goo blog サービス終了のお知らせ 

はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

地這う龍 三章 その17 夏侯蘭、巻き込まれる

2024年01月22日 10時17分13秒 | 英華伝 地這う龍
荀攸《じゅんゆう》はすぐに夏侯蘭《かこうらん》の前にあらわれた。
本人がすぐにあらわれるとはおもっていなかった夏侯蘭は、司馬仲達の人脈にあらためて感心した。
荀攸からすれば、早く読みたい手紙らしい。
人払いをしたのち、荀攸は夏侯蘭から受け取った手紙を読む。
荀攸は体つきのすらりとした、いかにも上品で清潔な印象の男だった。
文官をあらわす冠に、趣味の良い飾りをつけている。
身にまとう黒い絹の衣裳は、かれの体つきをよけいに細くみせていた。
手紙を読むその目は、あまり明るいものではなかった。


「そうか、劉表の死の真相が、これでわかった」
荀攸はため息とともにそういうと、やっと真正面から夏侯蘭を見た。
その目には同情の色が浮かぶ。
司馬仲達は、おれのことまで手紙に書いたのかな?
不思議に思いつつ、荀攸のことばを待つ。
「夏侯蘭どのといったか、だいぶ苦労をされたようだな。
それなのにお上に勲功として認められないとは、気の毒なことだ」
当初は事務的だった荀攸の態度が、手紙を読んだ後は親身な態度に変わっている。
それどころか、夏侯蘭がこの夏、樊城《はんじょう》で、とある大事件の決着をはかったことを評価してくれているようだ。


「貴殿のために、わたしも働かねばなるまい。ついてきてくれぬか」
うながされて、夏侯蘭は荀攸のあとをついていく。
行く先は、南門にずらりと並ぶ兵士たちの真ん前であった。
すでに諸将がずらりとせいぞろいしていて、なかには、夏侯蘭が見たことのある大物たちの姿もあった。
『曹仁どの、曹洪どの、張文遠までおる。虎痴将軍《こちしょうぐん》も!』
そうそうたる顔ぶれに怖じつつ、荀攸のほうを見ると、荀攸は安心しろと言わんばかりに妙に優しく微笑み、それから、おどろいたことに王座にある曹操に近づいていく。
なんだなんだと驚いている間に、荀攸の話が終わったらしい。
曹操が、こちらに興味深そうに顔を向けた。


『公達(荀攸)どのは、俺をなんと紹介したのだ? 
曹操は『無名』とつながっているのだから、俺は曹操とは敵になるのではないか? 
いや、曹操は『無名』には手を焼いていると嫦娥《じょうが》が言っていた。
だとすると、曹操は俺の敵ではない? ああ、こんがらがってきた』
あせる夏侯蘭のこころも知らず、曹操はつやつやと光る整えられた髯を撫ぜつつ、深みのある声で話しかけてきた。
「夏侯蘭とやら、御辺が劉備軍の内情にくわしいとは、ほんとうか」


どういうことだ?
おどろいて、とっさにうまく答えられない。


荀攸のほうを見ると、かれは涼しい顔をして、曹操に答える。
「じつは、かれは最近まで、新野へ間者として潜入していたのです。
ですから、ここにいるだれよりも劉備の内情にくわしいことでしょう」
「それはおあつらえ向きだ。それでは、夏侯恩《かこうおん》の軍の道案内に、おまえをつけよう」
なんだって?
目をぱちくりさせる夏侯蘭にまったくかまわず、荀攸は言う。
「夏侯恩どのは成人して間もない身ゆえ、劉備とその家臣どもの顔を知らぬのだ。
おまえが案内して、夏侯恩どのに手柄を立てさせてあげてほしい」


その夏侯恩らしき青年が、にこりともせずに夏侯蘭に向かって軽く会釈してきた。
青年というより、少年といったほうがいい雰囲気の、どこか頼りなさそうな武人である。
纏《まと》っている甲冑がだれよりも美々しく立派なのにたいし、中身が伴っていない感じがあるのも、なにか気の毒ですらあった。


「夏侯恩は、わが|夏侯元譲《かこうげんじょう》(夏侯惇)の末の弟なのだ」
と、まるでわが子を紹介するような口調で、曹操は言った。
「このたびの戦で、こいつにも大功を立てさせてやりたい。
できれば劉備の首を、な。案内を頼めるかな、夏侯蘭よ」


