつ江陵を目指すことになるやもしれぬ。
その場合は、頼りにしているぞ、子龍。なんとしても、わが君とご家族を守ってくれ。
わが君さえ生き延びることができたら、われらは息を吹き返せる」
「もちろんだ、おまえも同じだぞ」
「わかっている。生き延びてみせるよ。
それにしても、劉琦《りゅうき》どのがもうすこし健康で勇敢な方であったなら、江夏《こうか》から襄陽へ出兵してもらい、こちらも樊城から挟撃する、という策が取れたのだが」


「劉琦君には、こちらの動きを連絡をしてあるのか」
「江陵へ行くには漢水を下るのが早い。江夏から船を借りられないか、使者を出してある」
「仕事が早いな、おまえは」
感心すると、孔明はふふん、と胸を張った。
「こういう仕事は得意なのだ」
それから急に真顔になって、趙雲のほうを向いた。
「きっと生きろよ、子龍。死んだら許さぬぞ」
「おまえなら、冥府の王にもかけあって、おれに嫌みを言いに来そうだな」
「もちろんさ。わたしを誰だとおもっている。
あなたの上役であり、親友だからな。なんでもいいに行くさ」
そういって、孔明は白い歯を見せて笑った。


つづく


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