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はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

地這う龍 四章 その2 江夏の美姫たち

2024年01月27日 10時00分33秒 | 英華伝 地這う龍
「一体、何をされているのです、船はどうしました!」
怒りで声が震えるが、かまっていられなかった。
こうしているあいだにも、劉備たちが曹操に追いつかれてしまっているかもしれないのだ。
温雅な孔明が、眉を逆立てて怒鳴りつけんばかりの剣幕なのを見てか、孫乾《そんけん》はしろどもどろになりながら答える。
「申し訳ない、面倒が起こってしまってな、わしらでは、にっちもさっちも行かなくなっておったのだ」
「面倒とは? 劉公子には面会はできたのですか?」
「それが、江夏《こうか》に来てから、一度もお会いできておらぬのだ」
と、関羽が赤い顔に憔悴した表情を浮かべて言った。
「御病気が重くなったとか理由をつけられてしまい、われらは側近に阻まれ、門前払いよ。
なんとか粘って、毎日、わし自ら城の門をたたくのだが、相手は一向に姿をあらわさぬ」


血の気が一気に下がった。
それほど劉琦の病が重くなっているのかと思うと、たしかに気の毒ではあった。
だが、見舞いも受け付けない、劉備の苦境を知っていながら動かない、というのは、心優しい劉琦らしくなかった。


「その、側近というのは、伊籍《いせき》どのですか」
尖っていた声色を、いくらかやわらげて孔明はたずねる。
「いや、伊籍どのにもお会いできておらん。
側近というのは、江夏の土豪の鄧幹《とうかん》とかいう男だ」
「鄧幹……そうですか、わかりました」


鄧幹という名は聞いたことがあった。
劉表の家臣の末席に座っていた男だが、忠誠心は低く、したがって名も通っていなかった。
黄祖と孫権の争いのときには、どちらにも与さず、蝙蝠《こうもり》に徹して、おのれの利権を守った男と聞く。
理想や道理のために命を賭けるたぐいの男ではない。
そんな自分勝手な男が、劉琦の側近として江夏城を切り盛りしているのであれば、なるほど、だんだん読めてきた。


鄧幹は曹操が江夏にまでやってくることを見越し、劉琮と同調して降伏したいのではあるまいか。
そのためには、劉備に心を寄せる劉琦は邪魔。
ましてや、船を貸してほしいといって、やってきた関羽たちはもっと邪魔。
かといって、江夏の兵力でまともに関羽たちと対決するのは難しい。
だから無視を決め込んで、関羽たちが諦めるのを待っているのだ。
関羽の側としても、どうしても船が必要なので、江夏から動けない。
船を奪うにしても、兵が足りず、これまた動けない。
孫乾が言った通り、なるほど、にっちもさっちもといった状況であった。


『劉公子は生きているのだろうな』
暗い予感がして、孔明は思わず眉をひそめる。
劉琦が鄧幹に歯向かえないのは、その気弱さで説明がつくが、伊籍たちが黙っているというのは、ふしぎであった。
劉琦がもし、危険な状況にいるのだとしたら……


しかし、どう考えても、推測にすぎない。
関羽と孫乾は自分たちのできるかぎりのことをやったつもりらしい、
だが、孔明からすれば、情報をもっと集めるべきではないかと思う。
策をたてるにしても、判断材料が少なすぎた。


そこで、孔明はさっそく将兵をあつめ、城の様子を調べさせる手はずを整えようとした。
命令をしようとしたところで、取次《とりつぎ》の者が声をかけてきた。
「軍師さま、鄧幹どのから使者が、慰問の芸人どもとともにやってきております」
使者と聞いて、
『ははあ、わたしの様子を探りに来たな』
と見当はついたが、芸人というのはなんなのだ、と首をひねった。
通せ、と伝えると、服を着ているというより服に着られているといったふうの、貧相な小男が入ってきて、これが鄧幹の使者だという。