否、と答えたなら、すぐさま首をはねられるだろう。
『だめだ、ここで死ぬわけにはいかん』
とっさにおもったのは、自分の命が惜しいからではなく、藍玉《らんぎょく》や阿瑯《あろう》、そして幼馴染みの趙雲のことが頭にあったからだ。


「わかり申した、そのお役目、お引き受けいたします」
声が震えたのは仕方ない。
曹操と荀攸は、夏侯蘭が緊張して震えているものとよいふうに取ったようだ。


それにしても、恨めしいのは司馬仲達である。
かれはおそらく、劉表とその息子たちの事件のあらましを荀攸に説明したうえで、夏侯蘭の面倒をみてやってくれと、余計な文言を手紙に書いたのだろう。
それを真に受けて、荀攸は、よりによって曹操に夏侯蘭を紹介してしまったのだ。
『見たところ、編成されているのは軽騎兵だ。
これでは劉備軍に十日もしないうちに追いつく。
追いついたら、乱戦となるだろう。
隙を狙って、藍玉たちを探す、それしかない』
ひそかに決め、夏侯蘭はなるべく平静をよそおって、夏侯恩の軍に加わった。


そして午後、曹操軍は劉備の首をめざして、南へと移動をはじめた。




つづく


※ いつも閲覧してくださっているみなさま、ありがとうございます(^^♪
あらあら、夏侯蘭どのが大変なことに……!
といいつつ、次回は趙雲と孔明のエピソードとなります。
どうぞおたのしみにー!

でもって、今日もちょっとでも面白かったなら、ブログ村及びブログランキングに投票していただけますと、とても励みになります。
よろしかったら、ご協力よろしくお願いいたします('ω')ノ

ではでは、またお会いしましょう(*^-^*)

地這う龍  三章 その16 夏侯蘭、ふたたび荊州に

2024年01月21日 10時09分44秒 | 英華伝 地這う龍



街道にそって、ひたすら南へ向かっていた夏侯蘭《かこうらん》は、いよいよ荊州の境に入ったところで、宿のあるじから、おどろくべき情報を手に入れた。
「新野城《しんやじょう》はすっかり廃墟のようになっていますよ。
劉備さまが、撤退される際に、火をかけたものですから」
「なんだと! 戦場になったのか」
「手前どもも詳しくはわかりませんが、劉備さまと新野の住民が樊城《はんじょう》へ逃げたあと、火の手があがったようです」
「そ、そうか」
では、曹操軍による新野城の住民の虐殺はなかった。
藍玉《らんぎょく》は、阿瑯《あろう》は無事なのだなとおもって、夏侯蘭はホッとした。
恩人たちが炎にまかれて死んだかもしれないなどとなったら、今度こそ立ち直れない。


宿を早朝に引き払い、さらに南へ向かう途中で、すでに劉備軍が民をひきいて、樊城を出たという話を聞いた。
「藍玉たちは同行しているのだろうか」
気になったが、くわしく調べているひまはなかった。
それというのも、襄陽から北へもどっていく商人の一行から、
「どうやら明後日にでも曹操軍が南へ向かうようですよ」
と聞き込んだからだ。
おなじ商人からは、劉備が新野と樊城の民を襄陽城に入れてもらおうとしたところ、蔡瑁《さいぼう》らに追い返された、という痛ましい話も聞いた。
「劉備どのはどこへ向かっているのだろう」
「さて、わかりませぬが、ともかく南へ向かっていることはたしかです」
商人は、夏侯蘭から情報量がわりの駄賃をもらうと、そのまますれちがいに北へもどっていった。


『ともかく、司馬仲達からあずかった手紙を、荀公達《じゅんこうたつ》(荀攸《じゅんゆう》)にわたそう。
何が書いてあるのかはわからぬが、重要な手紙らしいからな。
司馬仲達にはさんざん世話になったから、手紙は最優先にわたさねばならぬ。
それからすぐ、南へ逃げたという劉備軍を追おう。
襄陽城で民が追い返されたというのなら、藍玉たちも一緒だったのだろう。
それからあと、どうしたかはじっくり探ればよい』
段取りをあたまのなかで組み立てつつ、夏侯蘭は、襄陽へと急いだ。


