四谷三丁目すし処のがみ・毎日のおしながき

蝦蛄(しゃこ)の旬は春と秋の2回。春の入荷は今週で終わりそうだと豊洲市場の仲買さんが言っていたそうです。

のがみのあなごの話

2016-09-24 23:35:00 | のがみの〇〇の話
のがみのあなごの話

今、築地今、築地



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今、店あなごの旬は梅雨時から初夏ですが、通年いいものを探して入れています。産地はおもに江戸前・野島、宮城・松島、長崎・対馬などからです。その日に使う分だけ仕入れ、夕方煮ます。普段の仕込みはこうです。築地で活〆にしたあなごを店で背開きにする。(頭に目打ちを刺し、背から尻尾に向かって包丁を動かし、またその切っ先を頭の方に移動しながら骨を外す。包丁の先を立てながら開いた身の背ビレ、腹ビレを切り取る)背ビレ・腹ビレは身の中まで食い込んでいるので、主人は肉の付いている背ビレの部分をかなり幅広めに落とし、腹ビレは落とした個所に残るヒレの付け根部分を骨抜きで抜くのだそうです。こうすることでお口に当たる小骨(ヒレですが)のような感触が軽減され食べやすくなるみたいです。あと、開いてから熱湯にくぐらせ、皮のヌメリなどを丁寧に取り除きます。



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煮る前のこのひと手間が大きく味に影響していると思われます。煮汁はあなごの頭や骨を焼いてから煮た出汁に醤油・砂糖・酒で調味したものです。007_2













