「うわっ」
敵の雑兵たちが、あっけなく大将が討ち取られたのを見て、悲鳴をあげる。
趙雲は突き立てた槍を抜くと、
「常山真定《じょうざんしんてい》の趙子龍だ、命の惜しくないやつはかかってこい!」
そう叫んで、及び腰になった敵へ突っ込んでいった。
こうなるともう独断場である。
草を刈るように雑兵たちを狩っていく。
雑兵とひとくくりに行っても、相手も人間。
味方が突如としてあらわれた男に、すさまじい勢いで斃されていくのを見て、ひとり、またひとりとその場から脱落していった。
背中を見せる敵には、麋竺《びじく》が容赦なく、お返しとばかりに矢をかける。
ほどなく、あたりは落ち着き、血風と砂塵のほか、味方だけが残った。
「子龍よ、助かったぞ」
「それはこちらの台詞です、よく奥方様をお守りくださいました」
趙雲は破顔し、麋竺とたがいの無事をよろこんだ。
「子龍や、よく来てくれました、ありがとう」
甘夫人が、か細い声で言う。
甘夫人は一晩ですっかり憔悴していた。
しかもその胸元には、いつもしっかり抱いていたはずの阿斗の姿がない。
たちまち顔を凍り付かせた趙雲に、甘夫人は涙を流し、それをぬぐうこともせずに、答えた。
「許しておくれ、和子とは、はぐれてしまった。
きっと、妹々といっしょにいるのだとおもうけれど」
妹々とは、麋夫人のことだ。
なんということか、麋竺もまた、妹と阿斗を見失っていたのだ。
「阿斗さまたちは、どのあたりに落ち延びられたのでしょうか」
たずねると、わからない、というふうに、甘夫人が首を横に振った。
「おおっ、子仲《しちゅう》どの、奥方様も、ご無事で!」
簡雍《かんよう》が遅れて馬を走らせてきた。
麋竺は簡雍の姿をみて、汗に濡れた顔をほころばせたが、すぐに顔を曇らせた。
「ひどい傷ではないか! 手当てを急いだほうがよいな」
しかし簡雍は、いつもの豪快なところを見せ、がははと笑った。
「なあに、かすり傷だ。それよりも、ここから南の長阪橋の向こうにわが君が落ち延びておられる。
そこまで退こうではないか。奥方様が戻られたら、わが君も喜ばれるであろう」
「けれど」
我が子を失って、合わせる顔がないと言いたげな甘夫人の代わりに、趙雲が答えた。
「貴殿らは先に長阪橋へ向かってくれ。俺は阿斗さまと麋夫人を捜す」
「ひとりで大丈夫か」
簡雍が心配そうに言う。
ついてきそうな気配もあったが、趙雲はあえて笑って見せた。
「問題はない、かえって身軽だから、捜しやすかろう」
「いいや、わたしも供に行くぞ、子龍。妹の命があぶないときに、黙っておられるか」
そう言ったのは、麋竺であった。
その傷だらけの姿はいつになく雄々しく、ふだんの上品なおとなしい初老の男といった印象は吹っ飛んでいる。
「では、ともにもう少し道を戻りましょう」
おう、と麋竺は応じ、簡雍と甘夫人をまもらせるため、部下を割いて、さらには、かれらから矢を分けてもらった。
「よし、参るぞ」
麋竺も相当に疲れているはずだが、妹を捜すためならば、弱音を吐いていられないのだろう。
さきへ進む背中に、つくづく申し訳ないとおもいつつ、趙雲はさらに北へ戻っていった。
つづく
敵の雑兵たちが、あっけなく大将が討ち取られたのを見て、悲鳴をあげる。
趙雲は突き立てた槍を抜くと、
「常山真定《じょうざんしんてい》の趙子龍だ、命の惜しくないやつはかかってこい!」
そう叫んで、及び腰になった敵へ突っ込んでいった。
こうなるともう独断場である。
草を刈るように雑兵たちを狩っていく。
雑兵とひとくくりに行っても、相手も人間。
味方が突如としてあらわれた男に、すさまじい勢いで斃されていくのを見て、ひとり、またひとりとその場から脱落していった。
背中を見せる敵には、麋竺《びじく》が容赦なく、お返しとばかりに矢をかける。
ほどなく、あたりは落ち着き、血風と砂塵のほか、味方だけが残った。
「子龍よ、助かったぞ」
「それはこちらの台詞です、よく奥方様をお守りくださいました」
趙雲は破顔し、麋竺とたがいの無事をよろこんだ。
「子龍や、よく来てくれました、ありがとう」
甘夫人が、か細い声で言う。
甘夫人は一晩ですっかり憔悴していた。
しかもその胸元には、いつもしっかり抱いていたはずの阿斗の姿がない。
たちまち顔を凍り付かせた趙雲に、甘夫人は涙を流し、それをぬぐうこともせずに、答えた。
「許しておくれ、和子とは、はぐれてしまった。
きっと、妹々といっしょにいるのだとおもうけれど」
妹々とは、麋夫人のことだ。
なんということか、麋竺もまた、妹と阿斗を見失っていたのだ。
「阿斗さまたちは、どのあたりに落ち延びられたのでしょうか」
たずねると、わからない、というふうに、甘夫人が首を横に振った。
「おおっ、子仲《しちゅう》どの、奥方様も、ご無事で!」
簡雍《かんよう》が遅れて馬を走らせてきた。
麋竺は簡雍の姿をみて、汗に濡れた顔をほころばせたが、すぐに顔を曇らせた。
「ひどい傷ではないか! 手当てを急いだほうがよいな」
しかし簡雍は、いつもの豪快なところを見せ、がははと笑った。
「なあに、かすり傷だ。それよりも、ここから南の長阪橋の向こうにわが君が落ち延びておられる。
そこまで退こうではないか。奥方様が戻られたら、わが君も喜ばれるであろう」
「けれど」
我が子を失って、合わせる顔がないと言いたげな甘夫人の代わりに、趙雲が答えた。
「貴殿らは先に長阪橋へ向かってくれ。俺は阿斗さまと麋夫人を捜す」
「ひとりで大丈夫か」
簡雍が心配そうに言う。
ついてきそうな気配もあったが、趙雲はあえて笑って見せた。
「問題はない、かえって身軽だから、捜しやすかろう」
「いいや、わたしも供に行くぞ、子龍。妹の命があぶないときに、黙っておられるか」
そう言ったのは、麋竺であった。
その傷だらけの姿はいつになく雄々しく、ふだんの上品なおとなしい初老の男といった印象は吹っ飛んでいる。
「では、ともにもう少し道を戻りましょう」
おう、と麋竺は応じ、簡雍と甘夫人をまもらせるため、部下を割いて、さらには、かれらから矢を分けてもらった。
「よし、参るぞ」
麋竺も相当に疲れているはずだが、妹を捜すためならば、弱音を吐いていられないのだろう。
さきへ進む背中に、つくづく申し訳ないとおもいつつ、趙雲はさらに北へ戻っていった。
つづく
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次回をどうぞおたのしみにー(*^▽^*)