樊城を出てから二日で、襄陽に到着した。
なるほど、城壁には曹操軍の旗がたてられて、それが風をいっぱいにくらって、泳いでる。
自分もかつてまとっていた、曹操軍の甲冑をまとった歩哨《ほしょう》たちが、あたりを警戒していた。
めまいがするほど多くの兵士たちが襄陽のまわりで待機していた。
幕舎がいくつあるのだろう、数えきれないほどある。
近づけば近づくほど、鉄の匂いがするような錯覚をおぼえるほどだった。


襄陽の住民や商人たちは、きびしく襄陽城への出入りを制限されていた。
いかにも曹操の軍の近衛らしい優秀そうな男が門衛に立っていて、夏侯蘭がちかづくと、たちまち怪訝そうな顔をして誰何《すいか》してきた。
「そこの男、何者だ」
おそらく、俺のこの禿頭《とくとう》をかくしている頭巾姿があやしいのだろうなと推理しつつ、夏侯蘭は平然と答えた。
「おれは常山真定《じょうざんしんてい》の夏侯蘭と申す者。
河内《かだい》の司馬仲達どのの使者として、荀公達どのに会いに来た。
どうか取り次いでもらえぬだろうか」
「司馬仲達? 河内の、司馬伯達(司馬朗)どのの弟御のことか?」
さすが、司馬家の名は通っているなと感心しつつ、夏侯蘭はうなずいた。
「そうだ。手紙をあずかっている。じかに本人に渡したい」
「手紙を見せろ」
「中身をみないと約束してくれるなら、見せていい」
「ふん、威張ったやつだな」


鼻を鳴らしつつ、門衛は夏侯蘭がもってきた手紙をあらためる。
手紙は封緘《ふうかん》がしてあるので、それをとらない限りは、中身は見られない。
襄陽城の門を預かっている男といえど、さすがに筆頭軍師である荀攸あての手紙を開封しようとはしなかった。


「しかし、これだけでは、貴殿が間者でないという証左はないな」
「身をあらためてくれていい。手紙のほかには、怪しいものは持っておらぬぞ」
門衛は、部下を呼び寄せ、夏侯蘭のからだをくまなくあらためた。
頭巾の下が禿頭だと知ると、なんとも微妙な顔をしたが、意外にも詳しく話を聞こうとはしなかった。
「たしかに言うとおり、怪しいものは持っていないようだ。
取り次ごう、控えで待っていてくれ」


門衛は行ってしまったが、夏侯蘭がそれほど待たないうちに、荀攸のもとへと案内してくれた。
感心して、
「早いな」
とおもわずいうと、門衛は振り返りもせず答えた。
「急がねばならぬ理由がある。これから閲兵ののち、軍が南へ向かうのだ。
公達さまも閲兵式に参加される。そのまえに手紙をわたしたほうがよかろう」
なるほど、気の利く男である。
曹操軍はやはり、優秀な人材が多いのだ。
しかし、軍が南へ行く、というのが気になった。
いよいよ、曹操が劉備の首に手を伸ばそうとしているのか。


夏侯蘭は、北門から南門へと案内された。
南門へ向かうにつれ、ものものしい空気に変わっていく。
どうやら南側に兵が整列をはじめているようだった。


曹操軍のうごきを、怯《おび》えた顔をしてうかがっている民の顔が印象的だ。
しかし夏侯蘭がみたところ、襄陽城市は荒らされている気配がない。
規律の正しさは、さすがに曹操直属の軍だといえるだろうか。
曹操は、徐州のときのように『父の仇討ち』といった感情的な理由がないこともあり、荊州の民をむやみに殺そうとは思っていないようである。


『だが、歯向かえばどうなるかわからぬ。
新野の民は、劉備についていくことで曹操に背を向けたとみなされたはずだ。
藍玉たちがこれについていってないだろうか』
賢い女だったから、藍玉は劉備につかず、どこか途中で隠れて曹操軍をやり過ごしているかもしれない。
いや、そうであってほしいと、こころから思う。
曹操軍の実力は、かつて夏侯淵の軍に所属していた夏侯蘭だからこそ、よく知っていた。


つづく

※ いつも閲覧してくださっているみなさま、ありがとうございます(^^♪
そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださったみなさまも、大感謝ですー!
ブログランキングでは2位に返り咲きしました、ブログ村も4位に……!
やっぱり評価していただけると嬉しいです(#^.^#)
みなさま、ほんとうにありがとうございます!