開店当初、あなごの上に付けるタレ=煮詰めを作った時のお話です。
おかみノート『 煮詰め 』

開店数日前のある日、主人は第一回目の仕入れのため

築地に行った。

鮨雅に勤めていた時代からお世話になっている仲買いさんに

予め頼んでおいた穴子の頭と骨を受け取りに行くためだ。

「ほーい、帰ったぞー」

築地から帰った主人は、まだ散らかっている店内の隙間を縫って

厨房に入り、ビニール袋にパンパンに入れられた骨や頭を

シンクの中にバサバサっとひっくり返した。

大量の頭はゴロゴロと転がり、かわいい目をしてこっちを見ていた。

50~60匹分の骨はゆるく曲線を描いて絡みあっていた。

それまで小上がりで休憩していた主人の父は、私に骨抜きを渡すと

「疲れるから座ってやれや」

と言って、カウンターに座った。

「いいか、啓三が頭を割ってよこすからな、そしたらまずエラを取る。

 で、所々赤い血のところがあんべぇ?そこんところをつまんでは取る。

 つまんで取る、の繰り返しだ。な?」

主人は穴子の頭をひとつ取ると向こう側を向かせ、

慎重に目と目の間の真上から出刃を入れ、ゴリリと割った。

頭が左右対称、アジの開きのようになった。

インディージョーンズのラストの方で出てくる、猿の頭を割って

脳味噌を食べるシーンを思い出した。

むごい、むご過ぎる・・・ 私には出来ない。

あごが胸に付くくらいうな垂れている私を見て義父が言った。

「しょうがねぇなぁ。じゃ、こっちやっか。骨に付いている赤いかたまり

 みたいなのがあんべぇ?これをギューっと挟んで取る。な?」

どっちもキツい。でも頭を真っ二つの方よりマシかと思った。

骨に赤くへばりついている血合いを最初は恐る恐る引っ張っていたが

きれいに取れると快感になってきて、むしろ完璧さを求めることに

愉しみを見出すようになってきた。

「血合いが少しでも残っていると、煮詰めを取る時に味がおかしく

 なるんだ。身は付いていてもいいよ、赤いとこだけ取って」

主人は私と義父がやったものを丁寧にチェックした後、焼き台に

並べた。弱火でじっくりと炙られた穴子の骨は、内側に貯えた脂を

じわりと表に出してきて、やがて骨全体を自分の脂で揚げていき、

なおかつ余分な脂を下に落とし始めた。

「ものすごくいい匂いなんだけど」

火の中を見つめながら私が言うと

「まだまだ、これからが本番だから」

と険しい顔をして主人が言った。

焼き台で3セットに分けて焼かれた骨と頭は、

こんがりキツネ色だった。

店で一番大きい鍋に水を張り、そこに焼いた骨と頭を

一気に入れた。

「え、水から入れるんだ」

「そう。で、最初は強火。ある程度したら弱くするけど」

温度の上昇とともに鍋の中の汁には穴子の旨みが溶け出てきている

ようだった。

「さ、濾すよー」

何もかも取り除かれ、黄金色のスープだけになったところに

砂糖・酒・醤油を入れ、沸かないように火を調整しながらグルグルと

お玉でかき回し始めた。弱火調節の限界点まで細火にしているので

鍋の表面は湯気が立っては消え、まるで露天風呂の表面のようだった。 

お玉はグルグルと右回り、かと思えば左回り、そのあとは

縦にジグザグと波立てたり。

「こうやってすこ~しずつ水分が蒸発していくでしょ。鍋に

 いっぱいの汁が、・・・そうねぇ、底から4~5センチくらいに

 煮詰まったら出来上がりかな」

「そんなに減るまで!しかも沸騰させちゃいけないんでしょ?」

「鍋に半分くらいに煮詰まってくると焦げる可能性があるからね。

 焦げたら終わりだから。細心の注意を払うよ。

 寿司屋の仕込みの中で一番神経を使うのはこれだから」

3日をかけて煮詰められた穴子のタレ=煮詰めは、専用の

ステンレス製の容器に入れられ、ついに完成した。

「店を立ち上げる時って、普通は穴子の煮詰めを誰かからもらう

 ものなんだ。修行先の師匠とか、知っている先輩とかね。

 積み重ねた旨みが最初からはないからね、どんなに頑張っても。

 でもオレは誰からももらわない。最初の旨みは薄いかもしれないけど

 それよりどうやって作ったのかを全部見ていないで出すほうが嫌だ。

 自分の店のものは100%自信を持って出したいんだ」

開店から3~4ヶ月経った頃、あるグルメサイトにすし処のがみの

評価が載った。

 <穴子の煮詰めが団子のツユみたい> と書かれていた。

それから何度か煮詰めを作り足していったある日、開店当初から

お見えになっていたお客様が仰った。

「なんだかさぁ、この頃穴子のタレ、おいしくなったねぇ」

開店の時以来、私は煮詰め作りの手伝いをしていない。

こつこつと自分だけでやっているのだろう。



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おかみノート『 ハラキリ 』

あなごのにぎりに 「表」 と 「裏」 があるなんて知らなかった。

ただ、主人が4~5個いっしょにあなごを握るとき、

黒っぽい皮目が上にきているものと、

うす茶色の煮た身が上のものとあって、

「なんで黒か茶色のお揃いにしないのかな?」 と思っていた。

普段、カウンターでのやりとりは主人がいるから安心だが、

お座敷のほうは、私がお出ししながら説明するので勉強が必要になってくる。

ある日お座敷で、あなごのにぎりを6個というご注文を請けた。

茶2個と黒4個だった。黒っぽいほうは、一見あなごに見えない場合もある。

案の定、「これ全部あなごのにぎりですか?」と、お客様に訊かれてしまった。

「ぅ、…はい…みんなあなごです」 としか答えられなかった。

疑問に思ったことはすぐ質問だと、その日の夜、主人に訊いた。

「あなごは握るとき、真ん中から上の、頭に近いほうは皮目が上、

しっぽに近いほうは、身が上なんだ。これは決まりごとなの」 と言った。

それでも 「なんでか?」 と食い下がる私に、主人は自論を披露してくれた。

「昔は“腹”をさらけ出すのを嫌ったんじゃないのかな。あなごの真ん中の

ところを腹に見立てて、頭に近いほうは皮目を上にすることで腹を隠し、

下は身のほうを出すことで上とは違う部分ですよと強調したかったとか」

さらに主人はこう付けくわえた。

「あなごは背開きでさばくの。生きてるものは背開きなんだ。腹開きだと

“切腹”になっちゃうでしょ」

魚が背開きだというのはなんとなく知っていたが、ネタの向きまでに

ハラキリの因習が関係していそうなのが興味深かった。

お揃いとか、そういう次元の話じゃないんだってことがわかった。


 Nogami0906_009Photo_2001_200820120427nogami_15015 『野上さんの穴子』

店を始める一年半ほど前、主人はホテル内の寿司店にいました。その時の話です。
ある日、出勤してきた主人にフロアのマネージャーが声を掛けてきたそうです。
「あ、いたいた!野上さん、すぐに着替えて板場に出てください」
その日は別の人が板場担当だったので「何故だろう?」と思いつつも支度をしてカウンターに入ると
「テーブル席のお客様から野上さんに穴子のリクエストです」とマネージャーに言われました。
主人は「‥え?‥‥あなご?」と訊き直しました。
「ええ、穴子。今確認してきたから間違いないです。野上さんですって。いろんな人が握ったのを食べてきたけれど、野上さんの穴子が忘れられないとのことですよ。ご指名です、早く!」
「‥でも材料同じです、よ‥?」
「うーん、なんか違うんじゃないですかね。私はそこのところよくわかりませんけれど、とにかく野上さんがお出しする、いつもと同じ感じでお願いします」
煮穴子を切りつけ、ガス台で炙り、煮詰めを刷毛でのせ、お皿に四貫握ったものを仲居さんに運んでもらったそうです。
テーブル席は柱の陰になっていて、お客様の様子は見えないまま板場を降りた主人でした。
マネージャーはお客様をお見送りした後、主人に声を掛けました。
「野上さん、バッチリでしたよ!お疲れ様でした」
「えっと、どんな感じの方でしたっけ」
「ご夫婦でいらしてて」
「カウンターには?」
「いつもテーブルの方です」
「あー、じゃあわからないかもしれないです。一度でもカウンターでやりとりをしていれば憶えているはずなんで」
「先程もそのことをおっしゃってました。カウンターでやりとりをするより、テーブルでお寿司をゆっくりと味わいたいので‥とのことでした。とても喜んでいらっしゃいましたよ」

主人二十七歳。
修行十年目、独立する一年前の出来事でした。