孔明が呆れていると、またさらに、がやがやと場の空気を読まぬ芸人たちが幕舎のそばまでやってきた。
そのなかに多くの美姫たちが混じっているのを見て、孔明は腹を立てるより、脱力してしまった。
無視しても効かぬのなら、骨抜きにしてしまえばよいと思ったらしい。
もちろん、関羽もそれに気づき、とたんに地面をだんだん、と足で踏み鳴らし、小男を威嚇しはじめた。
「これは、わしらを馬鹿にしておるのかっ! 
船を貸してくれと言ったはず、芸人をよこせとは一言も言っておらぬぞ!」
しかし、貧相な小男は、場数を踏んでいるようで、あまり顔色を変えないまま、答えた。
「そうはいっても、みなさまお疲れでございましょう。
酒も食事も持って参りましたし、腹ごしらえしてから、わが主人と面会されてはいかがかと」
「どちらかというと、風呂のほうがいいが」
孔明はまぜっかえしつつ、美姫たちを見回す。


美姫たちは、なにがおかしいのか、袖で口元を隠しつつ、くすくす笑っている。
そのなかの、とびきり目の大きな美姫に目が行き、孔明は急に真面目な顔になった。
「せっかくの申し出ゆえ、饗応《きょうおう》を受けようではないか」
「軍師っ!」
関羽と孫乾が同時に叫ぶが、孔明は頓着せず、おのれの襟を正しながら答えた。
「腹が減っているのは確かだし、みなも待ちぼうけを食らわされて、くさくさしているだろう。
すこし気晴らしが必要だよ。士気を高めるためにもな」
「し、しかし」
うろたえる関羽たちをしり目に、貧相な小男は、ずるそうな笑みを口元に浮かべて、応じた。
「さすが軍師さま、わかっていらっしゃる。
酒はたんまりとあります、みなさま、どうぞお楽しみを」


それを合図に、男の連れてきた荷車から、いっせいに酒甕《さけがめ》と食料が運び出された。
将兵たちは運搬の手伝いをさせられ、芸人たちの芸を見る支度をする羽目になっている。
孔明は、例の目の大きな美少女を見つめていたが、美少女は見られていることを知っているだろうに、素知らぬ顔をして、鼻歌交じりにこれから踊る舞いの振りの練習をしていた。


つづく


※ いつも閲覧してくださっているみなさま、ありがとうございます(^^♪
次回は、話がもどって、趙雲たちのエピソードになります。
さてはて、みなの運命や如何に!

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ではでは、次回をおたのしみにー(*^▽^*)

地這う龍 四章 その1 孔明、急ぐ

2024年01月26日 09時51分34秒 | 英華伝 地這う龍
江陵《こうりょう》への隊列からはなれた孔明は、わずかな手勢とともに、めちゃくちゃに馬を走らせた。
これほどに馬を急がせるのは、叔父の諸葛玄らとともに豫章《よしょう》が落城したさい、賞金稼ぎどもから逃げたとき以来だった。
あのときは、かわせた。
今度はどうか。


孔明が恐れているのは、曹操からの追撃者がやってくることではない。
いくら曹操でも、まだ自分という人間を深く知っているとは思っていない。
孔明が恐れているのは、ただひたすら劉備が討ち取られてしまうこと、その一点のみであった。
なんとしても急いで劉琦の元へいき、船とともに戻らねばならない。


馬は孔明の緊張がうつったのか、けんめいに地を駆けていく。
がくがく揺れるし、尻は痛くなるし、小虫が正面から何匹も飛び込んでくるし、目は乾くしで、ろくなことはない。
だがそれも、劉備たちのことを思えば、なんともない苦労であった。
孔明に付き従っている者たちも、不平を言わずにひたすら馬を走らせる。
かれらとて、家族を劉備の元に残しているのだ。
孔明が船を連れて帰らなかった場合、劉備たち一行がどうなるかは、それこそ想像するまでもない話だった。