本日もちょっとでも面白かったなら、ブログ村及びブログランキングに投票していただけますと、管理人のやる気が倍増、とても励みになります!
どうぞご協力よろしくお願いいたしまーす(*^-^*)

昨日からたくさんの方に閲覧していただいているようで、ほんとうに光栄です。
たくさんありますんで、ゆっくり見ていってくださいね♪

「奇想三国志 英華伝」本編の制作はもちろん、それ以外の制作もすすめていますので、進捗がありましたらまたご報告させていただきます!

ではでは、また次回をおたのしみにー(*^▽^*)

地這う龍 三章 その15 張郃と舞姫

2024年01月20日 10時10分58秒 | 英華伝 地這う龍
外に厠《かわや》があるので、そちらに足を向ける。
とはいえ、尿意があったわけではない、気分を変えたかったのだ。
夜の涼しい風が、ほてったほほに当たって、心地よい。
曹操は末端の兵にまで、襄陽《じょうよう》での略奪を禁じていた。
そのかわり、今日に限っては、襄陽城の酒蔵を開け、みなに酒をふるまうことを許していた。
あちこちから、兵士たちの楽しんでいる声が聞こえてくる。
焚《た》かれた篝火のなかで、深呼吸をくりかえし、さて、そろそろ席に帰らないと罰杯を飲まされることになるなと踵《きびす》を返そうとしたときだった。


篝火と襄陽城の柱の間の陰にかくれるように、女がいた。
こちらに背を向けて、しょんぼりうなだれている。
舞姫のひとりだろうか。
派手な衣装と、その流行に合わせて複雑に編み込まれた髪で、玄人女だと知れた。
さて、だれかに意地悪でもされて泣いているのかと興味を覚え、張郃はちかづいていった。
いくばくかの下心もあった。
女をうまく口説けたら、そこいらの茂みに連れて行くつもりでもあったのだ。


「どうした、なぜこんなところで泣いている」
張郃は、けして男どもには見せない、精一杯の優しい顔をして近づいていった。
この笑顔を見せると、たいがいの女はすぐにほだされて心をひらく。


思惑通りで、女は泣き顔を向けてくると、張郃の整った顔を見て、ぽっと顔を赤く染めた。
張郃にしても、女からそういう反応をされるのが当たり前になっているので、動じない。
「だれかにいじめられでもしたのか」
言いつつ、張郃は女ににじり寄る。
女のほうは、いやな感じを受けないらしく、身じろぎしつつも、逃げない。
「どうした、泣いている理由を言ってみよ。おれがなんとかしてやれるかもしれぬ」
「お申し出はありがたいのですが、さすがに将軍様でもどうしようもありますまい」
「それはどういう意味かな」
「わたしが泣いていたのは、劉備さまについていってしまった親族のためです。
今宵の宴は、劉備さまたちを追撃する兵隊さんたちのためのものなんでしょう? 
みなさまに、わたしの親戚たちも殺されてしまうのかと思うと、せつなくて」


張郃は、またもしらけてしまった。
しかも篝火の明かりでよく見ると、舞姫とはいえ、この娘はまだ十五かそこいらの小娘ではないか。
さらには、この無防備な物言い。
ほかの将に見とがめられていたら、面倒なことになっていたにちがいない。


「涙をふけ。そして、劉備についていった者のためなんぞに泣いていたなどと、ほかの者には絶対に言ってはならぬ」
最初の優しげな様子から一変し、こわばった顔を見せる張郃に、舞姫は目をぱちくりさせている。
あまり賢い娘ではなさそうだと思うと、張郃はますますしらけた。
あわよくば、という気持ちもうせていく。
「化粧を直したら、さっさと持ち場に戻るのだな。曹丞相はめそめそした者は好かれぬ」
「で、でも」
「でももなにもない。丞相は女子供であろうと気に入らぬ者には容赦はせぬぞ。
わかったなら、さっさと去《い》ね」
「は、はい、ありがとうございます」
舞姫はぺこりと頭を下げると、軽い足音をたてて去っていった。


その背中に、張郃は聞こえないようにつぶやいた。
「おまえの親族とやらは、助かるまい。おれたちが屠《ほふ》ってしまうだろうからな」
明日からのことを思うと、気持ちがはやるというよりも、醒めていく。
張郃は自分が見た目ほどやさしい人間ではないと自負している。
それでも、無辜《むこ》の民を引き連れて江陵へ逃げようとする劉備の気持ちがわからなかった。
仁君と祭り上げられ、いまさら看板を下ろせない、というところか。
『民を盾に、自分たちだけは助かろうという魂胆ではあるまいな』
だとすれば、なおさら許せぬ。
張郃は、ふうっと大きく息を吐くと、あらためて気合を入れなおし、みずからも宴席へと戻っていった。


