内村鑑三と新渡戸稲造との対比は、先日書いた。
狂気の内村。
優等生・人格者の新渡戸。
出世したのは、圧倒的に新渡戸。長じてお札にもなった。
しかし。
後世において、人の心を掴んだのは、圧倒的に、内村。
50年後100年後に、語り継がれるのは、圧倒的に、内村。
人はすべからく狂気ならざるべからず。
人は狂わざるベからず。
とさえ、思えてくる。
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今日閃いたのは、家庭連合って、内村だなと。
30年近く前、南米パラグアイのレダに行って開拓せよ、との文鮮明総裁の指令に従い、多くの日本人女性が、レダに行った。
乳飲み子を日本に残して。
狂気だ。
今風に言えば、パワハラだ。(ちなみに当時の20世紀にはパワハラという言葉はない)
カルトだ。
でも、50年後、100年後には、どう評価されているだろうか。
人当たりのよく出世した新渡戸稲造の言葉を、今覚えている人は、誰もいない。
狂気の内村の言葉は、今も広く引用される。
新渡戸全集を求める人よりも、内村全集を求める人の方が、圧倒的に多いはず。
閑吟集「一期は夢よ ただ狂へ」の力を借りるまでもなく、「ただ狂え」ってのが宗教の本質なのかもしれない。