漢水《かんすい》が見えてきて、一行はやっと馬の脚をゆるめた。
街道からすこし逸れたところにある船着き場で、劉琦のいる|江夏《こうか》へ向かう算段をする。
見るからに汗だくで急いでいるようすの孔明らに対し、船頭は法外な船賃を要求してきた。
ふだんは冷静な孔明も、これには頭にきて、
「劉豫洲の危機に足元を見おってっ、事態が収まった暁にはどうなるか、わかっておろうな!」
と一喝してしまった。
その勢いと、孔明の凄惨な姿……髷《もとどり》や帽子はよれよれ、着物は着崩れ、息は荒く、汗もだくだく……と、従者たちが斬りかかってきそうなのに怖じて、船頭は通常の船賃にもどしてくれた。


船上のひととなって、ようやく一息つく。
陳到が託してくれたはやぶさの明星の様子を見ると、馬に酔ったのか、おとなしかった。
乾燥した鼠がないので、小魚を用意してやる。
すると、明星はしぶしぶというふうに魚をつつきはじめた。
その様子を見ながら、孔明は江夏の方角を見た。


峻険な岩壁とかすむ山々がつらなる漢水をひたすら流れに逆らって進む。
秋風はいっそう冷たく一行を震わせる。
遠くから猿の鳴き声が悲し気に聞こえてくるのが、なんとも不吉な予感を抱かせた。
漢水にはおおくの船が行き交っていた。
ちかくの漁夫の小舟から、戦乱を避けて揚州へ向かわんとする一族の船まで。


わたしは揚州から荊州に逃げたものだが、と孔明は感慨深く思う。
十年ちかく平和を享受してきた荊州だったが、これからは戦場になるのだ。
おおくの知り合いの顔が脳裏に浮かんでは消えていく。
かれらの運命はこれからどうなっていくのだろう。
曹操が野望を抱かねば、もうすこし平穏な暮らしを保てたというのに。
孔明にとっては、曹操はとことん『平和の破壊者』であった。







孔明たちを乗せた船は、やがて江夏の近くまでやってきた。
船着き場に多くの船が停泊している。
中には立派な楼船《ろうせん》が何艘もあった。


孔明は内心、舌打ちをした。
関羽と孫乾《そんけん》は劉琦の説得に失敗したと見ざるを得ない。
道中、関羽と孫乾らとすれ違うことを祈っていたが、それもかなわなかった。
何が起こっているのだろうと、江夏の城のほうを見る。
劉琦は江夏太守として、この城市のなかにいるはずだ。
劉琦はざんねんなことに、病に侵されている。
夏の騒動で参ってしまって寝込んでいるのだとしても、部下をうごかして劉備のために船を出すくらいのことはできるはずだ。
関羽ですら打破できない、やっかいな状況に陥っているのだとしたら。


さきの江夏太守の黄祖が孫権と対戦した時の痕跡が、街にはところどころあった。
江夏には、いち早く、戦乱をおそれてやってきた荊州の民でごった返している。
劉備に付き従っている民の他に、これほど避難民がいたのかと孔明はおどろいた。
かれらは江夏城市へ向かっているが、追い返される者はいない様子である。


しかし、孔明は足を止めた。
江夏城の正門のとなりに、野営をしている一団がある。
見覚えのある将兵が何名もいた。
旗指物《はたさしもの》はないが、すぐにわかった。
関羽と孫乾の一団だ。


めったなことではカッとしない孔明だが、関羽たちの様子を見て、さすがに腹を立てた。
それというのも、関羽の将兵のひとりが、のんびり伸びなどをして、退屈そうにしていたからである。
疲労困憊の劉備一行とくらべ、関羽たちののん気さに、腹が立つのは当然だった。
孔明は、速足で野営の陣に向かった。
その剣幕を見て、従者たちが心配そうな顔をしてついてくる。


挨拶も抜きに、孔明は関羽がたてたとおぼしき幕舎をくぐり、中に入った。
「ややっ」
と、これは関羽である。
関羽は幕舎の中央で、腕を組み、難しい顔をして座っていたが、孔明を見るなり、腰を浮かした。
そのそばでは孫乾が、これまた難しい顔で、幕舎のなかを行ったり来たりしているのが見えた。