つづく


※ いつも遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます(*^-^*)
ブログランキングおよびブログ村に投票してくださったみなさま、重ねてありがとうございました!
とっても励みになります(^^♪ どんどん書いていけるエネルギーをいただきました!
ブログランキングでブログをフォローしてくださった方も、うれしいです!(^^)!
今後もどんどん作品を発表していきますので、どうぞおたのしみにー(*^▽^*)
ようし、今日もがっつりがんばりますよー!

そして、今日もちょっとでも面白かったなら、ブログ村及びブログランキングに投票していただけますと、とても励みになりますv
どうぞご協力よろしくお願いいたします!

ではでは、次回をおたのしみにー(#^.^#)

地這う龍 三章 その14 壮行の宴

2024年01月19日 09時45分59秒 | 英華伝 地這う龍



張郃《ちょうこう》は満足した。
曹操が、いよいよ本腰を入れて劉備の追討にうごいたことが、うれしいのである。
『こんどこそ、劉備の首をとって見せる。趙子龍ごときに邪魔をされてなるものか』
聞いた話では、劉備たち一行は、民を連れているため、いまだ江陵《こうりょう》にたどり着いていないと聞く。
追えば、三日もしないうちに追いつくだろうとのことだった。
おそらく、劉備たちは水と食料の確保にも汲々《きゅうきゅう》としていて、心身ともにボロボロになっているだろうが……かまうものかと張郃は思う。
ついていった民についても同情はまったくしない。
判断をまちがえるから、死ぬ運命になるのだ。
本気でそう思っている。


出発の前日、壮行会がひらかれた。
かつては劉表らが使っていた襄陽城《じょうようじょう》の大広間に、いまは曹操とその腹心たちがずらりとならぶ。
曹操が許都からつれてきた楽団のかなでる音楽に耳をかたむけ、ゆったり飲む酒は格別である。
さらには、曹操みずからがつくった詩歌をみなで唱和したり、あざやかな芸を見せる雑技団の芸をたのしんだり、いろいろ盛りだくさんである。
とくに、曹操の楽団の腕はすさまじく、劉琮側の芸妓たちを圧倒していた。
だれもが目を丸くして、この新しい音楽はなんだろうという顔をしている。
それを見るのも面白かったが、劉琮たちの舞姫たちもなかなかの美姫ぞろい。
さっそく楽団に負けじと地元由来の踊りなどを披露して意地をみせ、諸将をさらに楽しませた。


曹操は上機嫌で、つねに何を見ても笑っていた。
明るい笑い声をあげつづける曹操につられるように、重臣たち、腹心たちもみな、美酒に酔っている。
張郃もまた、おおいに楽しんだものだが、まわりを観察することも忘れない。
となりにいる張遼は静かに微笑みつつ、ゆったりかまえて酒を飲んでいる。
曹仁と曹洪らは、舞姫たちや芸人たちを囃《はや》し立てて、子供のようにはしゃいでいた。
一方で虎痴将軍《こちしょうぐん》は、いっさい酒には手を触れず、曹操のそばに佇立《ちょりつ》している。


その曹操は、なにか盛り上がることがあるたびに、率先して声を立てて笑っている。
一方で、となりにいる劉琮は、なにを見てもにこりともしない。
どうあれ、城が落ちたことが悔しいのだろうか。
蔡瑁《さいぼう》とくらべれば、気骨《きこつ》があるほうなのか?
笑みを見せないのは、われらに対する、精一杯の抵抗のつもりなのだろうかとすら張郃は思ったが、見ているうち、その印象も変わった。
劉琮の意思のなさげな、人形のようなのっぺりした顔をみていると、何か違うような気もする。
いかにも育ちの良い美少年といったふうだが、曹操からはまるっきり無視されているのだ。
代わりに蔡瑁と張允《ちょういん》らが、曹操の酒の相手をしていた。


蔡瑁と張允は、必死なのがよく見て取れた。
誇りも矜持《きょうじ》もなにもなく、曹操に使えるだけのおべっかをすべて使っている、といったふうである。
曹操のほうはというと、やはり余裕があり、旧友との再会がうれしいらしく、おべっかとわかっていながらも、それを機嫌よく受け取っていた。
声高に曹操を褒めちぎる蔡瑁を見て、張郃は心底、吐き気がする思いだった。
ゴマすり男どもめ、と思ってしまうが、ほかの家臣たちは、かれらの態度にも知らん顔。
なれなれしい、図々しい。
そう思ってはいるだろうが、あまり顔に出さない。


たまりかねて、張郃はとなりの席に座る張遼にたずねる。
「劉表の病をよいことに、この荊州を骨抜きにしたのはやつらだろう。
ほかの者どもはともかく、なぜ丞相はやつらを斬らないのかな」
あまり感情的になり過ぎぬよう、声をおさえてそう聞くと、張遼は、ふむ、と短く返事をした。
かれは静かに杯を口に運んでいたが、やがて杯を置き、答えた。
「斬らない理由はあきらかだ。曹公はやつらの水軍を欲しているのだ。
これからさき、江東を制圧するには、水軍がどうしても必要となる。
だが、われらは北の人間。船をあつかう術にとぼしい」
張遼の言わんとすることを素早く察知し、張郃は納得した。
「つまり、利用できるものは利用しようと」
「そういうことだ。やつらを始末するのはいつでもできる。
だが、始末してしまえば、荊州の水軍を束ねられる者がいなくなってしまう。
そこで仕方なく、やつらを生かしているというわけさ」
「では、われらが連中の技を盗み、水軍を利用できるようになれば」
「言わずもがな、だな。連中は用済みだ」


なるほどと腑《ふ》に落ちたものの、蔡瑁らの平身低頭の情けない姿を見ていると、やはりむかむかした。
なんでこれほどにイライラするのだろうと考えて、すぐに理由が見つかった。
かつて袁紹軍から曹操軍にくだったときの自分も、あんなふうだったかもしれないと考えてしまうからだ。
いや、おれはもっとしっかりしていた、と思うのだが、わからない。
張郃も、生き残るために必死だった。
淳于瓊《じゅんうけい》のようになりたくない一心だったから、はたから見れば、あんなふうにおべっかと賛辞の嵐を曹操に浴びせて、命乞いをしているように見えたかもしれなかった。
なんだか気分がしらけてきて、張郃は厠《かわや》に行くといって、席を立った。

つづく


※ いつも閲覧してくださっているみなさま、大感謝です♪
そして、昨日のブログ開設6000日記念に、たくさんの方においでいただきました!
ブログ村とブログランキングにも投票してくださって、ありがとうございます!(^^)!
ブログランキングはフォローしてくださった方もいる様子!
うれしいです、ほんとうに……! 
みなさまの応援のおかげで、さまざまなことにチャレンジできていますv
今後もがんばりますので、引き続き応援していただけるとうれしいです(*^-^*)

さて、そろそろ「設定集」のほうも動かそうかと思案中。
原稿ができあがり、準備がととのったら、またお知らせしますね(^^♪
次回は「趙雲」の予定です(やり直しの「趙雲」です)。

さらに、本日もちょっとでも面白かったら下部バナーにありますブログ村及びブログランキングに投票していただけますと、管理人も欣喜雀躍!
とても励みになりますので、ご協力よろしくおねがいいたします!

ではでは、また次回もおたのしみにー(*^▽^*)


地這う龍 三章 その13 燃える張郃

2024年01月18日 09時58分48秒 | 英華伝 地這う龍



襄陽城《じょうようじょう》に入るには新野《しんや》と樊城《はんじょう》を経過せねばならない。
もはや廃墟と化した新野城を横目に、無人の樊城を過ぎ、ようやく曹操軍は襄陽城へ入った。
それまでの道中は、張郃《ちょうこう》にとっては苦々しいものだった。
曹操は劉備と諸葛亮とやらの手際をほめていたが、こてんぱんにやられたほうとしては、笑ってなどいられない。
とくに張郃は、悔しさがまったく晴れず、朝はだれよりも早く起きては、ひとり槍の鍛錬に励むようになっていた。


だれに命じられたわけでもない。
ただ、無性に、そうしなければと思ってしまうのだ。
燃え盛る新野城で見た、趙子龍のぞっとするような凄惨な笑み。
あいつを二度と笑わせない。
今度はほえ面をかかせてやる!