つづく



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地這う龍 三章 その20 孔明、江夏へ

2024年01月25日 09時54分21秒 | 英華伝 地這う龍



それから数日経っても、関羽は戻ってこなかった。
しだいに人々のあいだに疲れが濃く見え始め、なかには離脱する者まであらわれはじめた。
土地の豪族たちが同情的だったこともあり、その私兵に襲われることがなかったのが、唯一の幸いだった。
難民たちは砂ぼこりにまみれ、少なくなってきた食料をちびちびと口にし、泣き言を言いたくなるのをぐっと我慢している。
趙雲は部下たちとともに、かれらを励まし、江陵《こうりょう》へ向かわせたが、その歩みは早くなるどころか、疲れのためにどんどん遅くなっていた。


それまで、愚痴の一つもいわず、どころかみなに張りのある声で励ましをつづけていた孔明だったが、あまりに事態が切迫してきているために、とうとう劉備の前に進み出た。
「わが君、関羽と孫乾たちになにか起こったにちがいありませぬ。
わたくしが江夏《こうか》の劉琦君《りゅうきくん》のところへいって、様子をたしかめにいってまいります。どうぞご許可を」


江夏は、ちょうど劉備たちがさしかかろうとしている当陽《とうよう》からずっと東にある城市である。
関羽だけではなく孔明までもがいなくなることについて、趙雲は不安をおぼえたが、孔明の決意は固そうだった。
その横顔は、いらだちを懸命に抑えている顔であった。
もとが端正なだけに、怒りを含むと、とても恐ろし気に見える。


劉備はしばらく思案していたが、やがて愁眉を開き、言った。
「関羽がわしを裏切るわけがなし、きっと江夏でなにかが起こっているのだ。
孔明、すまぬが行って、関羽を助けてやってくれ。
そして、船団をつれてわしらの元へ戻ってきてくれ」
「御意。きっと戻ってまいります」


孔明は劉備の許可を得るや否や、簡単な荷物をまとめて、趙雲がえらんだ護衛の部下とともに、すぐさま出立した。
去りぎわ、孔明は趙雲に念を押した。
「わたしが戻るまで、きっとわが君とご家族をお守りしてくれ。
わが君さえ生き残れれば、なんとかなるのだから」
「わかった、たしかに」
「それと、あなたも必ず生き残れよ。どんな手段を用いてもかまわぬ、かならず生きるのだ」
「おまえもだ。きっと戻ってこい」


このやり取りは、何度目だろう。
しかし孔明は、趙雲のことばに大きくうなずく。
すると、陳到が鳥かごを手に、孔明の前に進み出た。
中には、はやぶさの明星《みょうじょう》がちんまりと収まっている。
「軍師、この明星もいっしょにお連れください。きっとお役に立ちましょう」
「よいのか」
「ええ、もちろんでございます。連絡がある場合は、明星を空に放ってください。
わたしのところへ戻ってくるよう、訓練してありますゆえ」
「そうか、では、預からせてもらおう」
孔明は明星の入った鳥かごを大事そうに抱えた。


さらに、陳到は言う。
「ただし、餌には十分気を付けてくだされ。
こいつは鼠が大好きなので、なるべく鼠をやってください」
潔癖症の孔明は、顔を半分引きつらせつつ、
「わかった、善処しよう」
と、答え、それから馬腹を蹴って、東へ向かった。
その孔明たちを見送る民の目の表情は、期待と、あきらめの混ざったもので、関羽を見送ったさいの快哉はあがらなかった。




三章おわり
四章へつづく


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地這う龍 三章 その19 臥龍の来歴

2024年01月24日 09時45分48秒 | 英華伝 地這う龍
それを聞いて、趙雲は急に理解した。
孔明は新野《しんや》に招聘《しょうへい》されて、すぐに実務を片付け始めた。
優秀だから、天才だから、などと周囲は評したし、本人もそうだというふうに振舞っていた。
趙雲も、孔明が飛びぬけて優秀だから、どんな仕事もこなせるのかなと思っていた、どうやらちがうようだ。
孔明は、世間のもめ事を解決するさいに、じっさいに実務にたずさわっていたのである。
つまり、劉備の軍師になる以前から、すでに経験豊富だった。
だからこそ、新野での仕事に迷いがなかったのだ。