そんな張郃に付き合う副将の劉青《りゅうせい》は毎朝眠そうで、
「ほどほどにしませぬと、いざというとき疲れてしまいますぞ」
と、ほかの者ならぶん殴られそうなことを言う。
劉白《りゅうはく》は真面目なところを見せて、張郃の鍛錬の相手をせっせと務めていた。


かれらの様子を知った曹洪などは、
「過度にやる気をみせておいて、丞相から多く恩賞を引き出そうという魂胆なのだろう」
と、ケチな難癖をつけてきた。
張郃はそれをまったく無視した。
曹洪は趙子龍とじかに戦っていない。
趙子龍……あの男こそが劉備の首をとるための障壁だ。
張郃はそう信じ、襄陽城に入るその朝も、けんめいに槍の鍛錬に励んだのだった。


そして、昼過ぎに曹操軍は襄陽城に入った。
蔡瑁《さいぼう》らは曹操に平身低頭といったふうで、だれひとり曹操軍を妨害する者はいなかった。
『気骨《きこつ》のない奴らだ』
張郃は内心でつよく蔡瑁らを軽蔑した。
領土を守るために一戦も交えず、よく荊州の民に顔向けができるものだ。
張郃から見る蔡瑁は、たしかに品のよさそうな大将然とした男だったが、行動からするに、見掛け倒しなのであろう。
蔡瑁の担《かつ》ぐ劉琮は、等身大の人形のような雰囲気の美少年で、落ち着いているというよりは、魂が抜けてしまっているかのようだ。
蔡瑁をはじめ、張允《ちょういん》、宋忠らは、曹操軍を怖じて、目を合わせようとすらしない。
腰抜けどもめ、劉備たちのほうがまだ歯ごたえのある連中だった、と張郃は憤然とする。
これほど見ていてイライラする連中は久しぶりだった。


一方で、曹操は悠然とかまえていた。
すぐに劉備らを追撃することはせず、まっさきに襄陽の民の慰撫《いぶ》につとめた。
襄陽の民は羊の子のようにおとなしくしている。
これからを思い、怯え震えていた民は、曹操軍の規律正しさと、略奪をしないことに、安堵している様子だ。
曹操はおおいに寛大さを見せて、劉備に近かった者ですら、咎《とが》めることをしなかった。


さらに翌日、曹操はおのれの名望を高める行動に出た。
荊州の代表と言っていい人々……宋忠や王粲《おうさん》などの文化人から、蔡瑁、張允といった重臣たちまでを、それぞれ帝の名のもと、高位に推薦したのだ。
これにはみな感動し、静まり返っていた襄陽の街も少しずつ活気を取り戻していった。


一部の武人たちは反発し、地方で抵抗していた。
だが、それらは張遼と張郃の活躍により、つぎつぎと屠られていった。
なおも抵抗を続けていた者たちもいたが、大将の文聘《ぶんぺい》が降伏したことから指揮が崩壊。
雪崩を打つように曹操軍に首《こうべ》をたれてきた。


曹操が徐州の再現をのぞんでいないのだと、だれにもわかってきた。
すると現金なもので、曹操軍に協力する者がどんどん増えていった。
そして、平和で穏やかだった劉表時代のことは、遠い過去のようにあつかわれた。
もちろん、過去をなつかしみ、曹操軍を憎む者もいたかもしれない。
しかしその勢いの前には、もはや抵抗することも、愚痴をいうことすらもかなわない。
心ある者たちはこころのなかで、劉備についていった人々の運命を想い、ため息をつくしかできなくなった。


曹操が劉備を追撃することを決め、軽騎兵を中心に軍を編成したのは、襄陽を落ち着かせてから、しばらく経ってのことだった。
文聘を道案内にして、江陵《こうりょう》を目指す劉備たちを追うのである。
軽騎兵には、新野で煮え湯を飲まされた者たちを含め、精鋭がそろっている。
もちろん、そのなかに張郃も含まれていた。


つづく


※ いつも閲覧してくださっているみなさま、ありがとうございます(*^-^*)
そして、ブログ村に投票してくださったみなさまも、感謝ですー!(^^)!
ほんとうにありがたい! やる気が出ます!
きょうもがんばるぞー!!

さて、本日めでたくブログ開設6000日目を迎えました(^^♪
記念作品は、ちょっと準備がありますので、午後からの更新とさせていただきます。
どうぞおたのしみにー!

ではでは、またのちほどお会いしましょう(*^▽^*)

新ブログ村


にほんブログ村