「それと、豪族たちがわたしに協力的なのは、わたし個人の力ではないよ」
「どういうことだ」
意外に思って孔明のほうに目を向けると、孔明は肩をすくめた。
「わたしに『臥龍』という号を授けた、龐徳公《ほうとくこう》の影響がものをいっているのだ。
つくづく、あのひとに頭を下げておいてよかったと思っているよ」
「龐徳公というと、襄陽の……たしかおまえの姉君の嫁いだ家の人物だったな」
「司馬徳操先生の親友でね、わが姉の義父にあたる方だ。
汝南《じょなん》の許劭《きょしょう》のように、人物を鑑定するのが得意だった。
仙人のようなところのあるひとで、ともかく自由だったよ」
「そのものいいでは、龐徳公にへりくだって号を得たように聞こえるが?」
「まあ、そんなものさ。おかげでわたしはよそ者なのに荊州のお偉方に覚えてもらえるようになり、いろいろ動きやすくなった。
わが君にも名が届き、あなたにもこうして出会えた。すべては龐徳公のおかげだ」


ふうん、を相槌を打って、となりの馬に揺られている孔明を見る。
臥龍とは、龐徳公とやらも、思い切った号をさずけたものだと、あらためて感心した。
龍と言えば、皇帝を示す霊獣だ。
臥龍は、ひとたび勇躍すれば、その皇帝に匹敵する器の持ち主になりうる、という意味でもある。
際どい号と言い換えてもいい。
しかし、孔明からは野心が感じられないために、皇帝云々の印象をみなが抱かないのだ。


そういえば、と趙雲は思い出して、孔明に言った。
「わが君は、おまえのほかに、鳳雛《ほうすう》という号を持つ男の話も聞いていた。
たしか、その男も龐一族の人間ではなかったかな」
「龐士元のことかい。ああ、かれはたしかに鳳雛と呼ばれているが、ちょっと変わり者でね。
いまは江東の孫権の腹心の部下、周瑜のもとではたらいているよ」
「そうなのか、わが君は臥龍と鳳雛の両方を得たいとおっしゃっていたのだ。
しかし、すでに仕官を決めてしまっていたなら、だめだな」
「あいにくと、わたしはかれとあまり馬が合わなくてね。
引き抜くこともむずかしかろう」


孔明の口ぶりから、龐士元……龐統とは、たしかに親しくなさそうだ、というのが伝わって来た。
孔明は龐統を変わり者だとひとことで表現したが、いったいどんな男なのだろう。
鳳雛とまで呼ばれるからには、優秀であることにまちがいはなさそうなのだが。




つづく


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そして、今日は短めながら、赤壁編の伏線をちらりと張っております……ふふふ……

どうぞ次回もお楽しみにー('ω')ノ
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地這う龍 三章 その18 臥龍先生の評判

2024年01月23日 10時01分44秒 | 英華伝 地這う龍



関羽が江夏《こうか》へむかってから十日ほどたつが、かれが船を連れてくる気配はまったくなかった。
当初は楽観的だった人々も、だんだんじりじりしてきているのが、趙雲にもわかる。
難民たちのなかで、いさかいが増えているのだ。
食糧や水をめぐるものだったり、歩き方が悪いだのと言ったくだらない原因のもの、赤ん坊がうるさいといったことまで、喧嘩の原因はさまざまだった。
それらをこまごまと仲裁しつつ、一方で、難民たちに先行して、行く先の土地の豪族と交渉し、休む場所と水を提供してもらうための交渉をした。
孔明がこまかく記載していた、井戸と水脈のありかの地図が、たいへんものを言った。
おかげで、時間をあまりかけずに、難民たちは水を得ることができたのである。


もちろん、交渉が平易に進まないときもあった。
だが、それでも孔明が出てくると、豪族のほうがおどろいて、あっさり退《ひ》くことが多かった。
それだけではなく、孔明がその場にいなくても、
「臥龍先生のおっしゃることならば」
で通用することが多々あるのには、趙雲も感心してしまった。
これほどに、孔明の名は荊州中にくまなく鳴り響いていたのだ。


ところが、とある豪族の屋敷に孔明とともに行った際に、ちょっとちがうな、と気づいた。
その豪族は、いかにも大人《たいじん》といったふうの、風韻《ふういん》の大きそうな中年男だったが、孔明が現れると目をほそめて、
「これはこれは、お久しゅうございます、臥龍先生。
いつぞやの『盲目の軽業師の事件』以来ですな」
と、謎めいたことを口にした。
なんのことだろうと趙雲がぽかんとしていると、脇に控えていた豪族の奥方らしい女が口をはさんできた。
「『南風村の消失騒動』のときも従兄弟がお世話になったようで、お礼を言いそびれておりました、ありがとうございます」
なんだそれは、とますます混乱していると、さらに豪族本人が言う。
「『からくり水車』のときも、いろいろご尽力いただきました。
臥龍先生がお求めならば、われらとしても、出来うるかぎり、みなさんのお力になりたいとおもっております」
言われて孔明は、照れているような、困惑しているような、複雑な顔をしつつ、ちらちらと趙雲のほうに目を向けてくる。
どうやら、軽業師だの、消失騒動だの、からくり水車だのといったことは、あまり知られたくない種類のことだったようだ。


豪族たちといったん別れて劉備たちのもとへ戻る道すがら、趙雲は孔明にたずねた。
「さっきの豪族が言っていた、からくりだの軽業師だの消失騒動だのとは、いったいなんのことだ?」
孔明は、覚えているのか、とでもいわんばかりに迷惑そうな表情になった。
「まあ、ちょっと、いろいろあったのだよ」
「いろいろ、とは」
「わが君にお仕えする以前に、豪族たちのもめ事を解決したことがあったのだ。
かれらはそれを言っている」
「なんだか奇妙な単語がポンポン出ていたが」
「複雑な事件がいくつかあって、それを解決したので、喜ばれたという話さ。
もういいじゃないか、過去のことだし」
「気になる」
「おたがい、この難局を切り抜けて生き残れて、そのうえであなたがおぼえていたら、いつか話してあげよう。でも、いまはだめだ」
ケチ、とちょっぴりおもったが、たしかに切迫した事態がつづいているなかで、のんびり思い出話をしている場合ではない。


それで話は終わりかとおもいきや、孔明がさらに言った。
「子龍、いま聞いた話は、内密にな。あまり人に知られたくないのだ」
「人助けをしたという話だろう。どうして知られたくないのだ」
「人助けはたしかにしたさ。でも、その手法は、あまり口外できないものも含まれているのだよ」
「たとえば?」
「そうさな、これも内密にしてほしいが、廷吏のまねごとをしてみたこともあるし、県令の部下をうまく操作して、事態をおさめたこともあるのだ」
「そ、そうか」


なるほど、それはあまり『清廉な軍師』には似合わない行動だった。
しかし、趙雲は孔明が理想より実利を取る場合もある、行動力のある男だと知っている。
孔明のいったとおり、『いろいろ』あったのだろう。


「たしかに喜ばれはしたし、丸くもおさまったが、かといって、手段が正しかったかというと、そうではない。
若かったから、知恵も足りなかったので、だいぶ強引な手も使ったからな。
みな黙ってくれているが、なかには、わたしのやりように疑問を覚えている人もいるかもしれない」


つづく

※ いつも閲覧してくださっているみなさま、ありがとうございます(^^♪
おかげさまで「なろう」のほうでも五万PVを達成しましたー(*^-^*)
読んでくださっているみなさまに大感謝です!!
でもって、今回登場の「軽業師」だの「消失事件」だの「からくり水車」だのは、お話にまったく関係のないエピソードとなります;
ホームズ物における「名前だけ登場し、ワトソンが事件簿に取り上げなかった事件の数々」と同じと思っていただけたなら……

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